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  3. 安原顕さんのレビュー一覧

安原顕さんのレビュー一覧

投稿者:安原顕

398 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本海辺のカフカ 上

2002/10/31 22:15

荒唐無稽な幻想譚「オチ」のない詐偽小説!

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 子供騙しの小説で呆れた。思いつきによる謎(のようなもの)が多数ちりばめられてはいるが「落とし前」は一切なく、ただ無意味に長いだけだからだ。
 読者は「謎」に釣られて読み進むが、最後に解決がなければ何のために読んだのかと、不快な徒労感だけが残るだけである。
『海辺のカフカ』は『ねじまき鳥クロニクル』同様、ひでえ詐欺小説と言っていい。とはいえたちまちベストセラー、おそらく書評も「絶賛の嵐」だろうから(『朝日新聞』9月20日夕刊で、小山内伸記者も激賞した)、一つくらい酷評があってもいいだろう、「いや、春樹はいまや裸王様だからして、断固書いておくべきだ」との気分にもなった。
 ぼくは、短篇集『TVピープル』以降の彼の作品、数篇の短篇以外、感心したことがない。中でも『ねじまき鳥クロニクル』のあまりの手抜き、才能の枯渇ぶりには呆れ、見限ることにした。
 ならばなぜ『海辺のカフカ』を読んだのか。「ひょっとすると今回は傑作かもしれぬ」と思ったからだ。藁を掴む気持とでも言おうか、昨今は内外ともに、それほど面白い小説が少ないのだ。
 いつもならここで粗筋を紹介するところだが、あまりに阿呆らしいストーリー(と言えるのか)ゆえ、その気がしないので、今回は『海辺のカフカ』が駄目な理由に付き幾つか指摘するに止めておこう。
 一、まず主人公の15歳の少年田村カフカが最大のネックと言っていい。15歳が駄目というのではなく、この少年、単なる馬鹿で、人間的魅力にも乏しいからだ。
 作者も、このままでは持たぬと無意識裡に思ったのか、『オイディプス王』の枠組を借りたり、田村少年に哲学的言辞を弄させもするが、根が馬鹿ゆえ、滑稽の上乗せでしかない。
 また四国の高松(なぜ高松なのかの説明もむろん一切ない)の甲村図書館受付の青年大島も主要人物として出てくる。そして後に実は「女」と分かるのだが、これまた小説上、何の意味もない。
 さらには図書館長佐伯さん(52歳の女)の存在及び彼女の長い長い因果話も、不自然かつ陳腐であり、その後の田村カフカとの交情に至っては、ほとんど噴飯ものと言っていい。
 ラストの結末については書かぬが、まともな読者なら読了後、必ずや怒り爆発になる筈だ。
 田村カフカが突然失踪しても、父親も学校の教師も心配して捜索願いも出さぬとは、一体どういうことなのだろう。
 二、田村カフカよりさらに失敗なのは副主人公ナカタの存在だろう。彼は「猫探しの名人」、猫と話も出来るが、文盲なのだ。いまどき文盲なんて、まったくリアリティがない。文盲の設定が小説上極めて重要なファクターならそれもいいが、これまたそんなことはない。
 さらに驚くのは、田村カフカの父親に、「俺がお前の好きな猫を殺すか、それがイヤなら俺を殺せ」と言われ、ナカタは彼を刺し殺す。この話に説得される読者はおそらく皆無だろう。そして、ナカタもまた高松に行くのだ……。
「君は正しいことをしたんだ」とカラスと呼ばれる少年は言う(カフカはチェコ語でカラス。この小説、時折二人称で田村に語りかけるフレーズが意味もなく出てくるのだ)。
 ……「だって君はほんものの世界でいちばんタフな15歳の少年なんだからね」 ……/やがて君は眠る。そして目覚めたとき、君は世界の一部になっている」で終わるのだ。
 村上春樹は今年53歳。世界は問題山積である。このような子供騙しの幻想譚にうつつを抜かしていていいのだろうか。

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紙の本平然と車内で化粧する脳

2000/11/07 00:15

政財官の無能無策の方が百万倍重要な「ネオテニー障害」だ

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 電車内で携帯電話をかけまくる男女、平気で化粧をする女など、日本人は昨今、老いも若きも非常識を通り越し、気が狂ったとしか思えぬ人間が急増している。本書はその理由を探った本で、読めば読むほど驚くことが書かれている。専門的な話にもかかわらず、澤口俊之(1959年〜。北海道大学、医学部教授)に南伸坊が訊く方式で作られているため、スイスイと頭にも入る。日本人が「恥知らず人間」になった理由は「ネオテニー」が進み、脳の機能障害が起こったからだ。「ネオテニー」とは、幼時期の特徴を保持したまま成熟することを差す。人間はネグロイド(黒色人種)、モンゴロイド(黄色人種)、コーカサイド(白色人種)の3種あり、われわれ日本人はモンゴロイドである。このモンゴロイド、3種の中では最も「ネオテニー」が発達している(猿から一番遠い存在)が、逆に言えば、他の2種より大脳の発達に時間がかかり、他の2種が18歳〜20歳で完了するところを25歳までかかるため、幼少期から親が育児を放棄、10代から個室を与えたりすると、「ネオテニー」は停止、二度と発達することはない。従って脳は未熟状態のまま、いわば発達障害となり、今日のような破廉恥人間が急増したという。つまり、電車内で携帯電話をかけ、化粧をし、路上に座り込んで物を食うような人間らは、脳の発達障害者ゆえ、そのことを指摘されても「何が問題なのか」が理解できず、一生、改めることもない。ぼくに言わせれば昨今の10代の異常犯罪も、ひょっとするとこの「ネオテニー障害」から来ており、さらに言えば、大家族主義時代、個室など与えられなかった時代からもあったような気もする。というのは、第二次世界大戦の最高責任者「昭和天皇」は責任を取らず退位もせず、明治以来、政財官は無能無策、いまでは国そのものが崩壊寸前にもかかわらず、その自覚すらないからだ。そしてこのことは、「車内で化粧」の百万倍は重大事でもある。そして、こうした事態に、誰一人として怒ってもいない。徳川時代の260 年間に百姓一揆は三千件もあり、英国ではガソリン税が75%になるや農民や労働者がストライキをし、全国にも波及、フランスの労働者も共闘、遂にクズ首相ブレアも多少折れる姿勢を見せた。これが真っ当な人間の反応だが、腑抜け日本人にはこんな発想、欠けらもないからだ。

