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  3. ナカムラマサルさんのレビュー一覧

ナカムラマサルさんのレビュー一覧

投稿者:ナカムラマサル

170 件中 31 件~ 45 件を表示

紙の本

紙の本遮断

2006/07/05 20:16

沖縄の傷跡

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

舞台は第二次世界大戦終戦間際の沖縄本島。
主人公は軍から逃亡した地元の青年。
逃げている途中ではぐれた生後4ヶ月の娘を思って錯乱する幼馴染のチヨと共に赤ん坊を探すため、米軍の傘下に再び舞い戻る。
戦争の悲惨さがこれでもか、と描かれた長編小説。
—「正常に神経が働いていれば発狂する」
—「もし生き残ってしまえば、おそらく一生苦しまねばならない」
—「直撃で吹き飛んだ前任の肉攻班を羨ましく感じた」
こういった思いを1人の人間に抱かせるだけでも、戦争は罪深いとつくづく思い知らされる。
「戦争が続く限り未来が犠牲にされる」—このセリフは常に心に留めておきたい。
沖縄戦で日本はアメリカ相手に戦ったということになっているが、沖縄人民にとっては内地からやってきた日本兵たちとの戦いでもあったことが本書から伺える。
「沖縄は日本だ」「本土ほど大切ではない」—
こういったやりとりを読んでいると、苦い思いがこみ上げてくる。
沖縄の現状に何の方策もとらない今の日本の状態も、実は上の会話とさほど変わらないのではないかと思えてくる。
沖縄における戦争の痕跡をけっして他人事だと思ってはいけない。

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紙の本

紙の本夜市

2005/12/24 19:06

放浪の作家

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 第12回日本ホラー小説大賞受賞作『夜市』と受賞第一作『風の古道』の中編2作が収録されている。新人作家とは思えない巧さがあり、独特の世界観が確立されている感がある。
 両作ともこの世と異界のあわいのような空間を描いていて、ホラーともファンタジーともオカルトとも読める。それでいて泣ける筋立てとなっているので、朱川湊人の描く世界と相通じるものがある。『夜市』で兄に捨てられた弟が辿る成長過程や、『風の古道』に描かれた少年と相棒の道程などは、松本清張『砂の器』の親子の放浪を思い起こさせるような痛々しさと物悲しさが感じられる。願わくは、放浪の場面をもっと膨らませた作品を、今後書いていってほしい。著者の筆が最も冴える分野だと思われる。
 いずれ朱川湊人クラスになるのではないか、と予感させられる作家の登場だ。

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紙の本

紙の本アンボス・ムンドス

2005/10/14 19:21

嫉み

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

7つの短編が収められている。
女の底意地の悪さを描いた『植林』、女に翻弄されるホームレスの男の悲哀を描いた『ルビー』、不倫の成り行きを描いた『怪物たちの夜会』、ハイミスの女たちが抱える心の闇を描いた『愛ランド』、谷崎・佐藤の妻譲渡事件がモデルになっていると思われる『浮島の森』、ホラータッチの『毒童』。
表題作『アンボス・ムンドス』は、小学校高学年の女子児童に蔓延る「陰口の権力」を余すところなく描いており、『グロテスク』前半の世界に通じていると言えよう。
本書の中で最も迫力を感じたのは、『怪物たちの夜会』だ。
「幸福の絶頂から見えた景色が鮮やかで美しかったのも、その影が黒々としていたせいだろう。」
「これほどまでに好き合っているのに、なぜ私だけが独りで生きなければならないのか、という不公平感」
「不公平と不快と不安と不満と不倫。『不』の付く言葉の数々は、負の感情として、咲子の心にうずたかく積もり続けた。」
なるほど、こうして修羅場に至っていくのか、と説得力のある一作だ。

