ミクロ視点の大切さは分かるけ……
2021/08/30 19:01
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
男性性をめぐる問題の結果として生まれる「非モテ」当事者の立場から書かれていて、興味深い。
「非モテ」と言う現象から社会の男性規範、ステレオタイプ、レイベリングなどの問題が浮かび上がるが、著者は当事者として仲間たちに気を使うあまり、社会構造の問題を(研究者として上から)指摘することをあえて避けている印象。
もちろん著者が言うように、男性規範を所与のものとして解釈することだけでは男性規範の解体には結びつかないのかもしれないが、逆に言えば、男性優位の社会構造をまず認識しなければ、周縁に追いやられる「非モテ」含め、既存のジェンダー構造を解体することは難しいのではないか、と少し引っ掛かった。
はじめての「男性学」
2023/02/15 09:13
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投稿者:とらとら - この投稿者のレビュー一覧を見る
「男性学」とある本をはじめて読みました。「女性学」とかの本では、なんというか批判する対象がわりとはっきりとあることが多いのに対して、「男性学」は、そういった対象が何なのか、もしくは、そもそもそいういことではないのか、まだはっきりとしてないのかなと思いました。
筆者がいう、「言語化されていない」ところからの始まりなのかも。
当事者と研究者の立場のはざまで
2021/11/09 20:39
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
ジェンダーは女性の問題として語られることが多いが、実は男性にとっても非常に大切な問題であると思ってきた。本書は、「男性性」をめぐる問題が根底にあり、その結果として生まれる「非モテ」と呼ばれる(自認する?)当事者の立場から書かれていて、大変興味深い。
「非モテ」と言う現象から、社会がつくりだした男性規範、ステレオタイプ、レイベリングなどの問題が浮かび上がっている。
ところが、著者は研究者でありながら、当事者として、仲間たちに随分気をつかっているようだ。そのせいで、研究者として、社会構造の問題が見えているのに、それを上から指摘することをあえて避けている印象を受けた。
もちろん著者が言うように、男性規範を所与のものとして解釈することだけでは男性規範の解体には結びつかないのかもしれない。しかし逆に言えば、男性優位の社会構造をまず認識しなければ、周縁に追いやられる「非モテ」含め、既存のジェンダー構造を解体することは難しいのではないか、と少し引っ掛かった。
著者の当事者であり研究者という立場が、現実社会の複雑さを表しているとも言えるのだが。
最初は「?」でしたが、読み進めて分かりました
2021/08/13 11:18
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投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み始めは「著者は何が言いたいのか」と「?」の連続でした。ですが、読み進めるにつれ、少しづつ核心を理解できました。
私自身も「非モテ」の男性なので、同じ「非モテ」の男性のエピソードには、共感できるものもありました。ですが、当書は世の中全ての人たちが共感、理解できる内容ではないと思います。
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男社会といいながら、主役のはずの男性がちっとも幸せそうじゃないのは何故だろう、という疑問から読んでみました。
スッキリしたわけではないけれど、男性の生き辛さの根っこがほんのり見えた気はしました。もう一つ、再生産される男性性の現場についてつっこんでみてほしいけれど、この問題はまずはここからですね。
問題をとことん言語化していって、男性がしんどくなくなっていけば女性も楽に生きられる社会が実現していけばいいなと思います。
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まあ正直に語りあってみよう、みたいなのはよい方向だと思うんだけど、本当に正直になるのはむずかしいよな、みたいなのは思う。
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男性学とあるが女性の「こじらせ」にも同様の構造があるように思う!!(ジェンダー規範・体型・見た目への囚われ・恋愛の風潮に対しての捉え方等)女性である私も若い時の自分を振り返ると当てはまることが多々あった。いやまだちょっとはあるかな…?一生あるかもな?女性もこういう「弱さ」「痛み」についての語り合いの場を持つことが必要なのではないか。
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終章での筆者の誠実性に惹かれた。
研究者であり当事者である自身の権力性に関する自覚とそれを乗り越えるための当事者達との話し合い。
分析するという行為自体が持っている権力性の問題について、特にこの男性学というテーマでは、どういう立場で語っているのかという問題が一層際立つ。
「非モテ」という言葉(スーツケースワードと本書で書かれる)を特に定義せずに使う事で当事者の語りや話の広がりを生み出しているため、呼び水のようなものであり、テーマとは少し違うかもしれない。
人間の関係性から成り立つ社会を研究するという事は研究者自身も含まれる社会の中で、本人の状況を棚上げにして問題点を指摘するという構図が生まれうる。
それでもその分析や問題意識自体の価値が無くなるとは思わないが、その分析が意図しない様々な使われ方を呼び込む時に、その権力性に対する慎重さが重要なのだと思わされた。
思わず、終章について感想を書いてしまったが、全体を通して切実な当事者の言葉と大したことのない問題として片付けられるかたちで表面上浮かび上がる「非モテ」という悩み、その内と外のコントラストが浮かび上がってくる。
悩みというのは人に認められる重さを持たなければ、それは悩みとして存在すら許されないのではないかと、周りの評価を先回りして、それをなかった事にしてしまう感覚。
そういう感覚を持ちがちな自分にとって、この非モテにまつわる構造とそこから派生する当事者の語りはとても身近なものに感じた。
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私は女性ですが、述べられていることに、いちいち頷きながら本書を読み進めていきました。
男性も女性も根っこのところでは繋がるものがあるのかもしれません。
とても誠実な筆致で、私も下手なこと書けないな、と思いつつも好著なので、感想を書きたくなりました。(結局、書いてる。)
非モテは本当に非モテに苦しんでいるのか?
