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投稿者:une femme - この投稿者のレビュー一覧を見る
テーマは重く、極端にも思えるが、文章力が素晴らしく、引き込まれる。
著者の作品は、女性の主人公が語る、一人称が多いように思ったが、この作品では、男性の視点からも描かれていて、その語りが、とてもリアルでもあった。また、日本人が海外で生活することに関して、経験のある身からすると、とても身近な思いに駆られ、懐かしいような面白いような気持ちを持ちながら読んだ。さらに、そこに、家族の関係や、親子の感情を絡めながら、普通というわれるものに切り込んでいるところが、興味深い。
また、震災の原発の問題は、そのものの問題でもあり、災難でしかないが、ある意味ではきっかけでもあり、人によっては、人生が変わってしまう出来事でもあったということに、個人の人生や生活の断片のようなものから、知ることができたかもしれない。また、この問題が、とてもナイーヴだということにも気付かされた。
それぞれの登場人物の描写を読みながら、人の内面の奥にある苦い思いを言葉にすることに長けた作家だなと改めて思わされた。個人の孤独というものを正面から見つめて、さらっと描いていると思う。その文面を辿りながら、人の持ち得る根本的な力強さを思い起こさせられる。
喪失とその後の選択。
2021/04/06 23:38
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投稿者:ゲイリーゲイリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
グラフィックデザイナーの保田修人、修人の友人である千鶴、千鶴の妹エリナ、エリナと親交のあった朱里の4人が語り手を担う本作。
震災という契機によって、妻との関係性にひびが入ってしまった修人。
子どもを亡くし、悲しみが癒えない千鶴。
イギリスに移住してきたものの、新たな生活にも覚め切った態度でいるエリナ。
念願の帰国を果たしたものの、義兄夫婦によってマイホームが侵略されてしまった朱里。
4者4様のきっかけやそれに対する考え方捉え方ではあるものの、共通しているのは喪失とそこからの選択が描かれていること。
また本作では登場人物の、自身で定義する自分というものと他者から定義された自身の両方が描かれている。
それが特に顕著なのがエリナであろう。
姉である千鶴からは「人と違うことに何の躊躇もない」と評され、
朱里からは「全く周りが見えていないような、自分以外の何者かが世界に存在することにすら気づいていないような」と評される。
ところが当のエリナは、自身の内面に巣食う倦怠や諦念、無力感にさいなまれ、生きることに意味を見出せない。
自分だけの喪失感とどう向き合い、その後何をどうやって選択していくのか。
本作の登場人物たちは、自らが絶対だと信じていたものを失う。
そして喪失の瞬間とは突然訪れるのだ。
しかしその一方、喪失から新たな一歩を踏み出すきっかけとなる出来事も突然訪れることが本作では描かれている。
先述したエリナもとある出会いがきっかけで、人生が変わり始める。
もちろんそれが希望なのか絶望なのかは誰にも分からない。
ただ、どれだけ信じていたものを喪失しようと、理想が根底から覆されようと、私たちには選択することしか残されていないのだ。
本作からは、そんな選択する人たちの未来に、希望があることを祈ってくれる優しさが垣間見えた。
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自分よりも大切な人を守りたいと強く願うとき
どうして人間は少しの亀裂にも気が付けないのだろう
大切に思うが故のことなのにという思いがどうしても視野を狭めてしまう
時間が経過すれば拘っていたことなど大したことでないということが
明白なのに必死な時は自分のことを一番理解することができていないんだなということをあらためて感じた
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181027.初めて金原さんの作品を読みました。背景、登場人物の心理描写の数々、綺麗な文章だなぁと。
4人の人物が描かれていますが、それぞれ全然異なる人物で。よく漫画さんで同じ顔、性格の人物しか書けない方がいますが、これだけ多彩な書き分けが出来るのはすごいなーと思いました。