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紙の本

紙の本厭世フレーバー

2005/09/23 18:35

家族の肖像

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ある家族の物語だ。
構成員は、73歳の祖父、42歳の母、27歳の長男、17歳の長女、14歳の長男。
この須藤家には複雑な事情がある。
会社でリストラされた父親が蒸発してしまったのだ。
残された家族は、「ギリギリのところで均衡を保って家族している」状態で、本書は、その不安定感を5人それぞれの視点から描いた短編集だ。
この構成が面白い。
初めは、14歳の次男の視点から描かれた短編でこの家族のだいたいの様子が分かり、次の17歳の長女が主人公の短編で意外な事実が分かり、さらに次の27歳の長男が主人公の短編で…、というふうに章を追うごとにこの家族が抱える秘密が明かされていく。
同じ家族でも、一人一人全く違うふうに自分の家族のことを考えていることも分かる。
実際そうなのだろう。一緒に暮らしていたとしても、全く同じ見方をもって日々生活している家族なんていないのだろう。
27歳の長男が実の母親に「何を考えてるかなんて、分かる筈がないでしょ。何をやっているか見えてればいいと思うよ」と言われるが、まさにその通り。
この母親には「家族といっても色んなパターンがある」というセリフもあるが、本書を通じて著者が伝えたいのはこの一言に尽きるのではないかと思った。
家族のことで悩んだことがない人なんていないと思うが、本書を読むと、肩の力が抜けるというか、前向きな気持ちになれることは確かだ。

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紙の本

紙の本アッコちゃんの時代

2005/09/23 17:33

実在した小悪魔

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

アッコとは誰か?本文をそのまま引用すると、「地上げの帝王と呼ばれた、バブル時代の象徴的な男の愛人だった女性で、その後キャンティの五十嵐さんの奥さんになった」、元祖「小悪魔」と呼ぶべき実在の女性だ。
本書は、このアッコという女性、ひいては女の「格」というものを題材に、「シロウトの女が得する時代」であったバブルを振り返っている。
クロウトとシロウトの世界は全く別ものである。アッコは、「美しい女がその美しさを生かした職業につくのは、とても野暮ったく恥ずかしいこと」だと思っており、「美しい女はあくまでもふつうの女のままでいて、そして世の中から大きな特典をいくつも受ける、その方がはるかに素敵なこと」と考えているので、あくまでも「シロウト」のままでいる(途中、モデルの仕事も引き受けるが、それほど身を入れていない)。本書を読んでいて感じたのは、そのシロウトの世界にも厳然として階級があるということだ。シロウトの最上位で得られる最大限の楽しみを、貪欲なまでの好奇心で追い求める彼女に読んでいるこちらもぐいぐい引き込まれていった。
「頭が悪い女と、器量が悪い女と、どっちが嫌いかと問われれば、器量が悪い女と答えるだろう。(略)無器量な女と一緒にいていいことは何もない。」
「金と力のある男たちは、空気や水を求めるように若く美しい女を求める。それを受けとめてやるのは、若く美しい女の義務なのだ。」
「男に愛されたこともない女に、男に愛され過ぎるつらさを喋っても無駄なことだ。」
こういったアッコの価値観には反感を覚えるというよりも、ここまでくると違う世界の住人なのだと思って興味深く読ませていただいた。
共感とは程遠いけれども目が離せない女を描かせたら林真理子は強い、と再認識させられた1冊だ。

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紙の本

紙の本でいごの花の下に

2005/09/04 15:01

「沖縄は骨の島」

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

突然、自分の前から姿を消した恋人の消息をつかむために彼の故郷の沖縄までやってきた燿子。彼の身辺を探るうち、彼女は第二次大戦で戦場となった沖縄の現実に深く関わることになる。
彼女の目を通して、「ヤマト」の人間が知ることのない沖縄の現状を読者はいやというほど見せ付けられる。
たとえば、「アメラジアン」「島ハーフ」という言葉。前者はアメリカ人とアジア人の女性の間に生まれた子供のことであり、後者はアメリカ人と沖縄の女性との間にできた子供のことであるということを、本書を読んで初めて知った。
本書を読みながら、「平和の琉歌」(桑田佳祐作詞・作曲)という曲の一節が思い出されてならなかった。
—この国が平和だと誰が決めたの? 人の涙も渇かぬうちに—
私はノンポリの人間ではあるが、沖縄に対して無関心でいてはいけないと、本書を読んで強く感じた。

