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30代〜40代の人生について描いた短編集。
タイトルは平凡とあるが、それぞれの短編の主人公たちは不倫されたり、離婚したり、かなり波乱万丈な人生を歩んでいるように感じた。
作中で一番好きなフレーズに、娘に対する母性とはどういうものか書いたものがある。「玄関先で赤いランドセルが不安そうに花のように揺れているのを見て、堪らなく泣きそうになる」気持ち。娘が泣きたくなるほど愛しく大切で、守らなくちゃ、今すぐ駆けつけなくちゃと焦るような気持ちなのかな、と思う。私がいつか、子どもを産めたとき、こんな風に子どものことを大切に思うだろうか。そうであればいいなと思う。
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もしあの時違う道を選んでいたら、、をテーマにした短編集。最初の短編は騒々しいカップルが出てくる為あまり好みではなかったが、読み進めるうちに面白くなっていった。
小さな点と点が繋がって繋がって、大きな結果を生み出す。もし〇〇していたら、していなかったら。誰もが考えたことがあると思うけど、結局人生なるようになる。(最終話は気の毒で悲し過ぎるけれど。。)タラレバの事を考えたって過去はどうしようもできないから、出来るだけ前を向いて「こともなし」の紀実のように、そんな事考えないでいいような人生を送っていたいと思う。
ぴょん吉が見つかってたらいいなぁ
解説が分かりやすかった!
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短編集は読みやすくて良い。
個人的には月が笑う いつかの一歩 が好き。
日常のあるあるこんな気持ち。。がいっぱいある本
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アナザーストーリーに想いを馳せて。
もしあの時違う選択をしていたらと考えたこともある。想像するのは楽しい。でも本当に違う選択をしていても、やはり「あの時」別の選択をしていたらと思うのではないか。
過去を変えたいと思うより、未来を変えるため、今を真剣に生きる方がいいと結論付けたテーマ。この本を読んで改めて思った。
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『月が笑う』と『平凡』が好き。
普段小説は読み終わったら手放してしまうけれど、これは時々また読みたいなぁと思う!
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読み止しにして別の本に取り掛かっていたが、それも読み終わったので、再び手を付け、すぐに読了。
6つの短編からなり、表題作だけちょっとニュアンスが異なるけれど、総じてどの話も「あの時、○○していたら(or しなかったら)、今の境遇とは異なった、別の人生があった筈」みたいな話。
ありがちな趣向だけど、それでも自分のその時の在りようによっては深く共感したり、色々思うところが出ることになるのだろう。
だけども、この作者、こんなことを主題にずっと手を変え品を変え考えているんだな。
と思ったのも、この作者の「ツリーハウス」の感想に、自分で次のような科白を引用しているのを見つけたから。
『だってあんた、もし、なんてないんだよ。後悔したってそれ以外にないんだよ、何も。私がやってきたことがどんなに馬鹿げたことでも、それ以外はなんにもない、無、だよ。だったら損だよ、後悔なんてするだけ損。それしかなかったんだから』と。
で、私も書いたわけだ。
『もう少し若い頃だったら、あの時もっと頑張っていれば違った人生になっていたかも知れないと思うこともあったけれど、子供も独立し会社生活も残り僅かになった最近は、多分その時はその時なりに頑張っていた筈で、そう思うともしもう一度やり直したとしても大して違わない人生だっただろうなぁって、悔いは無いことはないけど、まあそれでも総じて悪くないって感じ』って。
今も変わらずに同じ心境。。
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これまでの人生で、あの時○○すればよかった、あるいは○○しなければよかった。
誰にでも、そんな経験があるのではないか。そんな人生の分かれ道を描いた6短編。
