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「明日は檜になろう」
誰もが「何か」に「なりたい」と情熱や希望を抱く。
しかしながら、あなたはあなたでしかない。
人は生まれながら「個」であり、それでしかないが
今の自分とは違う「何か」になろうと懸命に生きる姿にこそ、美しさがある。
自伝的な物語展開に、自分と重ねて読者は本の一部となる。
頁をめくる度に時は流れ
主人公・鮎太の悩み、苦しみ、時に開放される生涯に
確かな美しさを見つけることのできる作品。
人生に迷う<あすなろ>にこそ、じっくり時間をかけて、鮎太の声に耳を傾けてもらいたい。
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久々の傑作。
ひとりの人間の少年期から壮年期までを六つの物語で表現し、その愛から出世、敗戦に至るまでを永遠に檜になれないあすなろの樹に託して描きあげる。
心理描写や魅力的な人物描写、それに昭和初期の空気感が素晴らしかった。
名著。
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大変な時代の青春小説。翌檜、こう書くのを知らなかった。翌檜の精神でいる社会に取り残された男よりも、時代的に夫に嫁しづくしかなかったその妻が気の毒に思える。鮎太の目が向く女性達はなんて生き生きと描かれていることだろう。
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【ひとことポイント】
自分は何者なのだろう,と悩むすべての人へ
【推薦文】
「あすなろ物語」は井上靖の自伝的小説で、自身の生き方が色濃く反映されているそうです。作品の根底にある、檜に似ているために「明日は檜になろう」と思い続けても永遠になれないというあすなろの木の説話に託された思いが胸に染みます。
大学時代はモラトリアム(この言葉がわからない人はぜひ調べて下さい)だと言いますが、社会に出ても、家庭を持っても、自分自身のあり方について向き合い続ける人は多いのではないでしょうか。
あすなろ物語は、文学としての美しさと小説としての楽しみが詰まった素晴らしい作品です。ぜひ一度読んでみてはいかがでしょうか。
<健康栄養学K・K>
企画コーナー「企画本棚2014-新しい本との出会い」は(2Fカウンター前)にて展示中です。どうぞご覧下さい。展示期間中の貸出利用は本学在学生および教職員に限られます。【展示期間:2014/6/24~】
湘南OPAC : http://sopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1519412
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何かの本を読んだ折り、宮本輝がこの小説をたしか「初めて読んだ大人の小説」だったか、そのような風に紹介していたのをキッカケに、以来この作者の本をいつか読もうと思っていた。
蔵の中で血の繋がらない祖母と暮らす小学生の鮎太を主人公に、学生から大人へ成長する過程を6人の女性と通じ、6つの章に分けた構成で綴られる。
読み始めは退屈を感じていたが、1章の終わりに衝撃を受け、読み続けるというモチベーションを維持し、読了までに至った。
3章の大学時代は、当時の若者世代の考えがそのままなのかと考えると、現代とは偉い違いだと驚いてしまう。明日は檜になろうと切磋琢磨する学生なんて今は少数でさえいるかどうか…。そして、そんな仲間を妬む主人公や周りの陰湿な気のある人間に失望とも呼べるショックを受けた。この章が自分の中ではある意味で一番考えさせられ悩まされ苦悶した蜜な部分だった。
良い小説であることに間違いはなく、若いうちに読むと何かしら思い得る所はあるだろうが、しかし、今の人たちが興味を示す内容であるかと問われればそれは疑問である。
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高校生の時の課題図書を再読。
昔読んだ時は何とも思わず印象にも残っていなかったけど、
いま読み返してみたら胸にぐっと来るものがあった。
あすは檜になろうと念願しながらも、永遠になれないあすなろの木。
檜になるためにがむしゃらに頑張って、競争して、挫折して諦念に至る切なさ。
「星の植民地」に出てくる犬塚山次が魅力的だった。
私も檜になることはもう無いだろうけど、あすなろの気持ちは持ち続けたいと思った。
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井上靖さんの自伝的小説。
劣等感がテーマらしいが
一方で
様々な才能があって、何をやってもそこそこ成功している所には人を上から見ている様子も垣間見られて
主人公の人物像を否定的に感じてしまった。うーん。
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梶鮎太とそのぐるりのお話。
印象に残る人物がたくさん。の描写はとても詳細で、
鮎太と他の人たちとの対話は少ないように思われて、
こんなもんかな?とは思った。
自伝なのでしょうか。
いのうえひさし、と、いのうえやすし、を間違えてて、読み進めてから、真面目な方だなぁ?あれ?とあとで気付いたことは内緒。
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30年振りの再読。翌檜の時期を過ぎた今、改めて作品の小説としてのレベルの高さに驚く。
悪者が登場しないことが、素晴らしい。檜でなくても、人は人から学び、育ち育て育てられる。これからも夢を描こう。