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紙の本

紙の本ミッキーマウスの憂鬱

2005/04/13 22:12

現実に根ざした希望

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「史上初ディズニーランド小説」の触れ込みどおり、東京ディズニーランドを舞台にした小説だ。
思わず「へぇ〜」と感心してしまうような、ディズニーランドの裏事情が分かるので、ディズニーランド好きの読者は楽しめることうけあい。
たとえば、東京ディズニーリゾートには予備を含め、30体のミッキーマウスの着ぐるみがある。ミッキーやミニーたちは従業員にも見えない場所で着付けを行う。キャラクターの身長はミッキー身長を基準に決められているので、ミッキー役の人間が代わると他のキャラクターも全て交代になる。
着ぐるみに関してだけでも、これだけのトリビアが。
それ以外にも、ここまでばらしていいの?と思えるくらい、ディズニーランドの内幕が暴露されている。あ、フィクションでしたね。
この、ディズニーランドの裏舞台を舞台に(ややこしい!)、正社員対準社員の格差を描いているのが読みどころで、そこにミッキーマウス着ぐるみ紛失事件も絡んできて、一気に読めるリーダビリティだ。
正社員=悪代官、準社員=搾取される農民という構図ができあがっていて典型的な勧善懲悪ものではあるのだが、夢と魔法の王国の裏側にある現実を知り衝撃を受けた主人公が、それでもなお希望を持ち続けるモチベーションには説得力がある。
希望格差社会の縮図のような人間関係の中でも、作り物ではない希望を持ち、登場人物たちが良き変化を遂げる結末は清々しかった。
フィクションとは分かっていてもファンにとっては夢を壊すような部分も確かにある。が、それを上回るような幸福感に満ちた1冊だ。
ディズニーランドに今すぐにでも行きたくなってしまうくらいの。

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紙の本

紙の本

2005/04/11 20:38

清濁併せ持つ純愛小説

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前作の長編小説「ツ、イ、ラ、ク」の続編とも言える短編集。
あとがきに、「長編小説のほうを読んでいなくても、それと対になっていると知らなくてもかまわない。長編未読の人を読者と想定して書きました」とあるが、そうとも言い切れない箇所が多数あるので「ツ、イ、ラ、ク」未読の方には本書と併せて読まれることをお勧めしたい。
本書の舞台は、長命市という日本のどこかにある田舎町。
女子中学生と教師の恋を描いた前作同様、破綻スレスレの文章で、小中学生期における男女の決定的な差異や、阿部和重「シンセミア」にも通じる田舎の閉塞感と下世話さ加減が、巧みに表現されている。
何よりも唸らされるのは、恋だの愛だのホレタハレタだのといった、男と女のエトセトラを前にした時の著者の鋭い嗅覚と表現力だ。
たとえば、
「生活の糧は資産の多少に左右される現実を知らぬ者は、異性の、顔やからだつきや声やしぐさや、そしてひととなりという、その異性の、純然たる個性だけを評すればよかった。彼が属する会社組織の名前や卒業した学校の名前や車についた名前や洋服についた名前や、そして彼が社会から得て自分が横取りできる金銭の額ではなく。」
近頃よく耳にする「純愛」とは、肉体関係の有無ではなく、まして相手が死んだ後も思い続けていることではなく、相手の「純然たる個性」を愛することなのではないか、と上記の箇所を読んでいて思った。
生活の糧が「資産の多少に左右される現実」をまだ知らなくてもいい青春期の恋こそ、純愛と呼ばれ得るのではないかとさえ思った。
その点で、「ツ、イ、ラ、ク」と本書は紛れもない純愛小説だと呼びたい。
その一方で、人が人に恋する時に付随する、尊大な羞恥心と臆病な自尊心を描かせたら姫野カオルコの右に出る者はいない。
毒と薬をいっぺんに飲んだような気分になる一冊だ。

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紙の本

紙の本黒い太陽

2006/04/29 19:38

キャバクラ小説

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 父親の入院費を稼ぐためにキャバクラのホールとして働き始めた19歳の青年が、風俗王と呼ばれる男に見いだされ、挫折し、また這い上がり風俗界で伸していく姿を描いている。552ページの分厚い本だが、一気に読めるリーダビリティに溢れている。
 キャバクラの裏側が覗ける面白さに加えてキャバ嬢同士の競争や競合店との熾烈な争いと、正直に生きていれば必ず報われるという父の教えを守って生きてきた1人の青年が変貌していく過程にぐいぐい引き込まれる。
 本書の舞台はキャバクラではあるが、他の業界にも通じる部分も多いのではないか。
「重要なのは、働いた日数じゃない。才能だ」
「キャバクラ経営で一番恐ろしいのはキャストの不満だ」
風俗界に限らず、経営者必読の1冊。

