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オリンピック
2016/03/13 21:59
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投稿者:Freiheit - この投稿者のレビュー一覧を見る
1964年の東京オリンピックエンブレムは記憶にあるだろうか。そのデザインをしたのが、亀倉である。デザインが日本に根付いたのは彼以降であろう。デザインは模倣ではなく、「魂」であると感じた。
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金曜日に2020年のエンブレムの最終候補が発表されたタイミングで本書のページを広げました。どれが選ばれるとしても亀倉雄策が切り開いて来たグラフィックデザインの末裔があの4案だということに切なさを感じます。大きな物語が失われてポストモダンの国になった日本の発信するデザインは世界に何を残すのか?きっと選ばれたデザインを4年でどう育てていくかが大切なのだ!と思うようにしています。それにしても亀倉雄策の巨人っぷりは半端ない。経済と文化が一緒の夢を見ようとしていた時代の神話。もしかしたら日本のデザイン業界は父親越えで未だに悩んでいるのかもしれない、との思いました。
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「風土」は人の生きざまに強く影響する
今更ながら、その感を強くしました。
ここでの「風土」は 日本の「歴史的風土」と言い換えていいかもしれません。
ここで論じられる亀倉雄策さんは
あの太平洋戦争の真っただ中を
戦前から戦後まで
一人のデザイナーとして
生き抜いた方
その亀倉さんのまわりに綺羅星のごとく
現れるデザイナー、写真家、企業家の
肉声もまた聴こえてくるようです
なんとなく お名前だけは
知っていた方が
何人か登場されました
その作品の断片しか知らなかったのですが
歴史としての事実の上に重ねて
俯瞰していくと
こんなに壮大な昭和史になるのですね
緻密な取材と膨大な資料を駆使した
とても素敵な渾身の一冊ですね
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著者がどういう位置にいた方か、はっきりしませんが
きっと亀倉氏を尊敬して資料を読みこなして
著者なりのイメージで書かれたものなんでしょうね
まるで、小説のようです
自分にとっての亀倉氏は、神様のような方かな(^^)
タテ組ヨコ組の連載を読んでました
辛口だけど愛情あふれたエッセイだったな
印象的だったのは、トータルで事業を起こしていこうという姿勢
当時は理解できかねる事だったことでしょう
太平洋戦争/「とと姉ちゃん」では描かれなかった花森さん達
日宣美/ボイコット
東京オリンピック/小説だ(笑)
万博/この間見てきたから、よくわかる(^^)横尾さんのせんい館ってどうだったかな
歴史が詰まったいい本でした
回顧展が企画されたら、いいなと思います
ドキュメンタリー映像や図録でもいいな
装丁は、YMOとかやっていた奥村 靫正氏です
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大きな朱色の丸、その下には黄金の五輪マーク。そして、同じく黄金の
「TOKYO」と「1964」の文字。
戦後の復興を世界に示す為に1964年に行われた東京オリンピックの
エンブレムだ。デザインしたのは日本を代表するグラフィックデザイナー
亀倉雄策。本書はその亀倉氏の評伝である。
ひとり、亀倉氏のみの話ではなかった。日本のグラフィックデザインが
どのように発展して来たかのお話でもあった。
始まりは現在の東京都武蔵境市にあった亀倉氏の自宅近くの紅葉林。
少年の亀倉氏が出会ったのは「シモンちゃん」と名乗る男の子。シモン
ちゃんの遊び相手をするうちに、その父親の知己を得る。
イタリア文学者の三浦逸雄。「シモンちゃん」は後の作家・三浦朱門で
ある。
グラフィックデザインがまだ「図案」と呼ばれていた頃、それは画家が片手
間にやる仕事だったが、画家になる気のなかった亀倉氏は三浦逸雄の
影響もあり、最初から図案家を目指した。
時代が亀倉氏に添ったのか、亀倉氏が時代に添った生き方をしたのか。
きな臭い戦中も対外プロパガンダの為のグラフ誌「NIPPON」のデザイン
に係わり、デザイナーとしての腕を磨いた。
それが戦後に生きて来る。1964年の東京オリンピックのエンブレムは
勿論、大阪万博や札幌オリンピックのポスター、NTTや旧リクルートの
ロゴマーク。様々なデザインを手掛けている。
亀倉氏を取り巻く人たちも多彩だ。写真家の土門拳、写真家であり編集
者としても抜群の感覚を持っていた名取洋之助、「NIPPON」と並ぶ対外
プロパガンダのグラフ誌「FRONT」のアートディレクターを務めた原弘、
資生堂のデザイナー山名文夫。
日本のグラフィックデザインの黎明期を支えた巨人たちの名前が次々に
出て来る。一応、専門学校でデザインを学んだ身としてはタイムスリップ
したくなるくらいだった。ただし、私は棒人間しか描けないんだが。
熱い時代だったのだなと思った。デザインは「企業の理念」「商品の真の
価値」等を表現するものである。だから、東京オリンピックのエンブレムも
シンプルでありながらインパクトがあったのだと思う。
「不幸のすべてはなぜ二〇二〇年に東京でオリンピックを開くのかの大
義が明確でないまま、オリンピック開催だけが決まったことだ。デザイン
は本来その大義の象徴に過ぎない。確かにデザインには、誰も気づいて
いない物事の核心を突き、その本質を端的に視覚化することで、万人が
共有する新しい価値観、大義を創造する力もある。」
2020年東京オリンピックのエンブレム騒動に触れて、著者は「あとがき」
で記している。1964年東京オリンピックには大義があり、開催する価値
があった。だからこそ、あの朱のエンブレムは今でも色褪せないのだろう。
表現者としての亀倉氏の仕事の数々も素晴らしいが、親交のあった江副
浩正氏がリクルート事件の渦中に会った時に、江副氏が行った巨額の
政治献金に対する亀倉氏の発言がまたいい。
「献金したって政治はよくならない。それがあなたと堤清二さんの違いだ。
堤さんは派手に政治献金などしない。その代わり、文化に対しては大いに
献金した」
「経営とデザインの一体化」は、亀倉氏が目指したものでもある。それを
実践した経営者がセゾン・グループを率いた堤清二氏だったんだよね。
あぁ、私にデザインの才能があったらよかったのに。でも、才能がない
からこそ、亀倉氏のような「絶対表現者」を尊敬できるのかもしれない。