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サリンジャー戦記 翻訳夜話 2(文春新書)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 52件
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この著者の新着情報

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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.7
  • 出版社: 文芸春秋
  • レーベル: 文春新書
  • サイズ:18cm/247p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-16-660330-2
  • 国内送料無料
新書

紙の本

サリンジャー戦記 翻訳夜話 2 (文春新書)

著者 村上 春樹 (著),柴田 元幸 (著)

サリンジャー戦記 翻訳夜話 2 (文春新書)

799(税込)

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書店員レビュー

ジュンク堂書店三宮店

 2003年村上春樹...

ジュンク堂書店三宮店さん

 2003年村上春樹新訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出版されたさいには、村上春樹×J.D.サリンジャーの組み合わせに喜びつつも、訳者の解説が原著者の要請、または契約の条項に基づき外されることになったと知って、残念に思われた読者も多いと思います。
 そんな読者に嬉しい一冊がこの「翻訳夜話2サリンジャー戦記」です。
本書では翻訳仲間の柴田元幸氏と村上春樹さんが「キャッチャー」について語り尽くしています。
村上×柴田×サリンジャー。海外文学ファンとしては、またまた心躍らされる組み合わせです。「キャッチャー」について語られていく中で、私達はその小説の深みだけではなく、村上春樹という小説家について、翻訳という仕事について、あるいはアメリカ文学についても知る事が出来ます。
 「ライ麦畑か、ずいぶん前に読んだけど・・・」という人も、本書を手に取ることで、「また読んでみようかな」という気持ちにさせられるのではないでしょうか。そうすれば、新たな魅力あふれる「キャッチャー」にきっと出会えるはずです。

文庫担当 I

みんなのレビュー52件

みんなの評価4.0

評価内訳

紙の本

深い「読み」の記録

2003/08/21 00:07

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:深爪 - この投稿者のレビュー一覧を見る

村上さんとしては渾身の「訳者解説」が、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の巻末に掲載できなかったのがよほど残念だったのでしょう。それもあってか、その幻の解説を軸にして、早くも関連本が出ました。「翻訳夜話」の体裁を借りてはいますが、優秀な「キャッチャー」のサブテキストだと思います。って、当たり前ですかね。訳した本人が書いていらっしゃるんですし。
その「幻の解説」は、親切丁寧な種類のもので、これが巻末に付されていたならば、読後感もまた違ったものになっていたことだろうな、と思いました。

ホールデンがたびたび映画をけなしていたり、宗教を訊かれることを気にしていたことの理由とか、ひとつひとつのことにふーん、なるほどと思わせる経緯があったり(まあそんなことは些細なことなんですけど)、サリンジャーの人物像や時代背景などが明らかになってくるにつれ、作品の持つ意味合いが格段に深いものになること請け合いです。

サリンジャーがその極端な隠遁生活に陥るに至った経緯もある程度明らかになります。悲惨な戦争体験とか、父親の存在とか、その他いろいろなことがあってのことなのでしょうけど、作品が自分自身よりはるかに大きな存在になってしまったってことは、やはりとんでもなく怖いことなのでしょう。

そういえば、マイク・チャップマンの事件とかもありました。ってことも思い出させられました。そもそも小説ってそういう怖さを内包しうるものなんですよね。

でも本書を読んでいちばん感じたことは、まあ翻訳するんだから当然なんでしょうけど、村上・柴田の両氏ともに、テキストに対してもの凄く深い「読み」が施されているっていうことで、深く読むってことは、自分の知識やら人生観やら経験やらをすべて呼び起こして読むんだってことをいまさらながら認識したわけです。「翻訳」はその延長線上にあるものでしょう。

うんざりするくらい情報過多な世の中で、さらにここBK1に投稿などしたりしていると競争意識も高揚してしまって、「あれも読まなきゃこれも読まなきゃ」で、まるで消費的な読書になってしまっている自分に気づきます。たくさん読むことも必要だけど、ひとつの作品を深く読むことのほうが大切ではないか、もっと時間をかけて読まなければ、人間の「深み」を追求するための読書でなければ、すっかりそういう気持ちにさせられてしまいました。

日頃から、読み終わって、うーんもう一回読みたいな、って思う本はあっても、なかなか再読に至らないのが悲しい現状です。もう一回読みたいっていう気持ちは、もうちょっと大事にしてやらなくては。

