1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
イスラム教 キリスト教 双方の信仰の力比べ といような様相を示した、地中海世界を描き出している。海の都の物語 神の代理人から始まって、ローマ人の物語 十字軍物語 皇帝フリードリッヒ二世 とキリスト教の頑なな精神に批判的な作者塩野七生であるが、本作品の拉致されたキリスト教徒の買い戻しに奔走する騎士団は随分好意的に描いている。また当然であるが、頑ななイスラム教徒に対しては批判的である。最近のガザのテロを見ても、宜なるかなと思う。
カリブの、じゃなくて地中海の海賊って、凄かったんだな、でも歴史の授業じゃあんまり教わらなかったような気が・・・。いま、海賊が流行っているルーツはここらへん?
2009/05/19 22:53
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
まず、冒頭の海賊についての話があるのが不思議でした。しかも縦書きではなくて横書き。巻末に置かれるべきものが乱丁で頭にきたのか、なんて思いました。ま、読んでいれば「海賊」がこの本のキーワードであることは分かるんですが、でもなんだか唐突な感じがしました。
第一、地中海世界の海賊、というのが初耳です。海賊って言えばカリブでしょ。というか学校の歴史では海賊というものを教えてくれません。もちろん、中央公論新社や河出書房新社などが出していた世界史の本にも出ていなかった気がします。それが、この本では中心にある、というのが面白いです。
ま、地中海世界の海賊については、我が家に積読状態のままである塩野の『ロードス島攻防記』『レパントの海賊』『海の都の物語』に書かれていることかもしれまないので、初耳だと喜んでいるのは私だけなのかもしれません。でも、学校の授業と映画でしか歴史に接しない人には、結構物珍しい。
それと21世紀の今という状況があります。海賊から自国の船舶を守ろうと自衛隊を派遣するかどうか(世論の支持がない自民党が、勝手に決めちゃったみたいですが)繰りかえし報道され、邦人が海外で誘拐されて政府が身代金を要求される、ということも日常的に起こるようになっている昨今、そういう意味でもこの本一般受けすると思います。
ちなみに、巻頭の海賊の説明は
ピラータ:非公認の海賊。自分自身の利益を得ることを目的として海賊行為に従事するもの
コルサロ:公認の海賊。同じ海賊行為を行なうが、その背後には、公認にしろ黙認にしろ、国家や宗教が控えていたもの
です。ただし、この境界は実際にはあいまいで、コルサロとして海賊行為を行ないながら、途中でピラータとして行動するといったケースもあるのですが、日本語を当てれば、海賊という言葉しかないそうです。
それと十字軍です。私にとって十字軍というのは、イスラムにより地中海側を支配されたヨーロッパにおけるキリスト教側の失地奪還というイメージしかないのですが、その陰で拉致されて北アフリカで奴隷の身分に落ちているキリスト教徒の救出を目標に掲げた団体『救出修道会』があったという、これも初耳でした。
もう一つの騎士団による救出(武力ではなく、お金を支払っての救出です)もあわせて、600年近くの歳月をかけ、百万人近い人を救出した、というのです。こんなこと、少なくとも私は知りません。教わらなかった。サラセン側も奴隷にするのではなく、救出団の払うお金を目当てに拉致を行うようになっていたんです。ヨーロッパで誘拐が産業化している背景には、こういう歴史があったんです。
それと、塩野は他所でイスラムの聖戦の意味を説き、キリスト教との和解はそう簡単にはいかないだろう、と述べていたように思いますが、それに近いことをここでも述べています。26頁ですが
