紙の本
日本の格差拡大を各制度ごとにアプローチする
2021/08/01 20:20
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投稿者:雑多な本読み - この投稿者のレビュー一覧を見る
高度成長が終わり、安定成長からバブル崩壊で、一億総中流の幻想感が消え、格差が拡大していることがはっきりわかってきた。
それでも、自己責任、自助が幅を利かせている社会だが、格差とは、格差を解消する制度改革といってもはっきりしていない。まして、現行制度をどうすればいいのか、議論は続くが答えがないままである。
本書は、その格差について、セーフティーネットに焦点を当てて、分析を進めている。もちろん、ここでは具体的なセーフティーネットの張り替えを提案するまでには至っていない。しかし、現在の社会保険、労働保険のネット、最近整備された生活困窮者自立支援制度、最後の生活保護制度では、充分セーフティーネットが機能しているとは言えないが、どこがどう機能している、機能していないが、エピソードでは語られるが、トータルでは出てきていない。
いろいろな角度から、労働市場なのか、個別の企業なのか、それとも行政の仕組みなのか等にスポットを当て、社会保険、労働保険から生活保護制度に至るまで、各制度の部分的な手直しで解決しないことを感じさせる。
日本の労働市場と社会保険(労働保険を含む)制度の関係、雇用の流動化と社会保険、セーフティーネットとしての育児と仕事の両立支援、高齢者の就業、法定福利、法定外福利、若年者へのセーフティーネット等々に論を展開する。
制度改革にむけて、エビデンスの扱いや現行制度の維持と改革の考え方に言及している。
本書で具体的にどの制度をどう改革すればいいのかという訳ではないが、私たちがどう考えていくのがいいのかを提示している。
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日本の社会保障のあらまし、そして現実に直面している制度の綻び、問題点について基本から丁寧に解説している。専門的な文献やデータをきちんと示しつつも一般の読者向けに平易な文章で書かれており分かりやすい。ただ著者も後書きに述べている通り「問題をどう考えるか」ということは示されているが、具体的な対策は記されていない。我々のような市井の人々が問題意識を持ち、社会・政治に対して意見表明をするための知識を与えることが本書の意義だろう。
日本という国がこのまま負の連鎖の淵に衰退していくのか、模範となるべきセーフティネットを構築し高度な福祉国家となり得るのか、まさに瀬戸際と言ってよい。
終章最後の文を引用しておく。「現役世代のセーフティネットの脆弱さは、従来の仕組みを前提とする限り、将来の高齢者の困窮状況を生み出すことにつながる。その意味でも、現役世代のセーフティネット格差の是正が求められるのである。」
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帯には第42回サントリー学芸賞、第43回労働関係図書優秀賞、第63回日経・経済図書文化賞受賞とあり、昨年もっとも話題になった本の一つである。副題のとおり「労働市場の変容と社会保険」に焦点を絞っているのが良かったように思う。あとがきで「自身の研究というよりは、社会保障や労働市場について行われた経済学の優れた研究群を「翻訳」する道程だったように思える」(p.307)とあるようにややもすれば専門的な制度の話やエビデンスの詳細な統計的分析に終始しがちなこの分野の重要な意義を一般の読者にも平易に伝えようとしている。
もちろん経済学を少々勉強した大学の学部学生にもかなり読みやすいだろう。しかも、第6章「若年層のセーフティネットを考えるー就労支援はセーフティネットになりう得るか」などはまさに自分自身の問題として身近に考えられる問題である。
またそろそろ自身が高齢者に近づきつつあり、かつ親の長生きという寿ぐべき状況にともなうリスクも考えなくてはならない我々のような世代にも有益である。
そうした自身の身近な問題として考えやすいようなトピックスが多く俎上に上げられていると同時に、労働市場とセーフティネットの関係は社会全体で考えていかなくてはならない重要かつ難しい問題であることにあらためて気づかせてくれる本でもある。
それはとくに第7章「政策のあり方をめぐって」で論じられている。客観的な根拠(エビデンス)に基づいた政策形成(EBPM)がクローズアップされている昨今の状況を念頭に、著者は「EBPMを適切に機能させるためには、個々の分析と同等かそれ以上に」(p.255)メタ分析の重要性や出版バイアスの問題を指摘し、さらに政策決定過程の問題を深掘りしつつ、エビデンスのリテラシーを高めていくことの重要性を説く。
自分自身の問題意識の一つである政策形成過程の歴史的分析を考えていく上で本書は期待以上に有益であったのだが、もちろん個別のテーマ(社会保険料未納問題や高齢者就業の促進策、大きく言えば「働き方改革」に一括りにされる諸政策)に関心のある向きにとっても非常に有益な一書である。
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日本のセイフティネット格差 酒井正