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紙の本

翻訳するにあたってのすごく深い内訳話のようなものが聞けた

2016/08/29 18:55

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:まなしお - この投稿者のレビュー一覧を見る

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、以前読んだがはっきり言ってあまり良く覚えていない。今回この対談を読んで村上春樹氏の、サリンジャー(特に「キャッチャー・イン・ザ・ライ」)についての愛が感じられた。この対談では、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を翻訳するにあたってのすごく深い内訳話のようなものが聞けた。ここまでさらけ出していいのかとさえ思ったほどだ。もう一度読み直してもいいかなと思った。

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紙の本

いくつかのややこしい現実的な問題

2003/08/09 21:41

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「本書には訳者の解説が加えられる予定でしたが、原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました。残念ですが、ご理解いただければ幸甚です。 著者」
 村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・レイ」の最後のページにさりげなく付けられた二行の文章の全文である。おそらくこういう文章がなければ特にどういうこともないだろうが、たった二行の文章があることで、一体何があったのだろうかと考えてしまう。野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」には訳者による解説がついていた。なのにどうして村上訳にはつかないのか。村上訳が気にいらなかったのか、同じ文学者という立場の村上による訳を気にしたのか。色々と下種(げす)は勘繰るものである。

 そのあたりの事情は、この新書のまえがきにあたる村上春樹の「ライ麦畑の翻訳者たち」に詳しい。村上春樹流にいえば、「やれやれ」というところだろう。その幻の解説がこの新書に収録されている。サリンジャーという作家の経歴とか「キャッチャー」が生み出した多くの波紋が丁寧に書かれた上等な訳者解説である。つまり、この新書で村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・レイ」が初めて完結するのだ。

 村上春樹の解説と野崎孝のそれ(私が持っているのは白水社の《Uブックス》で一九八四年に書かれたもの)とは違いは、原作者サリンジャーの経歴の詳細さだろう。村上解説には「我が父サリンジャー」など野崎が解説を書いてから出版された資料がテクストとして採用されているが、野崎にはほとんど情報がなかったようである。しかも、野崎が解説を書いてから二十年が経って、作品「キャッチャー」は色褪せないものの作者サリンジャーがどういう人物なのかほとんどの人が忘れているともいえる。村上はこの作品を古典と位置づけ、そのあたりの情報が重要であると判断したようだ。

 二人の解説の相違で面白いのが、ジョン・レノン狙撃事件の犯人チャップマンの扱いだろう。彼は事件を起こした際に「キャッチャー」本を所有していたことで有名だが、野崎にとって「新聞記事を読んだ記憶もある」程度の記述にすぎない。その点、ビートルズ世代の村上にとってはもっとこだわりがある。もっともそれは単に世代の相違だけかもしれないが、村上は野崎訳を肯定しつつも「時代に応じて」翻訳があってもいいとしているから、今後村上訳を読んだ若い人による新しい「キャッチャー」が登場するかもしれない。

 もし、できるなら村上訳の「キャッチャー」とこの新書をセットして販売すればいいのにと思うが、きっといくつかのややこしい現実的な問題があるのだろうな。やれやれ。

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紙の本

インチキなタイトルと柴田元幸の「芸」

2003/08/02 11:14

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

 このタイトルは「騙し」である。これを見れば誰もがあの「翻訳夜話」の続編だと思うはずだ。ところが内容は似ても似つかない。
 「翻訳夜話」は翻訳の楽しさ・面白さを教えてくれる本だった。僕が「ライ麦畑」の原文/野崎訳/村上訳の全てを読んでみたのは、「翻訳夜話」でカーヴァーの原文と村上訳、柴田訳を比べる、そしてオースターの原文と村上訳、柴田訳を比べるという体験をしたから、そしてその面白さに嵌ってしまったからにほかならない。
 ところがこの「翻訳夜話2」の場合は、そのタイトルに反してサリンジャーの「作品」を語ることが主になっており、「翻訳」のほうは決して中心に据えられていない。翻訳を語る上で必然的に作品を語っているには違いないが、読者としてのフラットな感想ではなく訳者が高い地位から解説しているという印象を与えてしまっているのである。
 作家が作品を語るのは往々にして悪趣味である。訳者が作品を語りすぎるのも同様である。この本の場合、特に序盤が辛い。翻訳を語っているようで作品を分析しすぎている感じがする。

