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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
オーストリアは第一次世界大戦で酷い目にあった。その次も酷かったが、この作者はその前に死んでいる。大戦前の栄華と没落について著者は「ラデツキー行進曲」で描いたが、本当に希望のない戦後の人々のことも的確に観察していた。
「蜘蛛の巣」なにこれ怖い、のやつ。主人公は軍を退いて不遇を嘆いていたところを政治結社に目をつけられるのだが、そしたら金と女に汚い、嘘と裏切りだらけ、陰謀を巡らせ、犯罪も犯す、とにかく私欲のためには手段を選ばない。そして反共や差別主義を煽る。今で言えばサイコパスだが、実際にそういう人間がいるとはなかなか気づかないものらしい。本当に当時こんな人間がいたのかと言えば、確かにそうとでも考えないとこの時代のファシズムの蔓延は説明できないのではないか。その結末、つまり彼らの勝利を作者は見ていないわけだが。
「四月、ある愛の物語」ある小さな町での純愛物語、時代の閉塞感の中で行き詰った男と女がそっと寄り添うように見えて、この男はその閉塞感から一人脱出してしまう。
「ファルメライヤー駅長」これも戦争の混乱の中で、美女をものにしてしまう男の話。だがまさかと思った彼女の夫が現れた時に、彼はどうするのか。
「皇帝の胸像」帝国崩壊後には、民族主義こそが正義とされ、帝国は悪玉呼ばわりされたのだが、そんな単純な話だろうかと言いたいところ、過去への郷愁のように語っている。しかし現実はそんな異論すら許さない、専制的体制と変わらない、いや尤もらしい大義名分を掲げている分だけタチが悪いかもしれない。
「聖なる酔っ払いの伝説」ある種イノセントな人物が、わらしべ長者のような幸運の道を辿るのだが、読者はカタルシスを得られない。戦後の現実はそんなに甘いものではないらしい。
純粋な情熱の持ち主でも、真摯な生き方をしていても、この時代には皆もう一つの虚無的な顔を持っている。人生のターニングポイントになるような場面で、筋を通すでも、自我を通すでもなく、逃亡を選んでしまうような虚無だ。その虚無感ゆえの無節操というところで、ファシストも純真な勤労青年も実は繋がっていたのではないか。一人でひっそりと破滅するか、多くの人を巻き込んで暴走するかは、小さな違いなのだ。もしかするとこの時代のこの地域でしかわからない人間の心情なのかもしれないが、ちょっとした条件で誰でもそうなりうるということだ。戦争に負けたせいなのかもしれないが、今まで自分の所属していた体制が破壊され、価値観が否定され、積み上げてきた人生が無に帰する、信じていた人々から裏切られる、そんな経験の果てには、それまでと同じように生きているように見えても、中身はもう別の何かに変わっている。大規模な破滅のようなことが無くっても、そういう人は常にいるし、誰でもそうなる可能性があるということを、作者の眼は捉えていたのだと思う。
冷たすぎず温かすぎず、な絶妙な筆致
2015/06/04 08:45
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投稿者:アトレーユ - この投稿者のレビュー一覧を見る
短編集。「ファルメライヤー駅長」の最後の一文にすごい衝撃! この結末を予測はしていても、それをこうも簡潔に、1文で表し、これで締めくくる。結末より、この1文そのものに衝撃。登場人物を、温かくない目で見守り(笑)、でも皮肉ってはいない、達観(諦念?)した視点で描き、そこに池内訳のほんのり感も加わって、絶妙ブレンドな作品。
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放浪のユダヤ人作家ロート。5篇の短篇の主人公たちも放浪する。故国を遠く離れて。ナポレオンはヨーロッパをかき混ぜ、第一次大戦はヨーロッパの枠組みをぶっ壊してしまった。民族自決という名の下にバラバラになったオーストリア帝国。行き過ぎた民族主義はユダヤ人に対する憎悪を引き起こす。ヒトラーを予見させる『蜘蛛の巣』と亡き帝国の挽歌である『皇帝の胸像』は鏡像のようだ。せつない愛の物語2篇もいい。表題作は作者そのものらしい。淡々とした筆致で書かれた物語たちは甘さのあとにくるほろ苦さのようなものを含んでいた。
『聖なる酔っ払いの伝説』でもアプサンの代用酒でペルノーを飲んでるけどヨーロッパではアプサンがそんなに飲まれてたのかな?アプサンはたしか毒物だったはず…。
