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山田登世子さんのレビュー一覧

投稿者:山田登世子

12 件中 1 件~ 12 件を表示

「癒しはいやしい」と思うひとへマザーのラディカリズムを

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いつだったか、瀬戸内寂聴が誰かとの対談で言っていた「癒しはいやしい」という言葉にいたく同感した覚えがある。まったく、近ごろはやる「癒し」とやらはセコイと思う。自分の方では何ひとつ捨てるでもなく、ただ与えられたいと思う心根がさもしい。
 そんな思いを抱いていたところに出会ったマザーの言葉は、強烈なインパクトで溜飲が下がる。その「過激さ」は、ただ打ちのめされるばかり。「愛と祈りのことば」という副題から想像しがちな平板な優しさからはほど遠いラディカルな思想に満ちている。問答無用、引用しよう。「飽くことなく与え続けてください。しかし残り物を与えないでください。痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくしてください」。自分が傷つくまで与えつくすこと──何というラディカルな潔さだろう。癒しからボランティアまで、世紀末ニッポンにはやるものにどこか嘘っぽさを感じているひとがいたら、ぜひ薦めたい。

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紙の本遠い朝の本たち

2001/10/01 19:20

不思議な「幅」の魅力

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 須賀敦子の世界に入って行くには、いろいろな扉がある。ここに収められた思い出の本の数々は、それだけの数の扉だ。懐かしい本、意外な本、ああ、やっぱりと思わせる本。どれから読んでも須賀さん独特のあのひたひたと心にしみる世界に届いてゆく。だから通読するより、おもむくままに好きな本から読み始めるのがいい。
 わたしはまず《シエナの坂道》を読んだ。「神に呼ばれて」すべてを捨て、まっすぐにただ一つの坂道をのぼりつめるように生きた聖女にひかれた大学時代の須賀さんの、ただならぬ「潔さ」にやっぱりと深くうなづく。そして、パラパラ頁をめくって、次に読んだのは、《「サフランの歌」のころ》。一転、中原淳一の夢見る乙女や「少女の友」の甘いドリーム・ワールドが少女時代の愛読書だと知って、拍子抜けするような意外な気持ちになる。とともに、あまり言われてない須賀敦子の世界の「感覚性」にはっとさせられる。やすらぎや哀しみという「癒し系」の感性で愛される彼女の作品の底に、うずくように官能的でイタリア的な肉体性を感じて、どきりとさせられるのだ。少女は、夜の部屋にたちこめるミモザの匂いを「皮膚で受けとめ」、そのあと、「春」という「言葉を探りあてて」、その夜のことを深く魂のひだにたたみこむ──さりげなく書かれていながら、まぎれもなくこれは作家の啓示体験である。
 ミーハーな「少女の友」からはるかな神秘の道へ──近づきやすさとはるけさ。この不思議な「幅」こそ須賀敦子の魅力なのだと思う。(山田登世子/フランス文学者 2001.4.10)

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服が掟だ!

2001/09/11 15:40

ほどよいタイムラグ・・・でも「お洋服」はちょっと

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 「ファッション」と「文庫」はそもそも相性の悪い二つだと思っていた。古典とはゆかなくても「長持ち」しなければ文庫にならないのに、長持ちしない最たるものが流行だからだ。ところがこのファッション・ウオッチング、けっこううまく文庫におさまっている。四年前というほどよいタイムラグが良いのだろう。ロゴ入り服、厚底靴、ルーズソックス、茶髪、あるいは、おじさんのカジュアル・フライデー服。 どれもまだ見覚えのあるトピックスで、「◇◇回顧」になる前の鮮度を保っている。「ちょっと前」の面白いファッション・グラフィティだ。そう、グラフィティがとてもいい。さすがイラストレーターの著者ならでは。絵の批評性に感心しながら、つい頁をめくってしまう。スピード感のある言葉もノリがよく、くだけた口語調で、ちょうどテレビみたいな本。
 でも、一つだけ疑問なのは、毎頁でてくる「お洋服」って言葉。あとはみな歯切れがよいのに、なぜこれだけ突然「メルヘン重ね着服の女」風なのだろう? それって、「おリボン」つけたみたいじゃない? 気持ちワルイ……と思うひともいるかもね。(山田登世子/フランス文学者 2001.5.8)

