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「実行犯は不詳、支援者も不詳。でも、これはオム真理教の犯行
です」。国松警察庁長官狙撃事件の時効数日前、特捜本部は
東京地検に書類送致を行った。
これについては先日、オウム真理教から名を変えたアレフが
名誉棄損訴訟を起こし勝訴したとのニュースが流れた。
首都東京を恐怖と混乱に陥れた地下鉄サリン事件の後の狙撃
事件だったので、あの当時は教団の犯行だと言われれば疑う
人はすくなかったろう。現役警察官にも信者がいたことだし。
狙撃事件の捜査を担ったのは警視庁公安部。証拠を積み重ねて
捜査に当たる刑事部とは違い、彼らは「まず犯人ありき」で捜査を
進める。
しかし、使用されたと思しき銃や弾丸とオウムとの繋がりがまったく
出て来ない。それでも公安部はオウム犯行説に固執する。
そんななか「私が撃ちました」と名乗り出る男が現れた。既に違う
事件を起こし獄中にいるそお男は、やはり解決を見ていない八王子
でのスーパーで女性3人が射殺された事件の際にも名前が取り沙汰
された老スナイパーだった。
本書は公安部がこだわったオウム捜査と、刑事部が独自に捜査を
積み重ねた老スナイパー関連の証拠を対比させ、どちらに真実味が
あるかを検証している。
革命の英雄、チェ・ゲバラに憧れて地下活動に邁進して来たと述べる
老スナイパーの足跡は非常に興味深い。そして、実態が明かされない
彼の共犯者も。
内容は面白いんだが、本書には決定的な瑕疵がある。文章が読み
難いっ!
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2014.3.5~3.17 読了
これだけ十分な状況証拠が固めても不起訴とは!警察上層部、特に公安の思い込みの強さに呆れ果てる。それだけオウム事件のインパクトが強く公安として未然に防げなかった裏返しでもあろうか。限りなく本ボシに近い中村泰の思惑(オウム犯行への見せかけ)は見事すぎるくらいに的中した。最終的に物証(拳銃)と共犯者(ハヤシ)が出てこなかったことが弱かった訳だ。マグナム弾を3発クラっても一命をとりとめた国松長官も奇跡的というか驚異的。
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面白かった!
オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は衝撃的だった。TVで映し出される次々と搬送される人たち。日本でもこんな無差別テロが現実に起こるんだと思った。その他の非合法活動も含めて、オウム真理教はテロ集団として深く記憶に刻まれた。
オウム真理教が起こした事件と思われる中に、警察庁長官狙撃事件がある。國松孝次警察庁長官が出勤の際に何者かに狙撃された事件。地下鉄サリン事件が発生した10日後でもあり、オウム真理教の関与が疑われた。本書は、この狙撃犯の真相に迫るノンフィクションだ。
著者の鹿島圭介さんはノンフィクション・ライターであり、著者紹介によると政治、経済分野で精力的に活躍中とあるが、amazonなどで調べても、他の著作はない。大手新聞社に勤める人が、偽名を使っているのではないかという話しもある。いずれにしても、これだけの取材をするのはすごい人だ。
当初は、オウム真理教の平田信が容疑者として疑われ、警察は平田信が真犯人だとこだわりぬいた。だが、証拠不十分で起訴しきれずに2010年に時効となる。本書では、実は平田信は事件には無関係であり、真の犯人は中村泰なる人物であることを炙り出す。中村は、別の事件で起訴され、現在は岐阜刑務所に服役。1930年生まれだから、もう80歳を超えている。中村は幼いころから勉強がよくできるが、親にも内緒で東大を受験。東大時代は学生運動に身を投じたようだが、為政者と官憲に対して思うところがあったようだ。その後、窃盗事件をきっかけに東大を自主退学。地下組織活動に傾倒していったようだ。だが、その大部分はよく分かっていない。
中村がなぜ、警察庁長官の狙撃に至ったのか。一方で、警察はなぜ、オウム真理教が犯人だとこだわったのか。複雑に絡み合った糸を一つ一つほどいていく過程が抜群に面白い一冊だった。
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警察庁長官狙撃事件を追ったルポである。文章に独特のキレがあり迫力を生んでいる。
http://sessendo.blogspot.jp/2014/04/blog-post_7642.html