印象に残ったのは、「月が笑う」かな。
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もう一つの人生があったら、なんて何度考えただろう。もうこの人生を歩み直すことはできないからこそ、人は皆あったかもしれない別の人生にふと思いを馳せる。
憧れていた恋も、結婚も、いざ経験してみたらなんてことなくって、こんなはずじゃないって足掻いてみたら余計に悲惨。結婚なんて、誰が幸せって決めつけたんだろう。あのとき別れた恋人と結婚していたら、今より幸せだったかな?そんなことを考えることくらいしか、平凡すぎる日々を送る私達には楽しみがないんだから許してくれたっていいじゃない。
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もし、あのときこうしていたら…。人生の別れ道をゆき過ぎてなお、選ばれなかった『もし』に心揺れる人々を見つめる六つの物語。
人生は生涯別れ道の選択で出来ている。年齢を重ねれば重ねるほど、後悔の積み重ねや諦めの境地に陥るが、結局は人生の良し悪しは棺に入る時にしかわからない。自己責任でわが道をゆくという考え方が、いちばん良いのかも。
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タイトルに惹かれた。
後悔しないでいい人生を送りたいが、難しい。もしあの時こうしていたら、、、
別の人生があったのでは、、、
を描いた短編集。
あの時の選択に後悔し、悩んでモヤモヤした先に見える前を向く終わりが良い。
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『人生って最初からあるのかしら、それとも、できていくのかな。できていくとしたら、いつのどの一歩がその後を決めていくんだろう』
今ここにいる私は、今までの人生の『どの一歩』によって決定づけられたのだろうか。そんな風に考えながら過去を振り返ってみる。親の言いなりで決まった高校進学という過去があった。運も実力のうちっていい言葉だなぁと思った大学入試の結果という過去があった。そして、第一希望だった会社の最終面接をまさかの絶対にあり得ないはずの寝坊でドタキャンした過去があった。人生の大きな分岐点だけを思い返してみても、あの時の親の、自分自身のそんな誰かの意思が、もしくは結果論の積み重ねによって今の自分が出来上がっていることに気づきます。それはその時の自分の全てをかけたチャレンジでもあり、あれよあれよと何故かそうなってしまった成り行きの結果でもありました。もちろん、それも含めて全ては最初から決まっていたという運命論的な考え方もあるかもしれません。しかし、そうではなく、無限の可能性の中から、その瞬間瞬間の選択が今の自分自身を作り上げているという考え方も出来ると思います。そんな後者の考え方をとった時、最終面接に寝坊しなかった自分の人生をふと思い浮かべる時があります。たまたまその会社のビルの前を通った時、その中で働いている自分を想像する自分。なんの意味もないそんな想像の世界。でも、そんな想像をする時に限って、自分自身が今の人生に迷いを感じ、悩んでいることにも気づきます。順風満帆の人生を歩んでいる時には決して見えてこない幻、いたかもしれないもうひとりの自分。『どこかで生きている、窓を開けなかった自分』、そんな物語が詰まった短編集がここにあります。
『もうひとつの人生』をテーマに、人生の色んなシチュエーションにおけるもうひとつの可能性を思い浮かべていく6つの短編から構成されたこの作品。いずれの短編で取り上げられている内容も決して突飛なことではなく、普通にありうる『選んだ』、『選ばなかった』の選択の結果であるため、自分がかつて歩んだ道、そして分岐点に似たものを思い浮かべる方もいるかもしれません。いずれも重厚な描かれ方をしているため、短編というよりも中編を読んでいるかのような印象も受けます。でも短編らしく、ふわっとした結末の締め方も一方で共通していて読後の印象はどちらかと言うと軽やかです。