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3人ともの気持ちがわかりすぎて苦しくなる。
私は千鶴ちゃんタイプかもしれない。
他2人の気持ちも全てではないけど共感できるところが多々あった。
原発がテーマというより人の生き方にフォーカスしている印象だった。
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最後にちゃんと収束させて欲しかった気もするけど、それぞれの章がリアルできめ細かくて一気に読み終えた。
金原ひとみ、上手いな。
それにしてもこの装丁に惹かれる。
ジャケ買いならぬジャケ借り。
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海外生活や子育て、女性として生きることに苦悩を味わっている自分としては、とても感慨深い小説だった。繊細な心の考察がとても沁みます。
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グイグイと読まされた感じ。
震災後の話だけれど、震災の直接的な被害者というよりは、原発による放射能から逃げる人たちがメイン。目に見えないあの頃の恐怖が思い出される。
放射能に異常なまでに過敏になり、妻子と別れることになった修人。日本から離れたフランスで子を失った千鶴。放射能を避けた形でイギリスに来た、シングルマザーのエリナ。
このエリナが「金原ひとみ」の作品の登場人物っぽい。読んだのはまだ2作目だけど…
4章に出てくる朱理だけは、震災はからんでいないようだ。ただ、4章だけが常にイライラ、モヤモヤする。
結局はエリナみたいな生き方に憧れてしまう。こういう風にはなれないと、分かっていても…
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震災がきっかけで離婚した男性、その友人で夫の駐在先のシンガポールから一時帰国中の女性、彼女のイギリス在住の妹、そしてその女友達之4人の立場で次々と語られていく。
話の真ん中に震災はあるが、単なる震災として扱っているわけではなく、自分ではどうにもできないことに対して自分というものをどうやって確立するか維持し続けるかといったことがテーマなのかも。
著者のほかの作品を読んでいないのでこの作品可が特になのかわからないが、矢継ぎ早に感情が押し寄せてくる文体にちょっとやられる。
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エリナという人物にあえてよかったというのが、最初の気持ち。家族や周りの人との距離感が似ていて、気持ちがすとんとしました
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それぞれが緩く繋がる4人の視点でのストーリー。
最後4つ目の主婦の話が秀逸。環境が変わるたびに不遇を周りのせいにしてしまう自分のネガティヴな部分を、少しずつ受け入れていく過程になぜか少し共感できた。
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短編集
①Shu
こんな男大嫌い
放射能に過敏になり、妻子を移住させるくせに、子供の面倒はみないは、タバコと酒やめないは、浮気するは。色々矛盾だらけやん。
②Chi-zu
①の修人の元カノ?
結婚してフランスへ。子供を産んで幸せに過ごしてたのに、子供が亡くなる。子供が亡くなったのは自分がおかした間違いのせい。そう思ってしまうの分かる。でもその相手が修人だから、なんかイラっとくるわ。
③eri
②の千鶴の妹
自由。金原さんの本の主人公って感じ。脳内では吉高さんに変換して読んでしまった。でも本人にとっては、周りが思うほど、自由に生きてないってのが、なんか良い
④朱里
③のエリナの友達
何故かタイトルの名前が漢字やな。日本に帰ってきた人だから?それともいちいち発想や考え方や、愚痴愚痴してるところが日本人っぽいから?
なんせ私は、この人の気持ちが一番理解できたわ。
最後、ハッピーエンドで良かった良かった
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2011年3月11日14時46分、あなたはその瞬間どこで何をしていたかを覚えているでしょうか?あなたはその後この国でどんなことが起こったかを覚えているでしょうか?そして、その時を超えてあなたの暮らしに何か変化があったでしょうか?