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諸悪の根源「東大解体」を主張する人間ゆえ、本書を読みながら、何度も快哉を叫んだ

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 先日、PCM放送のぼくのジャズ番組「ギンギン・ニューディスク」のゲスト村井康司が、スタジオに奇妙な本を持ち込んだ。「何?」と訊くと、「まだ半分だけど、すこぶる面白い本」と言う。早速、放送で主たる内容を語ってもらい、なるほど面白そうなので、買おうと思うが、薄利多売原稿に追われ、大型書店に行っている暇がない。そこで例によって図々しく、版元に電話をし、「書評用」にと送ってもらった。村井康司の持っていた本は2刷、ぼくが贈られたのは3刷だった。6月に出て、9月に3刷など、昨今の出版界では滅多にあり得ぬ数字である。版元の松籟社についても書いておくと、主にドイツ文学の翻訳に意欲的な出版社で、『ムジール著作集』(全9巻)、トーマス・マンの兄『ハンリヒ・マン短篇集』(全3巻)、19世紀スイス最大の作家と言われる『ケラー作品集』(全5巻)、『ハイネ散文作品集』(全5巻)、『シユティフター作品集』(全4巻)、その他、イタリアの現代作家イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』『砂のコレクション』『パロマー』などを出している。全国の図書館の皆さん! もし買っていなければ、『ムジール著作集』(全9巻)だけでも購入して下さい! それはさておき、『文学部をめぐる病い』の話。なるほどこれは奇書だ。口汚い表現で簡言すれば、昔の東京帝国大学ドイツ文学部、及びそこを出て旧制高校(現在の東大駒場など)の教師になった連中、いかにクソかを精緻に論証した労作なのだ。中でも槍玉に上がっているのは高橋健二である。彼はヘッセやケストナーの翻訳者として著名、晩年はペンクラブ会長もした。ぼく自身も、究極の無脳男祖父が旧制一高から東京帝大出身者、倒産した中央公論社でも「東大出のみ」が生涯の勲章、気位いのみ高い人間のクズが多く、筆者の中にも、文学とは無縁、単なる翻訳屋を多数見てきたので、筆者の分析、実感としてよく分かる。また近年のタカリ官僚=東大法学部出身者を見るまでもなく、大昔から諸悪の根源「東大解体」を主張する人間ゆえ、本書を読みながら、何度も快哉を叫んだ。最後の章に出てくる中野孝次は(彼の最初の仕事、全体的にひどい翻訳の新潮社版『カフカ全集』全五巻、高橋義孝の口ききで出たことも教えられた)、1968年だったか、ヴァーゲンバッハ『若き日のカフカ』を翻訳してもらった仲でもある。しかし、彼の小説、陳腐低俗で驚くが、そのことを柄谷行人が徹底的に批判した文を読み、溜飲を下げもした。芳賀徹も、編集者にとっては実にイヤな奴だった。120ページに出てくる高橋健二と同列の存在、井上司朗の「中島健藏叩き」の中に、「東大とは富国強兵を目的とする明治政府により明治22年に造られ、体制維持のためのイデオローグとテクノクラート達の養成機関」とあるが、東大のこの体質、近年ますます激化している。著者は「あとがき」で、日本におけるドイツ文学研究は「二流」の人間で成立していたこと。通常はエリート文化と呼ばれる教養主義もまた、この「二流」の人々の文化現象だったと指摘している。そのことは十分に分かるにしても、その検証のためにここまでのエネルギーを傾注した著者のモチーフがどこにあるのか、最後まで見えなかった。

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かくして日本は、目出度く潰れる

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨今の政財官、警察、教育、マスコミ等々で多発する不祥事の連続、巷では、少女誘拐、通り魔から親の子殺し、子の親殺といった、信じられぬ事件の続出である。日本人は一体どうしたんだ、と思うのはぼくばかりではあるまい。最も悪いのはクズ「政治屋=公僕」に決まっているが、ぼくに言わせれば、死ぬまで彼らを選び続け、あろうことか二世にまで票を与え、いまや二世代議士は70%を超える事態にまでした国民も同罪である。政治屋は世襲商売になったのだ。なぜこんな愚劣が出来するのか。国民、政治屋共に、日本国の行く末など誰一人として考えてはおらず、県、町、村の利益優先、政治屋はそうした衆愚にへつらい、永遠に票を入れさせようとする。このシステムが悪の温床なのである。その結果どうなるか。公金(血税)で無駄なダム、鉄道、飛行場、橋、港、道路、レジャーランド、美術館、音楽ホール等々を作り続けるのだ。しかも、レジャーランドなどはその典型例だが、失敗した場合(大半は計画段階でそのことは分かっていた)、責任回避のため、第三セクター(会社)の名で運営する。しかし大半は倒産だ。そして、われわれの血税数百億円がドブに捨てられたのである。にもかかわらず誰一人として責任は取らない。また、こうした「内需拡大」「インフラ整備」の名の下に、日本国中をセメントで固めまくり、日本崩壊(すでに崩壊しているが、実質的崩壊は間近い)のその日まで、やめることはない。こうした工事で最も儲かるのは「手抜き」で知られる大手ゼネコンである(セメントの使用量、米国より多いとの事実を知る人は少ない)。政治屋らは実に年間50兆円もの金をゼネコンにばらまき、その見返りとして「自民党」に投票させるのである。むろんゼネコンの政治献金も半端な額ではない。「野党」とて同じで、大衆の票などごく僅か、昔の「社会党」の票の大半は労組(しかも大手の)のものであり、公明党の投票者は、創価学会会員である。つまり投票率が上がれば自民党(今で言えば自由、公明もだ)が大敗との予測は、八百長の組織票が「大衆票」に負けるからである。しかし投票率は下がり続け、近々、投票率30%なんて時代も来る筈だ。確かに投票したい代議士、党ともにないのは実情だが、そうなれば、この八百長選挙、永遠に続くことになる。選挙はペナルティを課してでも「義務」にすべきだと思うが「八百長」で勝ち続けた自自公社共らが、そんなことをすることはない。かくして日本は、目出度く潰れる。表現は違うが本書を読み、こうした問題を再確認した。

