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北村薫さんはこれが初めて読んだ一冊かも。
女性の一人称と云う書き方がどうも苦手で、書架で見かけて中をパラパラと捲った感じでは、うーん…まあ、今本切らしてるから良いか・・など軽い気持ちで手にした一冊。
なんと云う事でしょう、めっちゃ面白かったのです。文芸・文学・古書、もっと突いて書誌とか目録とかそんな話が好きな人にはたまらない内容でした。
芥川ー三島ー太宰の大著をめぐる、人が死なないミステリ。本に隠された謎、と呼べばよりミステリですが、読み手が深読みしすぎるほど読み込んで、ふと湧いた疑問点に自己満足ながらのめり込む。謎が解けたかと云えば、自己満足から発する旅ですので、まあ、そう言う着地点なのね、と云ってしまえば、本当にただそれだけの内容なのですが。此処に出てくる人物や文豪たちを好きならば、この上ない贅沢な時間を与えてくれる1冊となる事でしょう。
読後、米澤穂信さんの丁寧な解説を読むまでこれが長年続いたシリーズものの追補版だったと知り、さて最初から読み始める事が出来るという楽しみが増えた事になります。ありがとう、ごちそうさま。じゅるり。
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円紫さんシリーズです!
まさか続編が出るとは思わなかったです。嬉しい。
前四部作からしばらく経ってからの続編ということで、主人公の「私」は40代になり、円紫さんとの関係も前作とは違います。
前作では円紫さんは私に謎を解いてくれる名探偵のような人だったが、今作はそうではなく、ヒントだけをもらって私が自力で答えにたどり着ける。
太宰治について知っていることが前提で話が進むため、最初は全くついていけなかった。
ピエールロチから始まり、太宰治、芥川龍之介など作家やその作品が出てくるが、それぞれの作家の書いた小説を取り上げ、その一部分に作家が何を訴えたかったのかを読み取っていく。
次々出てくる話がどんどんつながり、またそれによって別の本や作家の話が出てきて、少しずつ謎に迫っていく。
後半は作家や作品がわからなくてもついていける。
でも、ここに出てきた話を全部読んでからまた読みたいと思った。
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北村薫 「 太宰治 の辞書 」文学謎解き短編集。太宰治の小説は 他からの引用 と 太宰治の創作により構成。この本は その創作部分に 著者の本心があるとした 謎解き探偵もの
太宰治「女生徒」の創作部分のうち謎の部分
*ロココ料理(おいしくないが 華やかな。色の配合センスに自信がある)
*最後の文章「もう、ふたたびお目にかかりません」
ロココの意味
*ロココは 太宰治本人の気質、ロココ料理は 太宰治の小説 を意味するのでは?
*ロココ=軽やかで 華麗だが 中身がない、無意味で 無道徳だが、純粋な美しさを持つ→太宰治の自己評価では?
*ロココ料理 の色の配合とは、太宰治が小説を作るときに 他の著作から引用して 自分の言葉にすることでは?
「もう、ふたたび お目にかかりません」の意味
*小説の最後の文(表の文章)には 著者の隠された 裏の感情が ある という意味では?
*隠された裏の感情=あなたが 探してくれるまで 待ちます
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加納朋子さんのデビュー作、駒子シリーズの続刊が11年ぶりに出た時も随分驚きましたが、こちらは北村薫さんデビュー作「円紫師匠と私」シリーズのなんと17年ぶりの新刊です。正直、まだ続くとは思っていませんでした。本書が世に出たこと自体がまず衝撃です。
が、そこで驚くのは時期尚早に過ぎたようです。前作「朝霧」で「私」は社会人になり、ほのかに男性の影も出てきて、これはひょっとして恋愛方向に進むのかしらんと期待していたのですが、なんと「私」、既に母親でした。読者が17年の歳月を積み重ねたのと同様に、登場人物たちにも世に出なかった人生が等しく流れていました。そう来ましたか。
さてそうなると円紫師匠はどうしているのか、どうにも心配になって来るところです。一向に出てこないので、まさかもう…という嫌な妄想まで浮かびましたが、大丈夫、ちゃんと登場します。登場しますけど、もう師匠はホームズではないし、「私」もワトソンではありませんでした。と言うか、「日常派」というくくりさえ飛び越えて、本書はもはやミステリでは無いと思います。文芸評論、というカテゴライズが一番正しいと思いますが、自分の受け止め方は「旅行記」ですね。本を巡る思索の旅、そして人生という長い長い旅路の果てない記録。そんな感慨を抱きました。
絶妙な語り口と豊富な含蓄、円紫探偵の推理話は抜群に面白く何作でも読んでいたいのですが、もともと本シリーズはサザエさん時空ではありませんので、時が流れ話の枠組みが変わっていくのは当然の帰結だったのでしょう。デビュー作当初の軽やかさは失われ、しかしキャラクターの芯の強さは残り、物語は静かにきらきらと輝いています。無くなったものに対する憧憬はありますが、それは「私」が失くしたものか、それとも自分が失くしたものか…。
