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大学で民俗学を研究していた著者が縁あって老人ホームで介護職員として働き始めた。介護の過程でこれまでの経験を活かし「聞き書き」の手法で利用者の人生の来し方を聞く。
認知症を患い意思疎通が困難とされていた高齢者は記憶が蘇り、聞き手である著者は忘れ去られそうな時代背景、風俗・習慣を驚きを持って知ることができる。利用者の行動がその人の生活史を知る手掛かりとなることもある。
もともと、介護現場には話を傾聴することで利用者の心の安定や支えにしようという「回想法」があった。だが、著者にとっては、それはあくまで予定調和を繰り返す「技法」に過ぎない。そこには、知識や技法で利用者の行動変化を「促す側」にある介護職員が「促される側」の利用者に対し優位に立つという非対称的な関係が生じる。
著者が行う民俗学上の手法「聞き書き」では、聞き手は話者と対等の関係に身をおき、「教えを受ける」という意味では「回想法」上の関係と逆転することもあり得るとも説く。
この手法は、利用者の心や状態の変化を目的とせず、利用者を師として社会や時代、そこに生きてきた人間の暮らしを知るという学問的好奇心と探究心に基づくもので、結果的にターミナル期を迎えた高齢者の生活をより豊かにするのではと語る。
また、著者は、民俗学を学ぶ学生の進路の一つに介護現場を勧めたい反面、職場環境の過酷さ、疲弊感、社会的評価の低さという現実の壁を感じている。
読み終えて、問いかけたいと思ったのは、著者が介護士など現場の福祉職との間で解離感に苛まれていないのかということ。人手不足で多忙かつストレスのたまりやすい介護現場に従事する通常の福祉職員は正直、著者をどう見ているのだろう。介護と民俗学の融和という取り合わせに非常に興味を感じながらも高尚な学問的アプローチをベテラン福祉職員がどう感じているのか、現場がプラスの方に向かっているのかを知りたい。