そんなこの作品は、一編目の〈もうひとつ〉からこのテーマにいきなり真正面から突っ込んでいきます。『結局旅行は四人でいくことになった』という物語のはじまり。『私、正俊、野村こずえと福田栄一郎とで、ギリシャのアテネ・サントリーニ島六泊八日の旅』をすることになった四人。『私と正俊、こずえと栄一郎という組み合わせになり、私たちの部屋は隣同士だった』という四人は二日目から2組に分かれて行動します。『島の北端にある町、イアをぶらぶらと散策』していた私と正俊。そんな時『一軒の店から騒々しい言い合いの声が聞こえてきて私たちは足を止めた』、『耳に届くのは日本語で、そしてどうやら、こずえと栄一郎の声だった』という驚きの展開。『信じられない、くるんじゃなかった』と言うこず���。『ああおれもそう思うよ、悪いけどおれ今からチェックアウトしてくるわ』と栄一郎は怒りの声を上げて、結局バラバラにその店を後にした二人。『こずえと栄一郎は私たちの結婚パーティで出会った』という二人は『だれも期待していないのに恋に落ちた』という展開。なぜなら『双方既婚者だったのにもかかわらず』という裏事情。それぞれ夫婦関係が上手くいっていなかった二人。でも離婚までは考えないそれぞれの事情。そんな二人がそろって『私』夫婦の夏の旅行に同行したという今。『あんなに派手な喧嘩をしていたのだから、二人はこないのではないかと思った』という翌日の朝食。でも何もなかったかのように現れた二人は、それどころか『頼みがある。結婚式を挙げたいんだ』と突然の申し出を『私』夫婦にします。『でもこの島にいられるのはあと三日だよ。式場をさがして、衣装をさがして、なんて無理だよ』と止める『私』。でも懇願し続ける二人の強い思いに揺れだす『私』…というこの一編目の短編、設定自体はかなりかっ飛んでいるようにも思いますが、この短編集の中でもこの作品のテーマを最も考えさせるものでした。
『私は今ここにいて、私の人生らしきものを生きていて、ここからはもう出られないと思ってる』と考える こずえ。『人生らしきもの』という表現に今の自身の人生を否定する気持ちが滲んでいます。そして、『出てしまったらもう自分の人生ではないと思ってる』、と不満足ながらも今の人生が自分の人生であり、今の人生を歩んでいく他ないことも理解しています。しかし、その上で『でもそうじゃない。今いるところから出れば、きちんともうひとつ、私の人生がある。そう思いたいの』、と自分が選ばなかった道が別にあって、その道もまっすぐに続いていると思いたい気持ちがこの願いの中によく現れています。作品では、そのもうひとつの道への一歩を踏み出す勇気が推進力となって物語が進んでいきます。しかし一方で主人公の『私』は、『もうひとつの人生なんかないよ。きっとそんなものはないよ』、とそんな考え方を否定します。でも、そんな『私』も決して順風満帆な人生を生きているとは思っていません。でも『自分の人生らしきものから、いかなる意味でも私たちは出ることはできないよ。私たちにあるのは、今、とそれ以外、だけだ』、と こずえとは正反対に考え、『もうひとつの人生』を否定します。そしてこんな風に結論します。『私と正俊がいっしょにいなかったとして、という仮定は、もし私が犬に生まれていたら、という仮定と、なんら変わりはないに違いない』、というある意味の割り切り。『もうひとつの人生』を究極的に言い表すとこのようになるという諦めの感情がここにはあります。『人生は無数の選択から成り立っている』、でもそれをどう捉えるかは考え方ひとつとってみても正解はないのかもしれません。
『いつか、会いたいと思いますか、もうひとりに』
選ばなかった人生の先に『もうひとりの自分』がいるとして、このように聞かれたらあなたはどう答えるでしょうか。『無数にいる、今の「私」と違うところに立っているだろう「私」のだれよりも、「私」は今、しあわせでなければならず、「私」に選ばれなかった幾人もの「私」に、負けたと思わせなければならない』。今の自分に、自分の選んだ道に疑問を感じた時、選ばなかった自分のことを思い浮かべる瞬間は誰にでもあると思います。でも、それらの無数の可能性の中の自分と今の自分とを比較して、今の自分が、いつも優位にあるようにと強迫観念に駆られるようになると、それはもう辛いだけの人生だと思います。もうひとりの自分、可能性の中の存在である自分、そんなものはやはりいない、そして今の自分の人生を悔いなきものにしよう、そう考えるのが結局は幸せなんだろうな、と私は思います。一方でそう考えないと、生きているのが辛くなる、考えれば考えるほどにキリのないテーマなんだとも思いました。
とても奥深いテーマを、身近なシチュエーションを用いて重くなりすぎないように短編としてふわっとまとめたこの作品。ふと、自分が今までしてきた選択の歴史、そして結果論の歴史を思い起こさせてもくれた、そんな印象深い作品でした。