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テレビ特集を観て読んだ。巻末参考資料の手記通りなら、思い込み捜査の愚行が、結果としてオウム事件に対する警察組織の愚かさが露見するのを防いだことになる。時効により司法手続きを経た情報を得れない市民にとつては、本書は面白い本の一つでしかない。
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面白い本だった。
テレビに触発されて読んだ。
中村氏が犯人あるいは犯人に極めて近い人物であることは間違いないと思われる。
ただ、残念ながら引き金を引いた確実な証拠はないのだろう。
すごい犯罪であったことを今更ながら思い知ったが、動機には全く共感できない。
革命思想といわれるようなものが独善的であることを再確認した。
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立花隆氏推薦の本 オウム真理教が実行犯として、追跡されるが確たる証拠が見つからぬまま、未解決の事件として闇に消えて行った
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久々にこれ程面白い本を読んだ。
と言うか、これ程興味を引かれる人物はなかなかいないだろう。
東大在籍時に極左思想に染まり、ノーベル賞級の頭脳の持ち主と教授に謳われながら、共産党の地下組織に潜伏し犯罪者として服役。出所後も革命運動に参加すべくニカラグアに渡航、秘密工作員として訓練を受け、国内で武装蜂起を図る私設軍を秘密裏に組成。オウムによるテロを未然に防ぐべくサティアン爆破を企図するも、地下鉄サリン事件が勃発。警察の威信を掛けたオウム壊滅へ誘導すべく実行された諜略としての長官狙撃。
こんなマンガのような人物の存在も日本の闇の一面だが、公安部と刑事部の暗闘によって、政略的にその真実が葬り去られたというのが事実であれば、その闇は更に深い。
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地下鉄サリンの十日後の狙撃事件。オウムの犯行とされてきたが,解決を見ることなく15年後に捜査は時効で終結した。しかし,実は捜査の過程で,真犯人である可能性が極めて高い人物が浮上していた。オウムと無関係なその老スナイパーは,いかなる動機でこのテロを計画し,どのようにして警察庁長官を撃ったのか。警察・検察はなぜ真犯人に肉薄しながら立件を見送ったのか。それらの謎に迫った労作。
警視庁が刑事部でなく公安部に捜査を任せたことが,迷宮入りの遠因になっている。銃器犯罪に慣れない公安は犯行動機を過大視し,追い詰められたオウムの組織的犯行との見方に凝り固まってしまった。膨大なマンパワーを投入してこの線での捜査を続けた結果,いつしか後戻りすることができなくなってしまう。捜査の方向性を誤った幹部の責任問題につながる情報は,結局握り潰されてしまった格好だ。事件が時効を迎えた2010年の会見でオウムの関与を強調する警察の異様さは記憶に残っているが,裏でこのようなことが起こっていたとは,まったく知らなかった。真犯人であることの自供,秘密の暴露,所持する銃器の種類と量,そして動機の面でもこの老スナイパーの容疑性は極めて高い。自らの組織の長が殺されかけた事件にも関わらず,真相の解明に近づく軌道修正がなされなかったということには本当に驚く。
失敗に終わった壮大な見込み捜査。警察はこの件についてもっと批判されるべきだろう。再びこのような過ちを犯さないためにも。
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[冷静に狂った男たち]地下鉄サリン事件の衝撃が醒めやらぬ中で、日本社会を震撼させた國松警察庁長官狙撃事件。2010年にこの事件は時効を迎えることになっており、事実、その時効は成立したのであるが、その直前になって「私がやりました」と突如名乗り出た男が存在した......。捜査路線をめぐる警察内部の対立や、自らを真犯人と名乗る「中村」の足跡を丹念に綴り、事件の暗部を抉りとったノンフィクション。著者は、本事件を長年にわたり追い続けた鹿島圭介。
2015年も後半戦に差し掛かる中で、またしてもとんでもない一冊を目にすることになりました。公訴時効成立時の記者会見などでおぼろげな概要を知っている方もいると思いますが、本書で明かされる事件の一連の流れには、予想以上に背筋を凍らせるものが満ちていました。ここまで追っかけ続けた鹿島氏の執念はもはや天晴れとしか形容しようがありません。