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紙の本からくり民主主義

2002/08/22 22:15

沖縄基地などを徹底取材、日本国民は「豚」と教えられる

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本、「版元が安原さんの大嫌いな草思社、解説が村上春樹だから、ちょと薦めにくいんだけど(笑)、内容は好みだと思うよ」と、中条省平に薦められた。なるほど読んでみると、教えられることの多い労作だった。ぼくとは違い著者は上品な人ゆえ、直接怒りを露わにすることはないが、ぼくの言葉で増幅すれば、民主主義とは「民」が主人だが、その「民」が白痴の場合、「衆愚主義」(「からくり民主」)に堕する。
 そんなことは誰でも知っているが、観念論ではなく、取材によってここまで具体的に立証されると、ぼくのような人間でも大ショックだった。そして、この衆愚ぶりが政官業のトップにまで反映されているのが腐れ国家日本なのだ。政官業の呆れるほどの無能無策、それに加えての不祥事と巨悪だ。にもかかわらず腐れ国家日本にはまともな法律すらなく、巨悪はしたい放題、バレても裁き、罰されることも皆無に等しく、みずから責任を取るなんてこともない。一億人のすべてが自己中心と拝金主義なのだ。
 例えば「上九一色村オウム反対運動」や「沖縄米軍基地問題」を読み、「ああ、これは俺/私のことだ」と感じぬ日本人はいない筈だ。著者によれば、上九一色村でオウムと闘ったのは唯一人、元戦中派、抑留された折ソ連で洗脳、帰国して日本共産党員になった竹内精一だけ。あとの村人は「誰も迷惑していなかった」と言う。さらにこの場所は国有地払い下げにもかかわらず境界線は曖昧、銭に困った村人たちは土地を売り払い、転売も重なり、誰がオウムに売ったかも不明らしい。その後、跡地にはテーマパーク「富士ガリバー王国」を建てるが、オープンから四年後の二〇〇一年、倒産する。「沖縄米軍基地問題」も同様で、報道とは違い「反対派」などなきに等しく、個人(中には年間七千万円、受け取る人もいる)や、市町村に支払われる借地料総額年間八二一億円を手放すのが惜しく、基地はずっと存続して欲しいのだ。しかも一坪地主が反対してくれれば(理想は反対53%、賛成45%)値上げの交渉上、都合がいいと言うのだから、まさしく乞食根性なのである。全国民が読み、腐れ根性の醜さを直視し、恥じて欲しい一冊だ。

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紙の本グレン・グールドの生涯

2002/07/16 22:15

没後二〇年目に再刊された鬼才グールド初の伝記

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は新訳ではない。グレン・グールドの没後一〇年の一九九二年、リブロポートより刊行された本だからだ。しかし版元が倒産して久しく、没後二〇年後の今年、青土社が復刻したものである。著者は、一九二九年、ボストン生まれ。七一年から九二年まで『タイム』誌のスタッフ・ライター、編集主幹として、さまざまなカヴァー・ストーリーを書いたジャーナリスト(九五年、癌で他界)、本書はグールドの死後、遺言執行人の求めに応じて書かれたものである。という訳で、当時はまだ非公開だった書簡や日誌などを第一次資料として存分に使い、それ以外にも、グールド自身の著書、新聞雑誌の記事、関係者への取材インタヴューなどを駆使した初の本格的伝記として発売当時、話題になった。
 内容は、神童と言われた幼少期から始まり、『ゴルドベルク変奏曲』(五五年六月、第一回目の録音)で国際的デビューをするまで。そして苦痛の多かった演奏活動の日々を経て「引退」。さらに引退後のメディア論の展開、作曲家への夢、身体的故障、二度目の『ゴルドベルク変奏曲』の録音など、五〇年間の歴史を全一六章に纏めている。
 ぼくがグールドの『ゴルドベルク変奏曲』を聴いたのは、いつのことだったろう。吉田秀和の批評文を読んで、LPを買いに走ったことは覚えているが、年代の記憶がない。彼の演奏、とりわけJ・S・バッハの虜になったぼくは、その後も『パルティータ第五番/六番』『平均律クラヴィーア曲集』『インヴェンションとシンフォニア』『イギリス組曲』『フランス組曲』等々、順序は不明だが、聴き惚れた時期がある。その他、ハイドンやモーツァルトのソナタ、シェーンベルクの『ピアノ協奏曲』などもよく聴いた。
 すべて興味深く再読したが、やはり第15章、二度目の『ゴルドベルク変奏曲』秘話と第16章の「最期」が印象深かった。グールドは最初の『ゴルドベルク変奏曲』の録音を一九八一年まで聴き直したことはなく、かなり批判的でもあったようだ。第25変奏曲の「うっとりするような演奏について」「ショパンのノクターンみたいだね、まったく」と軽蔑的な言い方をしたので、聞き手のティム・ペイジが、「そんなに悪くないですよ」と言うと、彼は、「ビゼーのノクターンだって言ったら信じるかな?」とやり返し、「あれはあれで特徴があって素敵だと思いますよ」と言っても自己批判はやめず、「これはまさにピアノ的な演奏なんだ。いいかい、これ以上軽蔑的なコメントはないんだよ」と答えた。
 Q 私は旧録音の方がずっと好きなのですが。
 A なるほど、これは難しい問題だね。イーヴォ・ポゴレリチもあなたの側だし、ほかにも賛成する人はたくさんいるでしょう。しかし、私は何と言っても新録音ですね。確かに旧録音のような快活さや向こう見ずなところはありませんが、実に落ち着いていて、思索的です。
 周知の通りグールドは、健康上の問題を山ほど抱えていた。血圧は危険なほど高く、他にもヒアリン・ヘルニア、循環器障害、両腕両脚の刺すような神経の痛み、迷路炎と呼ばれる平衡感覚に影響を及ぼす内耳障害、目の障害、痔疾、腸内ガスの異常発酵による痛み、慢性的な喉の痛み、喘鳴、息切れ、前立腺炎、胸の痛みなどである。そのため山のように薬を飲み、八二年一〇月四日、急逝した。五〇歳だった。
 なお、興味のある向きは、・アンドルー・カズディン『グレン・グールド』(93年、音楽之友社)・ピーター・オストウォルド『グレン・グールド伝』(00年、筑摩書房)・ケヴィン・バザーナ『グレン・グールド 演奏術』(00年、白水社)などもどうぞ。図書館は二つの『ゴルドベルク変奏曲』のCDも入れて欲しい。