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新潮文庫100冊2015から。読み終えた第一の感想としては、時代背景が興味深い。本当にその時代を生きてきた作者ならではの、戦前戦後の空気というか風習がごくごく自然に描かれている。これこそが物語の持つ力なのか。
主人公が俺TUEEE系でも超人でもなく、ハーレムラノベの主人公のような平凡さとも違い、まさにあすなろ。明日には楢になろうと決心するも禅に耽溺し学問から遠ざかり、年上の未亡人に恋心を抱くと思えば新聞社でライバルと出会い尊敬し付き合い、とかく完璧とは言い難く、一つの目標へ向かって邁進するのでもなく、流されたり流れたり、たまに与えられた場所で燃えてみたり、たどり着いたりする。
人生はままならぬものと達観しているでもなく、空気というか雰囲気というか、なにかが昨今の小説とは違うのだ。人生を単純に「成功」や「失敗」の二つに分けるという考えがない。
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文学、というカテゴリでいいのかな。と悩みつつ。
「あすは檜になろうと念願しながら、ついに檜になれないあすなろ」ということで、
自我の中で強く葛藤しながら悲惨な最期を遂げる物語だと思っていたら、全く違った。
鮎太が自分自身のことを語るのは最初だけで、後半は自分について檜だとか翌檜だとか言うのはやめてしまうので、これは誰のあすなろ物語かといえば、鮎太を取り巻く人々の物語という印象が強くなってしまう。
でも、よくよく考えてみれば、新聞社に入社できているし、戦時中も職を失ったり貧困で食うものに困ったりする描写はないし、鮎太、檜なのでは。
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全体的に暗いというか・・終始「あすなろ」の物語。
そういう「いつかは・・・してやろう」という気持ちって若者特有のものだと思っていて、
年齢を重ねるごとに落ちついていくものだろうかと思っていたけど、
きっとそうではなくて、その人の性格によるんだな・・と思った。
あすなろの人間はいつ幸せを感じられるんだろうね。あすなろう、あすなろう、ってことは今の自分を見ていないっていうか、未来にきっと幸せがあるってことを言い聞かせているようなもんだもんなぁ。
左山は鮎太のことを仕事で認めていたようだけど、なにより鮎太は自分の仕事を認めることができていなかったような気がする。
そのくだりを読んだ時、なんだかもったいないというか、かわいそうだなあと思ったのでした。
本当は素晴らしい人生なのに、あすなろう、あすなろう、と自分にはっぱをかけて、まぁそんな全てできるわけもなく、自分のことが嫌になったりするって、もったいないよー・・と。
その気持ちが分からないわけではないんだけど、そのまま人生ずーっとずーっと過ごしていったら、死ぬ時には自分の人生どう振返って逝くんだろうと思う。もっと生きていたら・・・とか思うのかな。
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主人公の梶鮎太に託して、著者の少年時代から壮年になるまでの半生を描いた、自伝的作品のです。
まずは、13歳の鮎太と、彼の曽祖父の妾になるりょうの暮らす土蔵に、りょうの姪で19歳になる冴子という少女がやってくる場面から、物語が始まります。冴子と、彼女が想いを寄せていた大学生の加島との関係は、同じ自伝的著作である『しろばんば』のさき子と中川基の関係を思わせます。
中学生になった鮎太は、渓林寺に下宿し、寺の一人娘である雪枝という女性と出会い、高校時代には2人の美しい娘を持つ佐分利信子という未亡人に心を奪われます。大学卒業後、新聞記者になった鮎太は、先輩記者の杉村春三郎の妹の清香から好意を寄せられますが、彼の心には信子の姿があり、けっきょく清香とは結ばれることのないまま、彼女は他家に嫁いで行くことになります。
さらに鮎太は、左山町介という新聞記者と仕事で競い合うようになり、お互いを認め合う好敵手となります。しかし、左山はあっけなく戦争で命を落としてしまいます。
やがて戦局は悪化し、家族を疎開させることになった鮎太は、解剖学と人類学に打ち込む孤独な研究者の犬塚山次の風貌に接することになります。その後彼は、人のいなくなった土蔵で再婚して生活を営む熊井源吉という男や、三宮からやってきたオシゲという若い女性と知り合い、彼らのたくましさが鮎太の心に強い印象を残していきます。
あすは檜になろうと願うあすなろの木をみずからに重ね合わせ、何者かになろうともがく一人の男の半生記です。主人公の鮎太は、みずから動くことで物語を動かしていくよりも、周囲の人びとや世間によって引き起こされた出来事にそのつど感応し、その人格を形作っていくような人物として造型されており、「解説」で亀井勝一郎がゲーテの『詩と真実』になぞらえているのもうなづけるように思います。
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小さな村で血の繋がらない祖母と暮らす鮎太少年、少年から大人に変わっていく姿を描いた連作集。戦争、終戦を経て変わっていく時代と、いつの時代も変わらない恋と自分探し。戦時を描いているもののそこに主眼はなく、あくまであすなろから檜になるべくもがく人々が主役でした。昔の小説の若者はみんな生意気で骨っぽいです。今は居ないタイプが沢山でてきます。
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現代文の模試かなにかに引用されていて、試験中に「文章がきれいでよみやすい!この本読みたい!」と思い購入。
この本と夏目漱石は整った日本語に飢えたときに読み返している