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わが心の師清張、魯山人

2001/09/06 17:32

不思議なコレスポンダンスと才能の哀しさ

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 ふとした風の吹きまわしで故郷の土地の匂いが懐かしく、松本清張のことが知りたくなって手にしたのがこの本。あっと読ませる達者な文章で、清張という人の愛情深さがよく伝わってくる。名作『砂の器』にひたひたとにじむ「愛」の哀しみが今さらのようにうなづけた。と思っている矢先、ハンセン氏病訴訟「訴訟せず」の大ニュース。何か不思議なコレスポンダンスを感じた。
 そのコレスポンダンスは魯山人にも及んでいて、読み終えたとたん、愛に飢えたこの孤独な名匠が同じく孤独な誰かに似ていると思った。そう、あのココ・シャネルだ。「有名になるのって、孤独になることよ」──ひとり暮らしのシャネルはそう言った。しかも二人が似ているのは、それだけではない。その強烈な存在感がうとましさに通じる点もよく似ているのである。毎日、魯山人作の陶器に囲まれて「うんざりした」と著者は書く。「あくの強い陶器は神経を刺激する。磁器の自己を主張せぬ穏やかさが恋しい」と。晩年のシャネルの話相手をつとめたパリジェンヌもまた、香水のしみこんだシャネル・スーツがあまりにも重苦しく、以後スーツを着なかったという。
「平凡さ」に恵まれなかった才能の哀しさ。愛はせつない。けれど、才能もせつない。(山田登世子/フランス文学者 2001.6.5)

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紙の本バルタザールの遍歴

2001/08/28 14:19

ファンタジーってつまりは「教養の遍歴」なのだ・・・

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 たとえばプルーストのようにクラシックかつ耽美的なフランス小説と、いわゆる今どきのファンタジーノベルと仲が良いだろうか? 「断じて!」と思っていた。そんなわたしの偏見をみごと破ったのが佐藤亜紀のこの作品。知ってはいたものの、このジャンルの書き手にどれほどの「教養」が要るか、痛感させられた。
 だいいち、舞台設定がいい。1910年代から1930年代にかけてのウィーン、ヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者たち』を思わせるような、あやしく堕ちてゆく貴族階級と、おぞましきナチス。胸苦しいタンゴの狂騒が聞こえてきそう。そんなウィーンからパリ、それから一転して北アフリカと、元祖SF『80日間世界一周』本歌取りの手際の良さ。きわめつけはラストシーンの豪華客船だろう。舞台はここで一挙にアメリカにジャンプ、1910から30年代にかけてのこの時代がハリウッドと豪華客船の時代でもあったことをハタと思い出す。
 ファンタジーってつまりは「教養の遍歴」なのだ-----そう思わせる佐藤亜紀の力量、ほんとにすごい。(山田登世子/フランス文学者)

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ヘアがヌードの瘋癲老女とアラーキーのヘアヌードの交感が愉快!

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 瀬戸内寂聴の文にアラーキーの写真という絶妙なとりあわせの交信録=フォトーク。1998年の夏から2000年の夏まで「週刊」誌三年間の連載が初出だから、ずいぶんな枚数のレターだが、みずから「ローバ」とのたもう寂聴のノリの良い文章はスピード感あふれて長さを感じさせない。湾岸戦争批判だの東京都知事騒動だの、寂聴らしい世相批評も盛りだくさん。かと思えば、江藤淳の自殺を悼む週もあり、ちょうどこの時期にあたった『瀬戸内訳源氏物語』繁盛記に登場する人物も多士済々、「有名人」寂聴の交友録として堪能させるが、寂聴とアラーキーというエロ・コンビ(?)ならではの話題は、何といっても寂聴の「美形好き」だろう。モックンに始まり、年下のアーティスト藤原新也、町田康、平野啓一郎などなど、美男にメロメロの瘋癲老女ぶりの披露はやはり超軟派アラーキーとの交感のなせる業にちがいない。高齢化社会まっさかりを迎える21世紀年頭の感性トレーニングに絶好。

