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紙の本
江戸時代の怪奇な話。
2009/05/16 01:28
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オレンジマリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
単刀直入に言って、宮部みゆきの江戸物はやはり群を抜いている。些細なところもきちんと筋が通っているし、経緯に得心がいくのだ。例えば、犯行に及んだ動機だったり、事が発生したきっかけ。人間の素の感情が、時には仏にもなり鬼にもなる様を巧妙に描いている。
使われている言葉が古いので、江戸時代の風情を味わえるのも利点の一つと言えるだろう。私は古い言葉にはあまり通じていないので『頓死』と書かれていてもどんな死因なのか分からない。だから、広辞苑を開いては検索する。更に『疱瘡』や『結核』による死など、きっと現代ではあまりないだろうから、時代性を感じる事が出来る。時代には時代の特徴があるし、進歩の段階というのもある。
栄えた店の事情や政略結婚。ほとんどの話にお店が出てきて、そこの女将や旦那が登場し、女中や番頭が深く関わってくる。そこで芽生えてしまった鬼の心と人間の心の弱さの因果関係も面白い点だと思う。特に、女性の悲哀や無念が渦巻いている話が多い。嫁と姑の因縁、身分の違いで結ばれなかった悲恋の結末。切ない気持ちだけに終わらない、愛情を感じる話もいくつかあり、不可解なまま終わる話もあった。ミステリーと怪奇が合わさったような短編集だ。
現代に状況を置き換えても実際に起こりそうな話ばかりなので、素直に読み進めていける一冊である。特に印象深かったのはカボチャの話だった。隠された事実と実の親の愛情と里親の愛情に心打たれるものがある。現代の親子関係に目を伏せたいような痛々しいニュースが溢れる中、こういった愛情の話は心に染みる。身近にある、見過ごしがちな物事への感謝を忘れてはいけないと目が覚めた部分もあった。全体的に、教訓になり得る事もあり終始面白く読めた。ただ、短編だと物足りなさが残るものもいくつかあり、更に展開を望めるのではないかと感じた部分もあるので評価は星五つに及ばずである。
紙の本
怪談本、なのになぜか温かい読後感
2004/06/04 18:59
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:岑城聡美 - この投稿者のレビュー一覧を見る
うっかり手の届くところにおいておくと、ついつい何度でも読み返してしまう本というのがある。多少つむりの辺りが疲れていても、すいすいと読めてしまう。その上繰り返して味わっても面白い。本書を読み終えたとき、またそんな一冊に捕まってしまったな、と思わず苦笑した。
タイトルの通り、怪談ばかりを集めた短編集である。著者お得意の時代物怪奇小説で名品が九話も…と言えば、さぞ恐ろしい本だろうと思いきや、そうではない。読み終えたときに感じるのは恐怖ではなく、むしろ感情のひだに染み入ってくるような温かさなのだ。
洒脱な筆で描かれた、江戸の庶民達の人情味あふれる生活の様がそう思わせるのだろうか。否、勿論それだけではない。鬼や幽霊と対峙する形でそれに立ち向かっていく人々の姿も描かれてはいるけれど、むしろ興味を引かれるのは、人間の背負う闇から生まれる魔性のものや、その魔性の影に映しだされる、誰もが胸の奥に潜ませる人間の中の鬼が、そっと人間に寄り添う姿なのではないだろうかと思う。罪を犯した人間の悔恨や懺悔の念が、病や、鬼や、幽霊といった形をとって語りかけてくるとき、何とも言えない、寂しく、また温かい情緒が立ち上るのだ。
幽鬼となったもの達の脆さを影とすれば、物語の中を懸命に生きる庶民の姿は光であるとも言えよう。人間の命に照らし出されて、遠いようで近いところにある鬼の姿が浮かび上がる。そこに一抹の感傷と、人間というものの生の不思議を、しみじみと感じ取ることが出来る。
その他にも本書には、幽霊屋敷もの、不老不死もの等々、怪談の典型とも呼ぶべき作品がバリエーション豊かに収録されている。パターンとしては目新しくはないものの、それでも読者をするすると引っ張っていく筆の巧妙さは、さすがはこの著者ならではと言うべきだろう。読みやすく、面白く、読後感が良い、と三拍子そろった本書、怪談ものを探している友人には安心して勧められる一冊である。
紙の本
ゆっくりとしみる恐さ
2003/07/04 19:55
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かずめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
まことによくできた、時代ものの恐怖/幻想短編集。