 とは言うものの、この本によって僕が村上春樹に対して抱いていた2つの疑問が解けた。
 村上が cool as a cucumber という慣用句を「キュウリのようにクール」と訳す(翻訳だけでなく自作の小説中にも出てくる)のはクリーシェとしての存在感を活かすためだということ。そして、「ライ麦畑」の中で数多く登場する you という単語をほとんどそのまま「君」と訳しているのは外国語の言語的様式性を重んじるからであって、ホールデンの言う you に聞き手としての仮定の対象を感じているからだということである。
 僕としてはいずれも牽強付会な感じがする。
 訳者としてクリーシェとしての存在感を活かしたいというのは解る。しかし、読者がその存在感を感じ取るためには cool as a cucumber という英語を事前に知っている必要があるのである。この慣用句を知らない人が日本語の文を読んでいていきなりキュウリに出くわしたら首を傾げるだけではないだろうか?
 そして、you のほうだが、これをいちいち訳出するのもどうかと思う。英語の you は日本語の「君」よりも遥かに利用範囲が広いのである。日本人が英作文すると必ず they や we を使ってしまうかなりの局面でアメリカ人はよく you を使ってくる。日本語としての滑らかさを考えれば主語は省略したほうが良い場合も多いのではないか?
 ただ、これを読んで少なくとも村上がうっかり訳してしまったのではないということが納得できたのは収穫である。

 という風に、この本には確かに翻訳について考えさせてくれる部分も少なくないし、語りすぎとは言え語られている作品論も非常に興味深い。特に僕のようなサリンジャーのファンであり村上のファンであり柴田のファンでもあるような人間には、気に入らない点もあるが読んでみると残念ながら面白い。そういう人は仕方がないから読みなさい、と言うしかないか? ただ、村上が語る作品論は影響力が強すぎて読者の身に染みついてしまうのではないかという不安がある。ひとつの読み解き方が固定してしまうのはそれこそ村上の本意にもとることなのである。そのことを肝に銘じて読んでほしい。

 最後に Call me Holden という章で柴田元幸の「芸」を見せてもらった。今までは翻訳の「技術者」という印象が強かったのだが(「技術者」というのは文字通り「技術を持った人」という意味であって、「機械的なことしかできない人」という意味ではない)、こんな「芸」ができるとは驚いた。いやいや楽しませてもらいました。

by yama-a 賢い言葉のWeb

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紙の本

サリンジャーの“イノセンス”をめぐって。

2003/07/28 17:10

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:奈伊里 - この投稿者のレビュー一覧を見る

たくさんのかつての読者がホールデンに再会し、たくさんの新しい読者がホールデンと(野崎訳から40年を経て)出会うことになった、村上春樹氏新訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。
この本の末尾には、「本書には訳者の解説が加えられる予定でしたが、原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました。残念ですが、ご理解いただければ幸甚です」という村上氏のことばが添えられている。

その幻の解説文が、本書で読める。出版直前に、サリンジャーのエージェントから待ったのかかった、その掲載。訳者の解説・あとがきとしては、例を見ない長さであり、とても力の入ったサリンジャー紹介になっている。村上氏は無念だったろうし、読者としても、是非新訳版に加えられていてほしかった。
でも、その幻の訳者解説を読むことで、逆にわたしたちは、サリンジャーがなぜそうも頑なにならなければいけなかったかを知ることになる。

ホールデンのごとく自分探しをして青春を送った後、悲惨な戦争体験をしたサリンジャー。
その後神経を病みながら、彼が執筆の足場にしたのは、戦争体験ではなく、イノセントな16歳の目から見た世界だった。
そして、色濃く自らを投影したホールデンという少年が生み出される。
多くの読者を獲得しながら、そのあと作家として成熟への道を辿らなかったのは、戦争体験や離婚など様々な現実から神経衰弱になった彼が、他者に“イノセント”なるものを求め、裏切られ、世界と直接繋がることをあきらめてしまったからだと分かってくる。
彼は、「キャッチャー」でホールデンが回転木馬に乗るフィービーに見た“イノセンス”を、実人生でも見続けようとしたのだ。もちろん、そんなことは叶わない。そして現在、彼は隠遁生活の中で、出版しない著作を今も書き続けているらしい。