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紙の本ファン・ゴッホの手紙

2002/01/09 22:16

いまなお貴重なドキュメント

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ゴッホの書簡集は、1951年、画集も兼ねた初期の大型版『エミール・ベナール宛て書簡』(1911年)が二見史郎訳で出たらしいが、これは見てない。ぼくらの知ってるそれは1958年刊、英訳本三巻を二見史郎ら四人で翻訳したものである(1963年、みすず書房)。それから7年後1970年、全6巻の普及版も出た。
 今回の『手紙』は、ゴッホ没後100年を記念して刊行された「オランダ語版全4巻本」(1990)を底本にコンパクトに纏めた、いわば書簡選集である。とはいえ、従来版の「削除、省略、伏せ字」を綿密に解読復元したものゆえ、単なる縮刷版ではない。一例を挙げれば、父親がゴッホを精神病院に入れようとした「ヘール事件」などがそれである。
 以下に書簡のごく一部を、端折ってランダムに引いておくと、1887年、末の妹に宛てた手紙にこんな下りが出てくる。
 「われわれ文明人が何より悩んでいる病気はメランコリーとペシミズムだ。そこで、例えば僕のように長年にわたって生活のなかで笑いの欲求がまるで失われてしまった人間は、これがぼく自身の落度かどうかは論外として、そのような僕は何よりもまず思いきり笑うことが必要だ。それを僕はギ・ドゥ・モーパッサンのなかに見出した。また、ほかにも昔の作家ではラブレー、現代の作家ではアンリ・ロシュフォールにその笑いを見出すことができる。ーーヴォルテールの『カンディード』もそうだ。/それと逆に、真実を、あるがままの人生を望むなら、例えば、ドゥ・ゴンクゥルの『ジェルミニ・ラセルトゥー』『娼婦エリザ』、ゾラの『生きる喜び』や『居酒屋』(略)、フローベル、リュシュパン、ドーテ、ユイスマンスなどフランスの自然主義者たちの作品はすばらしい……」。
 また1888年、ゴーガン宛書簡の下書きには、「ここのアルルでつい最近四部屋の家を一軒借りた。(略)僕の方は全く一人きりで、この孤独が多少苦になっている。(略)弟と僕は君の絵を高く評価していて、君がもう少し安穏な状態になれることを切望している。ところがそれでも、弟は君に金を送り、僕に送金することはできない。こちらで僕と共同で使うというのはどうだろうか。いっしょに暮らせば、多分二人でやってゆけるだろうという確信はある……」。
 いまなお貴重なドキュメントであり、記録文学にもなっている。図書館は是非、入れて欲しい。

