投稿元:
レビューを見る
吉田氏のこれまでの著書で、キューバが持続可能な社会をつくるた
めのヒントに満ちた国であることは知っていましたが、国連などか
らもお墨付きをもらうほどの防災大国であることは全く知りません
でした。今、世界的にレジリエンス(しなやかな回復力)という言
葉が注目されていますが、どうやらキューバには、そのレジリエン
スに満ちた社会システムが実現しているようなのです。
キューバにとっての最大の悩みの種はハリケーン。ハリケーンの通
り道に位置し、カトリーナのようなハリケーンが毎年のように来襲
するのです。それは風速70m/秒を超えることもあるといいま
すから、
日本の台風の比ではありません。強風で家は破壊され、沿岸地域は
高波で壊滅的状態になるのも珍しくないそうです。
しかし、どんなに強烈なハリケーンに来襲されても、ほとんど人が
死ぬことはないそうです。実際、1995年から2006年の
十年間で、
大型暴風雨に三回、ハリケーンに八回ほど見舞われていても、亡く
なったのはたったの34人。年平均3人に過ぎません。
何がキューバを防災大国たらしめているのか。それを解き明かして
いくのが本書ですが、ポイントはコミュニティレベルではりめぐら
されたきめの細かい防災の仕組みと、社会主義国家ならではの国の
指導力にあるようです。ボトムアップとトップダウンの両方から防
災のためのシステムが築かれているのです。
詳しくは本書にゆずりますが、災害時に避難を優先させなければな
らない子どもや妊婦、老人がどこの家庭にどのくらいいるかや、ど
の家にどれだけの守るべき家財があるか等をデータ化したきめ細か
なハザードマップをつくり、それに基づく避難訓練を毎年実施して
いるという事実にまず驚かされました。また、とにかく人命を守る
んだという断固たる意志を政府が発信し続け、避難所の整備や復旧
支援のシステムづくりに指導力を発揮することによって、「何があ
っても政府や地域コミュニティが自分を守ってくれる」という安心
感と信頼感を国民に与えているということにも、彼此の差を痛感さ
せられました。
自然・分散型の、災害に強いエネルギーシステムの整備も進んでい
ます。自然エネルギーの導入はまだ緒に就いたばかりですが、小中
規模の発電所を基本とした分散型の発電システムの整備率はデンマ
ークと並ぶほど。この分散型システムにより、被災時の停電時間を
最小に留めることができると共に、送電ロスや運営コストを削減し、
新たな雇用を創出するという、一粒で何度でも美味しい結果を生み
出しています。
もともとは原発を推進しようとしていた国が、最終的には自然エネ
ルギーへのシフトを目指しながらも、当面は、節電と省エネに努め
てエネルギー需要を低下させつつ、分散型システムに移行すること
によって災害に強く無駄の少ない供給システムをつくりあげている。
原発か自然エネルギーかの二者択一の不毛な議論に明け暮れ���いる
日本よりも、ずっと実践的な取組みがキューバにはあります。
一見、ユートピアのように思えるキューバですが、当然、矛盾も問
題もあります。しかし、国民の人命を守ることについてこれだけ真
剣に政府が取り組む国は珍しいのではないでしょうか。キューバの
人々が貧しくても幸福度が高いように見えるのは、この人命尊重の
思想が根底で人々を支えているからではないかと思いました。
資源の乏しい国に生きる人々が知恵を出し合い、助け合いながら、
災害に強く持続可能な社会をつくろうとしている。ここには日本人
が見失ってしまった希望の物語があります。
是非、読んでみてください。
=====================================================
▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
=====================================================
二年に一度は、ハリケーンの直撃を受け、家や道路を壊され、停電
に苦しめられながらも、くじけることなく、その度に立ち上がって
いく陽気な人々。だが、その活力のバックには、どんな災害が来よ
うとも、人命だけは救われ、政府や地域コミュニティがきっと復旧
を応援してくれるという安心感と希望がある。これこそが、革命以
来50年にわたって、キューバ人たちが築き上げてきた「防災
の文化」
の真髄なのではないだろうか。
「我々にとって勝利とは、人命の損失が最小であることを意味する」
「直ちには問題がない。避難する必要はない」という住民への周知
が、米国史上最大の惨事を招いてしまったのである。
カトリーナを上回るハリケーンの襲来を何度も受けながらも、死傷
者がほぼ皆無に近いのは、あくまでも自発的な意思で避難する「智
民」とそれをサポートすべく年々進歩している政府の支援体制にあ