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紙の本

紙の本終末のフール

2006/04/26 23:47

伊坂版アルマゲドン

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 舞台は近未来の日本。8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡すると発表されてから5年が経った。その間に世の中は乱れに乱れた。
 “伊坂版アルマゲドン”は殺人、放火、強盗が横行し、人間の本性があらわになった阿鼻叫喚の世界を描くのではなく、ひとしきり暴動が済んだ後の一時的な小康状態の中の市民の姿を描いている。
 著者とは同年代だが、読みながら年寄りみたいな人だな、と思った。もちろん良い意味で、だ。若者に人生を示唆する役割を担った人としての。
「こんなご時世大事なのは…常識とか法律はなくて…いかに愉快に生きるかだ」
「あなたの今の行き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
「死ぬより怖いことはたくさんある」
 『死神の精度』を読んだときにも思ったことだが、こういったセリフに出会うと、「死」というフィルターを通して、いかに生きるべきかを著者が必死に示しているかのように思えてくる。
 本書の主人公たちはそれぞれ事情を抱えながらも、前向きな姿勢で日々生きている。3年後にはみんな消滅する悲劇的な状況の中で日常生活を送る彼らの姿に学ぶところも多いし、彼らは助かるのではないか、という一縷の望みを捨てずにはいられないのだ。

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紙の本

紙の本金春屋ゴメス

2006/03/04 17:53

お江戸

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 第17回日本ファンタジーノベル大賞受賞作の本書は、昨今の数ある小説の中でもその発想の奇抜さが抜きん出てすばらしい。
 舞台は近未来の日本。北関東と東北にまたがる一万平方キロメートルたらずの「江戸国」。もとは、ある実業家が始めた老人タウンだった。30年前に独立を宣言したのだが国際的に認められず日本の属領扱い。それ以来鎖国を続けている。御府内と呼ばれる中心部は、十九世紀初頭の江戸を忠実に再現しており、人口七百万のうち百万人が生活している。
 日本に住む主人公の辰次郎は、江戸の永住ビザを手に入れた幸運な日本人のうちの一人。と言っても辰次郎は裏口入国であり、江戸で生まれ5歳まですんでいた彼には重大な任務が課せられていたのだ。
 設定の面白さに比べてラストの盛り上がりが欠けている感があるが、人物のキャラクターもプロットも申し分なく実によく読ませる。
日本人の原風景を感じさせる世界が繰り広げられていて、時代劇ファンはもとより、多くの読者を魅了すること間違いなしの1冊だ。

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紙の本

紙の本砂漠の薔薇

2006/03/04 17:44

お受験の病理

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1999年に発生した音羽幼稚園殺人事件をモデルとして書かれた小説。小さい子供を持つ読者には、他人事とは思えないリアリティがあるのではないか。
 主人公中西のぶ子33歳。長女の美涼を国立大学付属幼稚園に合格させることに全てを捧げている。北村十和子はのぶ子の小学生以来の友人。のぶ子と違い、十和子は昔から大輪の薔薇のような女性で、現在は弁護士夫人であり、のぶ子と同じく5歳の長男と2歳の長女を持つ母である。普通のサラリーマンの夫を持つのぶ子にとってはお茶代さえもバカにならないのに、十和子が娘のこずえを若葉英才会に入れたと聞くとすぐに自分の娘も入会させ、ピアノを習わせたと聞くとすぐに同じピアノ教室に通わせる。お受験の情報を少しでも多く得るために十和子を中心とした金持ち夫人のグループと行動を共にするが、この中でのぶ子は恰好の餌食にされるのである。
 お受験ママたちの熾烈な牽制合戦は滑稽でさえあるが、本書を読むと狭い世界の中で一つの価値観に捉われた彼女たちに疑問の声を投げかけることは無意味であろうことがよく伝わってくる。
 本書を読んでいると、なぜ他人と同じことをしようとするのか、なぜ自分の娘と他人の娘を比べようとするのか、としばしば思うのだが、主人公の生い立ちが明らかになるにつれ、その理由が分かってくる。幼い頃の主人公が放つラストのセリフは悲しすぎる。
 圧倒的なリーダビリティを持つ本書の読後は、ただただ痛々しさだけが残る。

