桜の花が舞い落ちるなかで読みたい、儚く切なく美しい物語

広告代理店の営業部長として忙しく過ごすなか、50歳を迎えて物忘れが気になり始めた佐伯。不安が膨らむ彼に下されたのは、若年性アルツハイマーの診断でした。日々儚くなる記憶に怯えて過ごす佐伯と、彼に寄り添う家族の描写には、やりきれない切なさが詰まっていて胸に迫ります。山桜が散るラストの衝撃に、心が震える物語です。

主人公の「僕」はある日偶然、「共病文庫」と書かれた本を拾います。それは同級生の桜良が、膵臓の病気で余命わずかであることを密かに綴っていた日記でした。正反対な性格の「僕」と桜良ですが、交わるごとに心を通わせ変わっていきます。切ない結末とタイトルの真意に気づいた読後、涙がこぼれ落ちることでしょう。

新海誠監督が自身のアニメ映画をノベライズした初小説作品で、距離と時間をテーマにした切ない恋物語。「秒速5センチメートル」とは、桜の花びらの落下速度のこと。舞い落ちる桜や雪を背景に、幼い男女の出会いとその後の人生が語られます。惹かれ合いながら離れゆく彼らの心象風景が、美しい絵画のように描かれています。

80分の記憶しか持てない博士が、彼のもとで働く家政婦とその息子とともに織りなす物語。博士にとって昔覚えた数式の記憶は鮮やかな一方、家政婦親子はいつでも初めて出会う人たち。そんな博士との3人の日々は、素数や友愛数、完全数などの美しい数の真理に満ちています。淡々とした文章に切なさが募る名作です。

長年連れ添った作家の夫・藤田宜永を末期がんで亡くした作家・小池真理子が、その喪失について綴ったエッセイです。「かたわれ」を失った孤独や悲嘆、「過去の記憶の不意打ち」に苦しむ様子が、2人が暮らした森の描写とともに胸に迫ります。短く静謐な文章は詩にも似た美しさを湛え、叙情的な表紙絵や挿絵と相まって心のひだを震わせます。