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紙の本一葉の四季

2001/10/11 19:58

早春の読書にぴったり

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「晴天、曇天、快晴、空くもる、雨ふる、終日ふる、風止まず、薄くもれり……」──一葉の日記の冒頭にあるその日の天候である。二四歳の若さで散った薄倖の佳人だから、うつろう季節の風の色や雨の匂いなど、さぞかし四季の風物に感じやすい作家だったにちがいない。「元旦」にはじまって、藪入り、初雪、寒中見舞いから大つごもりまで、『日記』を主に、一葉の歳時記がいかにも著者らしい名随筆にのせて綴られてゆく。さらさら読めて味わい深い一葉論である。

 ところで、急に話が飛ぶけれど、現在バルザックの『いとこベット』の翻訳をひととおり終えて、改めて気がついたことがある。上下二巻になるこの長大な小説に、天候の記述が皆無にひとしいのだ。田園を舞台にしたほかの作品は少しはちがうが、バルザックの文学世界で天候の印象はきわめて薄い。

 やはり「花鳥風月」は日本文化の伝統かなあ──と思うと、これが大ちがい。というのも、プルーストの『失われた時を求めて』は天候の描写に満ちているからだ。ノルマンディーを舞台にした『花咲く乙女たちの陰に』など、天候小説と呼びたいほど。

 ということは?

 そう、一葉もプルーストも「病弱者」だからだ(と、わたしは思う)。たいするに、バルザックは頑健そのもの。洋の東西を問わず、病弱者は「四季のうつろい」に感応する──なんて、「病弱者=天候文学説」がひらめいて(?)、『プルーストの四季』なんて本が書いてみたくなりました。早春の読書にぴったりの新書です。(山田登世子/フランス文学者 2001.3.6)

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村上龍ファン必読の読み応えある対談集

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 対談集というとっつきやすさにもかかわらず、実に読みごたえがある。援助交際からひきこもり、ウイルス問題まで、いわゆるテーマ小説がたて続くので、村上龍は「問題小説家」に堕したのではと危ぶむ声があるが、いたるところで「小説の力」を再確認させてくれる本だ。たとえば蓮実重彦との対談は、後半の「描写」をめぐるくだりが圧巻。「彼女は不安と恐怖とともにクローム鍋を見た」と書くかわりに、鍋で水が沸騰する様子を「偏執狂的」な精密さで数頁にわたって描写する。そうすると「恐怖」が実際にそこに立ち現れて読者に伝わる。──そう語る村上を受けた蓮実が、『ヒュウガ・ウイルス』の中の「向現」という言葉を絶賛し、「超システム」という言葉は意味のわかる説明語でしかないが、意味のわからぬ「向現」はまぎれもない小説言語として輝いていると言う。まさに至言だ。
 多岐にわたる対談相手が表しているとおり、現場取材から長大な専門書の読破まで、村上の旺盛な勉強家ぶりにも感心するが、そうして仕込んだ知識が大きいだけにいっそう、究極のところ小説は知識ではなく無意識の力で書くのだと、深くうなづかされる。村上龍ファン必読。(山田登世子/フランス文学者)

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作品解説と伝記的な叙述のバランスが良い

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 印象派の本ってどうしてこうも面白くない本ばかりなんだろう? そう思っているのはわたし一人ではないにちがいない。ずっしり重たく大きい画集はあれど、付してある文章は通読するためのものではないから、そもそも「読む」ものではない。個々の画家についても事情は同じ。マネでもルノワールでも、要を得て、しかも「読ませる」本の何と少ないこと。たいていは退屈して途中で放りだしてしまう。
 つねづねそう思っていたところに、おやと思う新書が現れた。クールベに始まってマネ、モネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌまで、オルセー美術館におさめられた作品を中心に、印象派の生誕から終焉までを実にコンパクトにまとめている。作品解説と伝記的な叙述のバランスが良い「読みもの」として楽しく読めて、読後に印象派の輪郭がすっきり頭に残る。一冊あると何かと重宝しそうな印象派ハンドブック。(山田登世子/フランス文学者 2001.2.13)

