紙の本
「皮膚のない人」の珍道中
2020/03/01 23:17
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投稿者:ゲイリーゲイリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
ピュリッツァー賞受賞作品である本作。
なので堅い作品かと思っていたが、全くそんなことは無くとてもウィットに富んだ作品だった。
訪れる先々の国で主人公のレスが起こす行動や言語的齟齬が面白かった。
主人公の言動のみならず、巧みな比喩やハッとさせられる文なども素晴らしかった。
主人公のレスは愛せずにはいられないキャラクターである。
「皮膚のない人みたい」、「棘を身に着けたほうがいいぞ」と言われる程の純粋無垢さを持ったレス。
個人的に、レス自身がその性質に対して全く自覚がないという点もお気に入りだ。
レス自らは駄目な作家であり、駄目の友人で、駄目な息子尚且つ自分自身であることに関しても駄目であると思っている。
しかし他者から見た彼は、いつでもへまをしていて歩けばすべてに躓くが、それでも勝利していると評される。
そのような自らと他者からの評価の違いに困惑する気持ちはとても理解できる。
上記した通りレスのキャラクターや言動以外にも本作の比喩や他の登場人物のセリフもとても素晴らしかった。
特にモロッコ滞在時にレスとルイスが交わした会話とレスとゾーラの会話が心に残った。
愛する人との関係性が変化していく事に対して、どう解釈しそれをどう受け止めるか。
過去のゲイに対する世間の反応と現在の反応。
50歳という年齢を迎えた人物が年を重ねることにどのような意味を見出すか。
これらをユーモアで上手に包みつつ、さりげなく核心を突くような言葉で提示するバランスが何よりも素晴らしかった。
また、本作の語り手は誰かというサプライズ的要素も見どころの一つである。
語り手の正体が明かされたときに待ち受ける感動を是非味わって欲しい。
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ピューリツァー賞フィクション部門獲得というので読んでみたが、2流のハリウッドコメディを見てるかのような…
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『レス』というのは主人公の名前である。最近では珍しくなったが、『デイヴィッド・コパフィールド』しかり、『トム・ジョウンズ』しかり、長篇小説の表題に主人公の名前をつけるのは常套手段だった。原題は<LESS>。これが「(量・程度が)より少ない」という意味を持っていることくらい、最近では小学生でもわかる。そういう名前の持ち主が主人公であり、それが表題や各章のタイトルになっているとしたら、初めから内容が想像できるというもの。
口の悪い評者がハリウッドの二流のロマコメのようだ、と評していたが、いいじゃないか。ロマコメは嫌いではない。スプラッターやホラーより、ずっと好きだ。でもこれはロマコメではない。男女間の恋愛は一切出てこない。というより主人公のアーサー・レスはゲイなのだ。ただし、コメディではある。行く先々でトラブルが待ち受けており、アーサーはバナナの皮に滑り、落とし穴に落ちる(いうまでもなくこれは比喩である)。読者は痛い目に遭うアーサーのしくじりを笑いながら、しだいに愛しはじめていることに気づく。
「行く先々」と書いたが、これは比喩ではない。本文中にもちらっと出てくるが、小説の中で主人公は世界を一周する。そう、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』のように。ただし、相棒のパスパルトゥを連れずに。それというのも、それまでパスパルトゥ役を受け持ってくれていた恋人のフレディが結婚式を挙げることになったから。勿論、喧嘩別れではないので式に招待されている。アーサーは式に出て、みんなに笑いものにされることをひどく怖れている。しかし、欠席しても陰口を叩かれるのは同じだ。
アーサーにはかつてピュリッツァー賞を受賞した詩人のロバートという年上の恋人がいた。マリアンという女性と結婚していた詩人を奪って長い間一緒に暮らした過去がある。その彼が若いフレディと暮らしていることをみんなが知っている。今度は、もうすぐ五十になる自分が捨てられた格好だ。式を欠席する口実を作るため、彼は放ったらかしてあった手紙の束を手にとり、スケジュールを組み上げた。世界各地で行われるコンテストや、講演、対談の依頼をかたっぱしから引きうけるのだ。言い忘れていたが、アーサー・レスは作家である。
