紙の本
人生に絶望、その原因は
2024/03/11 11:55
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投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
フィクションとノンフィクションが交互に語られる。二人の中年女性の心中事件を描こうとするが、なぜ心中することになったかが、不明であった。それを探るようにして執筆が進む。人が死を選ぶ場合に、生きることをあきらめる原因、絶望した原因があるのだが、遺書が残されていないとわからないままだ。作品の完成刊行後に、何に絶望して亡くなったが推察できるようになるのだが。文庫版あとがきがあるから、物語の凄さが生まれた。
紙の本
凄かった
2024/02/07 02:25
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投稿者:ママさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
本当に実話なのでしょうか…
なんだかトリックに落ちてしまったような不思議な感覚です。
素晴らしい作品だと、又初めての感覚の小説だと思いました。
紙の本
実話に基づいた物語です
2024/03/28 01:38
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投稿者:イシカミハサミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
女性の二人暮らし。
ある日、二人は自殺した。
著者の恩田さんが実際に見た新聞記事を元に構成した物語。
フィクションパート、ノンフィクションパート。
交互に積み重なるエピソード。
二人には何があったのか。
混ざり合う虚実の世界。
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図書館。
恩田陸らしい、ファンタジーのようなふわふわ感と、恩田陸らしくない、アスファルトの小石の一粒まで見えるようなリアル感が混在していた。
実験的小説という感じだった。
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一つの新聞記事から広がる想像力。
ノンフィクション部分は恩田陸さんのエッセイ?手記?という感じもあり、まさにノンフィクションなのだろう。デビューした頭初や、常野物語?(理瀬シリーズ?)のスタートと思われる回想も出てきて、恩田さんファンとしては興味深く、それだけでも読んだ甲斐があります。
フィクション部分は結末に向かいある意味では普通の生活を淡々と描く、それでいてその生活が行き着く先がわかっているからこそ美しくもダークな想像に富んだ、恩田さんらしいストーリー。
なんだか最近、鈍色幻視行といい小説作品の中で恩田さんの思考に触れられる作品が出てきて、エッセイを読むのが苦手な私としてはとても嬉しいです。
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能だったんだ。この小説は。
あとがきを読んで鳥肌が立ったのは初めての体験。
「ララランド」とか「シンゴジ」とか好きな映画もちょいちょい出てきて楽しかった。
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20年以上前、最初に読んだのが六番目の小夜子で、木曜組曲とかねじの回転とか、上と外とか、大好きだったのだけど。
最近は…蜂蜜と遠雷でさえ読んでいない…笑
歳とったせいだと思うけど「過去の何かを、現在から明らかにする(しようとする)、もしくは本当は何があったかを想像(明らかに)する物語」ばかりのような気がしてしまって。
これも、ある意味そういう物語だったから、ぶっちゃけ物語としてはあまり期待していなかったというか(何様だ)、何が核にあるのかよくわからなった…
なんだけど、なんだけど!
恩田さんの思考の切れ端もたいなものが、ものすごくよかった!これはもう、エッセイじゃないか?とまで思った。
亡くなった女性は46歳と47歳。これを読んだ私は46歳。恩田さんはこれを書き始めた時で49歳くらい? 6年も連載されていたんだって。
恩田さんも人生後半戦に入って思うところがあるのかなぁと、物語ではないところで色々考えてしまった。
創作についての話も面白かった。
ドラマとか漫画では表現方法が全く違う、作る過程も必要な能力も違うのだという話を最近見ていたから…
ずっと昔の記憶、なぜその時のその記憶が今の今まで強く残っているのか?そういう記憶って私もあるからよくわかった。地味に、思い違いをしてた!ってこともあるんだけどね。
作中、印象深かった部分。いっぱい。
でも物語の流れとはあまり関係ない笑
・社会人になると時系列に鈍くなる。やたらと時間の前後を指摘してくる人がいるがどうだっていいじゃない、と思う。ほんとそれな。
・若かった当時感じた「老齢の2人」っていう印象だけが残っていた、つまり当時の自分にとって46歳は年老いていると感じてたんだなーと。
・記事の人名を仮名にするのかイニシャルにするのかの話。そういえば子供の頃は、名前や地名がアルファベットだとちょっと怖かった。夏にやってた怪談のテレビとかがN市とかK県とかだったからかな?笑笑
・アメリカのパブリックと日本のパブリックが正反対だという話。確かにそうだな!
・仕事が「かりそめ」?え?人生の大半を仕事に費やしているのにそれをかりそめなんていうのは無理がないか?って話
・歳をとるにつれて、社会生活で身につけてきた後天的な性格、努力して身につけてきた性格が、剥がれ落ちてしまう。地金が出てしまうって話。
これもほんとそう! 三つ子の魂百までと本当に思う。私自身の話だけじゃなくて、私の娘たちみてても感じる。
その時何があったのか?
