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文学論 みんなのレビュー

  • 夏目漱石著
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みんなのレビュー3件

みんなの評価3.0

評価内訳

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3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本文学論 上

2007/03/03 21:45

漱石書き始めの原点

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:バッカス - この投稿者のレビュー一覧を見る

 文学とはどのようなものか。小説家である前に東大教授であった夏目漱石がロンドン留学時代に集めた数々の実例を元に論ずる。文学の内容にはどのような種類があるのか。読者に起こる情緒にはどのような種類があるのか。現実に存在したらさも不快なものがどうして文学になると美しく感じられるのか。悲劇が人に好かれるのは何故か。
 漱石は小説を書き始めたときには既に完成された文学論を持っていた。数々の文章の実例を持っていた。小説という技術が読者に与えうる影響に自覚的であった。如何に高いところから漱石が小説を書き始めたのかがわかる。何か文章を自分で書きたいと思う人には参考になる一冊である。漱石の本と平行して読むとさらに味わいが増す。また、読後にシェイクスピアを読みたくなること、請け合いである。

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紙の本文学論 上

2007/04/22 20:09

文学理論の悲惨さは昔も今も変わらない。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:越知 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 吉田健一という文筆家がいた。政治家・吉田茂の息子で、父に逆らって文学を生業とした。三島由紀夫とも親交があったが、晩年に至って袂を分かっている。ドナルド・キーンは双方に仲違いのわけを尋ねた。両者とも答は同じだった。「日本の伝統を知らなさすぎる」。キーンはこう書いている。「しかし日本の伝統という言葉の意味は三島と吉田では異なっていた。三島は古代中世以来の日本文学の伝統を言っているのに対し、吉田の言う伝統とは、戦前の上流階級の暮らしを体で知っていることを意味していた」。では戦前日本の上流階級の暮らしとはどういうものだったのか?
 三島はその最後の小説『天人五衰』で、少年を養子に迎えた老主人公が洋食のマナーを仕込む場面を描いている。老主人公はこう言うのである。「自然な動作で洋食を食べれば育ちがよいと見られて得をする。そして日本で育ちがよいというのは、洋風の暮らしを体で知っているということに過ぎないんだからね」。ここには吉田健一への痛烈な批判が込められていると見てよい。
 吉田茂は戦前外交官として仕事をし英国に暮らした。首相となって各国の要職者と渡り合えたのもそうした経験があったからだ。そしてふだんの暮らしぶりにも英国風が取り入れられていた。言うまでもないが文化的素養がなくては外交官は務まらない。それでも彼にとって英国文化はあくまで政治の従属物に過ぎなかったろうが、息子・健一になるとそれが逆転するわけだ。ちなみに英国風が近代日本を形成するのに果たした役割は、皇室も英国王室を模範として近代化を図ったことを見れば、その意味は相当に大きい。第一次大戦まで地球上の覇権国家とは英国だったのだから。
 さて、漱石である。漱石が英国留学中にノイローゼになったのは有名な話だ。理由は色々考えられる。そもそも日本人などごく少数しかおらず文化的経済的差異も大きい異国に船で地球を半周して出かけていくのだから、その心理的圧迫感は今日の留学の比ではない。また後年の漱石を見れば、もともとそういう素質を持っていたとも推測できる。肉体的な劣等感もあったかも知れない(ちなみに今日でも英国人と日本人の平均身長には5センチ以上の差がある。この差は、栄養によるものではなく、コーカソイドとモンゴロイドの人種的な違いと見た方がよい)。要するにノイローゼの原因は複合的なのであって、一つだけ理由を挙げて済ませてはいけないのである。それでは、何でも階級闘争史観で説明した左翼や、社会の悪は全部ユダヤ人のせいにしたナチや、現代なら理解できない事柄は何でもサヨクで済ませる人たちと同じレベルになってしまう。
 一つの要因として挙げられるのが言葉の問題である。周囲と会話が通じなかったのだ。漱石の英会話能力は低くなかったが、彼が身につけたのは帝国大学に雇われていたスコットランド人の英語だった。ロンドンではコックニーと呼ばれる訛った英語が使われており、漱石にはまるで聞き取れなかったのである。英国留学してもそういう事情が分からない人は、川島幸希『英語教師夏目漱石』を読まれたい。
 漱石の文学論は昔から評判が悪かった。同時代の文人・日夏耿之介にも揶揄されている。しかしそれは文学理論というものにつきまとう宿命と見るべきだろう。だが文学や文化を単に好事家の暇つぶし程度にしか考えない人は、吉田茂の息子が文学をやった理由も分かるまい。それはつまり人間が分からないというのと同じことである。今日のロンドンは地下鉄料金が4ポンド(900円)もして日本人を閉口させるが、大英博物館やナショナルギャラリー(美術館)は入場無料なのである。文化にカネをかける意識が根本的に異なっているのであり、漱石も吉田健一もその点で英国の影響下にあったと言える。単純な物差しで国家間の優劣を計るような真似は慎みたいものだ。