イスラム教徒にとっては、国家とか民族とか人種とかは問題ではなく、真に重要なことは、イスラム教を信仰しているか否か、なのである。ここまではキリスト教も同じなのだが、ここから後がイスラム的になる。つまり、彼らの考えでは、世界には「イスラムの家」と「戦争の家」の二つしかなく、「イスラムの家」に属するものの責務は、その外側にある「戦争の家」に行って闘って勝利し、それによって「イスラムの家」を拡大していくことにあった。
とあります。フォーサイス『アフガンの男』には、イスラム原理主義者は聖戦など望んではいない、本当はもっと穏やかなものである、といったいかにも人権派の人間が考えそうな楽観的な見方が、非イスラムの側で広がっているようなことを書いていて、塩野の警鐘も、そういう甘い風潮に対してのものだと思うのですが、パレスチナの現状をみると、塩野の厳しい見方のほうが正しい、といえるのじゃあないでしょうか。
で、塩野には責任はないだろう、と思える疑問を三つ。最初は目次と巻末カラー頁では微妙にタイトルが異なっていて、目次では巻末カラー 「サラセンの塔(トッレ・サラチェーノ)」 となっていますが、実際には
ローマ亡き後の地中海世界
イタリア全土に分布するサラセンの塔
となっている点です。?と思ったのはそこだけで、
サラセンの海賊の脅威にさらされつづける沿海の住民たちにとって、希望はどこにもない。彼らができた自衛のための手段は、広く海を見渡せる地を選んで塔を立て、海賊の襲来を一刻でも早く見つけ、住民たちに逃げる時間を少しでも多く与えることだけであった。これらの塔はイタリア語では「トッレ・サラチェーノ」(サラセンの塔)と呼ばれた。
ときちんとした注があるのは当然ではありますが、有難い。
次は、そのサラセンの塔の写真です。いい写真が多いのですが、何故か古色蒼然とした印象を受けます。写っている塔ではありません、写真そのものが古臭い。特に色がおかしい。これってプロが撮ったものなんでしょうか。アングルはいいので、そうなんでしょうがどうも教科書かなにかのそれのような感じがします。最後のページに Special Advisory:Antonio Scimone とありますが、この方は何者なんでしょう?
ちなみに、どの塔も素敵で、野又穣の絵画の源流はこれか、なんて思ったりします。好きなのは311頁エルバ島マルチァーナ・マリナ、313頁リヴォルノ、ジーリオ島ジーリオ・カンペーセ、314頁サンタ・セヴェーラ、320頁サン・ニコラ島、321頁モノーポリ、323頁ナポリ、324頁イスキア島、チェターラ、328頁パルミ、329頁ストロンゴリ、333頁モンデッロでしょうか。
最後の疑問は、『ローマ人の物語』でも首を捻ったんですが、なぜ『神の代理人』『海の都の物語』がの著作一覧に載っていないのでしょうか。理由がるとしても、著作一覧はそういうものではないと思うのですが。多分、こんなことを気にするのは私だけなかも知れませんが気になります。
海賊、拉致...現代日本にもかかわる重大問題
2009/02/11 02:21
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
西ローマ帝国が崩壊し、ゲルマン人の移動がひと段落した8世紀以降、西ヨーロッパの人々を恐怖のどん底におとしいれたのが、地中海の反対側、北アフリカからやってくるイスラムの海賊だった。彼らは聖戦の名のもと、おもにイタリア・フランスの海岸地帯を襲い、キリスト教徒に対する略奪、拉致、殺害を幾世紀にもわたって繰り返した。彼らによって拉致された者たちはほとんどが奴隷となり、悲惨な人生を送った。
中世の地中海におけるイスラムの海賊については、私も本書を読むまではその存在さえも知らず、彼らの蛮行と被害者の不幸についての記述にはただショックをうけるばかりだった。ローマ人の物語全15巻を書き終えた塩野七生が、西ローマ滅亡後の地中海世界の悲惨をここまでえぐりだした理由は、パクス・ロマーナに象徴される平和と秩序の意味を、その反転としての無秩序と混乱と対比させることで、より鮮明に浮き立たせることにあったのではないかという気がする。