印象としては学術的な本であり、今後のこのテーマをあたるためのガイドブックのような印象を受けた。日本の厳格な解雇に関する法理の抜け道として非正規雇用の増大が、非正規雇用以前に構築された社会保障法制の中でどのような影響を与えるかという問題に始まり、高齢者雇用や仕事と子育て両立支援、さらに介護に関する問題や日本的雇用慣行・終身雇用などの幅広いテーマを扱う。それぞれのテーマに対してデータや論文を用いて検討した内容を記述しているという内容。いわゆるビジネス本のように結論や確定的な主張は抑えられており、データに対してあらゆる可能性を吟味している分、決してスラスラと読める内容ではなかったが、読みごたえがあり、何度も読み直したくなる内容であった。企業の福利厚生保険を扱う私としては、高齢者雇用に連動して労災事故の重篤化が増加するという点が印象的であった。高齢者雇用によって悪化した労災のロスレシオと高齢者雇用によって生み出される付加価値や消費はどのようにつり合いが取れるのかというテーマは興味深い。私自身、職域保険が今後縮小していく社会保障の一つの代替になるのではないかと考えて今の職に就いている部分もあるが、一方で企業は当たり前に独立採算のファイナンス的判断をするわけで、企業に対して従業員保護の政策を国が取る場合、対象の従業員の雇用の抑制や賃金の抑制が行われる可能性は捨てきれない。企業の社会的責任やESGの観点から従業員に配慮した運用が注目される一方で、外面的にはアピールしていても内実はその分賃金を抑制するということでは社会保障の施策としては意味がないのではないかなど、含蓄に富む指摘もあり、非常に面白い内容であった。
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日本の社会保険について、一つ一つのテーマに対しデータを提供しながら、現状を整理していく本。非常にわかりやすい。
やはり現在の格差は、従来のセーフティネットから漏れ出て居る人々の増加に起因する。
保障はもちろんあった方がいいが、それが適切な方向を向いているか、適切な人々に保障が行き渡っているのかを考える。しかし、中でも述べられているように、その基盤となるエビデンスの扱い方については、注意すべき。エビデンスに対するリテラシーという考え方は、自分にはないものだった。
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(総論)
・国民皆保険は、正社員以外のすべてを国民年金や国民健康保険でカバーすることで皆保険が達成されてきた。
・制度開始当初は自営業者や農家が主なたいしょうだったが、今や大多数は非正規雇用者や失業中の人々。綻びが生じつつある。安定的な雇用に就いていなければセーフティネットとしてきのうしないということであれば、それはもはやセーフティーネットではない。(セーフティーネット格差)
・これを受けて被保険者の適用範囲を広げようという動きがあるが、雇用保険など保険支払いと受給にギャップが生じている。
・拠出と給付を切り離した第二のセーフティーネットの必要性。
(各論)
・序章
→一人当たりGDP=労働生産性✖️就業率 就業率を上げるためにこれまで労働市場外にいた人を取り組む政策が進んでいるが、雇用形態は主に非正規雇用。
→非正規雇用の増加は自営業者の減少と女性の社会進出や産業構造の変化?
→正規雇用の中身自体には大きな変化はない。経済の変調には非正規雇用の増加という形で調整された。
・日本の社会保障制度
→就労できないことに起因する困窮に対応。保険原理に基づく社会保険と福祉原理に基づく社会福祉に基づく社会福祉の2つの類型がある。
・所得再分配の実際
→当初所得の格差は拡大しているにもかかわらず、再分配後の格差は概ね横這い。所得格差の改善度も年々拡大。ただし、これは現役世代・将来世代から高齢者への所得転移が進んだに過ぎず、現役世代間での格差是正には関係がない。ここに全世代型社会保障の意義がある。
・まとめ
→これまでは専ら正規雇用を前提に長期にわたって社会保険料等が払われることを前提に引退後の所得低下や高齢期にかかる医療費をターゲットにすればよかったが、非正規雇用の増大によりその前提が崩れている。では非正規の正規化を進めれば解決かと言われるとそう簡単ではない。
・社会保険料の未納問題
→未納となっているのは、非正規雇用、失業者。過去のかつて納付率が高かったのは、単に失業者や非正規が少なかったから?
→未納問題は社会保険料の逆累進性にあり。最近の納付率の改善は減免の増加によるもの。
適用範囲を拡大すれば解決というわけではない。将来的には給付への影響の考慮する必要がある。
・両立支援策
→保育所問題。ひとり親とフルタイムの共働きを優先する仕組みは子供を預けている世帯の所得分布を2極化させている。定中所得者を優先させても良いはず。
・少子化対策の必要性
→他の人が子どもを作ってくれることにフリーライド。これにより社会保障制度を持続不可能なものにしてしまう。
・高齢者の就業と社会保険
→高齢者の就業は主に非正規雇用
→労災の増加→医療保険から労災保険への移転
→介護離職は50代〜60代の女性に多い。高齢者就業とも密接に関連
・若年層の就業支援
→なぜ必要か?若年層の失業率は壮年層と比較して一貫して高い。問題は、若年期の失業の影響はその後も持続すること(世代効果)=機会の不平等
→主な要��は、日本企業の生産構造が、企業内訓練による向上と長期勤続を前提としていることにある
→入口の支援?取り残されたものの支援?
コスパでは入口だが、後者をやらなくていいというわけではない。就業経験がなく雇用保険の対象にならない、生活保護も不適。モラルハザードに留意しつつ、第二のセーフティーネットが必要か。