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南の光、海の風
2001/09/03 14:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る
人には安らぎがいる。くつろぎの時がいる。南の島で風に吹かれ光に包まれて海の音を聞いているような時間がいる。読書の世界でそうした願望を充たしてくれるのはこのような本だ。もともと児童文学の季刊誌に発表された短編を集めたものだそうで、小学館の児童文学賞をもらっている。親しみやすく、いわば透明感があるのも、そのことと無関係ではないだろう。だが、たぶん著者の書くもののテーマは、少しばかり形を変えても同じものなのだろうと感じさせるものがここにはある。この困難な時代に、人は何を求めれば幸せに生きられるのか。しかしそれは重々しいメッセージではなく、主人公であり語り手である少年ティオの自然で心豊かな生活と、主に島の外部の人間の行動とのずれとして、さりげなく描かれる。人が忘れていたものを、自然な形で思い出させ考え直させてくれる。だから大人にも子供にも、楽しんで読める本だと思う。舞台はミクロネシアのポナペ島とか。行ってみたいように思うが、そこでは自分のまとった汚れが露わになるようで怖い気もする。うちの小学4年生の子供にも、もう少ししたら読ませてみたい本。
文明と未開の間で
2015/11/13 13:44
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:つよし - この投稿者のレビュー一覧を見る
池澤夏樹の処女作「夏の朝の成層圏」と、大作「マシアスギリの失脚」の中間に位置するような連作短編集。舞台は旧日本領の太平洋諸島。主人公ティオの父はホテルを経営し、ティオは父とともに空港に宿泊客を迎えにいったり、客との会話に加わったりする。この島には手付かずの自然やのどかな風景、素朴で親切な人達がいて、科学では説明がつかない不思議な現象もたびたび起こる。だけど近代化の波はこの島にも押し寄せ、人びとは以前のように自生のバナナや椰子の実を採ったり、カヌーに乗ったりはしない。いわば未開と文明の間にあるのだ。ティオは少年だからこそ、大切なものが失われつつあるのを敏感に感じとる。最終篇の「エミリオの出発」に作者の思いが詰まっているように感じた。
夢の時間を生きていくことについて
2001/12/11 23:56
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投稿者:しっぽ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この物語は南の方にあるどこかの島が舞台です。まだ、自然も色濃く残っているものの、飛行場もあり町中では車も走り回る、そんな島。主人公のティオは街のホテルの子供だ。物語はティオが島の中で経験する、ときには幻想的な、ときには現実的なできごとが次々と語られていく。
ぼくが好きなのは「帰りたくなかった二人」という短い作品です。
海に囲まれた南の島にかんちがいで山登りをしようとした日本人のカップルが、ティオのホテルにやってくる。山には結局登れないんだけど、ふたりはすっかり島での生活が気に入ってしまう。少しでも長く島で暮らすために、ホテルも引き払って森の中の小屋で二人は暮らすようになる。
それでもやがて、手持ちのお金が尽きる。二人は日本に帰らなくてはならなくなる。日本に帰ると仕事で忙しい毎日が待っている。二人の仕事はやりがいもあっていい仕事らしい。飛行機のチケットを売ろうか…男の人はそんな考えを弄んだりもする。けれど結局、二人は日本へと帰っていく。
「またくるね」そういう二人にティオは思う。「二人はもう、戻ってこないんじゃないか」と。
最近ぼくは、趣味で帆船に乗っています。帆船に乗るって言うのがどういうことなのかはピンとこないでしょうが、それはすごく強烈で新鮮で魅力的な体験です。ただし、時間的にも金銭的にもけっこうきついものなのです。帆船での航海って。
で、一度航海を体験した後で、何度も船に乗るようになる人と、航海がすごく楽しかったにも関わらず、二度と船に乗りにこようとはしない人もいます。一方は年に一度一週間船に乗るために、お金をため、有休を調整して、ものすごい努力をしてまで海に出ようとします。
そして一方に、たまに会って船の話とかをしているとすごく楽しそうだったり、ぼくが今度船に乗りに行くと言うとうらやましそうにしたりする人がします。でも、その人たちは決してもう一度船に乗って航海しようとはしないのです。
ぼくはこの短い物語のラストシーンで、ふと、そんなぼくの友人達のことを思いました。ちょっと切なくなりました。夢と現実をごちゃまぜにしたまま生きていくのには、資格や力が必要なのかもしれません。それは夢を現実に変えていくには、もしくは現実の世界の中に出現させるには、と言い換えてもいいのかもしれません。夢を見ることはだれにでもできることだけど、夢を見続けることや夢を現実のなかで求めていくことができるのはごくごくわずかな人たちだけなのかもしれません。
この本を読んで、そんなとりとめのないことを思ってしまいました。