ったのだ。2007年のハリケーン・ノエルの際には、八万人が避難
したが、水かさが増えた川を無理に渡ろうとした男性一人が死んだ
だけだった。
復旧が早く進むのは、政府の支援を座して待つだけでなく、市民が
助け合うことにもある。いつもモノ不足の中で生活しているだけに、
キューバ人たちの連帯精神は、災害時にもいかんなく発揮され、そ
の団結心はハリケーンで損なわれるよりむしろ強まる。
「私たちはいつも会っては話し合いを重ねています。これをキュー
バでは『いつも、機械にオイルを入れている』と表現します」
「フィデルは『革命は絶対に嘘をつかない』と語りました。人民が
政府を信じるためには、指導者はできないことはできないと、真実
を語らなければならないのです」
教育によって、人々はただ政府を信頼するだけでなく、同時に主人
公として自分たちが果たすべき役割も自覚していく。
わずか半年で「未曾有の震災にもくじけない立派な国」から「放射
能に汚染されながらも、いまだに原発から脱却できない理解できな
い国」へと日本のイメージは一変していたのである。
「人間が解放されて真に自由になるには、エネルギーでも自立する
ことが必要です。(…)太陽を使えば私たちは解放されるのです」
エネルギーの九割を石油だけに頼る。この脆弱性を克服するにはど
うするか。そこで、カストロ政権が選択したのが原発だった。
大規模化力発電所は、国の発展に大きな役割を果たしてきたが、も
はや時代遅れとなっていたうえ、ハリケーンに対しても脆弱だった。
エネルギー革命が成功した理由のひとつは、省エネ対策だった。発
電問題を解決する第一は、需要を落とすことにあるからだ。
エネルギーの転換政策の最も革命的な部分は、実は再生可能エネル
ギーよりも、従来の火力発電所に変わり、小中規模の発電所からな
る分散型の電力ネットワーク創設プログラムに着手したことにある。
いきなり、すべて再生エネルギーにシフトできなくても、まず省エ
ネで電力需要を減らし、同時に分散型発電でエネルギー需給を調整
すれば、災害に強く環境負荷も小さい電力システムを作れる。
「成長期を過ぎ、システムが硬直化していくともうこれ以上効率は
あげられません。それは創造的な破壊の時の始まりなのです。今、
私たちは世界全体でその方向へと向かっています。そして、システ
ムが崩壊すれば、世界は不確実でますます未知なものへとなってい
きます。ですが、それは、各個人ひとり一人が大きな影響力を持ち、
様々な実験が未来を決めるチャンスの時でもあるのです」
レジリエンスのある社会をつくるための条件
・自然生態系のサイクルとともに生きる
・無駄を認めるゆとりを持つ
・自律したコミュニティのゆるやかなネットワーク
・イノベーションを大切にする
(有名なイソップ童話「アリとキリギリス」はキューバでは「アリ
とセミ」になっている)冬になって食料がなくなったセミは食料を
わけてもらうため、アリを訪ねると「私が汗水流して働いていた時
にあなたは何をしていたの」と意地悪く問いかけられる。するとセ
ミは「歌って皆を楽しませ、元気づけていたのよ」と答える。その
回答に、それまで、働くことしか知らなかったアリは深く反省し、
「そうか、これからは踊って暮らそう」とセミと食料を分かち合い
ながら、楽しく冬を越したというのである。
最近日本の小学生の間では、「夏の間、アリは一生懸命働いて食料
を蓄えていました。そして、冬が来る前に過労死してしまいました」
という皮肉な別バージョンが流行っているという。まさに、我々大
人社会の縮図である。暗澹たる気分になってくるではないか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●[2]編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
10月に生まれた息子と暮すようになってはや二ヶ月。赤ちゃんのい
る生活を五年ぶりに味わっています。二人目ですから娘の時に比べ
余裕はあるものの、「あれ、こんなだったっけ?」と戸惑うことも
しばしばです。
やはり泣くしかない生き物と向き合うというのは、なかなか簡単な
ことではないですね。泣き方の違いによって、おむつかおっぱいか、
くらいは想像つきますが、単に泣きたいから泣く、という時もある
ので一筋縄ではいきません。しかも、おっぱいとわかっても、父親
ではどうにもできないから、かなり虚しいw。
でも、泣くしかない相手が何を感じ、何を訴えようとしているのか
を何とか感じ取ろうとする、というのはなかなか得難い体験です。
それこそこちらの共感力が問われるので、対人コミュニケーション
の良いトレーニングになります。
そのことを最初に教えてくれたのは娘ですが、娘とのコミュニケー
ションも最近は言葉のやり取りが中心。どうしても息子のほうに両
