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- 伊坂幸太郎 『キャプテンサンダーボルト』執筆エピソード
注目作家に最新作やおすすめの本などを聞く『honto+インタビュー』。不定期で随時更新予定!!
今回は、伊坂幸太郎さんが登場!阿部和重さんとの合作『キャプテンサンダーボルト』(11/28発売予定)の
執筆エピソード、執筆の過程で気づいた互いの共通点や違いなどをうかがいました
――合作が生まれた経緯は公式サイトのインタビューに詳しいですが、合作というかたちに対してためらいはなかったのですか。小説を書くというのはふつう、ごく個人的な営みのように思えるのですが。
最初からワクワクすることだと思っていたので、ためらいはなかったですよ。正直、僕にとってはただひたすらに、刺激的な仕事という感じで、阿部さんのほうに申し訳ないというか。阿部さんの読者が、「あんなミーハーっぽい作家っと仕事するなんて!」と怒るんじゃないかと気になるくらいで。その点は、阿部さんは首尾一貫、「そういうことはどうでもいいんだよ」と言ってくれてありがたかったんですけど、気にはなっていましたね。
でも、確かに、人の書いたものに手を入れるとか、逆に自分の書いたものに手を入れられるなんて、ふつうは生理的に受け付けられない面があるのは事実ですよね。相手が阿部さんじゃなければ、ちょっと無理でした。
――ふたりで書く、というのは具体的に、どんな作業になったのでしょうか。
まずは何度も会う機会をつくって、アイデアを出し合っていきました。それを一年ほど続けた段階で、じゃあちゃんとまとめてみようということで、僕が作品の設計図をつくって。SEをやっているときに使っていた仕様設計書を、手直しして使ったんですけど。
いつもは設計図をつくったりはしないんですが、阿部さんはつくると聞いたのでやってみました。その設計図をふたりで手直ししたうえで、分担を決めて書いていった。じゃあ「場面一」は僕が書きます、というように。それを受けて次の場面は阿部さんが書き、その次を僕が書き……、と進めていったんです。
それで、書いている途中も、ひと通り書き終えてからも、お互いの書いたものにバンバン手を入れていきました。最初は恐る恐る、でしたよ。阿部さんの文章に手を入れるなんて、ちょっとね、おこがましいというか、滅相もないというか。
用いる言葉、助詞の使い方、当然ながらあれこれ違うわけです。手を入れるとなると、どうしても自分の好みのかたちにしちゃうので、はたしてこんなことしていいんだろうかと。でも、やっているうちに、それはもうしょうがない、と思ったんですよね。気を遣ったり、細かいことを考えていても意味がなくて、ただとにかく、僕も阿部さんも、作品がより良くなるために、という気持ちは一緒なので、そのためには自分が良いと思うことはどんどんやっていかないと、と。
――伊坂さんの文章にも、阿部さんが手を入れていったわけですよね。ムッとしたり、受け入れ難いと感じたことはないのですか。
それはないですよ。ただ、ゲラで読むと、自分が書いたところのはずなのに、僕の知らない言葉が使われていたりする。いいこと書いてるぞと思うと、ああ阿部さんが直した部分だったかというようなことはありました(笑)。
やっていて気づいたのは、どちらかといえば僕のほうが、悪い意味でのこだわりが強いのかなあということで。始める前は、僕はそんなにこだわりなく譲れるはずだと思っていたのに、いざやってみると、僕のほうが自分に寄せたがるとわかったんですよ。
自分の勝ちパターンに持っていこうというか。こうやって書けば、うまくまとまる、おもしろくできるというルートが見えると、とにかくそれで進めたくなっちゃうんですよね。
それじゃ自分の作品と同じになっちゃうじゃないかと気づきまして。だから、阿部さんの提案と自分の提案をすり合わせて、それで面白い道筋を考えようと思って。
たとえば、僕の感覚だとこれはいらないと捨ててしまうものを、阿部さんはいやこれはいるだろうと入れていたりする。そういうものかと思って、入れてみると、結果としてはすごくよかったりすることもあって、いちいち新鮮でしたね。
――改めて気づいた共通点や違いは?
