紙の本
革命に翻弄されるペーソスとユーモア、そしてそこから浮かび上がるもの
2009/05/16 19:01
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:鯖カレー - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本は安部公房の小説の中でも少々色が違う。
「榎本武揚」程ではないが。
さて本書のあらすじを駆け足で言えば、
と或る小さな町の革命に奔走する男が結成した飢餓同盟という組織が、
権力転覆のために、地熱発電所の計画を企てるのだが、
最終的に、革命は失敗に終わり、発電所も権力者に横取りされ、
なんと主人公は狂人として精神病院へ行くことになってしまうのだ。
なんだか、この概略では、ただの理想というか妄念に取りつかれた男が、堕ちていく話を描いたただの滑稽劇に見えるかもしれない。
しかし、それは全くの誤解である。
その真意や、いかに。と、ここであえてこの本に対する解説は終えておく。
なぜなら、この本は実際に読まなければその真意は伝わることがないのだ。
その理由に、この一見滑稽劇に見える話の裏に脈々と流れる、
現代社会の矛盾に対する皮肉を受け止めるには、
話の流れを完全に把握しなければ、つまり全体を眺望しなければ、
不可能なのだ。
そう聞くと今度はすごく難しい話なのかとかまえるかもしれないが、
その必要もなく、門戸は広い。
一見滑稽劇に見えるからこそ、意味があり、それによって読者に、
強烈に伝わる安部公房の思想。
最後に大どんでん返しがあるわけではない。
ただ、ひたすら滑稽劇を読んで行くだけである。
だからこそ、ひしひしと、少しづつ、沁みいる様に安部のいいたことが伝わってくるのかもしれない。
現代が抱える、慢性的な保守的金権力主義。
それを浮かび上がらせるには、この話のような形をとらなければならなかったのだと、本書を読んだあと、誰もが思うだろう。
紙の本
「まったく、現実ほど、非現実的なものはない。」(250頁、あたかも安倍元総理の死のようだ)
2022/07/13 23:58
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投稿者:Haserumio - この投稿者のレビュー一覧を見る
「飢餓同盟」(もともとは、ひもじい同盟)というおどろおどろしい書名から受けた先入観が鮮やかに裏切られた一作。スラプスティック味すら感じる快作でした。それにしても、64頁で、花井が「ふいに立上ると同時に、その足もとから、ハンカチを顔にあてた女工が飛出して、矢根のわきを駆けぬけていった」との描写だが、これはどういうこと?(フェラでもしていた(させていた)のか?)あと、花井の長さ15cmまで発達した「しっぽ」(248頁)のことだが、これは何の寓意?ドライというか余事のない筆致で描写された非現実的な花園事件の顛末ということにはなるが、読後に覚えた生々しいまでの現実感(リアリティー)は半端ない。いま読んでもまったく古さを感じさせない傑作の一。
紙の本
喜劇の中を生きている僕たち
2016/01/24 09:25
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
ナチスドイツが秘かに開発していた、人間の知能を大幅に高める技術により、戦時中に秘かにドイツに渡った一人の青年が天才的な地下探査技師となる。しかしほどなく戦争が終わると、活躍の場もなく、命を縮めかねない能力は隠して、とうとう追い詰められて、死ぬために故郷の街へ戻って来る。
初雪とともに冬が訪れる北の街。凝り固まった因習の上に、欲得づくの権力者と工場主に牛耳られた土地で、閉塞感を打破しようとする労働者の集団、ひもじい同盟改め飢餓同盟がいた。労働組合や既存のイデオロギーとも一線を画し、一発逆転を狙うインチキ組織だ。故郷で死を図った天才技師は彼らに助けられる。同盟は、この小さな町の権力機構を逆転させようとささやかな陰謀を練るのだが、これがことごとくにっちもさっちもいかない繰り返しが作品のストーリーである。それが死に損ないの技師を利用し、枯渇した温泉の復活、そして地熱発電という革命的産業の夢を描くところまで来る。
この人物たちの喜劇的な間抜けさのためか、権力側の巧妙さのためか、とにかく事態はいっこうに打開されない。ここでは人間たちが人間である限り、怒り、笑い、悲しみなどの感情や生活のために横道にそれてしまい、本来の目的にはたどり着けない。一つ一つの場面で、人間の肉体が必然的に動くことの結果として社会が進むのだとしたら、この物語は非常に演劇的であるように思える。