親の関心が移る中で、彼女の心のうちにどれだけ触れてあげられて
いたのかと、改めて反省をさせられた週末でした。
言葉にならないものの大切さ。わかってはいても、ほんと言うは易
し、ですね。
投稿元:
レビューを見る
<総括メモ>
ポイントと感じたのは「市民防衛」という考え方。地域毎に責任者を決め、その地域住民の命の全責任を持たせる、というのは、実効性があるだろう。国等の機関も地域対策本部の指令下にはいるというのはスッキリとしていて気持ちが良い。日本でも、有事の際には要援護者の家宅に勝手に入り込んで救助できるような契約を地域の責任者(町会長とか)が個別に結ぶなどの対策を聞いたことが有る。現場にできるだけ責任を持たせ、動けるというのは今後の参考になった。
面白い国だなあ。
<気になったところをだらだら>
■リスク=ハザード×脆弱性 (国際赤十字関連連盟の提唱)
災害はくるが、脆弱性は改善できる。
■自然災害は避けられないが、適切な計画と手段があれば被害は避けられる。
■最も大切な事はタイムリーな避難。キューバでは48時間で70万人が安全地帯に避難した。おんぼろ車両で、燃料は不足し、道路網も不十分だったが。
「レジリエンス」:しなやかな強さ。防災力などの意味で使われる。復元力、立ち直り力とも。痛めつけられても回復し、より強くなるというイメージか。
■正確な予測と情報周知。 ハリケーン発生後96時間前に初期警報、72時間前に周知段階、24時間後に警告段階に入る
■政府が「直ちには問題ない」と言う事で被害が大きくなる。1900年のハリケーンガルベストンではそれにより1万人以上が犠牲に。
■避難行動に結びついてこそ意味を持つ危険情報
■地域ごとに対策体制をつくる。地域の代表が安全の責任を担う。
■誰がやるべきかではなく、どうすれば避難できるか。戦車でもトラックでも何でも総動員して避難。
■公共の避難所は不足するので、住民の80%は家族や友人のもとに避難
■傷つきやすい、守るべき弱い住民を把握する為に毎年調査する。指名、年齢、病気の有無、特殊なサービスの必要性。子供、高齢者、女性、病人を最優先。
■最近はペットも一緒に避難可能。避難所には獣医も。家畜も避難させる。以前の事例で、家畜にえさをやる為に戻らなければならなかった事がある。また、飢えた家畜は救護員などの人を襲う。
■市民防衛という視点。革命以前は、消防団、赤十字、警察の対応だったが、機能しなかった。
■国は、専門家による各種の防災関連の技術指針を設定する。市民防衛側は、その専門的な技術知識を基に、そこに優先順位をもうける。
■孤立する可能性の高い300人以上のコミュニティに、「早期警戒ポイント」というのを設置。2、3KWの携帯発電機と、短波ラジオ、充電式電池、メガホンという軽装備。施設運営もコミュニティが行う。個人宅の場合も。センターのハブ組織として機能。
■防災管理センターのGISシステムに集約する情報の例。保護が必要な住民、避難させる家畜のデータ、その避難場所など。
■特殊なマネジメント体制。市民防衛は各地域や各組織の代表が管理し、その管轄内の災害対策の全責任を負っている。災害時には国防軍、内務省が協力するが、どちらもローカル政府の指揮下におかれる。市民防衛は、実際は政府機関、社会組織、政治団体も含めて編成されるくに全体のシステム。市民防衛の最高司令官は非常時には災害に関連する全部門の調整権限がある。市民防衛の代表は書く州やムニシピオの代表が兼務。
■避難にあたり、誰に手助けが必要か、それを誰がやるのかが押さえられているのが大きい。また、市民がハザードマップを作るので、災害前後でどうなったか、頑丈な家がどこかなどをアップデートできる。貧乏で人だけはいる国にはうってつけの方法。
■ハリケーンで命を落とすのは政府の命令を聞かない人だけ。(市民)
■時間的余裕があれば、そのうちに、貴重品や高価なものをトラックで頑丈な倉庫に輸送。
■訓練。実際に人が動く訓練。パン屋、学校、倉庫関係者、タクシー、バスなど全員が参加して実施。訓練後に結果の審査。救助も、黄金の10分と称し、できるだけ早く救助。
■各家に、コンクリートの一室をもうける。家の中の安全地帯。
■火力発電への過度の依存は停電の元になった。小規模ネットによる分散型発電に切り替え。
■ちなみに貧乏なので、送電線からねじ・ナットなどが盗難などにあう。
投稿元:
レビューを見る
■防災
1.リスクは人命被害とは直結しない
2.災害の予測技術がいくら優れていたとしても、コミュニティ段階での防災や被災後の対応に深刻な欠点があれば無意味である
3.避難行動に結びついてこそ意味を持つ危険情報
4.防災対策というのは、予防、応急、復旧、復興の4つのフェーズからなる。この4つのフェーズのうち、予防、災害の未然防止対策の部分をおろそかにして、応急対策が中心となって異常に特化しているのが日本の特徴。