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読割 50
紙の本
櫻守 改版 (新潮文庫)
著者 水上 勉 (著)
丹波の山奥に大工の倅として生れ、若くして京の植木屋に奉公、以来、四十八歳でその生涯を終えるまで、ひたむきに桜を愛し、桜を守り育てることに情熱を傾けつくした庭師弥吉。その真...
櫻守 改版 (新潮文庫)
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商品説明
丹波の山奥に大工の倅として生れ、若くして京の植木屋に奉公、以来、四十八歳でその生涯を終えるまで、ひたむきに桜を愛し、桜を守り育てることに情熱を傾けつくした庭師弥吉。その真情と面目を、滅びゆく自然への深い哀惜の念とともに、なつかしく美しい言葉で綴り上げた感動の名作『櫻守』。他に、木造建築の伝統を守って誇り高く生きる老宮大工を描いた長編『凩』を併せ収める。【「BOOK」データベースの商品解説】
収録作品一覧
櫻守 | 7-212 | |
---|---|---|
凩 | 213-442 |
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紙の本
櫻を愛するということ、それは日本を愛するという心。
2012/04/05 11:33
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本に出会えて良かったとか読んで大きな感銘を受けたという本はまま有るが、日本人で良かったと、こと櫻というただ一つのものにつけ、共感できる、心で感じることが出来ることにこれほど感動を覚えたことはなかった。
ひとことにサクラといっても、桜にはその時代、土地と人々により様々な意味と歴史とドラマが有り多くの日本人に愛でられ親しまれてきた。(戦中戦後を生きた方の中には櫻に涙する、死を連想する方もおられることだろう)
そして「残念なことに」といっておく、本作でも嘆かれているように今や日本のサクラはソメイヨシノばかりである。
花見客はござの上の酒と馳走を前に、上を見上げて青空に映えた白い鮮明なこの花を賞賛する。
いや、それはそれで良いのだ。ソメイヨシノも美しいしこれもまたサクラなのだから。
けれど、本作で一人の男を虜にしたのは、日本に古来から有る種、平安に歌にも詠まれていた山櫻である。
花をつけつつも侘び寂びをその茶色い葉とエンジ色のガクに残す、その濃淡はなんとも大人びていて艶っぽい山櫻。
華やかで暗がりひとつない真っ白のソメイヨシノは例えていうならまだうら若い生娘、舞妓のよう。
それに比べて山櫻は・・・芸妓か芸者か、はたまた太夫か。いずれ年増の円熟した影のある艶やかな女性を思わせる。
彼を捕え続けたのは、木挽の祖父と其の横で脚もあらわに戯れる母が妖艶なほど美しく、山櫻の下で睦み合っていたそのワンシーン。その光景は何度も何度も彼の脳裏をよぎり、初夜も櫻の下、生きるも死ぬも櫻の下と、彼を生涯離さない物となった。
本作のラスト。彼に劣らぬ櫻狂いの師匠も、彼の妻も息子も仕事仲間も誰もかも、彼がなぜそこまで櫻に執着し櫻を愛したのかが終ぞ理解できなかったというくだりがある。
けれど彼に生命を与えた母と、彼に人生も道を用立てた祖父とが美しき山櫻の下で混じり合うこのワンシーンがその疑問の答えと成ることを、読者である私たちだけは知ることが出来るだろう。
本作品に描かれるのはひたすらに一人の植木屋の櫻馬鹿な生涯、そして戦後次々と失われていく古き良き日本の櫻と自然の有り様であり、誰かが彼を思い出すかのように淡々と語られていく。
どうか隅から隅まで、それこそ一本の櫻の紹介ひとつひとつにまで目を向けてほしい。
この作品にはある男の真実と、日本の歴史と櫻の過去現実が克明に描かれている。
もうすぐ花見だ。