悲惨な物語はそれでも、数々の感動的な出来事も伝えている。
シチリアは、海賊のたび重なる攻撃により9世紀にイスラム教徒の手におちるが、それをふたたび、キリスト教徒の手に戻したのは、11世紀にその地を征服したルッジェロ率いるノルマンの騎士たちであった。しかし征服後、彼らはイスラムの住民を一切差別せず、イスラム教徒が異教徒に課したような重税も課さず、完全なる信仰の自由と平等を全住民に保証したという。両シチリア王国として教科書にも登場するノルマン人の国家はこのように、いにしえのローマと同じく宗教的にはすこぶる寛容であった。ノルマン人とは、一般に「ヴァイキング」と呼ばれた中世の典型的な海賊のことなのだから、なおのことおもしろい。のちに第五次十字軍を率いながら、イスラム教徒の血を一滴も流さず、巡礼者の保護など平和的な協定をイスラム側と結んだ神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ2世も、このシチリア王国で育った人間の一人であった。
そして、限界状況においてこそキリスト教の愛の精神は真に試され、また強い力でもってそれが発揮されうることの大きな証しともいえるのが、海賊による拉致被害者を救う団体の涙ぐましい活動である。フランス人修道士マタの始めた救出修道会と、スペイン人騎士ノラスコの始めた救出騎士団二つの団体はともに、ヨーロッパ中の教会や信者から寄附を集め、それを身代金として、北アフリカに奴隷としてとらわれている名もない人々を数多く救出した。時には救出者自らが人質となったり、宗教上のいざこざ、航海中の事故(彼ら自身海賊に出会う危険と隣り合わせである!)等で身の危険を伴う仕事を彼らは、ただ苦しんでいるキリスト教徒を救わんがためにおこなった。実際、救出者の多くがこの活動を通じて命を失った。
この活動には当然ながら、身代金目当ての海賊行為を間接的に助長しているというジレンマがつきまとう。実際、教皇が彼らへの寄附の奨励をやめた時期もあったが、それでも彼らの献身的な救助活動は、その後も長く続けられたという。
最後に一言。本書で扱われているのは、遠い時代の遠い国の出来事などでは決してない。北朝鮮による拉致被害、ソマリア沖の海賊船被害と、程度の差こそあれ、国民の生命・財産をおびやかす同様の事態に直面している点では、現代の日本も同じである。本書に描かれた悲劇を深刻にとらえるならば、これらの問題に安穏とした態度でのぞむことはもはやできまい。
投稿元:
レビューを見る
ローマ帝国滅亡後の地中海についての話ですが、内容はサラセン人(北アフリカのイスラーム教徒)海賊による地中海沿岸各地に居住するキリスト教徒への略奪と、それに対するキリスト教徒側の対応がメインです。作者が歴史家ではなく小説家であるため、普段歴史家が見落としがちなが書かれてあり、読んでいて非常に参考になる一方、所々に歴史的な間違いもありました(カール大帝の父をカール・マルテルとしたり)。しかしそれでも“歴史学”という、科学として何かを明らかにしなければならないという制約がないため自由闊達に書かれてある印象をもちました。例えば46ページ「「暗黒の中世」と後世の歴史家たちは言う。その一方では、中世は暗黒ではなかった、と主張する学者たちもいる。だが、少なくともイタリア半島とシチリアに住む人々にとっては暗黒以外何ものでもなかったのが、彼らが生きた「中世」なのであった。」という言葉は、より活発な面ばかりにスポットをあてがちな歴史家の性では、なかなか出てこない言葉ではないでしょうか。また、歴史教科書には触れられない「救出修道会」や「救出騎士団」の活動も知ることができました。海賊に拉致され、イスラーム世界で奴隷として酷使されていたキリスト教徒を救出するために設立された2団体の活動についてですが、この本は新聞で麻生総理も買ったと書いてあり、総理にはぜひこのくだりを読んでもらいたいものです。しかしキリスト教徒たちが自身の“兄弟”たちの救出に熱狂していた一方で、海の向こうではインディオや黒人たちを奴隷として使役していたという現実は、信仰の限界と皮肉を感じます。