東北沖を震源とする大地震がこの国を襲い、福島第一原子力発電所事故によって、まさかの放射能汚染がこの国を震撼させたあの災害から11年もの時が流れました。家庭、仕事、そして生命と多くの人がそれ以前とそれ以後に大きな影響を受けることになったあの出来事。地震被害はその後もこの国の各地で繰り返されていますが、東日本大震災で特徴的だったのは、やはり原発事故だと思います。
『点けっぱなしのテレビからは、アナウンサーたちが緊迫した表情で被害を伝える声が流れていた』というあの時。『原発が電源喪失?』というニュースが流れ『もし爆発したら、ここも危ないんじゃないか?』と国民を震撼させる展開には、多くの人が慌てふためいた現実があったと思います。そして、その先には『放射能がどこまで拡散するか、僕には分からないから、出来るだけ遠い方がいい』と、放射能汚染からの逃避を実際の行動に移した方もいるかもしれません。一方で、そんなニュースに対して、冷静に状況を見極め日常生活を送り続けた方もいるでしょう。人はあることによって何かが侵される”結果”よりも、その侵される”可能性”に恐怖を抱く生き物です。放射能という目に見えぬ存在に対峙した時、そんな未知なるものへの不安は人をそれまで見せなかったまさかの行動に走らせることがある。私たちはあの震災を通じてそんなことを学んだようにも思います。
さて、この作品はそんな震災に伴う原発事故による放射線汚染が人々を恐怖に陥れたあの時を振り返る物語。そんな時のことを思い、『修人くんは、震災前の自分と後の自分と何が変わったと感じるの?』と訊く友人に『世界が変わったと思った』と答える主人公の物語。そしてそれは、それまで手にしていた幸せを、突如奪われてしまった人間がその時どのように行動していくのかを垣間見る物語です。
『あの、もしかして』、『保田さんですか?』と『24時間営業のスーパーの入り口で』若い女性に声をかけられたのは主人公の保田修人(やすだ しゅうと)。『私、今美大に通ってて』、『よく雑誌とかで見てて…』と語る女性は『これからも保田さんの作るものを楽しみにしてます』と続けます。それに『君もがんばってね』と返す修人は、女性が買おうとしていた椎茸を見て『キノコ類は、セシウムを吸収しやすいから気をつけた方がいい』、『セシウム137の半減期は三十年』と警告しました。『しばらくぼんやりした後』家へと帰り、メールの受信ボックスを開いた修人は、『仕事の内容に目を通すよりも先に、断らなきゃという思いが体中を駆け巡』ります。そして、LINEを開いた修人は『友達申請が一件きてい』るのに気付きます。『アイコンと名前を凝視』した修人は『千鶴か』と『申請許可をタップすると、Chi-zuという名前のアイコン』が追加されました。早速『久しぶり。元気?』、『今はシンガポール』いうメッセージを送ってきた千鶴は、『来週から東京に行くの』、『会わない?』とさらに続けます。そして四年ぶりに会うことになった二人は、六本木の『けやき坂沿いにあるバーに入』ります。早速話し出した二人。『千鶴ちゃんて、結婚、まだしてるよね?』と訊く修人に『既婚女性が他の男に会いたかったって言うのは良くない?』と返す千鶴は『結婚したんだよね?』と訊き返します。それに『二歳の娘もいる』、『元妻が引き取ったけど。千鶴ちゃんは?』と逆に訊く修人。それに『いないの。まだやりたい事たくさんあるし』と答える千鶴。そして料理を選ぶ中、『放射能気にしてないの?』と唐突に修人が訊きました。『福島の事故からはまだ二年だし、まだまだ汚染は止まってないんだよ?垂れ流しなんだよ?』と畳み掛ける修人。そんな修人の説明に驚く千鶴に、『まだ子供産んでないから、心配した』と理由を説明する修人。そんな修人は、『僕が離婚したのは、放射能の事が大きかったんだよ』と語ります。『え?』と顔を上げる千鶴に、『震災と放射能問題がなければ、離婚してなかったかもしれない』と付け加える修人。そんな修人は、『毎日が充実していた』と『あらゆる分野のデザインやディレクションの仕事が舞い込む』状況下で娘が産まれたという震災前の日々、そして、地震が起こったというあの時のこと、そして、それをきっかけに『僕は遥を被曝させたくない…』と、放射能汚染に過敏になっていく修人。そんな修人の過去の先にある今を語る物語が始まりました。
2015年に刊行された「持たざる者」というこの作品。四つの章から構成されており、特に一編目と二編目は場面が連続しています。しかし、内容的に見ると章題ともなっている人物に視点の主も章ごとに交代し、また、その内容もそれぞれに独立色が強いこともあって、どちらかというと連作短編として捉えるべき構成の作品だと思います。