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『夢野久作著作集』最終配本第6巻。すこぶる面白かった

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 『夢野久作全集』は現在、三種類ある。
一、『夢野久作全集』(全7巻、1969年〜70年、三一書房)二、『夢野久作全集』(全11巻、1991年〜92年、ちくま文庫)三、『夢野久作著作集』(全6巻、1979年〜01年、葦書房)である。
 一と二は、主に小説を中心に編まれた『全集』だが、西原和海編の本書は、「中学時代の日記から遺稿まで、新発掘原稿と未発表草稿も含まれる伝記、エッセイ、雑文から成っている」。以下に、全6巻の内容も書いておくとーー『外人の見たる日本及び日本青年』『東京人の堕落時代』『白髭小僧』『梅津只圓翁伝』『近世快人伝』『随筆・歌・書簡』 この『著作集』、第1巻配本から、20年以上もの歳月が流れたと書いてあるが、本当なのだろうか。ぼくが読んだのは最終配本、第6巻『随筆・歌・書簡』だが、すこぶる面白かった。巻末には西原和海編「作品年表」もあり、どの版の『全集』に、何が入っているかがすぐ分かりもする。いずれ、どこぞの版元で、決定版『全集』を編んでもらいたいと思う。夢野久作(1889〜1936)は、本名を杉山泰道といい、福岡県生まれ。玄洋社の杉山茂丸の長男である。陸軍少尉を除隊後、慶大に入るが中退。農園経営、僧侶、謡曲教授、新聞記者などと、さまざまな職に就くが、大正15年(1926)、「あやかしの鼓」で作家デビュー。以来「奔放な空想力と説話的文体」(中島河太郎)で、『ドグラマグラ』などの異色作を世に問うた。第6巻には「アンケート」まで載っており、その中に「文学志望者に与ふる一家言」というものがあった。少し端折って引いておくと、「先輩や雑誌社に原稿を押し付けてまわるのはまったく無効。そうした心理は有害かつ負担であるとの記憶が自分にもある。原稿は応募をすること。落選する度に力が付くからだ。要するに実力の競争だが、文才だけでも作家にはなれない。実世間の恐ろしさ、底深さにどん底までふるえ上がらなければ、ほんとうに生きたものは書けない。卑しい仕事を嫌わず、青春を惜しまず、退廃せず、身体を丈夫に、見聞を広めること」。日本の文壇、新人にとってはいまも昔も、さして変わらぬことがよく分かる。

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『小説中央公論』に掲載された初出時の原稿、「初稿エロ事師たち」が話題になると思う

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 五流の後進国日本では、「本」は文化財ではない。石鹸や歯磨粉のように日々消費される消耗品扱いなのだ。またクズ国家日本では「本の流通システム」が糞で、本はメーカーの設定した「定価」で売らねばならぬ、値引きは不可との「再販商品」(法律ではなく商習慣)であり、全国の書店に新刊書や雑誌を配る「運送屋=大手取次」は役所のような許認可権を行使して威張りまくり、書店は書店で、みずからの眼力による仕入れなどせず、「買切委託」ということもあって「取次」の送り付ける商品から「売れる」と判断した「本」のみを並べ、残りはそのまま「返品」の繰り返し、そのために商品知識はゼロに等しい。また元々「文化財」との発想皆無の版元は版元で、「売れそうな本」にしか興味、関心がない。また、書店で売れぬ単行本はたちまち返品、そのままデッドストック化、二度と流通せず、倉庫で眠っている間も課税され続ける。となれば断裁処分せざるを得ず、絶版となる。文庫本の場合も、まったく同様である。という訳で1960年代〜70年代、「天才」として大活躍、その後は唯の爺になった野坂昭如の本など、いまや影も形もなく、全作品、絶版状態である。今回その野坂昭如の「天才時代」の代表作が3巻本になった。国書刊行会は偉い! 内容は第1巻『ベトナム姐ちゃん』、第2巻『骨餓身峠死人葛』、3『エストリールの夏』である。意外にも「解題」を大月隆寛が書いている。『第1巻』の内容は「初稿エロ事師たち」から「死児を育てる」までの16篇、中でも作者本人の希望で、『小説中央公論』に掲載された初出時の原稿、「初稿エロ事師たち」が話題になると思う。単行本で読んだ時の印象は「達者」だったが、こうして初稿を読むと、まだまだ未熟、これから天才度がアップすることと知った。それほどデビュー当時は新鮮に映ったのだ。「bk1」の文芸サイト(www.bk1.co.jp)の、野坂のインタヴューにも出てくるが、彼は典型的な「憑依型の作家」で、ストーリーが天から降ってこなければ一行も書けなかった。『海』時代、担当の村松友}はそのため、毎月死ぬほど苦労をしていたことを思い出す。ところがいざ天から降り出すや、1時間に7枚のペース、原稿用紙の升目一杯に鉛筆で楷書で書き、ただの一行の直しも、吹き出しもない。昨今の『少女M』などを読むと痛々しいだけなので、どうか筆を折って欲しい。

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朝日の「天声人語」批判もいいが、もっと巨悪をぶっ叩いて欲しい!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本には真っ当なジャーナリストやジャーナリズム、なきに等しい。中でもひどいのがマスコミである。戦時中の報道機関は新聞雑誌、NHKのラジオしかなかったが、彼らは政官の広報、走狗として機能しただけ、第二次大戦中は国民を騙し続けもした。また戦前、戦時中の日本には言論思想の自由はなく、治安維持法、不敬罪など、体制批判を許さぬ法律もあり、マスコミも権力の走狗にならざるを得ぬ事情もあった。つまり天皇(制)や政官(体制)批判をすれば、それらの新聞雑誌は発禁、場合によっては経営者や編集長は獄に繋がれ、社の倒産もあり得たからだ。とはいえ、たとえそうであっても、国民を騙したのだから、敗戦後、幹部らは責任を取るべきと思うが、一社として、それをしていない。それどころか、みな口を拭って知らんぷり、昨日までの「鬼畜米英報道」を一転させ、破廉恥にも「民主主義礼讃報道」だ。また明治時代からある「記者クラブ」は民主主義を侵害する組織とGHQに解散を命じられたが温存、いままた政官業の公式発表を丸写しするだけの「大本営発表」化してもいる。戦前戦中同様、いまなおタブーが存在することにも驚く。天皇(制)批判はむろんだが、被差別部落、狂人、身障者、新興宗教批判などがそれだ。その結果どうなったか。被差別部落の団体に脅されれば愚劣な「言葉狩り」をし、殺人者には「殺された者」の百倍の人権を与え、殺人者が狂人の疑いありとなれば名も顔写真も報道せず、殺された者は新聞雑誌で晒し者だ。文部省の言いなりに当用漢字以外は使用せず、ルビも使わず、平仮名との混ぜ文字を読者に押しつけて恥じることもない。
 さらに言えば、九七年一月に逮捕、起訴された(懲役一〇年)元新進党友部達夫(参議院議員)は議員辞職を拒み続け、ブタ箱にいながら任期の七年間、われわれの血税から総額一億五五〇〇万円、他に公設秘書代金計六二五〇万円の給与や手当てを血税から掠め取った。実刑が確定しても返済を求める法律もない。そのため、次は鈴木宗男及びその公設秘書に、またぞろ給与を払い続けるのだ。このことを書き立てぬマスコミなど報道機関とは言えまい。数少ない真っ当なジャーナリスト日垣隆の新刊を読み、思わず「もらい怒り」してしまった。