投稿元:
レビューを見る
おもしろかった!特に、西ローマ帝国の成立のエピソードが印象的。あそこらへんの、法王と皇帝の関係、西ローマと東ローマ、西欧とイスラムの理解があってこそのイタリア史。イタリアの歴史としては、ふーん。という感じだけれど、イタリア実情にいたるまでの周辺世界への解説がためになった。暗黒といわれる中世史こそが、本国やヨーロッパで熱いと某作家先生がおっしゃっていた。
投稿元:
レビューを見る
ローマ人の物語の続き・・・よく頑張って書きましたが・・・私もよく頑張って読みました〜西ローマ帝国滅亡後,ビサンチンがユスティニアヌス帝の時代にイタリア半島を支配したが,新たな人々・サラセン人が北アフリカに現れた。シラクサを最後にシチリア島を完全占領するのに,200年近くの時が流れ,ノルマン人の精鋭が来るまでキリスト教徒との良好な関係が築かれたが,イスラム教徒はイタリア・南フランスの地を襲撃しては略奪し,人を掠め取って奴隷とした。キリスト教徒救出の修道会や騎士団は各地で寄付を募り,アミールと呼ばれたイスラムの指導者と掛け合って,奴隷を買い戻していたのだ。イタリアの沿岸では海洋都市国家としての覚悟を決め,やられる前にやるという意志を強くした。イスラムがもたらしたものは,レモンにオレンジ,砂糖・茄子・サフランの他にサハラの金があり,北アフリカではイタリアの工芸品を求めていた。人を攫っては身代金をとって貿易の不均衡は是正された。地中海を挟んだ北のキリスト教徒と南のイスラム教徒の関係は,押しつつ押され,奇妙なバランスが測られていた。イスラム教徒との直接の関係を持たない北欧のキリスト教徒のロマンスが十字軍としてバランスを一時崩すか,均衡は再来した〜 ティレニア海に面した海岸にはサラセンの塔と呼ばれる建造物が残されているが,サラセン人の侵攻拠点としての要塞かと直感で考えた。それは間違い。サラセンの海賊を早期発見して,人々に避難を呼び掛けるためにキリスト教徒が作ったものだった。サン・ピエトロ寺院は壁の外にあってイスラム教徒に破壊され,捕らえられたイスラム教徒によって,より強固な建造物として再建された。ほお・・・って感じかな。ノルマン人の再征服の取り掛かりは10名の騎士。それが150名となり,20年で完結した。それがおかしな塩梅になるのは十字軍のせいであり,フランス・スペインの支配であったとな・・・・・・いやいや簡潔には書けないな。よく頑張って読みました。次は1月30日
投稿元:
レビューを見る
安全と平和について考えさせてくれる一冊
海賊対処問題で揺れる我が国に最良の答えを与えてくれる内容ではないのだろうか
かつて「パックス」が保障した安全は無い
暗黒の地中海を舞台にキリスト教徒、ヨーロッパ人たちの苦闘の歴史から、今我々が何を選択すべきか学べるのではないだろうか
海外派遣の是非と国際貢献の美名の大波に揺さぶられ、本当のすべきことを我が国が忘れていることをこの本は教えてくれた
投稿元:
レビューを見る
ブログにレビューを書きました。
http://yo-shi.cocolog-nifty.com/honyomi/2009/03/post-4d50.html
投稿元:
レビューを見る
ローマ帝国が滅び、イスラム教徒(サラセン人)が進出した地中海世界の話。
イスラム教徒の海賊が跋扈する地中海。ローマ帝国が滅んだ後、キリスト教徒はいかにしてイスラム海賊に耐えたのか?