構成自体は「六の宮の姫君」に近いですが、個人的には本書の方がぐっと読み易かったです。「舞踏会」も「女生徒」も現代ならば「盗作だ!」と即座に炎上しそうだな、と思いながら読み進めているさなかに、芥川賞候補「美しい顔」を巡る騒動が持ち上がりました。本文中に又吉直樹氏が実名で登場しますし、絶妙に時代を写した作品とも言えるでしょう。
それにしても、加納朋子「スペース」って、もう14年前の本なのか…。時の流れが身に染みます。
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うわー、レビュー数少ないなー。まさか続編が出ていようとは。「私」が大人になっててびっくり。ちょっと残念。まぁ私は今回シリーズ続けて読んでるけど、普通に考えればそうだよな。この文庫版の解説を米澤穂信が書いていることに感激。しかし、この本をめぐる探訪というか探索というかはビブリアにもちょっと似てるよな。本を読む人はこういう設定が好きなんだろうな。
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大学を卒業してもう20数年たった。私はすっかり大人になり、一人前の編集者としてみさき書房で働いており、結婚して中学生になる子どももいる。しかし文学への探求、親友「正子」「江美ちゃん」との絆、円紫さんとの縁は途切れていない。
ピエール・ロチから、芥川龍之介の「舞踏会」、三島、さらに太宰治の「女生徒」と書物探求の旅が続く。これは私の卒論のテーマの掘り起こしではなく、新たな論文の作製である。
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久方ぶりの<私>。
文芸に関わることを生業に。プロの編集者。日常の仕事のなかで、三島に、ピエール・ロチに、太宰に。それぞれの作品の中にふと立ち現れる「ミステリー」(考証・・というやつか)を、穏やかな探究心と行動で突き止めていく。その慎ましやかでしっとりとした「本の世界に生きる人」の手触りが優しい。
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なんというか、ただ、すごい、と思った。
こんな風に変貌を遂げるシリーズを、リアルタイムで体験できたことは貴重な体験なのではないだろうか。
かつて、「日常の謎」というジャンルを確立した「円紫さんと私」のシリーズが帰ってきた。
しかし、本作は、これまでのシリーズとは完全に異なっていると言って良いと思う。
雰囲気も、作風も、ストーリィも、すべてが。
なのに、本作は間違いなく、シリーズの最新刊。
それは偏に、「時」を真っ正面から書き切っているからに他ならない。
人は歳を取る。
世界は時を重ねる。
それを、文章ではなく、物語として提示した作品だと思う。
「時と人」3部作を書いた作家さんだからこその作品なのかもしれない。
もし、これまでのシリーズを未読で、本作でこのシリーズに初めて触れた人がいるのなら、その人の感想を読んでみたい。
おかえりなさい。
また、いつか。
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「円紫さんと私」シリーズ出てたんだ、と手に取ったが、がっかり。エッセイとして書けばよいのに、という内容で、ファンサービスで小説にしたの? と思ってしまった。収録エッセイの中で著者自ら小説にした理由を書いているが、小説にしたのが成功と思えなかった。著者にはわかっていることを、「私」が探求していくスタイルがわざとらしくて鼻につくのと、中年になった「私」が、編集者として20年近いキャリアを重ね、中学生の子を持つ設定になったのに、その歳月(経験)の積み重ねを感じさせないのがイヤだった。
それはまるで『スキップ』のよう…
17歳から25年間をスキップした42歳。17歳(のつもり)なのに、初体験も結婚相手との出会いも結婚出産も知らないうちに済ましてしまって42歳になっていたなんて、人生の最重要時期を収奪されたわけなのに、やけに平然としている主人公。そして、「17歳」なのに高校教師の仕事もバッチリこなしてしまうので、「経験」というものをここまで軽視していることに愕然としたものだ(自らも高校教師だったのに、経験とかあってもなくても関係ないような職業だと思っていたということなんでしょうか?)。
この『スキップ』トラウマが蘇る思いがしたわ。
「私」シリーズ小説仕立ての収録作は「花火」「女生徒」と表題作の3作で、円紫さんが出るのはこのうち表題作だけ。しかも謎解きはしない。
ほかに掌編「白い朝」(円紫さんもの?)、こちらはエッセイ仕立ての「一年後の『太宰治の辞書』」「二つの『現代日本小説大系』」を収める。
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この一冊の本の中に、どれだけの本と作品が詰め込まれているのだろう。この本に登場する本を全て読もうと思ったらどれだけの労力が必要となるだろう。