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『蜘蛛の巣』
1923年に書かれた本作は、既にナチの脅威を的確に予知しています。ロートは予言者であり、シャーマン。アル中ゆえでしょうか。もしくは時代を感じとる神経過敏さがアル中へと繋がったのでしょうか。またこれがウィーンで新聞連載だったというのが凄い。
ヨーゼフ・ロートの何が凄いかまとめると、
・10年後のヒトラー台頭の予言と、ナチというものの原理を的確に描写
・「ユダヤ人に向けられた憎しみの心性」をユダヤ人が的確に描写
・当時の陰惨な世界を渇いた目で描写。ワイマール後は想像以上に地獄だったようで。簡潔な文体で、今でもありありとよみがえらせるところ
・亡命してアル中で死ぬ点
ここには、貧困と格差による鬱屈した人々の感情が、はけ口を求めて秩序の崩壊と胡散臭い扇動家へのコミット。民主主義の危険性。煽動の中心には、政治思想が無く権力欲のみ。それこそが「ヨーロッパの申し子」である。
民主主義というものが永遠に内包しつづける問題が考えられて、現在の見方が少し変わる。戦後の民主主義という虚像への希求がなんともまあ、切実なものとわかる。
「聖なる酔っぱらいの伝説」はそれら全部を踏まえて読むと泣けてしまいそうです。
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放浪のユダヤ人作家
ねじを回すように、弱者がさらなる弱者をぎりぎりと押し込んでいくような状況をナチスが政権を握る10年以上も前に、まるで見てきたかのように予見する『蜘蛛の巣』
ジャーナリストのような淡々とした文章に逆に薄ら寒さを覚えて面白かったけど、やっぱりそんな社会に絶望した後に立ちのぼる過去への郷愁2編と酔っ払いファンタジーの表題作が切なくてよかった。
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表紙がアニメなので子ども向けの小説と思っていたら違っていた。ヒットラーが出てくるのは、「蜘蛛の巣」の小説のほうだった。
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ある春の宵、セーヌの橋の下で、紳士が飲んだくれの宿なしに二百フランを恵む―。ヨーロッパ辺境に生まれ、パリに客死した放浪のユダヤ人作家ロート(一八九四‐一九三九)が遺した、とっておきの大人の寓話。(e-honより)
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過去に取り憑かれ、妄想に浸り、酒浸りになる男たちを淡々と語る短編集です。
歴史の背景を振り返らないと話にのめり込めませんが、わかってくると当時のドイツ、オーストリアにどんな市民感情が流れていたのか知ることのできる作品に変わります。
またそれ以上に、戦争や革命という特殊な状況下でどんな妄執に取り付かれていくのか、内面の語りが秀逸でした。
語りが唐突にスキップする事があるので、その間を自分で補完するのが少し大変ですが、その行間がこの作者の良さなんでしょうか?
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ヨーゼフ・ロートはドイツ人の友人に教えてもらって読んでみた。『果てしなき逃走』に続き2冊目。ドイツ文学ではユダヤ人の問題は避けて通れないと、その友人は言っていたが、『蜘蛛の糸』を読むとよくわかる。ユダヤ人作家がユダヤ人に対する憎しみをこれだけ赤裸々に表現することに驚いた。また、この作品がヒトラーが政権を取る前に書かれたことも驚き。まさに予言的な作品である。
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ヨーゼフ・ロ-ト(1894-1939)、オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ人ジャーナリスト&小説家。本書は彼の作品のなかから中短篇5篇をチョイスし、年代順に並べてある。
1933年ヒットラーが首相になったのを機に、ロートはフランスに亡命した。本書では、この亡命以降の3篇、とくに最後の「聖なる酔っぱらいの伝説」がいい。
「聖なる酔っぱらいの伝説」では、主人公の男は、亡命先のパリで毎日飲んだくれながら、何度か奇跡に会い、最後はある意味幸福な死に方をする。著者ロートも、この男と似たような死に方をした。まるで小説を書いて自分を暗示にかけたかのように。
巻末には池内紀の「解説」。一緒にロートを読んだ教え子へのラブレターのような箇所がある。