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紙の本鈴木宗男研究

2002/07/16 18:16

自民党議員はすべて鈴木宗男と知り、思わず吐いた

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 本書を読んで痛感するのは、辞職した加藤元幹事長、山崎現幹事長をはじめ、自民党代議士の全員が「鈴木宗男」とほとんど同種の人間ということだ。さらに絶望が深まるのは、結果としてこうした人間のクズらに血税と国政を委ねていることである。そして、日本の民度の低さは、血税の「おこぼれ」に預かろうと、彼ら自民党代議士に擦り寄るクズ国民や、それを暴かぬマスコミの存在である。また「右翼」とは、何となく「憂国の士」といったイメージを持つ人も多かろうが、鈴木宗男が中川一郎の秘書をしていた昭和四八年、中川一郎、渡辺美智雄、石原慎太郎らが右翼的な「青嵐会」を結成した(いまや、こ奴らの息子が世襲議員をしている)。ところが彼らは「憂国の士」どころか、あろうことか旧ソ連や韓国から政治資金をタカる「売国奴」だったのである(第二章〈ロシア・コネクション〉、第三章〈日韓利権コネクション〉に詳しい)。しかし、このことを知る国民、ぼくも含め、ほとんどいない。
 まあそれにしてもだ。本書を読み、鈴木宗男はクズ中のクズ、単なるヤクザということがよく分かる。他の自民党代議士同様、権力を濫用して私腹を肥やし、遂には国まで売った男だからだ。むろん外務省も同罪だが、この両者、いまなおパクられもせず、血税でのうのうと食っている。なぜ、このような信じられぬことが罷り通るのか。権力の番犬=マスコミは激しく告発せず、馬鹿国民も知ろうともせぬからだ。また野党も、この手のヤクザ議員を懲戒免職、永久追放する法律すら提出しない。同じ穴のムジナだからである。
 中川一郎は昭和五八年に変死、この死に鈴木宗男が大きく関与していた。しかし警察は例によって「首吊り自殺」と断定、何の取り調べもしていない(第八章〈中川一郎の「怪死」事件〉に詳しい)。
 この他、女、不動産、中川一郎の資金着服等々、凄まじい話の連続で、読み出したら止まらない。全国民は本書を読み、自民党に投票することだけは止めるべきだろう。むろん野党など不在だが、とにかく一度、全員落選させた方がいい。まあしかし、そんな奇跡はあり得ないだろう。国民が大馬鹿だからだ。

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紙の本リチャード・ブローティガン

2002/07/16 18:15

リチャードの秘話が少なく、ちょっと期待外れだった

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 一九七〇年代の中期だろうか、ぼくはブローティガンに何度か会っている。
 場所は六本木の「ザ・クレードル」だった。
 ぼくが連れて行ったのか、彼が先に来ていたのか、初対面の時、村上龍もいた。ぼくはブローティガンのファンだったので、店のオーナー椎名たか子さんに紹介してもらい、少しだけ話をした。その時、「好きな作家は?」みたいなことを訊くと、「そういう質問はジャーナリストには答えない」と、妙なことを言った。自己紹介の折、「文芸ジャーナリストだ」と言ったかららしい。ぼくは「何とセコイ奴だ。作品とはまるで違うじゃねえか」と怒りかつ軽蔑もし、以来、何度か顔を合わせたが、口をきいたことはない。
 そんなある日、ブローティガンのファン、当時CBSソニーに勤務していた吉村さん(人妻)に、「新宿京王プラザに行けば、彼に会えるぜ」と教えた。
 すると、それからしばらくして彼女は夫と離婚、アメリカに渡ってブローティガンと結婚した(と本人が言っていた)。
 それから一年後だったろうか、彼女から電話があり、赤坂の寿司屋で会った。すでにブローティガンには注文が少なかったらしく、未発表の詩を文芸誌「海」に載せてくれないかと頼まれたが、「小説なら載せるが、詩はいらない」と断った。
 さらに何年後だったろう、一九八四年、ブローティガンは自殺する。旧友の椎名たか子さんに感想を訊ねたところ、「彼は泥酔すると、ルシアン・ルーレットの真似事をよくしていたから、間違って暴発したんじゃないの」と言っていた。いまでもぼくは、この椎名たか子説を信じている。
 本書は一九七五年、ひょんなことからブローティガンの処女作『アメリカの鱒釣り』(晶文社)を翻訳、その後・『西瓜糖の日々』(75年、河出書房新社)・『ホークライン家の怪物』(同年、晶文社)・『芝生の復讐』(76年、晶文社)・『ソンブレロ落下す』(同年、同)・『ビッグ・サーの南軍将軍』(同年、河出書房新社)・『バビロンを夢みて』(78年、新潮社)・『鳥の神殿』(同年、晶文社)・『東京モンタナ急行』(82年、同)など、彼の大半の小説を翻訳することになる藤本和子書き下ろしの伝記である。
 という訳だから、ぼくは訳者と著者はごく親しい関係、おそらく本書には、ブローティガンの知られざる秘話が満載されているだろうと、大いに覗き見趣味を刺激されもしたが、実際読んでみると、彼女と彼は、ほとんど付き合いはなく、第一章「生と死」は新聞雑誌、ブローティガンの一人娘への取材などから成り、二章から四章までは、主に作品解説、五章には「椎名たか子さんの回想」等々の文があり、ちょっと期待外れだった。
 椎名たか子の回想によれば、彼は京王プラザホテルの宿泊代三ヶ月分を彼女に立て替えさせていたので自殺はあり得ないと書いている。また、「ザ・クレードル」の支払いはむろんのこと、東京での飲み食いのすべては彼女が支払っていたようだ。また、当初は男女の仲としての付き合いを求めたらしいが、彼女が拒否し、姉弟の関係だったようだ。
 作家としての才能は認めるとしても、ぼくに言わせればリチャードは男としては最低だと思う。銭がないなら上野や浅草の安い木賃宿に泊まればいいし、彼にはその方がよく似合った。にもかかわらずガールフレンドにタカリ、揚げ句は京王プラザホテルの代金まで踏み倒すとは実にイヤな奴、乞食根性のスノッブではないか。俺の最も嫌いなタイプだ。
 近々、未発表の小説『不運な女』が、藤本和子訳で新潮社から出る予定らしいが、文は読むつもりでいる。