本書では、名コンビの柴田元幸氏を聞き手に、村上氏が「キャッチャー」の翻訳といかに取り組んだかが語られる。

50年前のニューヨークで生きていたことばを、現代日本のどんなことばで置き換えるかという問題。
ホールデンが語りかけるYOUという存在をどう解釈し、どう訳出するかという問題。(「海辺のカフカ」を書き終えた直後訳業に入った村上氏が、カラスと呼ばれる少年をふまえて語っているのも面白い。)
ホールデンや、アントリーニ先生、フィービー、DBといった人物たちに、サリンジャー自身が如何に投影されているかという解釈の問題。

それらの問題に取り組む村上氏の指針になっていたのが、サリンジャーの“イノセンス”であったと、わたしには読み取れる。
その上で、彼はこう語る。
「僕は『キャッチャー』という小説が今でも若い人々に読み継がれ、評価されているのは、それがイノセンスを礼賛しているからじゃないと思うんです。そうではなくて、ホールデンという少年の生き方や、考え方や、ものの見方が、そういう時代的な価値観のシフトを超えて、優れて真摯であり、切実であり、リアルであるからじゃないかな。……ホールデンは特殊であることによって、読者のいろんな事情を吸い上げていくんです。それがホールデンという人物の機能なんです。イノセンスへの傾倒というのは、その機能のひとつに過ぎません」。
このあたりは、翻訳者としての村上氏と、作家としての村上氏が、対談しているようでもある。

「翻訳夜話」としては、一巻目とまったく違う様相を本書は見せる。
まさに、「戦記」だ。人間サリンジャーの。翻訳家村上春樹の。
そしてそれを、名翻訳家柴田元幸氏のキャラクターが、どんな読者でも入っていきやすい世界に、変換してくれている。柴田氏の案内人としての存在が実に効いているのだ。

「キャッチャー」の読後すぐにこの本が読めてよかったと思う読者は、わたしだけではないだろう。「キャッチャー」既読の方にも未読の方にも、お薦めします。

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紙の本

イノセンスとフォニーの間のピンポイント

2003/09/21 17:06

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 村上春樹は『白鯨』と『グレート・ギャツビー』と『ライ麦畑でつかまえて』の三人のヒーローについて、「志は高く、行動は滑稽」という共通点を指摘した。これは柴田元幸さんが『アメリカ文学のレッスン』で紹介していることだが、これを読んで、アントリーニ先生が「無価値な大義のために、なんらかのかたちで高貴なる死を迎えようとしている」ホールデンに、手許にとっておくようにと手渡した一文を想起した。

《未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ。》

 本書に収められた「対談2『キャッチャー』は謎に満ちている」で、村上春樹は『キャッチャー』は「地獄めぐり」の物語だと言っている。「普通だったら、こういうのはひとつの通過儀礼になるわけですよね、いろんなひどい目や奇妙な目にあって、それをひとつひとつ乗り越えて、身体にしみこませて少年が大人になっていくみたいな。」「そうですね。」「ところが、まったくなっていないんですね。」「なっていないですね。…」「出来事はみんな並列的で、積み上がっていかない。…」

 つまり『キャッチャー』は、未成熟(イノセンス)対成熟(フォニー)の図式にのっとったイノセンス礼賛やアドレッセンス(思春期)賛歌の物語ではなく、まして抵抗と成長と和解の物語などではなくて、あくまでも「ホールデンが十六歳だから成立する話」だというのである。

《つまり主人公であるホールデンは、少年時代のイノセンスからは既にしりぞけられた存在でありながら、大人の世界に入るための資格も得られないでいます。部分的にはすごく成熟で、視点もクリアなんだけど、自分自身の客体化というのはまだなされていない。それは十六歳という設定だからできることでもあります。…それから彼は社会階級的に見ても、やたら狭い、あえて言うなら特殊な世界に属している。彼が懸命に移動する範囲も、マンハッタンの中の、すごく限定された場所です。『キャッチャー』というのは、この小さなエリアの中にピンポイントで設定されることによって、有効に成立している小説なんです。》(村上)

