- みんなの評価
17件
胡蝶の夢
著者 司馬遼太郎
黒船来航で沸き立つ幕末。それまでの漢方医学一辺倒から、にわかに蘭学が求められるようになった時代を背景に、江戸幕府という巨大組織の中で浮上していった奥御医師の蘭学者、松本良順。悪魔のような記憶力とひきかえに、生まれついてのはみ出し者として短い一生を閉じるほかなかった彼の弟子、島倉伊之助。変革の時代に、蘭学という鋭いメスで身分社会の掟を覆していった男たち。
胡蝶の夢(四)(新潮文庫)
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
胡蝶の夢 改版 第1巻
2005/09/10 20:19
外国語学習に興味がある人に
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
大阪に出張する機会に時間が許す限り出かける場所が私にはあります。それは緒方洪庵の適塾。福沢諭吉も学んだというこの建物の中に、透明なケースに入れられてオランダ語の辞書ズーフ・ハルマが展示されています。この辞書を眺めていると、限られた教材でオランダ語の勉学に力をそそいだ若き蘭学者たちの熱い思いが伝わってくる気がします。趣味と実益を兼ねて外国語の学習を続けている私にとっては、どことなく勇気を与えてくれるような思いもして、とても楽しい時を過ごせる場所なのです。
そんな話をたまたましたところ会社の同僚が私に勧めてくれたのがこの「胡蝶の夢」です。幕末の蘭学者たちを描いた長編歴史小説です。とりあえず第一巻を読んでみました。
漢方全盛の時代にあえて蘭学による医療を目指す若き医師・良順、そしてその付き人的存在で外国語習得に異能を見せる伊之助。満足な辞書もなければ、十分な教科書もなく、ましてや録音教材などは皆無の時代に、次代の日本のためにオランダ語を身につけようと奮闘していく若き主人公たちの姿を大変興味深く読みました。
時代がまだついてきていないほどの最先端を走る彼らにとって世間の風は決して温かく応援はしてくれません。開拓者の宿命でしょう。いつの時代も外国語を身につけようなどという酔狂に走る御仁は奇妙奇天烈な異人扱いなのかもしれません。
主人公たちに自分の姿が重ならないでもないので、とりあえず第二巻へと進んでみようと思います。
胡蝶の夢 改版 第4巻
2005/09/24 06:17
生きるうえで分相応であることとは、ことを描いた長編小説
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
外国語習得に関して異能を示した幕末の若者・伊之助の物語として、あるいは近代日本における西洋医学の受容史として、第一巻から読み進めてきましたが、この長編小説が主軸に置いていたのは、江戸末期の封建制の中における階級社会の理不尽さでした。
現代でいうところの同和問題や、士農工商の中における身分差別、さらには伊之助たち医師が制度の外にうち置かれた存在として位置付けられていたことなど、「身の程をわきまえること」を構成員たちに強いていた当時の日本社会の姿が浮き彫りとなってきます。
蘭学を通じて西洋の平等精神を身につけていった主人公たちは、社会制度の理屈にあわないことに異を唱え、そのことによって鼻つまみ者とでもいうべき扱いをうけながらも、異色の存在として日本史の中に引っ掻き傷のような小さな痕跡を残していきます。
英国人医師にその類いまれなる英語能力をいかにして身につけたのかを尋ねられて伊之助が答える場面はなかなか印象的です。「この大気の中に英語が浮遊しています。それを吸ったにすぎません」。
その恵まれた能力を持った異才の男がそれに応じるだけの処世術や立身出世の意欲を(史実とは逆に)持ち合わせていたとしたら、また別の維新日本の設計図を描いたかもしれません。そう想像するのは楽しく、かつ哀しいことだと感じさせる小説、それがこの「胡蝶の夢」なのです。
胡蝶の夢 改版 第1巻
2016/08/05 09:44
江戸時代という厳しい身分社会を蘭学というメスで生き抜いた男たちの物語です!
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、黒船ペリーの来航で沸き立つ幕末を舞台に、それまで漢方医学一辺倒だった状況が、にわかに蘭学へと変わっていく社会を描きます。そこには江戸幕府の蘭学者、松本良順が主人公として登場します。そして、悪魔のような記憶力とひきかえに、生まれついてのはみ出し者として短い一生を閉じるほかなかった弟子の島倉伊之助が登場します。彼らが、身分社会の厳しい江戸時代をどのようにして生きていったのか、蘭学という視点から江戸時代という時代を見つめた見事な作品です。