イスラムの海賊が、19世紀前半まで拉致したキリスト教徒を奴隷にしていたというのは知らなかったです。
投稿元:
レビューを見る
塩野七生さんの「ローマ亡き後の地中海世界」を読み終わった。
彼女の著作を読む上でのバックボーンを構築し、ガイドラインにもなるという、塩野七生ファンには重要な本となりそうだ。
細切れの時間を使って読んでいたので、えらく時間がかかってしまったが、それでもやっぱり、感慨は深い。
8世紀から18世紀までの地中海世界でのオスマントルコとキリスト教諸国との千年にわたる葛藤を大きく描いている。
一神教を奉ずるこの2大勢力は、その原理主義に従って、互いに略奪、拉致、暴虐を永きにわたって繰り返してきた。海は地中海全体、陸はウィーン近郊に迫るイスラムの伸張に歯止めをかけたのが、有名なレパントの海戦だ。世界史の教科書には、キリスト教側の主役として、法王庁とスペイン国王の事は描かれているが、実際に勝利の立役者になったのは、原理主義から離れ、ルネッサンスの花開いた、ベネチアの船と将兵だった。
ここがまさに、塩野七生さんのテーマであるといえる。
その締めくくりに書かれてある内容に胸を打たれた。
「現代のイスラム諸国とキリスト教諸国を分けるのはルネサンス時代を経たか、そうでないかという違いである」と彼女は述べている。
そのとおりかもしれない。
翻って日本を考えると、他のアジア諸国と違って、日本は、ヨーロッパ同様に封建時代を経験し、江戸時代という、人間を見つめる芸術が花開いた時代を経験した。
なんと幸せで豊かな過去をもつことができたのかと思う。
自由と人間の大切さを忘れた国民は危機に弱い。
それは世界の歴史が証明してきた。
日本は今、どちらなのだろう。
忘れかけているけれど、しっかりDNAに刻み込まれてると、ボクは思っている。
だから、今度の危機も日本は強く立ち向かえるし、最後には勝つと信じていられる。
投稿元:
レビューを見る
ローマ帝国滅亡後が気になって読んでみた。
中世はなんとも暗い時代だね。
ノルマン人は250人ぐらいでシチリアを25年かけて征服したらしい。
ノルマン人、すごすぎる。
投稿元:
レビューを見る
『ローマ人の物語』の塩野七生が1-16世紀の地中海世界(ヨーロッパ)を、木を見て樹を見ずにならないように、全体像をうまくまとめた大作。
◆1-5世紀 ローマ帝国の時代
ローマ帝国による平和、パクス・ロマーナが実現した時代。ヘロドトスの「歴史」にはこうある。
人間ならば誰でも神々に願いたちと思うことすべて、そして神々も人間に恵んでやりたいと思うであろうことのすべては、アウグストゥスが整備し、その継続までも保証してくれたのであった。それは、正直に働けば報酬は必ず手にできるということへの確信であり、その人間の努力を支援してくれる神々への信念であり、持っている資産を誰にも奪われないですむということへの安心感であり、一人一人の身の安全であった。 ― 『歴史』
395 ローマ帝国、東西に分裂
476 西ローマ帝国滅亡
◆7-10世紀 イスラム教の拡大 (キリスト教 VS イスラム教)
ビザンチン帝国の汚職と重税により人々の間に不満が広まり、イスラム教が瞬く間に浸透する。イスラム教は死後の安心ではなく、税を払わないでよいという現世的な利点を与えた。キリスト教のように300年の歳月は必要としなかった。イスラムの海賊がキリスト教圏で破壊、略奪の限りを尽くし、安全の保証はなくなった。
613 マホメッド、布教を開始
635 イスラム勢、ダマスカスを征服し、首都を移転
642 イスラム勢、アレクサンドリアを征服
651 ササン朝ペルシア滅亡。メソポタミア地方がイスラム化される
652 海賊のキリスト教世界への侵入が始まる
762 イスラム勢、新都バクダットを建設、遷都
◆11-16世紀 キリスト教の反撃 (キリスト教 VS イスラム教)
十字軍遠征などキリスト教の反撃が始まる。この時代における東西のプレイヤーは以下の通り。
西の強国(キリスト教)はスペイン、フランス、ヴェネツィア共和国。
東の強国(イスラム教)はトルコ帝国。そして背後には元。