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紙の本湯めぐり歌めぐり

2000/12/14 15:53

湯めぐりのふりして歌人の世界を透視する

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 道後温泉から登別温泉まで、日本各地の温泉場をめぐりながら、それぞれの湯を愛した文人を語ってゆく。子規から牧水、寺山修司まで、二〇人の歌人がとりあげられている。どの温泉から読んでも、どの文人から読んでもいい。その意味では実に読みやすい本だが、気楽な温泉エッセイと思ったら大ちがい。入りやすいのは事実だけれど、温泉という断片から大胆に相手の本質にせまってゆく手腕はすごい。
 たとえば「晶子と箱根」。『みだれ髪』の歌人が伊香保温泉の湯船にひろがる黒髪を歌うのはいかにも晶子らしいが、そうした晶子の歌の世界が実は「日記」であり、同時代の証言(ノンフィクション)を意図してしていたというくだりなど、眼をあらわれるように新鮮だ。その斬新さは「かの子と熱海」も同じ。小説家かの子の誕生が生々しく見えてくる。
 つまりはこの新書、やさしい白湯のように見えながら、こわいほどよく効く湯なのだ。最後の「修司と恐山」など、ただ慄然とする。おそるべし。

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あなたのもってるジーンズやバッグがちがったふうに見えてくる

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 モードの本場はパリという神話はもしかして20世紀で終わりかもしれない。グッチやルイ・ヴィトンやディオールなど、パリの老舗ブランドは、ブランド連合経営LVMHの手に握られてすっかり様変わりしている。いまやものをいうのはデザイナーの才能より、資本金と経営戦略なのだ。ニッポン女性に大ウケのいわゆるデザイナー・バックは「雇われデザイナー」をうまく使った結果だし、しかもそのデザイナーはアメリカ人。グッチのトム・フォードといいヴィトンのマーク・ジェイコブスといい、パリ純血種に英米系の血を入れて活性化を図っているパリ・ブランドは確かに往年の元気がない。プレタポルテがそうなのだから、ましてオートクチュールは絶滅寸前……。かわりに世界のモードをリードしているのはアメリカだ。ファッションのカジュアル化の波は終にここまできたのである。
 ウンガロ、ラルフ・ローレン、アルマーニ、ダナ・キャランなどの例を追いながら、70年代から90年代にかけて加速化してきたアメリカ・ファッションの台頭をレポートする本書は、「アメリカから見た世界ファッション論」として面白いし、ファッションの経営戦略論としても興味深い。著者がいわゆるファッション業界記者でなく、ウォール街の動静に詳しい経済ジャーナリストなのがポイント。
 そうか、アルマーニってアメリカの“セレブ”を宣伝につかいまくったんだ──なんて、モード業界の内幕話が面白い。これからのモードは「アメリカ人は神様です」じゃなきゃやっていけないのね。アメリカ嫌いのフランス人は、だから行き詰まったんだ。はじめからそれがわかってたシャネルってやっぱしすごい! なんて、ナットクの一冊。あなたのもってるジーンズやらバッグやら、ちがったふうに見えてくると思いますよ。え、何ですって? 日本のストリート系ファッションはどうなってんの、ですか?──そのむきは、エッヘン、山田登世子『ブランドの世紀』(マガジンハウス)を読んで! あっ、宣伝しちゃった、しちゃうのだ。「なにごとも経営」ってのがよくわかったから──。

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スピーディで不思議な愉悦感に満ちた“とんでもなく面白い”新書

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 厳密に言えば今月の新刊ではないけれど、そんなこと言っておれないほど“とんでもなく面白い”新書をぜひ。
『聖地の想像力』は、胸がわくわくする本。そもそも聖地というものが魂をゆさぶるものだからだろう。著者による聖地の定義の一つに、「この世に存在しない場所」──これだけでも十分に夢を見させてくれる本ではないか? 実際、エルサレムからパルテノンからピラミッドまで、聖地とは地と天を結んでひとを異界に運ぶ「天国の門」だ。
 その門の指標は「石」。聖地とは何より石(岩)から成る場所なのだ。ゴルゴダはもともと石切り場だったし、ピラミッドもそう。《水》が夢見させる物質であることは有名だが、《石》の夢見の力に開眼させられる。40以上もの聖地を巡ったと言う植島啓司の語りはスピーディで不思議な愉悦感に満ちている。コンパクトだがパワーは抜群! 嘘だと思ったら読んでみて。あなたはころりとだまされて天の夢を見るでしょう。

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