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紙の本
春の夢
2012/03/09 08:41
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
歳時記をもっていることを、日本人はもっと誇っていい。
寺田寅彦は「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)」といったそうだが、四季それぞれの表情が豊かという恵まれた自然のことだけでなく、山と海とそれをつなぐ川といった美しい環境だけでもなく、それぞれの感性を日本語という言葉に写し取った、それこそ素晴らしい日本人の感性の集積だと思う。
この本の著者、俳人の黒田杏子は、中学生の頃に「花冷」という季語に出会い、「季語は日本語の中の宝石だと感動した」と書いている。
さらに、「季語」は「国民だれでも平等に使うことができる著作権のないこの国の文化遺産」だとまでいう。
誰もが自由に使える「宝石」であり「文化遺産」をもっと誇りにしていい。
本書は黒田杏子が戦時中暮らした第二の故郷ともいえる栃木県の広報誌に10年余り連載していた作品をまとめたものだ。
俳句人口は多いとはいえ、地方の広報誌に載った記事を拾いあげ、一冊の本に仕上げるというのはさすが岩波文化ともいわれる出版社ならでは企画と、拍手をおくりたい。
それにしても、栃木県民の人は仕合せな歳月を過ごしていたものだ。
一篇一篇は短いが、季節に応じた「季語」とそれを織り込んだ名句の数々、そして人気俳人の地元での思い出話といった、贅沢な記事を、普通はあまり面白くはない広報誌で読むことができたのだから。
黒田は古今の俳句に流れる「ゆるやかな時間」を愉しんでほしいと書いているが、それは若い人にはぜひ感じとってもらいたい愉しみでもある。
先人たちはけっして刺激的な快楽だけを求めたのではなく、質素で貧しいけれど、刺々しくも荒々しくもない生活に楽しみを感じていたのだろう。
黒田のいう「ゆるやかな時間」とはそういうことだ。
私たちが忘れてしまったものが、歳時記にはたくさん残っている。
歳時記にさそわれゆらり春の夢 (夏の雨)
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