いくら同業者だとはいっても、やり方も考え方も一人ひとり違うのは当然ですよね。でも阿部さんとは意外に共通点も多くて、だから合作をつくることまでできました。
関心のある事柄や好きな映画や漫画が似ているのはもちろんそうなんですけど、たぶん、言葉の選び方も少し似ているような気がします。何を偉そうに、と言われそうですが (笑)。でも、たとえば、僕は、使い古された表現や言い回しは使いたくないんですけど、一方で、あまりに使われていないような言葉とか、あまりにぎこちない表現も嫌なんですよね。滑らかだけれど、少しひっかかりがあるくらいなのが一番好きで。あまりに砕けた言葉は使いたくないですし、難解なのも苦手で。
阿部さんは純文学の人ですから僕よりも文章へのこだわりが強いのは当然ですけど、ただ、作品を読むかぎり、阿部さんも僕と同じような感覚があるんじゃないかなあ、という気がしていたんですよね。『ピストルズ』なんか特にそうですけど、流行語とか口語とかの表現は使わずに、それを、もう少し小説的な言葉で言い換えていくんですよ。
だから、そういう部分は少し似ている部分があって、だから合作で文章を混ぜても、まあ何とか許してもらえたんじゃないかなあ、とご本人には確認していないですけど(笑)、思っています。
――では、ふたりの違いはどこに?
合作をつくりながら気づいた大きな違いのひとつは、阿部さんがいつも全体像を考えながら、作品を書いているということですね。作品自体の完成度や整合性について、しっかりとしたビジョンを持っているというか。それは阿部さんが今まで書かれてきた作品群もそうで、たとえば、『シンセミア』と『ピストルズ』が神町という共通の舞台を持って、〝神町サーガ〟と呼ばれていますよね。その二作がつながっているのはよく知られるところですが、それだけじゃない。たとえば『ニッポニア・ニッポン』も『グランド・フィナーレ』も、神町サーガと明確な関わりがあって、ちゃんと連なっていきます。『ミステリアス・セッティング』も繋がっています。スピンオフのような作品ということではなく、一つひとつが独立しながらも、阿部さんが描く大きな世界地図のなかにきちんと位置を占めている。
こんな壮大な構想を描いて、実際に進めている人なんて、世界中を探してもまずいないんじゃないですか。
だから、一つの作品を作る時も、すごくその完成度や世界の作られ方について自覚的なんですよね。一方の僕はそのあたりはかなりいい加減で(笑)、読者を面白がらせるほうに比重を置きたくなってしまって。そういう意味では、意見が違う部分もあったんですけど、結果的にはどちらも叶えるような道筋を見つけられたんじゃないかな、と僕自身は思っています。
――伊坂作品でも、同一人物が異なる作品に出てきたりしますよね。伊坂さんにも作品群をまとめる「地図」があるのでは?
僕の場合はそれっぽく見せているだけですね(笑)。どちらかといえば、そのとき書きたいものを書くことに徹しています。それがせっかくなら、他の作品とつながっていけばいいなとは思うけれど、頭のなかに前もってプランがあるわけじゃない。この続きは僕も読みたいなとか、この登場人物はここでは脇役として出てもらったらいいんじゃないかとか、一つずつの話のことを考えているだけで。
阿部さんみたいに、最初から全体像を考えていて、それぞれの作品をそこに埋めていくというのは、言うのは簡単だけどなかなかできないこと。それをこれまでずっと、着実に進めてきたというのはすごい。
今回の合作は、阿部さんの地図のなかでどんな位置づけになるのか、またはその地図のなかには入らないのか。それは作品が世に出てからわかってくることだと思います。『キャプテンサンダーボルト』が、阿部さんや僕にとって、どんな存在になっていくのか、僕自身も楽しみです。
キャプテンサンダーボルト
阿部 和重(著), 伊坂 幸太郎(著)
いったい何が起きたのか?
阿部和重と伊坂幸太郎、現代を代表する人気作家の二人が、四年を費やして執筆した合作書き下ろし長編900枚。
2010年代、最強のエンターテインメント作品。
伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)
- 1971年生まれ。千葉県出身。
- 2000年、『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。
- 2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞短編部門受賞。
- 2008年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞を受賞。
他の著書に『PK』『ガソリン生活』『死神の浮力』『首折り男のための協奏曲』『アイネクライネナハトムジーク』などがある。