つよしさんのレビュー一覧
投稿者:つよし
紙の本有田川
2017/01/21 12:30
ミカンがつなぐ物語
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『紀ノ川』に勝るとも劣らぬ傑作である。有吉佐和子の筆はどうしてこうも詩情豊かで、読む者の魂をゆさぶるのだろう。主人公の千代は幼少時、有田川の氾濫で流され、タンスの引き出しに載って川下の名家に流れ着いた。実子のように育てられた千代だが、長じてからその事実を知り、ショックを受ける。そして再びの氾濫で川に流される千代。川の流れにように荒々しい流転の人生を生きる千代とその家族たちの物語が、有田ミカンの歴史を通じて語られる。読んでいるうちに、無性にミカンが食べたくなる。
紙の本こころ 改版
2016/12/27 00:30
近代文学の原点
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中高生の時分に読んで以来、20年以上ぶりに再読して発見したのは、村上春樹につながる近現代文学の源流がここにあったということだ。友情、愛、裏切り、死、孤独。夏目漱石は実に迂遠に、周到に、読者を焦らすように、核心へと筆を進めて行く。そしてあっけないほどの幕切れが深い余韻を残す。何度も読みたい、読むべき傑作である。この物事の続きが読みたい。
紙の本華岡青洲の妻 改版
2016/12/12 12:59
比類なきストーリーテリング
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昼夜もなく夢中で読んだ。それほど面白く、感動的な物語である。要は稀代の名医、華岡青洲の立志伝なのだが、青洲の母於継と、妻加恵との反目、俗にいう嫁姑の争いが主軸となっている。互いに相手を疎ましく思っても、それをおくびにも出さない二人の心の動き、毒を含んだ会話、視線。息が詰まるような神経戦が実に生き生きとユーモラスに描かれている。有吉佐和子の語りの妙、ストーリーテリングの卓抜さに唸らざるを得ない。
紙の本箱崎ジャンクション
2016/12/07 14:47
タクシー小説の傑作
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都心を走るタクシードライバーの視線、心の動きを緻密に描写し、まるで光タクシーに同乗しているかのような臨場感だ。男と男の縺れ合うような距離感、気だるい掛け合いがたまらない。面白く、やがて哀しい物語。
紙の本複合汚染 改版
2016/10/29 20:41
現代に通じる啓発の書
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有吉佐和子の先見の明に驚嘆せざるを得ない。農薬、化学肥料、合成洗剤、排ガス……。私たちの生活を取り囲む化学合成品がいかに人体や環境を蝕むか、にもかかわらず国や企業はそれらの有害性に目をつむり、あるいはごまかしながら産業の名のもとに大量生産してきたか。そして戦争との密接なつながり。有吉佐和子の筆は、それらをかみ砕き、平易な言葉で解き明かすことに成功している。現在の放射能汚染もまた同じ構造だと感じた。
紙の本自衛隊のリアル
2016/09/20 23:59
腑に落ちる自衛隊論
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傑作である。特定のイデオロギーに偏ることなく、徹頭徹尾、現場の自衛隊の実像、その変容をリアルに描いている。特に、自衛隊員の死をどう受け止めるか、というテーマが切実である。与野党の国会論議がいかに空疎か、しみじみ思い知らされた。自衛隊の存在を私たちの問題として考えるのに必読の書だ。
2016/07/28 22:28
21世紀の「1984年」
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ジョージ・オーウェルが『1984年』で警鐘を鳴らした国民が24時間375日監視される社会。それが米英の情報機関によって、ひそかに現実のものとなっていた。NSAの分析官、スノーデンによる内部告発と、それを受けて報道に踏み切る英紙ガーディアン。政府との攻防など、ジャーナリズムの現場が垣間見れて面白い。それにしても日本は監視、盗聴の対象になっていなかったのだろうか?