嘲笑と憐憫の的になってしまう可能性の高い非モテ。
非モテという言葉の概念やどうしてそうなるの?という疑問、そこから考えていきます。
本書を読んで感じたことは、人間は本当に、本当に周りの環境に思考、思想が左右される生き物なんだな、ということ。
例えば、髪が薄いとか、背が小さいとか、いじり、いじめに使われそうな身体の特徴。
そういえば、何でそれを、欠点と見なすのか、分かります?
ほんの少し前、江戸時代にはみんな進んで髪を剃っていたのに?
その答えは本書には載ってないけれど。(私の疑問です。)
非モテ研、という非モテの自覚のあるメンバーを募り、自分たちの被害や加害のエピソードから、問題点をあぶり出す。
オープンダイアローグだなと思いました。
女性も大変だけれど、男性も大変なのね。
中心から弾かれた男性の辛さの一端を見た思いがします。
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二村ヒトシも述べている様に、異性を求める(執着する)その根底にあるものは、異性からの承認に基づく自己受容の欲求である。本書では女神化として記載されていたが、そこに至るまでの過程を研究し、深く掘り下げたという点で非常に興味深く面白く読めた。
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小田急線の事件をきっかけにこの本を買ったのだけれど、ようやく読み終わりました。
男性学の実践的な取り組みを知られてよかったものの、社会学系の本はじゃあこうしよう!みたいな端的な解決策が提示されているわけじゃなく、新たな疑問や視座がひたすらに広がっていくばかりなのでしんどくなったりもする。
でもフェミニズムを知って強くなれるひとがいるのと同様、男性学を知って〈(正しく)弱くなれる〉ひともいるだろうし、そうであればいいなと思う。そしてお互いがんばろうね、の気持ち
そんなわけで今度はこの本で「からかい」の邪悪性を知ったので、そもそもなぜからかい的コミュニケーションが生まれるのかが知りたくなってまた別の本を探している こうやって積読ばかりが増えていくのであった
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SNSで見かけたことをきっかけに。最近、男性の生きづらさを感じる機会が多かったこともあり、興味深く読みました。
非モテ研での語りをもとにして、男性が「非モテ」に至るプロセスが説明されています。矛盾なく納得できました。
私は女性ですが、これまで男性が虚勢を張っている姿をみて(強く見せたり、大げさに言ったり等)、男性の“悲哀”を大いに感じてきました。一方、女性にはそういうタイプの人は少ないように感じています。その“悲哀”の正体が少し分かったような気がしました。
そして、今まで意識していませんでしたが、私自身にもそのような側面があることに気付きました。
ざっくりまとめると「ジェンダーの問題は、社会的につくられてきた『男性像・女性像』に起因している」といったところかと。
性別とわず、生きづらさを感じずに生きていける社会がいいですね。
疑問点は、コミュニティの中心人物と周縁化されてしまう人物のあいだにはどのような差があるのか。どうすれば周縁化されないのか。
また、どうすれば「非モテ」から脱却できるのかといった対応策をより充実させていけたらよいと思います。
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周縁化された「非モテ」男性たちが、女性を「女神化」し、さらには加害に走ってしまう(場合もある)メカニズムがよく理解できた。
私は女性なので、嫌悪感を禁じえない語りもあり、著者はくり返し「加害行為を免罪するものではない」と書いているものの、加害の背景が語られると「いかなる事情があったとて被害は消えないのだ」という憤りが湧いてきてしまう。しかしそれを前面に出していては建設的な議論はできないし、女性学が女性のためにあるように、男性学は男性のためにあるべきなので、その気持ちは脇へ置いておく努力をしながら読み進めた。
「非モテ」男性が被ってきた、「からかい」や「緩い排除」は、学校の中でしばしば見受けられる現象で、彼らも語るとおり、狭い世界を生きているがゆえに、そこにしがみつかざるを得ないということが、状況を深刻にしている。学校以外にも居場所を作ること、習い事や地域のコミュニティに所属したり、インターネットで情報に触れたり、読書をして世界を広げることなども救済になりうることを知り、まずは「世界はここ(学校)だけじゃない」と知ることがすごく大切だと思った。自分が親になったとき、子どもにはなるべく多くの「世界とのつながり」を持たせたいと思う。
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ここまで何のためにもならないような新書は珍しいような…ただただナナメ読みで済ませた本でしたね(^Д^)ギャハ 社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
大学院卒? らしく小難しい言葉を使いながらつらつらと書いていますが、書いている最中に著者も自分が何を書いているのか分からなくなっているのでは?
自分の事を棚に上げて言うようですが、著者がモテないのが非常によく分かる本でした…と言わざるを得ない…
さようなら…。
ヽ(・ω・)/ズコー
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それぞれが言っていることを
理解できる気もしたし、読んで興味深かったけど
そこまで考えが発展してしまうのかと。
周りからみれば、学生時代に
面白そうにしていると見えていた
イジリみたいなことも、されている側の本心は
めちゃくちゃ傷ついていて、こんなきっかけで
拗らせていくんだと知った。
男性にとっては、モテるモテないが
こんなに人生を左右するのかと。
女性は容姿や若さで判断されている事が
圧倒的に多いと感じるけど、
男性は、学歴とか収入といった
後から自分で変えられるもので判断される
割合が多い気もしているのですが。
男女どうこう、モテるモテないより、
最終的には人柄。