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紙の本

紙の本わくらば日記

2006/02/08 19:27

大御所の風格

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者の前作『かたみ歌』と同様、本書でも昭和30年代の東京の下町を舞台にしており、ノスタルジーとオカルトがほどよくブレンドされた独特の朱川ワールドが展開されている。
 人の記憶を読み取ったり、ある場所で以前起こった出来事を見ることができる、不思議な能力を持った少女、鈴音。その力で彼女は数々の難事件を解決するのだが、それを彼女の妹、和歌子が30年前を回想する形で語る連作短編集。
 本書の良さを2点挙げるとすれば、まず「人間はみな同じ」という世界観が確立されている点だ。人を信じることは難しい、それでも人を信じようと本書は説こうとしている。その著者の姿勢に、途方もない優しさが感じられる。
 もう一点は、主人公姉妹はもちろんのこと、脇役のキャラクター造型が見事な点だ。ある事件の時に出会って以来顔見知りとなった神楽百合丸という名の敏腕刑事、和歌子が憧れていたが考えの浅さが目に付いて幻滅した秦野という若い警官、姉妹と家族ぐるみの付き合いの自由奔放な藤谷茜、実は柔道四段の姉妹の母など、一人一人のユニークなキャラクターが立っていて、重くなりがちな物語にすがすがしい風を吹かせてくれている。
 一編に必ず一度は涙腺を緩ませる場面があり、またユーモアもふんだんに盛り込む著者のサービス精神に、すでに大御所の風格さえ感じる。
シリーズ化されたら、著者の代表シリーズになることは間違いないだろう。朱川湊人は、もっと広く読まれていい作家だ。

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紙の本

紙の本一千一秒の日々

2005/12/10 21:33

第二期島本理生の萌芽

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公がリレー形式で変わる連作短編集。テーマは、恋愛のうまくいかなさ。「ままならない恋に風味あり」というコピーをそのままこの本の帯に使いたいくらいだ。
 最初の2編を読む限りでは、いかにも『ナラタージュ』を書いた島本理生らしい小説だな、と思わせられる。最初の『風光る』は一つの恋の終わる場面を、次の『七月の通り雨』では究極のむくわれない恋を、それぞれ描いている。読んでいてたまらなくせつない。が、『青い夜、緑のフェンス』を読むと、これは本当に島本理生が書いた小説なのかと驚く。太った針谷という青年と、彼に恋する一紗というかわいい女の子の奇妙な関係を描いた一編なのだが、まず、島本理生が描く女の子が「ぐへへ」と笑うなんて、と仰天した。針谷が一紗を拒む理由も今までの島本作品からは考えにくいものなのだが、世間ではこういうことはよくあるだろう、と納得できるような内容。本書の短編の半分は男の子の視点で描かれており、これも新しい試み。
 「初恋からの脱皮」というテーマの集大成が前作『ナラタージュ』だとすれば、本書は第二期島本理生の始まりを感じさせてくれる。島本理生のさらなる飛躍の予感に満ちた1冊だ。

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紙の本

紙の本かたみ歌

2005/09/28 21:19

包容力

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書の舞台は、昭和中期の都電沿線の下町。この町には、あの世のどこかとつながっているともっぱらの評判の寺があり、幽霊にまつわる不思議なできごとが度々起きている。ホラーともミステリーとも言える短編集なのだが、読み終わった後は温かい気持ちで一杯になる。
 特に胸を打つのは「ひかり猫」という短編だ。漫画家志望の青年が、光の球となって人間に甘える猫の魂と触れ合い、生きとし生けるものの寂しさに気づくくだりと、その経験が彼の糧となる展開に、温かくせつない思いがこみあげてくる。
 私見だが、今年一番の収穫は、朱川湊人という作家が世に広く認知されたことだ。この作家が描く世界のやさしさは、同時代を生きる私たちの心のよすがとなるだろう。
 本書の一編一編には当時ヒットしていた歌謡曲が登場し、古き良き戦後の昭和の風景を際立たせている。「時代も変わり、流行る歌も変わる……けれど人が感じる幸せは、昔も今も同じようなものばかりですよ」というセリフがある。どれだけ生活が進歩しようとも、精神的には同じところをぐるぐると回り続けている。人はそういう生き物なのだと本書を読んでつくづく思った。
 私たちが日々直面する寂しさ、恐れ、怒り、喜び—それらを柔らかく受けとめる力が朱川湊人の作品にはある。

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