紙の本
男の子の視線。
2002/09/23 00:31
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:凛々 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本は当時「フェミニズム批評」が浸透していなかった時代(とは言ってもたかだか10年程前のコトなのだけれども)に投げられた石のようなものだと思います。
当時は未だ私は小学生。「女の子は今頭が良くてもだんだん男の子に抜かされるんだ」なんて言葉にも傷つくこと無く「何歳に結婚するか」と無邪気に占いにせいを出してるようなジェンダーの壁にぶち当たることない子供という世界にいました。
ジェンダーというものに気づかされるのは「不躾な視線」。
なんて女の子らしくない、女の癖に、生意気…女の子は素直が一番…etc。その不躾な視線とは何だったの?
この本にはその視線の所在がおしゃべり形式でするどくえぐられていました。そうだ私に向けられていた視線にはこういうものがあった!
かつて何だか厭だ!と思いながら書かされた読書感想文の題目の面々…その厭の所在が座談会形式で綴られていました。
それに気がついてしまうことは、余計な生きずらさを背負ってしまう事なのかもしれません。不躾な視線をそのままに享受して「可愛い女」になる方が楽やもしれませんが、私はこの本ですっきりすると同時に少し勇気を貰えました。
確かに綿密な検証には向かない形式のおしゃべり形式で食い足りないものも感じますが、面白くてわかりやすいおすすめの本です。
紙の本
男視点がわかって女性作家に興味がわいた
2021/12/06 10:22
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:うさぎさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本を読んだ後の、私の行動。
意識せず、これが文学か とあきらめていた。軽い小説しか読まない私は、男視点イコール文学と刷り込まれていた。男視点というものを意識して、次に読む文学は、女性視点なるものを選択してみた。
電子書籍
パフォーマンス
2020/01/12 13:04
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
読んで先ず思ったのは、これは文学論じゃないだろう、という感じ。だが考えてみると、フェミニズムとしてのパフォーマンスだったのかもしれない。読んでいて愉快ではないが、心に何らかの形で残る気がする。
投稿元:
レビューを見る
4.11
けっこう女の子で「男の作家の書く小説に出てくる女の人が、男の都合のいい幻想の塊で読んでいられない」って言う子いるでしょ。自分はけっこうそういうの平気で、むしろ男流作家のほうが読むから、敢えて手にとってみました。ハルキも標的にされてたし!(にしても文庫で920円は高いってーorz)いやまあ、著者の方々のメンツを見ればこーなるだろうと予想してはいたけど、やっぱよってたかってハルキ(だけじゃないけど)のことを男尊女卑のブタ野郎扱いされると泣きたくなります。題材にされてるのが『ノルウェイの森』っていう自分内ハルキランキングのかなり下位作品ってとこがちょっと煮え切らない部分もあるんだけど。これ『スプートニクの恋人』とかだったらかなり違うんじゃないかな。確かにワタナベトオルは真のフェミニストたちから見ればダメダメだろうし。。でもさ、誰もハルキの書く女の人にリアリティなんて求めてないじゃん。あんな詩的な話し方する人たちいないことなんてわかってるよwそれを「直子にリアリティがまったくない」て言われてもなあ。(何故か上野先生は緑ちゃん絶賛だったけどw)支持する読者がバカだって言われてもなぁ;ドラマツルギーの構造解説も求めてないかなぁ。上野先生もいることだし、言ってることは間違ってないと思うよ。でもはっちゃけすぎだよ!!wこれは書かれたほうとしてはたまんないよ〜。ハルキかわいそうじゃん〜。ただでさえそういうの言われるの嫌いなのにさ〜。このひとたちやってるの批評じゃなくて、嫌悪感丸出しにした悪口大会だもん〜。上野先生はちょいちょい学問してるけどさ〜。しかもこんな目立つメンバーでさ〜。まーずいって〜。本にしないで居酒屋の個室でやってくれヨ!笑 これ読んで世間の女の人はスカッとするのかな?ほんとに?おいらなんか悲しくなっちまうけども・・・(誰だよ)大体、文学だって芸術なんだから、嫌いだったら読まなきゃいんだよ!それを「サクセスを求めているだけなのが見えすいている。この関西男(笑)」とか言うな〜ほっとけ〜!特に自分の書いた小説世に出すのって、丸裸で聴衆の前にさらされてるのと同じ感じだと思うんだよ!それにカケラの躊躇なしに石をぶつけまくる先生達!w本人とその読者がかわいそうだろ〜人それぞれの読み方があるんだから、ひとくくりにバカとか言わないでくれ〜うわ〜ん(泣くな) でもハルキやミシマはたまーーにほめられてるとこもあったし、一番たたかれ方が酷かったのは吉行さんとかかなぁ、やっぱ。まぁ、わからないでもないけど、そんなに嫌っちゃう?て感じだ(笑)。結局、一緒にこんな男達嫌いになりましょうって言われてるような気持ちになっちゃうし。。こんなこと言ってアンチフェミニズムととられたら困るが、どんな男だったらこのひとたちは満足するんだろうね〜。読みものとしちゃ確かにエンターテイニングだとは思うけど、先生達がよしとする女流作家の作品を題材にほめちぎるようなほうが断然読みたいわ。てか長いわ自分(°口°)