2016/07/16 18:11
ガーディアン紙が見たウィキリークス
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ウィキリークス本を続けざまに3冊読んだ。ウィキリークスの元No.2による『ウィキリークスの内幕』、独シュピーゲル誌による『全貌 ウィキリークス』、そして英ガーディアン紙による本書だ。いずれも読みごたえがあって面白いが、本書が最もディテールが充実している。そして各章の冒頭に、証言者の印象的なセリフが抜粋されているのが面白い。
紙の本境界の町で
2016/06/29 23:57
私ノンフィクション
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この人の文章はドキドキする。痛々しいまでに自分をさらけ出しているから。でも、ナルシストではない。自分のことがどうしようもなく嫌で、自分を抑えつつ、それでも、さらけ出すしかない、というギリギリの線を狙ってきている。原発、震災という手垢にまみれたテーマが新鮮なタッチで描かれている。沢木耕太郎の「私ノンフィクション」という考え方に近いと感じた。
2016/06/14 22:47
世界文学の誕生
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照りつける太陽、熱帯植物の濃密な匂い、人間の汗や血。すべてが鮮やかに、狂おしく表現されている。圧巻は「平和通りと名付けられた街を歩いて」。人間の強さと弱さ、国家なるものの不条理をこれほど身体的に描いた作品があるだろうか。中上健次を彷彿とさせる土着的世界文学である。
紙の本深い河
2016/05/26 10:25
遠藤作品の集大成
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遠藤作品は読む者を吸い込んでいくような、強い吸引力を持つ。まるで映画や劇を見ているように、言葉がイメージ、音となってスムーズに入ってくる。そして、物語世界に私が入ったかのような気持ちになり、頁をめくる手が止まらなくなる。『海と毒薬』『悲しみの歌』『沈黙』に続いて読んだ。作者が描いているもの、描こうとしているものは相互につながっている。悲しみの歌で登場した外国人青年、ガストンが本作でも登場する。作者はガストンにキリストの姿を重ね合わせているのだろう。そして神父を志してフランスに渡りながら教会になじめず、インドに向かった大津青年にもキリストの刻印が見える。2人に共通するのは愚かで醜く、愚鈍ななりをしながら、人々の苦しみ、悲しみを一身に受け止め、肩代わりしようとする無償の愛である。『海と毒薬』や『沈黙』では、人生の救いの無さ、運命の残酷さ、神の無応答性の象徴として、黒く冷たい海が描かれた。本作ではガンジスの深い流れが、それに代わる象徴として繰り返し描かれている。
紙の本極北に駆ける 新装版
2016/04/26 16:47
エスキモー讃歌
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いや~、面白かった。「青春を山に賭けて」に続いて2冊目の植村直己。文章が格段にうまくなっている。読んでいると、植村直己とともに犬ぞり旅をしているかのようだ。グリーンランドの厳しくも美しい自然、生肉を中心とした食、飾らず人懐っこい人々。巻末の解説には、それが時代とともに、利便性と引き換えに失われつつあることが書かれていて、何とも寂しい気持ちになる。
2015/11/10 13:28
言葉のない世界
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5歳で、言葉をまだ話せない幼稚園の拓人は、声を使わずに虫たちと話すことができる。霊園管理人の児島もまた、声を出さずに死者たちに話しかける。拓人には大人たちの話す言葉の意味は分からない。ただ、児島の「言葉」は聞き取ることができる。拓人が気づかせてくれるのは、言葉以前の、ありのままの世界の豊かさだ。言葉や理性ではなく、気配や音や匂いや色で感じる世界。大切なのは言葉の意味ではない。ココニイルヨ、ココニイテモイイヨ、と言外に伝えあうことなのだ。
紙の本レディ・ジョーカー 下
2015/11/05 16:49
恐るべき総合小説
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単行本からの再読。大幅に改稿したとされるだけあって、単行本よりブラッシュアップされ、緻密さが増している気がする。特に合田と加納の関係、心の動きが違和感なく、丁寧に描かれている。
話の筋は中巻の高揚感から一転、下巻は加害者であるレディージョーカーも、被害者である日之出ビールの面々も、身動きのとれない日常のなかで自壊し、バラバラになり、それぞれのやり方で幕引きを図っていく。犯罪小説であり、企業小説であり、人間の内奥を見つめた純文学でもあり、このスケール感は総合小説と呼ぶほかない。
紙の本レディ・ジョーカー 中
2015/10/30 01:59
息詰まる攻防
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単行本からの再読。中巻はレディージョーカーの面々が影絵のように後景へ引き、日之出ビール、警察、新聞社の攻防が前景に出てくる。中でも日之出の城山社長と警察官合田の心理戦は息が詰まる緊張感をはらむ。組織の中の個人というテーマが通奏低音として流れ、物語はクライマックスを迎える。一分の隙もない高村薫の緻密な筆が冴え渡っている。