 ──本書は、村上春樹の「『キャッチャー・イン・ザ・ライ』訳者解説」が読みたくて購入した。それはとても力のこもったいい文章だった。

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2005/05/14 19:19

投稿元:ブクログ

「神経症的で若者的に純粋な高校生の男の子が社会的な偽善性や大人の価値観と戦う物語だと最初は思っていた」と村上春樹は述べている。しかし翻訳し終えた後「この作品の中心的意味合いはホールデンが自己存在を何処に持っていくかという個人的な戦いぶりなんじゃないだろうか。対社会ではなく」という風に認識を改めたらしい。この認識の変化について細かく掘り下げていくことがこの作品の大まかな内容になっている

2004/10/07 22:36

投稿元:ブクログ

野崎孝氏のサリンジャー訳に違和感があったので
春樹が訳を出したと知って即行購入した「キャッチャー」。
その後にこの訳についての対談なんて、なんてタイムリーなんでしょう。
末尾には柴田氏のホールデンになりきった"Call Me Holden"や、
諸事情で「キャッチャー」に載せられなかった春樹サリンジャー歴史解説なんかがあったり、
もりだくさんです。

2016/03/21 23:25

投稿元:ブクログ

"the Catcher in the Rye" 40年振りの新訳について、訳者 村上春樹と柴田元幸が語り尽くす。

出版に先立って行なわれた白水社主催の対談、本書出版のために行なわれた文春主催の対談、訳書に(契約上の問題で)未掲載となった幻の訳者解説、柴田元幸のエッセイ風解説の 4編からなる。圧倒的に面白いのは、やはり出版前夜の興奮を湛える白水社の対談。"the Catcher in the Rye" を訳すためには、物語そのものではなく、スタイル(文体)を翻訳する必要があった、そしてこの40年の日本語の変化や、日本文化のアメリカ化が、(1964年の野崎訳と比較して)それを比較的直截的にしているという話は興味深い。それに比べると文春の対談は凡庸。

訳者解説は(意図して)大半がサリンジャーの略歴で、作品自体の解説はあまりしていない。その微かな作品解説の中で、"the Catcher in the Rye" を「構造的に完成された(あるいはそれを意図して書かれた)小説ではない」というのはその通りで、構造に着目して読み込む類の小説ではないだろう。しかし、その魅力を同世代の共感に求めたのは短絡的に過ぎる。個人的には、サリンジャーという「大人」が 16才のホールデンという adolescence を克明に描き切っているところが、この小説の興味深いところだ。それは大人になってから思い描く adolescence の勢いであり、未熟さであり、16才当初のそれそのものではないところに逆に魅力がある。

2006/03/10 17:39

投稿元:ブクログ

キャッチャーインザライの解説という位置づけでまとめられた本。キャッチャーを読んだときのもやもやが少しずつ分析されて行きました。

2005/09/24 21:19

投稿元:ブクログ

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の訳者あとがき豪華版です。私が一番興味があったのは、結局サリンジャーはどんなメッセージをもって『キャッチャー』を書いたのか、ということと、『キャッチャー』の一般的な読まれ方ってどんなだろう?っていうことでした。でも、この両人の対談を読んでいて、もっと印象的だったのは、アメリカの社会論みたいなことでした。当時のアメリカだったからこそ『キャッチャー』だった、というような読み方が面白かったし、合点ときました。

2005/05/13 06:18

投稿元:ブクログ

キャッチャー・インザ・ライの出版とタイアップした販売戦略には眉をひそめたくなるけど,
翻訳作業のバトルのおもしろさがわかる良い本だった。

2006/05/03 18:13

投稿元:ブクログ

こういう風に作家がどんな人だったかっていうことからのアプローチは面白いと思った。「キャッチャー」を読み返したくなったよ。

2006/04/06 19:30

投稿元:ブクログ

ライ麦畑と村上春樹が好きなので読んだ。
村上春樹さんの訳についてあとがきみたいな感じで読めておもしろいです。

2006/10/09 23:08

投稿元:ブクログ

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を先に読むべきだった。。。当たり前のことなんだけど。技巧的な話もありつつ、翻訳に対する2人の熱い思いが伝わってくる素晴らしい本だ。

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