処女作『カリュプソ』は、『オデュッセイア』の「カリュプソ」の視点からの語り直しだった。これは世界で訳書が出されるほど評判を呼んだ。ただし、最新作『スウィフト』は、出版社に留め置かれたままで出版のめどが立っていない。アーサーは長年の恋人と別れ、独りで五十歳の誕生日を迎えることに耐えられそうもない。そこで、旅に出ることにした。そうすれば、次々と立ち現れる新しい土地のできごとに気がまぎれ、フレディのことを考えずにすむだろうし、友人たちとサハラ砂漠をラクダで越えながら、誕生日を迎えられる。
一番目はサンフランシスコの自宅からニューヨークへ飛び、SF作家との対談。二番目はメキシコ・シティで開かれる学会に参加。三番目はトリノで最近イタリア語に訳された本に賞が与えられることになっている。四番目はベルリン自由大学の冬季講座で、好きなテーマで五週間の授業が待っている。五番目はモロッコでマラケシュからサハラ砂漠を越えてフェズまでの旅。これは自費の旅行。六番目はインド。フレディの義理の父である旧友カーロスの提案でアラビア海を見下ろす丘にある隠遁所で小説を執筆する。最後が京都。懐石料理を食べて機内雑誌に記事を書く。東から飛び立ったアーサーは世界を一周して西から帰ってくることになる。
しかし、対談相手のSF作家は食中毒に苦しんでいるし、メキシコの学会は終始アーサーには理解できないスペイン語が使われている。トリノでは最終選考に残った作家たちの間で自身を喪失し、ベルリンでは自分のドイツ語のひどさを思い知らされる。ただし、悪いことばかりでもない。ベルリンの授業は若者たちに大うけだし、ヴィンセントという恋人もできる。サハラ砂漠ではお定まりの砂嵐に遭遇するが、自分の小説に足りなかった点を発見することもできる。インドでは、それを手掛かりに小説を書き直し始める。
主題は、アーサーがオーラのように身に纏うイノセント(無垢)である。よくある手法だが、語り手は知っているが主人公は知らない。アーノルド・ローベルの『お手紙』という絵本がある。かえるくんが親友のがまくんに手紙を書く。それをかたつむりくんに配達してもらうのだが。「まかせてくれよ」「すぐやるぜ」というが、勿論手紙はなかなか届かない。がまくんの家を訪ねたかえるくんはがまくんに書いた手紙を聞かせる。「いい手紙」を待つ二人の長い時間が愛おしい、というあの手法だ。
アーサーの小説は「仰々しく感傷的」と評されたり、自分がゲイであることを恥じている「駄目なゲイ」であることを書いている、とゲイの作家に言われたりする。そう言われるたびに傷つき、自信を無くすアーサーだが、彼の小説が好きだ、という人物は周りにたくさんいる。アーサーにそれが見えていないだけだ。五十歳が近づき、年取った独身者のゲイになることを心の底で怖れてもいる。しかも、それを隠そうともしない。人前にまっさらな自分を開けっ広げにできる人間などめったにいない。それも五十歳にもなって。
授業で取り上げられる作品がジョイスだったり、ウルフだったり、レイモンド・チャンドラーの言葉が引用されたり、とお気に入りの作家がチョイスされていることも嬉しい。ネタバレになるので詳しくは書けないが、手の込んだメタ小説でもある。「信頼できない語り手」という手法も取り入れて、予想される結末へと向かってじっくり迂回しながら歩を進めてゆく。伏線の回収のされ方も堂に入ったもので、失くしたものと手に入れるものの均衡すら美しい。コメディでピュリッツァー賞(文学部門)受賞というのも、なかなかないことらしい。人物や衣装、風景の美しさはまさに映画向き。チャーミングな小説である。
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タイトルの「LESS」は主人公の名前であり,英語の「〜less」にも掛けられている.レスは冴えない作家で,ゲイであり,かつての恋人の結婚式に出たくないために,半ば無理矢理用事をつなぎ合わせて旅に出かける.
彼は愛すべき人物であり(昔のジーン・ワイルダーのような感じか),行く先々でキッチリとトラブルを起こしつつ世界を一周するが,その旅のエピソードと回想が交互に語られ,最後に自宅に帰るところまでが描かれる.
果たしてレスは愛を見つけることができるのか?