いくら知りたくても知る術はなし、さらにいえば当事者が生きていたとしても言葉で説明してしまうと違うものになってしまうのかもしれないな…
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恩田陸さんの作品はどのジャンルもだいたい好きですが、今作も虚構と現実が入り交じってどこかフワフワした心地で読めるところが好きです。
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虚構と現実が小さな数字の区切りがあれどシームレスに進むのが不思議な感覚。
欲しいのは設定だけのくだりで最近の某漫画家さんの事件を思い出したり。
子供の頃に読んだ本、めでたしめでたしばかりではなかったなぁと振り返ったり。
一番覚えているのは薄い絵本で持っていた赤い靴。
でもぐぐってみたら、一応罪を許されて天国に召されていくハッピーエンド?だったのを知ってびっくり。この辺キリスト教圏らしい終わり方。
踊り狂ってどこかへ行ってしまったエンドだと思い込んでました。
あとは人魚姫やナイチンゲールと薔薇あたりはちゃんとデッドエンドかなぁ。
肉体の反応は愛じゃない、というところはロマンチストに同意。
でもそれだけでもダメな気はしますね。理想論かな。
恋愛小説系ラノベ見てると、未だ強引に迫られて仕方なく絆されるのが人気でそれだけで愛?恋??と思わなくも無いですけども。バランスが大事では。
死期を悟ったら猫や象のようにひっそりフェイドアウトは確かに…理想的にも思うし、現代ではまず難しいなとも。
母親が亡くなってるのを見付けるシーンではほろりと来ました。
私も最近母を亡くしたので。
後書き含めてこの作品だなぁと思う。
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著者とモデルになった2人の視点が
入れ替わり話が進んでいくから
最初少しだけ読みにくかった
2人の女性の日々の小さな絶望や不安が
生々しかった
仲がいいのに比較して安心したり苦しくなったり
そういう汚い部分が書かれていて
人間腹の底から仲良しなんてやっぱ無理だよな
実話をベースにしているのかな?おそらく
自分がほぼ無意識でインスピレーションを
受けたものが実は深いところで
己の人生と関わっていたりするのがわかるって
確かに怖いけど面白そう
人はそうやって影響を受けたり引き寄せあって生きてんだろうな
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最初は、視点や時間軸が変わりながら進む構成に少し読みにくさも感じたのですが、そんなことはすぐに気にならなくなるくらい惹き込まれました。
人生に絶望する時って、すごく大きなことではなくて案外小さなことがきっかけなのかもしれない。
普通の日常生活でそっと降り積もってきたものがたった一つの「無い」で崩れ落ちる⋯⋯虚構と現実が入り交じる不思議な構成のなかで、他人事ではない静かな怖さを感じました。
「彼女たちは何故死を選んだのか?」というミステリ的なものではなくて、ただ二人の女性に想いを馳せるような、白黒つけられない物語。
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作家と二人で自殺したMとT。作家はある新聞の三面記事に載っていた橋から飛び降りて自殺した二人の記事に十年もの間、気になっていたのだ。そしてその二人の小説を書く。しかし顔も名前も知らない二人を。その小説は劇の原作になり、作家はその劇が行われている劇場に行く。こうして、作家の話と、自殺した二人の話が時間を経て行きかう構成だ。なんだか、いつの話を読んでいるのか分からなくなる時があり、本を見返すことが何度もあった。各章の扉に”0”とか”1”とか、あるいは”(1)”とか書かれている。”0”が作家で、”1”が死んだ二人のことかとも思ったけど、まあ、あまり気にせずに読むことにした。
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恩田さんの作品は圧倒的に「蜜蜂と遠雷」が好きでピアノもやっていないしコンクールとなると更に興味はなかったところへ一気に引き込まれて読んだ強烈な記憶。
そんな新鮮な世界へまた入れるかと期待したけれど少し趣が違った
私との相性があまり合わなかったんだと思う
早く終わらないかなと退屈してしまった
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これは「鎮魂」の物語だ。
だがそもそも鎮魂とは誰のためのものなのか?という話でもある。
物語に限らず製作物とは、そこに誕生させた時点で、それ以上のものではなくなる。その意味で、あらゆる可能性を持っていた状態から有限のものに成り下がると言えるのではないか。誕生させた時点で無限にあった可能性と未来を放棄したこととなるからだ。
となれば、これは一種の喪失なのではないか。
自らにあった無限の可能性を切り売るのが製作活動…と捉えるならば、この物語は有限である存在としての自分を受け入れるための(無限の私を死なせたことへの)喪の作業、正に「鎮魂」と言えるのではないだろうか…。
「私」にとってはあり得ない、しかしあり得たかもしれない2人の女性の死に様に、有限となった作家である「私」の死に様を夢想し、と同時に意外に近くにいる死神の足音を感じられたのではないか、とも思った。
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リアルなモノとフィクションのモノとが交差していて、
読み進めていくうえで少しこんがらがってしまった感じがしました。
作者が書こうとしている、実話の三面記事の二人の女性の事件、
どんな経緯で事件は起こったのかが…、作者の想像から作られていく。
作者が語るリアルなモノ
作者が想像したフィクションが
交互に、あるいは重ねて進んでいく。
本来ならば、二人の女性の事件だけで話は進むのだろうけれど、ここに作家さんが、どんな経緯でこの話を書き進めていくのか、
作品がどう動いていったのか 思いもよらない方向に話が進んでいく。(ここについていけなくなった…)
恩田陸さんの多才なる知識と語彙力と想像の奥深さ。
ふと、最初に読んだ「上と外」を思い出した。
2度 3度読み直したら もっと共感できるのかもしれない。