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おとなしい見てくれに反して、隣国の労働問題が小説というカタチに色濃く落とし込まれている。実際、何度か本を持つ手に力が入った。吉良氏(翻訳者)も本書を「闘いの書」と呼んでいる。
「はじめからコップの水は半分しかありませんでした。そのコップ半分の水を飲むのか、それともそれさえも飲まないのかの違いです」
甚だ韓流に疎かったが、今回の読書で人気の秘密が一つ分かった気がする。それはどの登場人物にも行動力があって、意思表示がはっきりしていることだ。仮に本書がわが国の話だったとしたら、恐らく会話よりも胸中の言葉の方が目立っていたと思う。本書とのファーストタッチはこんな感触だった。
第1部 切る(3編)
第2部 闘う(4編)
第3部 耐える(3編)
計10編の短編小説を3部構成にして収録。
例えば本書における「切る」はいわゆる「お役御免」のことを指すが、3編とも微妙にニュアンスが違う。女性アルバイターの『バイトをクビに』、廃刊が決まった広報誌編集部員への『待機命令』、労組合員らの工場占拠をルポ風仕立てにした『工場の外で』といった具合に。
第2・3部もその形態を踏襲している。
短編とあらばいつものように気に入った話を並べていきたいところだが、今回は1編だけチョイスする。理由は、強烈なストーリー群の中でも一番深く印象に残っているから。
>>『ヒョンス洞パン屋三国志』
「第2部 闘う」に収録。話の輪郭が見えてくると同時に、タイトルの意味(=面白さ)も分かるのが気持ち良い。
ヒョンス洞(架空の地名)でパン屋を営む3家族による、生き残りをかけた闘いの記録。製パン一筋50年の自営業にフランチャイズと業務形態は異なるが、終盤にかけて各々自滅に追い込まれていく。中でも彼らの望む経営方針があっけなく踏みにじられていくのがいたたまれなかった。敵対心剥き出しだった彼らが終盤ある形で交わるのだが、それが休戦ではなく和平であることを願うばかりだ。
「世の中には本当に不正義がたくさんある。その無数の不正義をひとりで正すなんて到底できない……」
吉良氏曰く本書は「希望の書」でもある。言われてみれば『ヒョンス洞…』のように、バッドエンドとは言い切れない話が多い。あと闘いの書なのに何故わざわざ「耐える」の章を設けたのかが謎だったが、彼らは耐えてばかりではなかった。
東亜日報(韓国三大紙の一つ)元記者ならではの書き方である。世知辛さで溢れかえっていると思いきや、未来への希望も忘れていない。
(※)話とは関係ないですが、本書には韓国料理がよく登場します。キンパにサムギョプサル、チャンジャ麺...etc. どれも本当に美味しそうで、深刻な場面でもお腹が鳴っていました笑 作中の料理に左右されること自体珍しかったので、敢えて記録しておきます(^^;;