投稿元:
レビューを見る
フェミニズムの論客3人組が文学作品を、作者を、登場人物を、めった切り。時にあまりに行き過ぎていたり時に斬新な視点ありで、文芸評論としてはおもしろい。一緒に酒は飲みたくはない。
投稿元:
レビューを見る
とっても爽快でした。座談会形式の評論ですがとにかくおもしろかった。いかに我々がジェンダーバイアスに晒されているか考えさせられました。解説が斎藤美奈子氏でさらにお得。
投稿元:
レビューを見る
俎上に載せられた作家と作品は、
吉行淳之介「砂の上の植物群」「驟雨」「夕暮まで」
島尾敏雄「死の棘」
谷崎潤一郎「卍」「痴人の愛」
小島信夫「抱擁家族」
村上春樹「ノルウェイの森」
三島由紀夫「鏡子の家」「仮面の告白」「禁色」
このうち、わたしが読んだのは島尾敏雄の「死の棘」だけだった。以前は小説をあまり読まなかったうえ、近頃は主に女性作家のものをよく読んでいるからだ。しかし、ラインナップを見てみると錚々たるメンバーの有名な作品群であることはわかる。やはり、読まなかったのは、読もうとしても、解説なり批評なりを見て、自分に近く引き寄せられるものを感じなかったからだと思う。
唯一読んだ「死の棘」については、本書の中で上野氏が言う「この『死の棘』をミホという病妻の狂気への往還記ととるんじゃなくて、それ以前に島尾自身が病んでいたと考える」という視点は「死の棘」を初読したときにわたしが持った違和感を解き明かすものだった。そしてまた、心理カウンセラーの小倉氏が妻ミホについて「書かれた人間は弱者なのかもしれないけれども、これを書かしてしまったことによって島尾敏雄を食い尽くしたみたいなとこも感じますね」「加害者と被害者がしっぽとしっぽを噛みあっている蛇みたいなね」と言っている点も、読んだ後にわたしに残ったもやもやを晴らすことになった。
小説というものは、エンターテインメントではあるのだけれど、読むことによってその世界の中に入り込み疑似体験するような一面もあるのだから、男性の勝手な思い込みで描かれた虚像の女に共感できなければつまらなく感じることもあろうし、苛立ちもおぼえるだろう。虚像であってもよくあるファンタジーとして捉えうるならば、それも良しだが、作家が本気でそう思っているふうだったら、うすら寒い感じもするだろう。本書の俎上に載っていない作品で思わず爆笑したり呆れたり憤慨した経験は、わたしの少ない男性作家小説読書経験のなかにもちょいちょいあり、実際、今まであまり小説を読んでこなかった理由の一部でもあると思うのだ。
なお、巻末には単行本発刊時と文庫化時のお三方それぞれのあとがきがあり、解説は斎藤美奈子による点も得をした気になれた。
投稿元:
レビューを見る
村上春樹をここまでこきおろす人たちを初めて見た。存在感が薄すぎるとか、主体性がなさすぎるとか、気持ち悪い、とか。 そして、村上春樹を好きな私って何なのだろうと考える。。。 主張しない、その薄さがよかったのだろうなと。その後、村上龍が「春樹さんの本は最大公約数の人の心の揺らぎ(ちょっとした後悔とか)をとらえていて、自分はそんな揺らぎなんかをブッ飛ばしたい本を書きたいんだ」と言っていて納得。
投稿元:
レビューを見る
吉行淳之介、島尾敏雄、谷崎潤一郎、小島信夫、村上春樹、三島由紀夫の6人の作家と作品について、上野千鶴子、小倉千賀子、富岡多恵子の3人が語り合った鼎談を収めています。わが国におけるフェミニズム批評の嚆矢とは言えないまでも、フェミニズム批評の活性化に大きく寄与した本と言えるように思います。座談会ということもあって、三者ともかなり辛辣な言葉を吐いていますが、制度化してしまったフェミニズム批評には見られないおもしろさがあります。
村上春樹の文体について富岡が作家の視点から鋭い分析をおこなっている箇所には目を見張らされました。また上野が、島尾の小説に対する吉本隆明の批評や、小島の小説に対する江藤淳の批評の視座から離れてそれぞれのテクストを分析する観点を打ち出そうとしていることも、興味深く読みました。
解説は、自身がフェミニズムの観点から文芸批評を精力的におこなってきた斎藤美奈子が担当しているのですが、斎藤と上野の立場には相当な隔たりがあるので、彼女の独壇場とも言える辛辣な放言を交えたフェミニズムふうの批評という土俵に、富岡という強力な援軍を得て上がり込んだ上野に対してどのような評価をおこなっているのか気になったのですが、その意味では少し拍子抜けしてしまいました。なお上野はその後『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日文庫)という本を刊行して、本書における発言を敷衍するような議論を展開しています。