そんな作品は冒頭を飾る〈Shu〉から第三章の〈eri〉まで『一号機が爆発して、他の炉もまだまだ爆発しそう』、『放射能がどこまで拡散するか、僕には分からない』、そして『千鶴ちゃん、放射能気にしてないの?』というように、東日本大震災の原発事故による放射能汚染問題をその背景に描いていきます。しかし、第四章が曲者です。この章だけは原発事故とは全く関係なく、また登場人物も第三章に登場した人物が背景の一部としてわずかに登場するのみであり、どうしてここにこんな物語があるのか?とこの章を読み始めてかなり戸惑いました。しかし、読み終えて最も強く印象に残るのがこの第四章〈朱里〉であり、この作品に欠くことのできない存在となっています。では、これら四つの章について、視点の主となる人物とその内容を簡単にご紹介したいと思います。
・〈Shu〉: 保田修人、デザイナー。仕事と家庭の双方とも『とにかく毎日が充実していた』という日々を送っていたはずが、原発事故による放射能汚染に過敏になり『病的だよ、狂ってる、どうしちゃったの』と妻に言われるようになるなど人生が暗転していきます。
・〈Chi-zu〉: 千鶴、修人の元恋人。震災前に修人と出会うも既に婚約していた誠二と結婚し、フランスに滞在。その時に出産した子供を『脳症』で亡くし『私も世界が変わったって思ったの』という日々の中、現在はシンガポールに滞在しています。
・〈eri〉: エリナ、千鶴の妹、セイラの母。震災後、原発の『最初の爆発が起こる前に沖縄に飛んで、半年間沖縄に住んで、ビザが取れるや否やそのままイギリス』へと移り、そのまま母子で『惰性でここにいる』と、イギリスでの暮らしを続けています。
・〈朱里〉: 朱里、夫・光雄、娘・理英。『半身不随のお義父さんの介護のため』ローンで二世帯住居を構えるも、直後に光雄のイギリス赴任が決まり同伴。二年後に帰国すると、無職の『義兄夫婦』が家を占拠していました。
四つの章の概要はそれぞれ上記の通りですが、第四章だけ、章題が漢字となっていること、そして原発事故に全く関係のない『義兄夫婦』との確執が描かれるという全く異なった世界観の物語となっており、その特異さが少しおわかりいただけるかと思います。
しかし、読者が第一章から読み進める以上、まず囚われるのが原発事故による放射能汚染問題です。東日本大地震に触れた小説は多々あります。私が読んだ作品では、辻村深月さん「青空と逃げる」、宮下奈都さん「ふたつのしるし」があります。ただ、震災といっても”津波被害”の切り口で切るか、それとも”原発被害”で切るかで全く別物のイメージがそこに浮かび上がります。私は今までにそんな後者の視点で描かれた小説を手にしたことはありません。この作品はまさしくその後者、かつ過激なまでの後者を描いていくのが特徴です。そんなこの作品の特に第一章〈Shu〉では、主人公の修人が、まさに『病的だよ、狂ってる』という位に放射能汚染問題に強くこだわっていく様がこれでもか、という位に描かれます。娘の『遥を連れて西に行ってくれ』と妻に東京から逃げるように指示する修人。『僕は遥を被曝させたくない』という思いの元、食材を厳選し、『チェルノブイリ関連の動画』を妻に送って危機意識を持たせようとするなど、考え方はわからないではないですが、妻の困惑ぶりはさもありなんというほどです。2011年の震災では原子炉が水蒸気爆発を起こし、東日本の広範囲が放射能によって汚染されるという一触即発の危機がこの国に迫りました。実際に少しでも原発から逃れようと西日本へと退避した人がいたことは当時ニュースとなりました。そんな生々しいあの時代を2015年という震災後まだ間もない時期にこのような作品として刊行された金原ひとみさん。そんな金原さんは『震災がその人にとってどういうものであったかという受け止め方は、修人と千鶴でも違うし、姉妹ではあるけど千鶴とエリナでは違う』と語ります。そのことが本文中に次のように記されています。
『それぞれの家庭に、それぞれの原発事故がある。それぞれの家庭に、それぞれの放射能被害がある』。
まさしくそんな状況がこの国の人々を、そして家庭を襲いました。そんな中では『その人が何を大事にしているのかがよく見える瞬間でしたよね。そうした、自分のこれまでの世界が変容したり、価値観が崩れたりした局面に出てくる、人の本質なものってなんだろうということに興味があった』と続ける金原さんは、この作品の書名「持たざる者」にその意味をこめたとおっしゃいます。
『世界が変わったと思ったんだ』という位に大きな変化を、震災、そして原発事故は人々に���えました。人間は恐怖を感じるような極限の状態に置かれた時にその人の奥に隠されていたその人の素顔が顔を出すとも言われます。この作品で修人やエリナが見せた行動は、まさしく放射能の恐怖から逃れようと本能のままに見せた人の素顔の行動だったのだと思います。そのことを誰も責めることはできませんし、何が正解かという答えは誰にとっても平等に結果論でしか判り得ないものです。
