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消費者行動論の学術書である。エンターテイメント・イベントで消費者の向社会的行動に影響を与える要因を研究した。
向社会的行動は「他者を利することが行為者の動機であるか否かを問わず、他者を利する意図が明らかな自発的行為」を指す。たとえば悪徳商法を明らかにすることが向社会的行動である。向社会的行動という特殊な用語を用いる意義は「他者を利することが行為者の動機であるか否かを問わず」という点にある。この点で向社会的行動は利他的行動を包含し、それよりも広い意味になる。
日本には公益と私益を二律背反で捉える発想がある。少しでも私益が含まれると公益でないというような。しかし、それは硬直した思考である。悪徳商法を撲滅することは消費者である本人にも利益になる。悪徳商法被害者が自己の経験から悪徳商法撲滅の声を上げることに個人的感情が含まれているだろう。だからと言って、その悪徳商法批判の公益性が否定されるものではない。向社会的行動は偏狭な公益・私益二分論を無意味にする有用な用語になる。
但し、本書はエンターテイメント・イベント産業を対象としており、向社会的行動を「サービス時や、店舗内での行動ルールの順守、他の消費者への支援的行動を通じて、動機の利他性を問わず、企業の経済活動を円滑にする行動」と定義する(3頁)。向社会的行動を「企業の経済活動を円滑にする行動」と限定してしまうことは、悪徳商法批判などをイメージする立場には物足りなさがあるが、本書の研究における定義である。
本書が典型例として出すエンターテイメント・イベントは東京ディズニーランドや劇団四季である。これらはショーの中身中心であり、出演者個々人を前に出さない。アーティスト個人に負うところが大きい歌手のコンサートなどとは逆である。これを本書はサービス化と評価する(14頁)。ビジネスとしてイベントを考える場合、誰が演じても同じサービスとなることは安定性を高める。
一部の日本企業には武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀」と人材重視を掲げることを美談とする体質がある。それは個人の頑張りに依存するものであり、経営としては未熟である。ソフトウェア開発の成熟度モデルのCMMI; Capability Maturity Model Integrationではレベル1が「成功は個人の努力に依存する」である。
個人が頑張って上手くいったという「結果オーライ」はドラマの脚本としては面白いかもしれないが、現実のビジネスでは褒められたものではない。「終わり良ければ総て良し」では組織の成熟はない。これはイベント以外の業種の企業の企画部門も学ぶ価値があることである。