紙の本
あまり理屈を考えずに読むべし
2019/07/28 22:33
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
第146回芥川賞受賞作の「道化師の蝶」に「松の枝の記」を加えて単行本化。選考委員の中には「退屈で読んでいるうちに眠ってしまった」という人もいるらしい、小説というものにはテーマが必ずあると思ってこの小説を読んでしまうと、確かに何が言いたいのかわからずにただただ退屈なだけと思ってしまうかもしれない、はっきりいってこの小説には何のテーマもない。でも、それがどうした、「架空の蝶を飛行機の中で捕まえる」って何なんだ、誰も訳せない無活用ラテン語で書かれた小説とは何なんだ、エイブラムス氏は男なのか女なのか、とそんなことを深く考えていたらこの小説は面白くなくなる。できるだけ早く円城氏の世界に入り込まなくてはならない
紙の本
ストーリーを楽しむというよりも
2016/02/04 14:20
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投稿者:koji - この投稿者のレビュー一覧を見る
表題作は第146回芥川賞を受賞した時に
掲載誌で一度読んでいました。
2編とも円城氏の作品によく取り上がられる
我々の各言語の成り立ちというか文法をコンピューターで解析した後に
機械的に自動構築する形で小説を表すことへの試みかなあと私は解釈しています。
私は氏の作品を読むたびにウロボロスが頭に浮かびます。
しかし感想を書くことが私などには難しい作家なのですが
無視できないというか興味深い作家です。
次の文は嘘を言っている。
前の文は真実を言っている。
この文章なんかが、この作品の雰囲気をつかみやすのかなあ(笑)
電子書籍
言葉のピエロ
2015/03/26 09:28
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投稿者:september - この投稿者のレビュー一覧を見る
私の円城は道化師とともにはじまった。 そして読むたびに言葉は構築され崩壊し浮遊のち乖離。
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円城さんの小説を読むと、文字って美しいなと思う。日本語が、言葉が、ではなく、文字って美しいな、と。
これはペンですでも思ったけど難解。クセが強い。石原慎太郎氏が激怒したのも少しわかる。でもこの小説は素晴らしい。とにかく美しい。行間とか、文字の繋げ方も、切り方も。すべて計算されているかのような。リズムもある。円城さんの頭の中どうなってるのだろう。未知。これは好きとか嫌いとか、ありとかなしとか無理とかではなく、面白いつまらないでもない。この世界観を理解できるか出来ないか。この空気に馴染めるか馴染めないかなのだと思う。
わたしの感想は、この本を手にとった瞬間から読後まで美しい、に限ります。
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読んでいる途中で思ったが、「友幸友幸」は円城塔氏本人だなと。
言語、文字、あらゆるジャンルの文献に精通し、自身の文章の中で使いこなす様は円城氏そのものである。(円城=塔だし)
ちなみに2009年に出版された「烏有此譚」をみると「道化師の蝶」と「松の枝の記」を随所に見る。
短期間で引越しをくリ返すことについて。
脚注にある、生物の性転換について。
参照されている文献の筆者も多種多様な年代や国が網羅されている。
人の始めの言語は音楽であった。
など。
「松の枝の記」には少女と祖父のが登場するが、「これはペンです」にもやはり少女と祖父が登場する。
「道化師の蝶」と「松の枝の記」は過去の作品を意図的にブラッシュアップさせたものか、意図せずして同じテーマが繰り返されるのか。非常に気になる。
人も、性別も、言語も、文字も、時間も変化しながら循環する。
それを大きな流れの中で情緒的に捉えている。
ありきたりな文章ではなく、数理的な美学、情緒でこれらを描くので美しく、また数理的な部分のみを数理的な理解がないままに読むとなにがなんだかわからない。
「その模様(文体の幾何学的美しさとそれへの理解)は羽を閉じている間だけ現れる」。
この作品をわからない、つまらないと感じる人は、数理的な部分のみを数理的な理解がないままに読み、それに自分で気付かないのだろう。
小説とはこれこれの起承転結があるものという、色眼鏡を外せば、美しい道化師の模様(この作品の価値)が見えるのに。
章ごとに不思議な変化を見せるこの作品は「正に道化師(アルルカン)」。
まさに文学界の「道化師の蝶」。
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芥川賞受賞作。私には難しかった。文字の上を滑ってしまう。目につくところへ置いておいて、また読みたいと思った時に読み直すことに。
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第146回芥川賞受賞作。
他の作品に比べて読み易かった。
夢のように、登場人物の性別や役割、物語の語り手が変化していく。
矛盾があるのに、当たり前のようにすっとイメージが入ってくる感覚が気持ちいい。
物語を通して不思議な蝶がひらひらと舞い、最後美しい幻想の高みへ連れて行ってくれる感じ。
誰か絵に描いてくれないかなぁ。