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紙の本定本木村伊兵衛

2002/04/16 22:15

未発表作を含む二六五点の秀作・傑作集

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 表の腰帯には「傑作、埋もれた名作、未発表作の厳選二六五点[定価で割ると、一枚わずかに五二円強!]を集成した決定写真集! 蘇る昭和の人と街」とあり、帯裏には「六大特徴」として、以下の惹句がある。
一、戦前・戦後の名作、傑作をすべて収録。
二、雑誌発表のまま眠っていた作品を発掘し、木村伊兵衛自身による写真選びを再現。
三、パリなど三度のヨーロッパ取材のカラー作品を収録。
四、戦前・戦後の未発表作品を収録。
五、ダブルトーン(二色刷り)による最新印刷で柔らかな「伊兵衛調」を再現。
六、新発見の事実多数を含む詳細な年譜とデータ。
 略歴についても、ごく簡単に紹介しておくと、 木村伊兵衛(一九〇一〜七四)は明治三四年、東京・下谷生まれ。子供の頃より玩具のカメラを手にし、成人してからは写真クラブに入って頭角を現す。
 一九三〇(昭和五)年、ライカを入手、花王石鹸の広告写真を撮ることでプロ・デビュー。以来、スナップ、ポートレート、ドキュメントなど多彩な分野で活躍。中でも「ライカによる文芸家肖像写真展」は話題を呼ぶ。戦後は「N夫人[中山正子]」「マダムS[佐藤美子]」など、女性の肖像写真でも数多くの名作を残し、「名人」とも言われた。
 彼はまた終生、東京のスナップショットを撮り続けた写真家でもあるが、それらの写真は貴重な「記録」にもなっている。生前、纏めらることのなかった「秋田」も、本写真集の見どころの一つだろう。
 本書には、一九三二年から七三年までの作品が載っているが、一九三六年の沖縄那覇市。一九三七〜四〇年当時の幸田露伴、志賀直哉、泉鏡花と里見〓(弓偏に享)、横山大観、鏑木清方、一九五〇年の谷崎潤一郎、五四年の永井荷風らのポートレート。
 一九五五年のモノクロームによるパリの写真。そして一六九ページから一九〇ページまで、パリ他の「カラー写真」も挿入され、われわれはほっと心なごんだりする。
 そして、これらの写真を見ての結論は、またしても日本と欧州との文化の差だった。
 木村伊兵衛は一九四五年の東京大空襲で日暮里の自宅が全焼、ネガもプリントもすべて焼失する。一九五〇年代の湯島や西片町、浅草など下町の写真を見ていると、まだまだ日本独特の雰囲気が伺えるので、戦前の東京の写真が焼失したのは、惜しまれてならない。
 それにしてもパリと日本の差はどうだろう。巷に溢れる色彩感覚、人々服装の多彩さ、何よりも表情が違う。
 すでに敗戦から六〇年もの時が流れ、欧米に出かける日本人の数も年々増え続けているが、日本人の色彩感覚は上がるどころか下がる一方である。
 東南アジアには行ったことはないが、東京をはじめ、首都圏に林立する膨大な数のネオン群、また電車やタクシーなど、すべての空間にも薄汚い広告が氾濫、さらにはパチンコ店をはじめ、街に氾濫する騒音を誰一人として「汚い! うるさい!」と感じないのはなぜなのか。
 ぼくは欧米崇拝者ではないが、パリには日本のようなネオンも広告も皆無、音楽も流れてはいない。むろん、そのフランスとて核を保有、米国の湾岸戦争やアフガンへの報復戦争については日本同様「yes」である。それでもだ、まだまだ良いところは山のようにある。
 日本は政官業ともに腐り切り、経済は破綻したが変革の兆すら見えず、日本人はいまなお、政府が何とかするだろうと高を括っているのだ。

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紙の本岩波イスラーム辞典

2002/04/16 22:15

単独の読物「食文化」など、三〇のコラムも魅力!