毎回国会図書館も有効に利用しているし、時代が進んだ今回はwebからも国会図書館を利用している。他にも数多くの図書館、出版社、書店、古書店がこの本には登場するし、この本の成立に関わっている。
本が本をつなぎ、さらにそれが新たな本をつなぐ。
本というものがどういうものなのかを、作品を通じて示している。
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こうやって一つ一つ辿っていく読書もあるんだ(感嘆)。これが本物の“本読み”か。
と云うことで、少し真似事を。
「掌中新辞典」、どこか既視感があったので家の中を探して、父親の愛用していた古い辞典を引っ張り出してみた。
残念、「掌中漢和新辭典」だった。が、奥付の裏の頁に、姉妹編であろう「掌中新辭典」の宣伝文が載っていた。
曰く『 出版界獨歩の掌中書・現代語の綜合辭典←→ポケットに、机の上に、鞄の中に……本書一冊あれば、國語、漢語、新造語、外来語の意味は?座に解明し、忘れた文字、正しい假名遣ひは直ちに出來る。手紙、文章、談話の上に便利萬能、現代人必備の活顧問たり。本書の眞價は實物の一見によつて首肯せらるべし。……←→讀書の顧問-作文の相談役ー新知識の提供者ー現代人の秘書役ーとして眞の忠實、多能、便利第一の活辭典 』
縦五寸二分・横二寸五分・六百五十頁・印刷頗鮮明・用紙強靭・装幀高雅堅牢
普及版 定價金一圓二十錢
藤村作先生監修
掌中新辭典
東京 寶文館 發賣
とここでまた、発行所が異なることに気付いた。
書中に出てくるのは「至誠堂書店」。
「寶文館」と「至誠堂書店」、関連性をネット検索してみたがヒットせず。
思い立った真似事も、最早これまで。
因みに、手元の「掌中漢和新辭典」は以下。
監修者 幸田露伴
發行者 加島虎吉
印刷所 靑木印刷所
發行所 寶文館
昭和元年十二月三十日發行
昭和十五年一月十日普及版六十五版發行
普及版 定價金壹圓五拾錢
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このシリーズを読むのは久しぶり。帯にでかでかと書いてあるように、すっかり完結したシリーズだと思っていたのに、新作が出たことにまずびっくり。そして作品世界でもちゃんと時間が経過していて、「わたし」が大人になっていることにさらにびっくり。同窓会で久しぶりに旧友に会ったような気持ちになった。そして、年を取った彼女もちゃんと魅力的で、変わった部分も多いけど変わらない部分がたくさんあって、それがなんだかとても嬉しかった。
「日常の謎」というジャンルは、この作者が切り開いたものだと理解しているけれど、こういう書誌学的なミステリも、この作者独自のものだと思う。広く言えば「時の娘」のような歴史ミステリを言えないこともないと思うが、本作はそれとも少し違っていて、どちらかというとエッセイ的というか、作者の興味のあることについての発見を、探求の過程を含めて小説の形にしたようなものに感じる。僕個人は、内容にも作品世界の描かれ方にも興味があったからおもしろかったけど、「ひとつ、日常の謎ミステリを読んでみよう」と思ってこの本を手にすると、ちょっと拍子抜けするというか、「いったいいつ本題が始まるのだろう」と思って拍子抜けするかもしれない。
端的に言えば、謎を解くことよりも、謎を発見する目がおもしろい。そういう意味で興味深い作品だったけど、正直言って懐かしいこの世界に再び浸れることが一番のしあわせだった読書であった。
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お久しぶりの円紫さんと私。
太宰も芥川もろくに読まずに来た私に「読んでみたい」と思わせた作者の技は見事。
”私”と一緒に本にまつわる旅をする気分にさせられた。
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傑作。北村薫の文学知識と脚を使って裏を取り調べるという誠実さが作品をミステリー小説から昇華している。
ただ、これだけ太宰治に詳しい主人公が女生徒はともかく桜桃がスルッと出てこないのは無いような。そこだけ、作品の完成度が高いだけに引っかかる。
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誰でも何かに熱中することがある。そのときでも日常はある。
「円紫さんと私」シリーズは「日常の謎とき」から、いつの間にか「文豪たちの謎」「書物の謎」へ移り変わってきている。シリーズでも特に「六の宮の姫」にその特徴が表れていた。
この「太宰治の辞書」もそう。
それでも、「日常」はこのシリーズの良さとして残っている。
太宰治、三島由紀夫、芥川龍之介などの文豪たちの作品を作る熱意や背景、現代にて参考文献などから謎を発見したり、推理することの面白さを描いていると思えば、次のシーンではいつの間にか「私」の日常の情景がサラリと流れている。
そのバランスが絶妙で、「私」とともに資料を手にしたり、人と会ったり、食事の用意をしたりと、だんだん“わたし”が「私」になっていく。
いつの間にか“良い年齢”になっていた「私」ではあるが、まるで同窓会のように一瞬で「空飛ぶ馬」の「私」に戻ることができた。
あ~読んでしまった。次はないのかな~。