科学技術も、社会思想も、それを活かせるかは一人一人の人間にかかっていると言えば凡庸な話だが、原子力や革命といった大掛かりな題材でドラマチックな展開でもなく、身近な舞台で我々と同じ平凡な人間達が醸し出すドラマは、情けなくなるほどに貧弱な成果しか生まず、もう笑いしか出ない。等身大の人物にこういったテーマを配置すれば、やることなすことトンチンカンになるに決まっているし、それをそのまま描写すれば、舞台で生身の人間が硬質な台詞を喋るように、まさしく喜劇なのだろう。温泉復活も、地熱発電も、世俗の波に巻き込まれて、落ち着くところに落ち着くという帰結と相成る。
様々な夢と挫折が氾濫していた社会で生きた人々の現実が、どうしたこうなってしまうのかと嘆息するような結末。極端にカリカチュアされているように見えて、実は自分たちが経験して来たことに非常に近いものではなかったろうか。こういう技法でこういう成果を出せるのは、どういう理屈か分からないが、安部公房という作家の仕組みが少し分かったような気がする。
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思えば安部公房は今のライトのベルだのの礎を作ったようにも思える。
秘密結社や国家権力(この場合市役所)などの乱れ方、利用し騙されるといった展開は不思議な悲哀とおかしみを意識させる。
最初飽きが来るが読み進めていく内に、引き込まれる。
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▼地獄より過酷な現実の話。安部公房はもしかしたら、いつも地獄を書こうとしているのかもしれない。▼ラストで背筋がゾワッ。怖過ぎる……。▼結局、誰も幸せになれないし、革命を起こせない。結局弱者は強者に食い殺され、同盟は崩壊。飢えるものが飢え続けるっていうのは、どうもなぁ……。▼劇中劇のキャラメル母さんの話が、本編とは浮いてるけど読んでみたい!(2007.7.21)
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安部公房という作家の世界観を理解するのは困難である。しかし、その困難の中で自分が何を感じるのか、そして安部公房は何を伝えたかったのか? という想像をすることは面白い。
寂れた田舎町で疎外されたよそ者たちの集団「飢餓同盟」は革命のための秘密結社として組織される。権力への夢、地熱発電、狂気、野望、憎しみ、それら人間の本質が詰まった一冊である。小説の舞台が第二次大戦後ということや執筆された時期が昭和の前期だったということもあり、作中の時代設定、風俗に戸惑いを感じるかもしれないが、それを気にさせない作品になっている。
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安部公房ワールドだなぁ。
と、まず思う。
やはり、この人はくせがある。
目的と手段が逆転したおろかさを感じる
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閉ざされ沈む小地方都市の町花園。
それ自体がまるで一つの巨大な病棟のような町の中で
"ひもじい"と呼ばれ疎外されたよそ者たちが結成した飢餓同盟。
地熱発電に託した若い彼らの野望は
町に渦巻き、飲み込まれ、やがて崩れ去っていく。
安部公房の著作にしては珍しく、登場人物・主人公に名前があってびっくり。
「夢」を生け捕りにした様な
シュールにシュールを塗り重ねた彼の多くの作品とは
ちょっと趣向が違う作品でした。
「医者」と「党」の、安部公房。
こんなに現実に寄った作品は初めて。
革命の思想から遠ざかって久しい世代の私には
少し入りづらい読みかかりでした。
現実を書いているのだけれど、どこか寓話のようで。
個人の心情を書いているのだけれど、まるで人間全体のことのようで。
読み砕くのにセンスのいる作品だと思います。
私には、まだ全部を理解出来ない。
時間を見つけて、再読したい一作。
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途中経過:いちいち考察が鋭くておもしろい、「閉塞感」というものをいやというほど実感できる
読んだあと:
「人間は本質的に頭が悪いこと」「進歩という神話に踊らされる滑稽な姿」を直感的に感じ取った。
手段と目的の転倒、意地っ張り、無駄なプライド、無益なことに必死になる(かえって害になることも多い)、これが本質的な人間の「頭の悪さ」なのだと思う。
「進歩」という幻想もその一つ。
いくら科学技術が発展し、頑張って生活を「改善」したところで、結局何も変わらない。
くだらないことにいちいち腹を立て、心配という名の妄想で体を壊したり、自殺したりする。人間は依然としてどうしようもなくアホなままである。
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以前は温泉が出たが、地震が起こってから温泉もピタリと止まってしまい、花園町はどんどんとうらぶれていく。よそ者や、貧しいものは「ひもじい」と呼ばれ、権力者に迫害される。