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円城塔の作品は、読む者を、言葉の盲信から解き放ってくれる。
「分かる」という不確かな現象について、それが単なる思い上がりかもしれないことをユーモラスに提示し、崩壊させる。それはときに爆笑を伴う。
難解だと言って腹を立てる人の気持ちも分からなくはないが、それはまず作品にではなく、自身の「読む」という行為に矛先を向けてみるべきか。
なぜなら、丸や三角や四角が、すべて異なる形状であるという公理に基づいたリアリティは、思っているほど、もう公理ではないからである。
作中の言葉を借りるなら、「なにごとにも適した時と場所と方法があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない」ということ。
今作はQRコードを読み取るカメラの気持ちが少し分かるような、美しく謎めいた話だった。
大変面白かったが、分かったかと聞かれれば、僕は半分も分からなかった。
そして、それでいいのだと思う。
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今回は珍しく(いろんなところで取り上げられていたので)ある程度作品の事前情報が与えられた上で読んだ。にも関わらず、事前情報をはるかに上回る情報量と、広がるイメージの美しさに酩酊させられた。蝶を追いかけ、一緒に迷宮を彷徨い歩く感じ。読み進むにつれて話の断片が浮遊する断片と繋がる感覚が心地良い。それが正しいのかはさておき。
「道化師の蝶」で友幸友幸を追いかけるエージェントの“わたし”が作者の投影だと考えると、円城氏が発表している様々な作品は、実は誰かが何処かに残したものの翻訳なのかも知れない。…なんて妄想をしてみたりした。
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白くて仄かに発光する世界。視点がするする変わって「あれ?」って迷子になりかけたり、「あ、この言い回しさっき…」と結び目を見つけた気になったり。柔らかい迷宮でさ迷う快感みたいな、そんな話。(表題作)
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第146回芥川賞受賞作
無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。
正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる。
第146回芥川賞受賞作である主題作「道化師の蝶」と
「松ノ枝の記」の二編が収録されている。
何とか読了した。何故かものすごいエネルギーを消耗したような気分だ。
どちらの作品も章が変わるごとに「変なねじれ」のようなものを感じる。
ものすごく心地良いテンポで読めるのにページが進んでいないという怪奇現象。
もっと頭がよくなってから読むべき作品なのだろう。
まったく理解ができない。
解説↓26:20~
http://media.jorf.co.jp/podcast/radio/120115_metta146_yoso.mp3
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道化師の蝶よりも松の枝の記の方が好き.人格を文脈に落とすことで,人格の読み手,つまり他人からみた自分の曖昧さと,それとは関係がないと言い切ることができる自分自身の確かさを表現してるんじゃないだろうか.
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文章はスラスラ読める。しかし残るのは煙に巻かれたような感覚で、話は随分と入り組んでいて複雑。しばらくしたらまた読み返したい。
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芥川賞であるところの奇妙な物語の物語。
『道化師の蝶』『松ノ枝の記』中編2作。
最近の円城塔はSF好きじゃなくとも読みやすいと思う。
強烈な入れ子構造は相変わらずの奇想というか、言葉に挑戦している感じが良い。独特のユーモアも忘れてはいけない萌え要素。
個人的にはサンプリングしたエレクトロニカを聞いているかのように、頭の中を心地良くかき回してくれる。
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芥川賞受賞記念購入です。
実はこれまで円城塔さんの作品は読んだことがありませんでした。前回の芥川賞で「これはペンです」が候補に挙げられ、村上龍さんのよくわからない指摘によって落とされた、という経緯だけは目にしていました。
【芥川賞選考】村上龍の指摘について
http://togetter.com/li/163954
村上龍さんの"指摘"というのが、イチャモンにしか見えなかったんですよね。ボクも読んでないので周囲の声だけで判断しているのですが、なんだか「SF作家なんかに受賞させてたまるか」みたいな力学が働いたような気がしてしまって。ボクには"論壇"とか"文学界"ってよくわからないんですけど、なんか無理やり"権威づけ"しようとしているなーという印象を受けたのです。
[続き]
http://wildhawkfield.blogspot.com/2012/02/blog-post_09.html