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紙の本
非情と無情とそして獣性
2017/03/11 11:18
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近は領土やら領海やらで名前の出る海上保安庁だが、本来は海上で起きる犯罪を捜査するのが仕事で、それもかつては地上に上がった犯人を追うには組織力が弱体だったのだという。その普通なら迷宮入りになっていたような国家謀略的事件を、関守充介という男が暴いて海の男たちの面目を立て、自らも九死に一生を得たのが前作「遠い渚」だが、その捜査のあまりの苛烈さの責任を取って、組織からは退いてしまっている。しかし15年前のインドネシア貿易の貨物船沈没の謎にまつわる怪事件に、否応無しに巻き込まれてしまう。
事故の真相を調べようとした船長の息子も、船のわずかな生き残りも次々に怪死を遂げる。15年もの間、その秘密を守り続けようとする組織とは、よほどの強力な黒幕がいる。そして関守自身も命を狙われ、妻は人質に取られる。
辣腕の殺し屋が姿を現し、そこをたぐれば政界の闇にたどり着き、戦時中のインドネシア占領時の事件へと発端は遡っていく。探索の過程で血で血を洗う抗争は続き、関守も幾度も死地をくぐる。
殺し屋のストイックなスタイル、生き様もまた非情でありながら鮮烈で、終わりなき闘争を予感させるが、国家というさらに大きな力が押し流していく。非情とは違う、無数の人々の無情な行為の集積である組織の裁断は、個人の行為をはるかに越えて残虐だ。
しかし政府の大物である黒幕に堂々と宣戦布告をうった背水の関守は、深く傷を負いながら、徐々に敵を追い詰める。やがて国家から切り捨てられた黒幕は、一個人としての闘争に突入するのだが、戦時中から幾十年かけて醸成され、威力を振るってきたその獣性はすさまじいものがあった。
悪役がその悪ゆえに主役の座をさらってしまうという作品はいろいろあるが、これはもう主役などというスケールを越えて、ほとんど悪神と呼ぶべき圧倒的な力で世界を支配してしまう。
人間と神の闘争である。神とは自然の荒ぶる力のことだ。
あらゆる人間の闘争は、最後は自然との戦いであり、あらゆる人間にその性質は宿っている。酸鼻とエロスが極限までに暴走し、ステージを変えながらエスカレートしていく中に、寿行のこの自然観が、突然ふたたび披瀝されてしまった。
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