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2020.07.02
「もう一つ」
旅先でのトラブル
「月が笑う」
仕事に邁進してきたが、妻に離婚を切り出される
困惑の日々の中、乗ったタクシーの運転手はかつて自分を轢いた事故のドライバーだった。
「許す 許さない」あの時許さなかったら妻との選択も変わっていただろうか。
「こともなし」
別れた男、寝とった女、しあわせになって見返してやる。
本文にもないが本心はそこだろうか。ブログにキラキラした日々をしたためるのが、逆にストレスになってはいるけれど。
「いつかの一歩」
昔付き合っていた彼女が居酒屋のオーナーになっていた。
意を決して入ってみると、昔のようだがより活き活きと輝く彼女の姿。自分と付き合い、別れたからこそたどり着いた道。彼も付き合ったからこそ結婚し離婚した。
全てはつながっている。割とほっこりする。大人の恋ではない男女の模様。
「平凡」
かつての友人は今やテレビで見かける有名人。
久々に会うことになり色々シミュレートするもそうはいかない。昔の恋 恋のライバル
あの時の恋の駆け引きが異なっていたら人生違っていたのかな。
「どこかべつのところで」
猫を探す女性に目撃の電話が入った。
出会った人と猫を探す。「ああしなければ」失うことのなかった存在がある。おむすびを握らなければ息子は死ぬことも、夫と別れる事もなかったのにな
人生はそういう些細なことの積み重ねだと思う
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「平凡」、読み終わって、涙が出た。
かつての同級生が、羨ましいような華やかな人生を送っていて久しぶりに会う。意外なことを打ち明けられる。そして。。。
「平凡」という言葉のもつ深さにハッとさせられた。
人生の機微がほろ苦く、温かく、深い。
やっぱり角田さんはスゴい。
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意識的にでも無意識にでも、人はさまざまな選択肢から選んだ結果を重ねて今を生きている。この作品の主人公は選ばなかった”if”を思う人物たちだ。過去に読んだ角田作品では選択の岐路で世間的に言えば誤った方に進み後戻りできなくなる様子を当事者の視点から描き、これは仕方のないことだったのだと思わされる説得力をもって語られる。『八日目の蝉』で赤ん坊を連れ去ってしまった女性や『紙の月』で勤務先で横領を繰り返す行員女性がそうだ。自分が同じ立場になれば抗えないのではないかという恐怖すら感じた。小説というものはすべからくこの様に作られるのだと思っていた。しかし今作はそのようなドラマチックな人生の作品ではない。「あの時別の道を行けば何かが変わってただろうか」と思う人々の選ばなかった側の人生の物語。彼ら彼女らの数日間を垣間見ると人は誰しもが物語を持って生きているということを実感させられる。
昔付き合ってた女性が居酒屋を開いたと聞き行くか迷いながらも気になって行ってしまう「いつかの一歩」が好きだった。未練というほどではないけど結婚してた可能性もあったと思っていて探りにいく情けなさがいい。迷子になった飼い猫を探しにいく「どこかべつのところで」もいい。飼い主と目撃者が猫を見た現場で落ち合いその後しーんとした家の中で遺影を見つけるなんて妙な異国感すらある。
それぞれの話の最後では主人公が心の折り合いをつけて前に進もうとする姿勢が描かれる。状況で言えば変わったわけではないのだが現実を受け入れることで今の人生をifの向こう側からこちら側にすることができる。
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6つの独立した短編集です。どんな人でも1日に数えきれない選択をして生きている。もしも、あの時違う道を選んでいたら、自分には別の人生があったんだろうか。その人生は今よりも、素敵なものなのではないだろうか。その考えが6つの作品には共通しています。私自身も60年以上生きてきて、よく考えてしまいます。でも今日も生きているということは、数えきれない選択は誤っていないのではないかと考えます。たとえ第三者が今の私の状態を見て客観的に幸せに見えないとしても。なんだか本の内容には、全く触れていないような気がするのですが、読み終えて、そのように考えさせてくれた作品です。