一方で第四章〈朱里〉は、上記の通り原発事故とは全く無縁の物語です。読み始めてこの章の異物感が、どうしてこんなものがここに?という疑問として読者を襲います。しかし一方で、そこに紡がれる物語は、主人公・朱里から見て『職が安定せず稼ぎの少ないお義兄さん』という見下しの対象であった『義兄夫婦』に家を『乗っ取られてしまう』という不満と不安の先に渦巻く感情の中に展開するものでした。放射能というものへの不安、『義兄夫婦』への不安と、この両者は比較すればかなり次元の異なる対象ではあります。しかし、違和感が先行する第四章を読み進めれば進めるほどに、違和感が薄くなっていくのを感じます。それは、いずれもある意味での未知なるものへの不安、自らの幸せを一瞬にして奪っていったものへの不満という共通点があるからです。また、さらに興味深いと思ったのは、原発事故を主軸とした前半三章の主人公に対しては、おそらく読者の多くはマイナスの感情を抱くことになると思います。特に第一章の修人に対しては間違いなく違和感しか感じません。それに対して、第四章の朱里に対しては間違いなく、応援してあげたいという気持ちがわくはずです。放射能と『義兄夫婦』といういずれも読者にとっては敵視すべき存在にも関わらず感情の違いが生じるこの作品。しかし、冷静に考えるとこれは私の感情・感覚です。読む人にとっては見え方も違ってくる、全く真逆に感じる物語がそこに見えてくる可能性だってあるのだと思います。「持たざる者」という書名の元、前半三章と最後の一章で全く異なる対象物に対する不安・不満を視野に描かれたこの作品。構成という点でも非常によく練られた作品だと思いました。
『僕は何故、合理的な判断が出来なかったのだろう』と後になってあの時を振り返る修人。『震災で、私の視線は移ろった』という先にイギリスへと来てしまったエリナ。そして、『帰国以来、全てが義兄夫婦に狂わされてばかりだ』と、不満と不安を募らせていく朱里、というようにそれぞれの主人公たちは、それまで順風満帆だった人生の前に突然に現れた障害に戸惑い、苦しみ、そしてその対応に奔走していきました。「持たざる者」というこの作品。それは、それまで確かに持っていたという安心感が突如として崩れ去った瞬間に人が取る、それぞれの行動を鮮やかに写し取ったものだったのだと思います。
『世界を粘土のように、自分の手の平で作り替えているような気分だった。あの時から、僕の粘土は形作られなくなった』といった絶妙な比喩表現にも魅了されるこの作品。ドロドロした人と人との感情のぶつかり合い、そして光射す結末へと至る物語は、読み応えと読了感の良さが両立したなんとも言えない余韻を残すとても印象深い作品でした。
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4人が主役の4つのお話。
東日本大震災を境に動いていく物語。
どのお話もリアルだけれども、朱里の話が一番身近に起こり得そうでした。
でも一番共感したのはeriのお話(笑)
考え方とか人との距離の取り方とか似てるなぁと思いました。
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金原ひとみの本読んだことないなあ、読んでみたいなあと思ってたので評判もよさそうなこちらを読んでみた。
4人の主人公が、それぞれ人生で自分の力ではどうにもできないことに直面し、不能感、コントロールを失った感に襲われた時の話を書いているのだと思った。
1人目の主人公グラフィックデザイナー修人は東日本大震災、2人目シンガポール駐在妻で一時帰国中の千鶴は子どもの突然死、3人目千鶴の妹でイギリス在住シングルマザーのエリカは自由に生きているように見えて今イギリスにいること?東日本大地震?それかベルギー出身の年下人たらしダンサーと恋に落ちてしまったこと?4人目のあかりは夫よりひと足先にイギリスから念願の帰国を果たしたにもかかわらずマイホームを非常識義兄夫婦に乗っ取られてかけていることが不能感、人生における操縦権の喪失を感じさせる出来事。
一人称視点だけでなく、例えば千鶴からみたエリカや修人、エリカからみたあかりなども描かれることによって人物に立体感が出ていて面白かった。
現実ではこういうことができないから、わたしは自分が思うわたしと、他人から思われている自分に乖離があるように感じて、人と一緒にいてもどこか孤立感があるんじゃないかなあと思う。そしてこれはエリカが抱いている感情も近い気がする。
あかりの、人を憎んだ時、そのきっかけとなった出来事やその人そのものよりも、そんな汚い感情を自分に持たせたこと、なりたくない自分にさせられたことが憎いという気持ちはわたしも持ったことがあるのですごく共感した。