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外国小説で久々に面白いと思った一冊。
ゲイの主人公に自分を重ねすぎないところが、客観的にストーリーを追えたことになり、仔細な描写にスッキリ笑えた。
関空が取り上げられているのが、良いね。
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元恋人の結婚式への出席を回避しようと、仕事で世界一周をしようとするゲイの作家の物語。コメディタッチで、明るい話だった。ただ、この物語の語り手とその結末にはラブストーリーとして感動するものがあった。個人的に気に入ったのはレスのある一面の真実であるところの、レスが恋をしているようなキスをし魔術的な魅力のある触れ方をする点が美しく描かれているところ。そしてひと頃のゲイ文学ではよくありそうな悲劇的な英雄像は排され、愛すべき、人並みなキャラクターとして描かれているのもよい。ゲイという存在がマジョリティの人々と肩を並べて歩いていくのはこのような感じなのかもしれない。
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映画化したらきれいな場面がたくさん出てきそう。
メキシコの太陽。モロッコの砂漠。ドイツの街並み。京都の美しさ。(とおいしそうな懐石料理)
元恋人の結婚式に断固として出席しない! という強い意志に脱帽。
家に戻った時に主人公はほっとするのかどうか気になる。
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プーリツアー賞を取っているので読み始めた本。薄くなかったら、よみとおせなかっただろう。どこが面白いのかがつかみどころがないのは、文化が違うからなのか、英語で読まないからなのか。文意は明快ながら、文体は引っ掛かりだらけで、時制にもとまどう。読後感はじわっと、いいのだけど。日本では読まれないだろう。
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文体に慣れるまで、めちゃめちゃ苦労したけど、メキシコ辺りからようやく慣れて、その後はレスと一緒に面白く旅行できた。
自分にもっと英語力があれば、英語で読みたかった。
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ピューリッツァー賞受賞。ほーん。ゲイの作者。なんかなー。後書きに最近賞を取る人っていうのは所謂マイノリティ、移民とか、その人ならではの生い立ちが繁栄された作品ばかりで、こういう普通の感じのコメディっぽい作品が受賞するのが驚きだそうな。9年間位同棲してた男性の結婚に呼ばれる。絶対行きたくないので仕事を詰め込み、逃げる。普段引き受けないようなやつで見も心もバタバタする。一応仕事はこなす。主人公の今までの男性遍歴が思い出と共に回想される。これが重いし、なんでかこう、嫌らしい意味でなく、生々しく、疲れる。
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ジャケ買いしたら大当たりだった!LGBTQならではの、「どこにも馴染めない感」が主人公の”LESS”という名前に表れているように、随所にLGBTQならではのドライな視点があって、笑えたし自然と共感して一気読み。主人公に親近感がわきすぎて一緒に旅してる気分になって楽しめた。
それに、本当に好きな相手って、条件や見た目とか全てとっぱらって無条件で愛おしい唯一無二の存在だよね、としみじみ。ラストが優しく心に沁みた。
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自己肯定感の低い、プライド高男の旅物語
自分が思うほど、周りは自分を気にしていない。でも、自分が思うよりずっと自分は愛されている。
ラストの爽やかさが◎
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ゲイの50歳の小説家レス。別れた彼が結婚するということでパーティに呼ばれるが、どうしても参加したくない。そこで、国内にいないという理由で断って、実際に、ドイツ、イタリア、フランス、モロッコ、インド、京都へと旅をしていく。その旅の過程で、過去の彼氏や男との出会いと別れがあり、中年のおじさんたちの悲哀と輝きをなんとも喜劇的に、滑稽に表現していく。確かに、おじさんって、なんとも面白いし、なんともシュールだ。
実際の海外での出来事は、おそらく実際に行って取材した国とそうでない国で描写が全く異なるために、京都にはきっと行ったんではないかと想像した。物語の最後にたどり着いた京都で、自分を見つめ直し、そしてアメリカに帰っていく。一人旅、でも一人ではない旅、大切な人は離れているからこそ、わかる。当時は、ゲイはエイズになる可能性が高く、50歳を超えて生きるのはレアだったことから、歳をとった最初の同性愛者と自己を評するところからも、本当に色々な人生の中で、幸せを感じていない主人公レスと、そうでもなくてすごく幸せだったんじゃないかというレス。そこが入り混じりながら、愛とはこうも苦しく、でも大切なことなんだと沁みる小説になっている。
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作家で同性愛の主人公が、50歳を目前にし、パートナーの結婚を機に”傷心旅行”に出て世界一周。先々で仕事や私生活を振り返る。同性愛、異性愛に関わらず、人を思う気持ちの動き方というのは同じ。だからこそ、物語としては少々平坦かな、というのが正直なところ。
もっとも、表現のあちこちにこの作者の個性が感じられ、原語で読めばかなり面白いだろうと思わせる作品の一つだ。ピュリッツァー賞受賞作。