アマルフィの商人は、支那人が発明してアラブの商人が中近東にもたらた羅針盤を小型にして売り出した。ヴェネツィアは紙もガラスも印刷技術も発明していないが、ヴェネツィアで企業化された。海洋都市の発展も見逃せない。
◆17世紀以降
ローマの次に覇権国家として軍事による世界の秩序を確立したのはイギリスだった。ゆえにパクス・ロマーナに習い、パクス・ブリタニカと言われる。
しかしイギリスの前に大植民地帝国築いたのはスペインは、パクス・ヒスパニカとは言われない。それはスペイン人が自分以外の民族を活用する才能に欠けていたからである。インカ帝国を滅ぼしたのもスペイン人である。
投稿元:
レビューを見る
「ローマ人も物語」の続編…
地中海はキリスト教国と、イスラム世界の対立が続く
「海賊」の認識がひっくり返る
キリスト教とイスラム教の対立は永遠に続くと思わざるを得ない
イスラム勢力圏の急速な台頭、アラビア半島から始まり、100年でペルシャからスペインまで征服、「新興の宗教が常に持つ突破力と、アラブ民族の持つ征服欲が合体した結果」」「右手に剣、左手にコーラン」
狙われる修道院、「貧しさを徳とし神に生涯を捧げた修道僧たちが、祈りと労働に明け暮れる静けさに満ちた日々を送る宗教施設…中世の修道院ではない」
「神に祈ったことが成就しなくても、それは信仰心が不十分である…」
「プラスには必ずマイナスがついてくる、拉致に対する救出活動が盛んになればなるほど拉致が金になり、続いていく…」
地中海に海賊が消えたのは、1830年フランスがアルジェリアを植民地にしてから。
投稿元:
レビューを見る
本書は、「ローマ人の物語」(全15巻)の続編として、ローマ帝国崩壊以降の地中海世界の興亡を描いた書であるが、とにかくおもしろい。「ローマ人の物語」では、「ユリウス・カエサル」を描いた2巻が最高に面白く、おそらく著者もそこを一番書きたかったのではなかったかと思わせるものであるが、本書も、歴史のダイナミズムを教えてくれるものであると思った。
本書では、西ローマ帝国が滅亡した紀元476年以降を描いているが、「イスラムの急速な拡大」や「十字軍」、「海賊」等々、内容は詳細だが、おもしろく、地中海の風景が目の前に浮かぶような文章だと感じた。
この時代のイスラム教とキリスト教の対立はなんとすさまじいものか。延々と戦い、延々と殺しあう、正義と正義の戦いだ。なんと不毛なことか。その被害の大きさには、ため息さえ出ない。人間とはなんとおろかなことか。現在でもイスラエルとパレスチナの戦いを見ると、過去を笑うことはできないと思った。人間とは進歩がないと言うべきか、代わらないのが人間だと言うべきか。
ヨーロッパの詳細な歴史を知る機会は、あまり多くはなく、学校の歴史教科書でも数ページ程度かと思う。本書は、ヨーロッパの土台を教えてくれる本であると感じた。分厚さの割には、飽きずに読める良書である。
投稿元:
レビューを見る
ローマ人の物語、十字軍物語を読んでからの本書。読む順序が少しおかしいかもしれないけれど、面白く読めた。
中世の宗教対立と経済的な要因、政治的野心が複雑に絡み合った混沌は、現代の社会に通じるものがある。人間は進歩していないと悲観的になると同時に、いびつな形にしろ宗教対立を乗り越え繁栄したシチリアの例などは私たちに希望を感じさせてくれる。
個人的には「救出修道会」と「救出騎士団」が抱えた矛盾が心に残った。無力な奴隷を助ければ助けるほど、海賊へインセンティブを与え、海賊の被害者が生じてしまうという矛盾の中にありながらも、二つの集団は数百年に渡り活動を続けるという選択を選ぶ。
この本と直接関係ないけれど、現在の北アフリカの状況が頭によぎった。先進国が民主化に手を貸そうとした結果、資金武器がテロリストに渡り、治安や経済が乱れ、国民はより貧困に苦しみ、より外国からの支援が必要になるという矛盾が生じている。自分たちも楽ではないのだし、「敵」を利するような寄付や開発援助を継続すべきか...
アルジェリアの事件で北アフリカへの関心が高まっている時期に読めてよかった。