筆者はこの事件を指して「呪われた事件」としているのですが、「中村」の思想背景や事件に至るまでの潜伏期、そしてオウムの影響下にあったK元巡査長が捜査段階で果たした役割を考えると、この表現がまさにぴったりとなのではないでしょうか。「平成最大のミステリー」とも言われる狙撃の内幕を知りたい方にとっては必読の作品です。
〜この事件は、オウムでゴールする。それはもう決まっていることなんだ。〜
今年は事件モノの作品に個人的な当たりが多い☆5つ
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1995(平成7)年は、或る古老をして「戦後最悪の年だつた」と言はしめたほど、厄災の大きな年でありました。
その代表例が、1月17日の阪神淡路大震災、3月20日の地下鉄サリン事件と申せませう。前者は自然災害(人災とも批判された)であるのに対し、後者はカルト宗教団体(オウム真理教)による凶悪犯罪でした。そして同じく3月の30日に発生したのが、國松孝次・警察庁長官狙撃事件であります。
折からオウムに対する捜査が進んでゐた時期でもあり、公安部長は「オウム真理教の信者グループが教祖の意思のもと、組織的、計画的に敢行したテロ」として断定し、結局それで捜査は終結しました。世間も何となく、ああやつぱりオウムだつたのねと、わたくしも含めてさう認識した人が多かつたと記憶してをります。それにしては実行犯が特定されず、不思議な幕切れではありました。
ところがどつこい、鹿島圭介著『警察庁長官を撃った男』を通読いたしますと、中村某なる老人が「犯人は自分だ」と名乗り出てゐたといふのです(元元、この人物を取り上げたのは「週刊新潮」のスクウプださうですが)。しかも詳細な自供内容で、犯行現場にゐた人物にしか分からぬ事実を次々と述べてゆくのです。さらに使用した銃についても、日本はもとより本場米国でも稀少な銃で、科捜研や科警研のメムバアも知らぬ知識を有してゐました。
著者はウラを取るべく精力的に取材を試みます。銃器類に関しては、態々米国まで飛んで関係者の証言を求める旅をするのでした。
そもそもこの事件は、本来捜査に当るべき刑事部がオウム捜査で手一杯の為、公安部にお鉢が回つてきたといふ事情がありました。これが悲劇の原因で、オウムの事しか頭にない公安トップは「中村説」を相手にせず、事実を捩ぢ曲げてまでオウム犯人説を「創作」したといふ事です。
自らの保身と面子の為に、みすみす真犯人を逃し、迷宮入りにしてしまつた罪は大きい。俄かには信じ難いのですが、近年の警察組織の不祥事の数々を振り返ると、信憑性は高いのではないでせうか。事実は小説よりも奇ッ怪なり。まあ一度本書に目を通してくださいと申し上げます。著者の、事実を求める執念に圧倒される事でせう。
http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-664.html
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地下鉄サリン事件で日本中が騒然としているなか、警察庁長官が何者かによって狙撃された事件。当初から強制調査に抵抗したオウム真理教の犯行と疑われた。警察はメンツにかけて犯人逮捕に動くが、サリン事件とオウム真理教への強制捜査で人員を奪われた刑事部は、長官狙撃事件にまで捜査員をあてることが無理だった。
そこで公安に白羽の矢が立ったわけだが、彼らには事件現場を徹底して調べ上げ、物証を集め証拠を積み上げていくという捜査経験が全くない。彼ら思想犯や危険な組織などをあらかじめ調べ上げ、協力者をつくり内部情報を引き出したり、尾行や監視行動で犯罪を予期する捜査しかしたことがない。
だが本来なら畑違いで、お鉢が回ってきてはいけないところに、非常事態ゆえに回ってきてしまったのだ。
公安はオウム真理教を危険な団体としてかなり前からマークしていた。だからオウムに関する捜査は得意である。そのため初めからオウムの犯行という前提で捜査をはじめた。それは別に間違いではないと思われるが、問題なのはそれに凝り固まって、現場の状況と辻褄があわなくなってからもオウム一辺倒の捜査しかしなかったことだ。
この事件は刑事部が担当していたら、間違いなく真犯人を検挙できた事例だと思う。
で、このほぼ真犯人で間違いない表紙のおじいさん・中村泰の思想遍歴と犯罪歴、そして狙撃事件当日の犯人の動きが、刑事部が担当に戻ってきてから(刑事部と公安部が合同で捜査するという異例のことが行われた)次々と明るみになる。ここがこの本の一番面白いところなのだが、その辺はテレビでも詳しくやっていたので割愛する。