舞台はいずれも江戸は深川周辺で、商家の主人一家やその奉公人、それを手配する口入屋などの物語。時代は違っても、ごくあたりまえに働いて苦労して、とりわけ裕福でもなくささやかな楽しみを持っている、という庶民の暮らしが描かれる。登場人物達の心情は実に鮮やかに親しみやすく書かれている。
——が、共感しやすいだけに、ここに描かれる怪しいものたちは怖い。それは恐らく、誰にでもある暗い部分から発するものだから。奉公先の若旦那と一緒になれるわけないと分かっていたはずが恋情に囚われる女(居眠り心中)、よくできた母へ姑への劣等感と反発から悪鬼の如き残酷なしうちに出る夫婦(影牢)、一時の妬ましさ悔しさの生んだ呪いの反動で十五年も床についたまま一生を終える娘(梅の雨降る)。そんな奇妙なことや過酷な運命は滅多にないが、それは元はと言えばありふれたささやかな希望や不満や反発であったはず。分かっていながら、そちらへ落ちていくこともある。(時雨鬼)
そういう物は凝り固まって、あるものは代々店に不幸をもたらしたり(布団部屋)突然人に取り憑いて暴れたりする(灰神楽)。あるものはただそこにあって、しかし見る者の心を映す(安達家の鬼)。
そして、なんだか分からないものもいる。何をするでもなく、何故そうなのかも分からない、あたりまえの人に交じってあたりまえに暮らしている(蜆塚)。ただやはり、あたりまえではないのだ。
ここに書かれたのと同じではなくとも、そういうものはそこにいる。どこの町にも誰の傍にも、誰の中にも。
きっと少しずつ年を取って、そういうものに覚えがあると思えるほど、この一冊は一層怖く感じられることだろう。——これからだよ(「安達家の鬼」より)
紙の本
江戸のふしぎばなし。幽霊ばなし。
2003/06/22 14:24
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投稿者:みーちゃ - この投稿者のレビュー一覧を見る
こんなことも起こりそうな、まさに江戸の怪談ばなし。現代小説もうまいけれど、時代小説も読み応え充分。珈琲よりも番茶をすすりながら読みたい話。
紙の本
まんが日本昔ばなし。
2003/06/16 16:39
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:purple28 - この投稿者のレビュー一覧を見る
時代は江戸。下町の、どこにでもいる人たちが主人公の、ご近所物語。
そんな日常に現れる“あやかし”。
病になったり、事故にあったり、恐ろしい事件となったり。
いろんな形で現れるそれを総じて、“鬼”という。
誰の目にも見えない、自分を襲う女の首。
わたしだけ感じない、お義母さまに寄り添うモノ。
「あの男を信じるな」と忠告する女…。
9つの物語には、9つの鬼がいる。
不思議と怖いとは思わなかった。
ただ、読み進むうちに懐かしさがこみあげてきた。
昔、子供の頃に読んだ本に似ている。
小学校の図書館で借りた本に。
内容も、どんな形だったかも覚えてはいないけれど。
一休さんのようなとんち話だったかもしれない。
短い短い、おもしろい話だったかもしれない。
違うかもしれないが、こういう本だった気がする。
それはまるで、「まんが日本昔ばなし」のような。
教訓。そういってしまえばそれだけだけれど。
こんなことをしてはいけませんよ。こんな怖い目にあいますよ。的な。
そこで私は胸を張って言うのだ。
「私は、そんな悪いことはしない」。
だから怖くない。
こんな私の後ろにも、きっといるのだ。
鬼が。
紙の本
一番怖いのは
2019/07/09 18:15
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:hid - この投稿者のレビュー一覧を見る
一番怖いのは人間の心なのではないかと。
優しくもなれるけれど、残酷にもなれる。
不思議で怖い怪談話。
「影牢」が一番きつかったかな。
紙の本
心に植え付けられる「あやし」の気分
2005/03/26 07:45
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふぉあぁ - この投稿者のレビュー一覧を見る
宮部みゆきによる時代小説「江戸怪奇談」です。
宮部みゆきが描く江戸は、魑魅魍魎と市井の人々が、ちょっとの緊張感を保って当たり前のように隣り合わせに住んでいます。
「本所深川ふしぎ草紙」や「幻色江戸ごよみ」では、謎解きを軸に物語が展開していきましたが、本作では不思議な話そのものが題材です。
本書の九編は、決して恐怖をあおるわけではなく、話は淡々と進んでいきます。
しかし、謎が解けて腑に落ちてという結び方ではないためでしょうか、話の終わりに妙にざらついたなんとも言えない不安定感が残ります。
心の隅に「あやし」を植え付けられるこの感じをぜひ味わって下さい。