心が痛くてとても読めない小説、あるいは大戦の地獄の文学

2068年、豪雪の東シベリアの遺伝子研究所において、トルストイ、ドストエフスキー、ナボコフなどの「文学クローン」が生成された。彼らが執筆時に体内に蓄積する謎の物質「青脂」を、母なるロシアの大地と交合する教団が強奪し、ヒトラーとスターリンが世界を二分する1954年のモスクワに送る。文学と戦争のIF。

恐怖政治によって1946年からアルゼンチン文壇を激しく弾圧した、ペロン政権。そのファースト・レディであったエヴァ・ペロンは、若さと美しさによって国民の心を掌握していたが、子宮癌による死後にさえ遺体のまま祖国の命運を左右し、この一件を文章にまとめようとした作家自身をも、狂気の淵に追いやっていく。

1945年ドイツ国ドレスデンにて、主人公ビリー・ピルグリムは味方であるイギリス軍による大規模空襲を体験する。この事件とはまったく関係なく「時間から解き放たれた」彼は、自身の出生から死までの時間を縦横無尽に飛びつづける。このタイム・トラベルに関して、ビリーが意思でコントロールできることは何一つない。

1944年、フィリピンはミンドロ島。結核を患ったひとりの日本軍兵士が、極度の飢えに襲われつつ野火の燃える原野を彷徨する。この渦中で彼は「神」の存在を意識し、友軍兵士が彼に勧めた「猿の肉」を口にする。『陽にあぶられ、雨に浸されて、思う存分に変形した、それら物体の累積を、叙述する筆を私は持たない。』

第一次世界大戦中、頭蓋骨を銃弾に撃ち抜かれ、それから二度と眠ることができなくなった作家、ルイ=フェルディナン・セリーヌ。昼に医者として人々を診察し、夜に書き続けた彼の傑作『なしくずしの死』は、原稿用紙にぶちまけられた世界に対する罵詈雑言であり、同時に人類に対する激烈なまでの愛の叫びである。