中村が長官を撃った動機だが、あんまりピンとこないが要約するとこうだ。
松本サリン事件のころから中村は、オウム真理教が山梨県の上九一色村のサティアンでサリン製造をしていたという情報をつかんでいた。オウムの犯行と確信した中村はオウムの拠点を爆破する計画を立てたが、オウムはすでに戦車や武装ヘリを所持しているとの情報もあり太刀打ちできないと判断した。そして国家の力によって潰してもらうしかないと考えた。
しかし、肝心の捜査はなかなかオウムへと向かわず、いたずらに時が過ぎ、地下鉄サリン事件という悲劇が起きた。
国民を守るべき国家が、その役目を果たしていない。一刻も早くオウム壊滅へと警察組織を動かすために、オウムの犯行と見せかけ長官を狙撃した。トップが狙撃されれば警察はオウム壊滅へのスピードをあげるだろう、という感じ。
中村の頭の中では長官狙撃は国民を守るための”義挙”なのだ。
そして警察は中村の思惑通りにオウム一辺倒の捜査へ突き進む。
最初の一手で”公安”という間違った駒をつかったことが最後まで尾を引いた、非常に稀な事件だと思う。
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これは凄いなー。警察庁長官狙撃事件はオウムへの捜査を強化させるための謀略であり実行したのは中村某だった、さらに警察側はオウムにテロ組織としての印象を残す為にこの事実を無視して時効を迎えさせた、って、ダブル謀略が克明に描かれてる。この中村某の人生にも興味が尽きないし、当時の警察の体制にも疑問が尽きない。とても面白い渾身のルポ。
ところで、オウムに関係した本読んでると思うのは、実刑受けた連中の名前は他の事件に関した記事でも実名なのに、不起訴になった連中は仮名なのっておかしくない?って事。刑確定者差別では?
あとこの版ではアラミドがアミラドってなってた。興醒めするよね。
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1995年に起こった地下鉄サリン事件。その直後、当時警察庁長官であった圀松氏が自宅マンションから登庁途中に狙撃される事件が発生しました。犯人はオウム真理教信者であった警察官という見立ての中で、犯人は特定できず時効を迎えました。
実は、この事件には自らの犯行である旨を供述している中村という人物が存在し、警察もその裏付け捜査を行っていたという事実がありました。その人物に関しては犯行動機、狙撃に使用した特殊な銃や銃弾の入手経路に至るまでの裏付け捜査が達成されていながら、真犯人として送検できなかったという状況に陥っていたのです。その原因は、警察内部の権力闘争とも言える公安部と刑事部との対立であり、「犯人はオウム真理教信者」と信じて疑わず、ほかの可能性を全否定して捜査を指揮した警察幹部による操作のミスリードであったという事実を克明に描いています。
真犯人と思しき人物は、東大中退ながら自ら狙撃術を獲得するために渡米、組織によるバックアップもない状況で各種銃砲類を密輸するなど実行力・計画力に富んだ人物でした。この人物の供述を交えつつ、その動機や犯行の真相に迫ります。「中村の長官狙撃事件における容疑性が極めて高く、真犯人と確信し、刑事訴追できるだけの材料がそろっている事実。それを、特捜本部を主導する警視庁公安部が最後の最後まで握りつぶし、封殺しようとする理由。そして、東大中退の老スナイパーは何故、警察庁長官の暗殺を企てたのか、その深淵なる動機。これらを読者にお伝えしようという本書執筆の意図は、ある程度達成されたものと自負している。」この一文だけで本書の内容の深さが伝わって来ます。巻末解説の立花隆氏が「これほど面白い本に、ここ数年出会ったことがない」と書かれているのも決して大げさではありません。
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中盤にかけて、ミステリー小説を読むようなおもしろさがあった。映画にしたらおもしろいかも。何が真実かなんて一市民にわかるはずもないが、取材に相当な労力をかけていそうだし、その結果として示されていることに説得力もある。この中村という人物が実行犯、もしくは実行グループの一人である可能性は相当高いと思った。ただ、あの当時、この犯行をオウムと関連付けてしまうのは仕方ないことだと思う。思い込みから逃れることは本当に難しい。
それにしても、警察にオウムを捜査させるために、何でこんなことしなければならないのか?その思考回路が独特。陰謀・謀略好きも度を越すと相当困った人になる。実行力を伴ってしまうと尚更。