某冊子で「桜が好きか?」「桜といて思い浮かぶ物は?」というアンケートがあった。その結果は9割以上の日本人が「桜が好き&大好き」であり、たしか1/3以上が「青空」を思い浮かべたという。
この数字をみてきっと彼は苦笑するに違いない。あるいは落胆か。
この数字を支えるほとんどの桜はソメイヨシノに違いない。
青空に映える白い華やかな大振りの桜。賑やかな宴会と酒と歌と。
古来日本で良しとされた彼の愛する風景、黒々とした山を背景にした櫻は、もう殆ど忘れ去られている。
ソメイヨシノが悪いとは言わない。大いに結構だ。がしかしどうか今一度、サクラが好きだというなら今一度、櫻についてもう少し深く思ってほしい。
櫻は日本の花、日本人におそらく最も広く愛される花。それを誇れるだけの礼儀を私は持ちたい。
電子書籍
職人の日本
2018/09/08 06:23
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
「櫻守」は、植木屋に奉公に出て以来、桜に取り憑かれた男の一生。それはごく平凡な職人の生き様でもある。当たり前に腕を磨き、目利きの間では多少名も通るようにはなるが、なんの名誉も栄光も手にはしない。無数にいる職人たちの一人なのかもしれない。その仕事一筋の生活の中で、妻との出会いと生活も抒情的だが、昭和初期の戦前から戦後までの移り変わる時代は、芸能の分野でも大きな影響を受け、それらの不合理さへの戸惑い、批判的な視点もまた一つの柱となっている。この時代に成長した彼は、作者と同世代であり、世間を見る目、見られる目線とうところでは共通の基盤を持っているだろう。そしてもう一つは、主人公が師事する桜の研究の第一人者である植物学者の存在で、これは実在のモデルがあるという、分類学に耽る研究者ではなく木を植え、接ぎ木をする技術に生涯を捧げた人物であるという。この師匠と主人公のともどもに語るのは、接ぎ木が容易だというだけの理由でソメイヨシノばかりがもてはやされ、日本の山々で古来からの多くの桜の品種が消えていくことへの無念さだ。さらにその根底に、里山に手をかけて森林を守る仕事が忘れ去られていくことへの嘆きがある。そしてこの師匠は、ダム建設で水没する村の桜の名木を移植するという難事業を手がける。これら桜を巡る様々な思いが、一人の職人の目を通して語られるが、そのストーリーよりもなによりも、全編に現れる桜の花、それを映えさせる背景の山々の描写の美しさがやはり圧巻と言わざるを得ない。その美しさがあるからこそ個々の主張が説得力を持ち、職人の人生にも代え難い価値を見いだせる。また大局を見据えた確かな批評眼の上での美意識であるゆえに、描写に意味が生まれる、その相乗効果が、日本の美意識を際立たせているのだ。
「凩」は老年に差し掛かった宮大工の日常で、これもまた主人公の目に映る様々な建築物への批評がずんと重みを持つ。すでに仕事は隠退といってよく、娘がインテリアデザインとかいう奇妙な名前の仕事を持つ男と事務所を開くのだと、山間の土地は売って京都に住もうと言ってくるのに抵抗を感じるが、結局は家の土地は売ってしまう。だが都会に住んでビルやアパートを眺めていると、どれも安っぽく、とても住みやすいようには見えない。そりゃ宮大工が丹精込めた建物とは違って、安くてすぐ壊れるようにできているのだが、それが文明の進歩なのかと問われればたじろぎはしても、走り続けなければいけないのが現代だ。ここでも彼の手がけた建造物の精緻さ、現代建築との違いの描写が確かな説得力を生み、ただ価値観の違いと言って片付けられない力が感じられる。そして彼は最後の生き場所を求めて、山に残していた土地に帰っていくのだが。
どちらも京都周辺の柔らかげな言葉で語っているのだが、たぶんそれゆえに古い日本の美しさについての圧倒的な自信が際立つようで、関東育ちの僕にはそこで圧倒されたりするが、そこは割引きしようのない筆力なのだろう。なにも高踏な趣味論、芸術論をかざさなくとも、ただものの造作を語るだけで、厳しい文明論を現前させてしまう、弱々しく平凡な生活者の凄みがここにあるようだ。