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 この辞典、編集作業に八年以上かかったのだそうだ。収録項目は四五〇〇。
 編集委員の一人、山内昌之は『朝日新聞』(三月一〇日、朝刊)のインタヴューで、この辞典、特に、以下の三点に力を入れたと語っているので、引いておこう。
 一、従来のイスラム関係の辞書は、「アラブ中心の中東イスラムに重点を置いた編集」だったが、本辞書は「アメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカなど全世界に広がるイスラムを対象にした」。
 二、今の世界を考えるのに重要な近・現代史に力点を置き、時事用語もできるだけ収録した。
 三、多くの人にイスラムの素顔を知ってもらうため、日常生活の理解の助けに、項目や用語にも目配りした。
 また、単独の「読物」としても読めるよう、三〇のキーワードを大項目として、別に設けた。すなわち「衣装」「食文化」「住居」「税」など、イスラムの人々の普通の生活が分かるような工夫もなされているのだ。
 ここで、全人口中、ムスリムの占める割合が一〇〇%〜八〇%以上の国を「おさらい」しておくと——、モロッコ、アルジェリア、モーリタニア、セネガル、ギニア、マリ、ニジェール、リビヤ、エジプト、トルコ、シリア、イラク、イラン、ヨルダン、アゼルバイジャン、クウェート、バハレーン、カタル、アラブ首長国連邦、サウディアラビア、イエメン、オマーン、ソマリア、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、インドネシアなどである。
 また「食文化」の中にあるイスラーム世界の代表的料理も、一部紹介しておくと——、・シシ・ケバブ 「シシ」はトルコ語で串。バーベキューの総称である。
・チェロウ・キャバーブ 串焼きにした羊肉をピラフの上に乗せて供するイラン料理。
 イラン風ピラフの作り方も載っている。米は長粒種を使う。沸騰した湯に米を入れ、芯が残る程度に炊いて、鍋の湯を切る。再度、バターをひいた鍋に米を戻し、蒸し煮にする。鍋の底におこげができるように炊きあげる。香ばしいおこげが客に出される最上の部分となる。大皿にピラフを盛り、上にキャバーブを乗せてでき上がり。
・ドネル・ケバブ これは、最近日本でも見かけるようになった。
 ドネルはトルコ語の「回る」から。シャワルマとも言うが、これまたトルコ語の「回す」(チェヴィルメ)から。
 横からあぶって焼いた大きな肉のかたまりを縦に削ぎ切りし、パンに挟んだりピラフに乗せて食べる。しかしこの肉のかたまり、薄切りの肉や挽肉を積み重ねたものらしい。
・クスクス モロッコやアルジェリアなど、マグリブ諸国の代表的料理。煮込む具によってさまざまなバリエーションがある。
 タマネギと、ぶつ切りの肉(鶏や羊肉)を炒め、水でもどしたエジプト豆、野菜、肉団子に、塩、胡椒、香辛料などを加え、蒸し器のような二段鍋の下段で煮込む。
 その煮込鍋の蒸気を利用して上段で粒パスタ(クスクス)を蒸す。途中、クスクスを鍋から出してボウル内で手でほぐす。もう一度鍋に戻し、蒸し煮にする。
 蒸しあがったら、バターを加えて大皿に平たく盛り、少し凹めた中央に、下段で煮込んだ肉・野菜のシチューをかけて供す。最近ではインスタントのクスクスもあるようだ。ぼくも何度か食べたことがあるが、決して旨いものではない。
 辞典なので「しおり」を入れて欲しい!

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紙の本ペニスの文化史

2001/10/02 22:17

ここでは「話のネタ」になりそうな逸話を幾つか紹介しておこう

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 作品社とは実に不思議な出版社だ。長谷川宏新訳/ヘーゲル『精神現象学』(11刷)、『法哲学講義』(3刷)、アドルノ『否定弁証法』(4刷)などを出す一方で、ヴィガレロ『強姦の歴史』、フェクサス『うんち大全』、ロミ他『おなら大全』、ロミ『悪食大全』といった本も盛んに出すからだ。本書は、その作品社の新刊である。その前の石川弘義『マスターベーションの歴史』があまりの愚書だったので一抹の不安はあったが、こちらはそこそこ楽しめた。内容は「その働きの、すこやかなる時」「すこやかならざる時」「サイズにまつわる歴史」「その装飾品と形態」「人為的変形の歴史」「精液の文化史」「奇妙なあるいは異様なる習慣」などだが、ここでは「話のネタ」になりそうな逸話を幾つか紹介しておこう。「マスターベーション masturbation」の語源には定説がなくマヌスmanus (手)とスタペアsturpare(穢す)から、あるいはマスmas (男性生殖器)とトゥルバティオturbatio(興奮)からきたとの説があるようだ。そしてある学者は、「マスターベーション」を最初に仏語に採り入れたのはモンテーニュ『随想集』(1576)だと書いている。言うまでもなくキリスト教は生殖以外の性行為、つまり快楽のためのセックスは厳禁ゆえ、精液を外に撒き散らすなど、もってのほかだが、淫らな夢を見ない「夢精」は許容しているらしい。また「コンドーム」の歴史は古く、紀元前14世紀エジプトに記録があり、魚の膀胱が使われていた。古代ローマ人は山羊の膀胱、盲腸、豚の腸などを使用していた。フランスでは、中世以前は避妊具は自由に売られていたが、中世以後「悪魔の袋」として売買禁止となり、違反した者は火炙りのケースもあった。コンドームが性病防止として使われ始めたのは16世紀、イタリア人医師が原案を考えた。梅毒を防ぐためである。煎じた薬草液に浸した麻布を細い紐でペニスの根元に結びつけ、潤滑油として上からオリーブ油を塗り、使用後は洗って再利用した。梅毒はイタリアではフランス病、フランスではナポリ病と呼ばれていた。梅毒防止の保護具を密かにフランスに持ち込ませたのはアンリ二世の妃、カトリーヌ・メディシスだった。かくして保護具は、18世紀までにヨーロッパ全域に広がる。「コンドーム」とはラテン語で「隠す・保護する」のコンデレcondere 、動物の腸で出来た麦の保護用に使った容器、ペルシャ語の「ケンドゥ」kenduまたは「コンドゥ」konduが語源と二説ある。生ゴムに硫黄を加え、より弾力性を高める製法を発明したのはアメリカ人、チャールズ・グッドイヤーで、1841年のことだった。

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