「ひもじい」ものたちは、同盟を作り既存の権力に対して革命を起こすという。しかし、同盟の中にも権力構造が生まれてくる皮肉。そして同盟は崩壊し、同盟がやろうとしたことは、既存の権力によって行われることとなる。
小さな町の短い物語の中に、ユートピアを夢見る共産的なグループや、既存の権力を守りつつ独裁を行う二つの勢力のせめぎあいを見ることができ興味深い。
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「……書くという行為は、あらゆる人間の行為の中でもっとも人間的な行為だ。なぜならそれは自分を支配するということだからだ。遺書はその中で、自分の死を支配しようとする欲求だ。(中略)加害者が罪の父なら、被害者は罪の母だ。この遺書はその罪の子だ」「支配者とはつまり、社会秩序の象徴だな。象徴とはすなわち、目にみえないあるものだ。」「思想ですよ。企業自体っていう思想なんだ。法律もあるし、精神もあるし、主義もあるんです。分らんですよ。むちゃですよ。」「他人がつらいめにあった話を聞くのはたのしいね。」
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温泉地として栄えていた花園という町。でも、それも昔の話で、その地域を地震が襲ったのを境に温泉はぱったりと出なくなり、今では寂しい田舎町になっています。
この町には“ひもじい様”という神様が祭られていて「ひもじい」とは、この町の言葉で土地の者ではなく他から来た“よそ者”という意味。そんな“ひもじい様”の社を家族で管理していた男もまた“ひもじい”人間だった。この町は民主主義とは程遠い、権力者が代々のさばっているような町であらゆる事業も、その権力者が上に就いているような状況であり、そして“ひもじい”者を、金銭的にも“ひもじい”状況にさせていた。男は、こんな状況になった原因である温泉を復活させる計画を立て、そして普段から対立している権力者を争わせて共倒れにし、地熱発電によるユートピアを作ろうという革命を計画。共に“ひもじい”人間である者達を集め、ひもじい同盟...飢餓同盟を発足させる。
全体の感想としては、人間の社会の仕組みというのは変えられないもので権力による構造というのはどんな所にも存在する。
誰もが“ひもじい”のです。誰かにしがみつかなければ結局何も出来ないのです。
革命という自由の夢を見ても、どこにも居場所も逃げ場も無い。
どこを見ても結局は壁にぶつかる。それを突破する術など無いものだ。
―と。氏の小説にはメタファーとして「壁」はよく出てくるんですよね。
実際に今回は、現物としての壁は出てこなかったけど
権力や世論や法律の壁に阻まれたって感じのストーリーでした。
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山間の花園町で、「ひもじい」と阻碍されたよそものたちが、革命のための秘密結社「飢餓同盟」を結成し、権力への夢を地熱発電に託して動き始めるのですが、革命を起こすどころか崩壊していく物語です。
読んだ印象を一言で言うと、「怖い話だなー」でした。
最初、花井についてなんとも思わなかったのですが、次第に彼が嫌いになりました。話すことが夢想的すぎる上に、人に対しての態度がイライラしました。
さすがに、途中から、アレ・・・おかしいな・・・?と思ったんだけれど、やっぱり壊れてしまいました。それがとても怖かったです。
織木さんも可哀相だな、気の毒だな・・・と思っているうちに。
私の読解力の問題かもしれませんが、登場人物が多すぎて、ちょっと混乱しました。
しっかり見れたのは、森さんと織木さんくらいかな・・・。
そして、「幸福」「健康」「うるわし」といった奇妙な名前(呼び名)。
何か意図があったのでしょうか・・・。
最後のメッセージが、ちょっと物足りないという印象を受けました。
それから、まったくもってメインの内容ではないんですが、季節の描写が美しくて、驚歎しました。
全体的に暗い内容だったので、それがやたら印象的に思えました。
もう一度しっかり読み直したいんですが、当分の間は読みたくないので、またそのうちに気が向いたら読んでレビューを書き直します。
壊れっぷりが怖い作品でした。
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夢を見ること。政治をすること。行動すること。安部公房は閉塞感に満ちた地獄を書くのがうますぎると思います。
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安部公房の作品にしては登場人物が多くその点がゴチャゴチャしている印象。話の筋は読み取りやすいが、ただ現実の主義問題とてらすだけでなくなにかもうひとつ深いテーマを探すことが出来る作品だと思う。もう一回読む。相変わらず名前には拘りがあり名前はもじりになっているらしい。わからないけど。安部公房は意味のない名前はつけない作家だとおもう。