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紙の本文学論 上

2007/04/19 14:41

作家と身長

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書の序の末尾に以下のような有名な一節が出てくる。「倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあつて狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。(中略)英国人は余を目して神経衰弱と云へり。ある日本人は書を本国に致して余を狂気なりと云へる由。」
どうして漱石はここまで追い詰められたのか。高坂正尭は、経済的に没落し、零落した現在の英国人と、「日の没することの無い大英帝国」の臣民を気取っていた今から100年前の英国人は全くの別物で100年前は自信に満ち溢れ傲岸不遜な連中が多かったのではないかと考察している。漱石はロンドンで「いじめ」にあったらしい。いじめにあって「引きこもり」となって、ついには英国人に「あいつは狂っている」とまで噂されるに至っている。文学に「いっちゃっている人たち」は明治の懊悩などと、このネクラの漱石を称揚するが、山本夏彦は私に漱石について全く別の視点を与えてくれた。そのタイトルは「作家と身長」というもので、作家の文章の背景には作家の世界観があって、その世界観は作家の身長によって大きく左右されるというのがその趣旨である。その例として挙げられたのが、我らが漱石先生で、夏目漱石の身長は5尺(約150センチ)たらずである。英国人の身長は現在と大差ない175センチ程度としても。これは相当なチビである。おまけに漱石の写真はことごとく修整されているので山本さんに指摘されるまで気がつかなかったが、漱石は幼少時に天然痘を患っており、その後遺症で「あばた面」だったそうなのである。あばた面は当時の英国では、既に珍しく、心無い英国人がこれを鹹かったとしても、無理のない面がある。ここまで来て、私は現代の日本に生まれて本当に良かったと思っている。何を隠そう今から26年前、私は初めて英国に行った。ケンブリッジで学ぶためである。ロンドンに降り立つ前の心境はまさに「狼群に伍する一匹のむく犬の如」きものであった。まだまだ「白人優位」の思想が日本で強く、戦々恐々としてガトウィック空港に降り立ったものである。ところがそこで私は「英国人は背が高くない」という発見をする。皆さん、私と同等かそれ以下の身長なのである。生活水準も、既に日本の方が上であった。都市のインフラ整備が立ち遅れていたロンドンは、当時の段階で東京より遅れていたのである。この発見後、私は全く物怖じしなくなった。英国でも普通に振舞うことが出来た。私の息子・娘と今夏ロンドンに行くが、彼ら彼女らもおそらく全くロンドンに行っても動じないだろう。緊張なんかしないだろう。英国人の身なりは押しなべて日本人より貧しいことを発見するであろう。レンガにスプレーで落書きすると絶対消せないということをそこに見るであろう。それもこれも吉田茂が日米安全保障条約を結び全面講和でなく単独講和の道を選んだお陰なのである。日本が経済的に発展し英国の水準をはるかに上回るまでになったお陰なのである。なお、本書は冒頭の「序」以外、特に読むべき価値は無い。Fだのfだのを振り回して、まるで物理学の講義をするかのごとく、漱石は文学論を論じるのだが、まるで理解できない。漱石は「文学なんか外道のするものです」という通念が支配的だった当時の時代にあって、何とか文学を「学問」にしたかったのである。その力みが「臭み」になっている。読めたものではない。

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