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マリさんの本を読むと、言葉のセンス、世の中のや人に対する見方にとても感心します。多分彼女の人生経験と読書体験の凄さ、仕事で培ってきたであろう人脈と言葉の感覚、多角的なものの見方・・・もっと話を聞きたい!と思わせてくれます。いくらなんでも魔女の集会に参加した日本人ってそうそういないだろうなあ。
本書は、自分が常識だと思っていることが、場所が変われば非常識、文化や言葉の違いを面白おかしく書いている本です。
個人的には、第7章の「⚪︎⚪︎のひとつ覚え」、第10章の「遠いほど近くなる」が興味深かったです。第3の視点を持つ。面白かった。
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ロシア語通訳者として活躍していた米原万里さんのエッセイ。自分の常識がいかに常識ではないか、ということを異文化コミュニケーションから語る。
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社会にとらわれる常識と非常識について綴られている。
ちょっと難しい部分もあったけどこういう視野を広げさせてくれるエッセイは好き。
モテ猫からみえる日米関係についての話とかなるほどなーと思った。
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ロシア語通訳者である米原さんによる、常識を覆すエッセイ。
米原さんは通訳者としてさまざまな国を訪れているし、さまざまな人々と交流を持っていて、その経験からご本人が思わず「ほほー」と唸ったエピソードがたくさん載せられている。
常識というのは環境によって作られた幻なんだなあと痛感する1冊。
作中におもしろいなぞなぞがあったので引用します。
『サウジ・アラビアの王子様の一人が日本を訪れ、たまたま目にした車に心底惚れ込んでしまった。
「豪奢で華やかで気品があて威厳がある。これぜ余が捜し求めていた理想の車じゃ」
というわけで、さっそく買い求め、今も国で愛用しているという。たしかに一切の先入観なしにみるならば、王子様の用いた形容詞はこの車を描写するのにピッタリかもしれない。でも、おそらく日本人には、この車を毎日乗り回す気は絶対におこらないだろうと思う。さて、この車は何でしょう。』
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米原万里は、東ドイツに向かう飛行機で日本に住む在日北朝鮮人、金氏と隣り合う。WW2後、世界には3つの分断国家が生まれた。南北ベトナム、東西ドイツ、そして、韓国と北朝鮮。「この国(ドイツ)は、お国と運命を同じくする国ですね」と米原万里が言うと、彼は顔を真っ赤にして必死に否定する。ドイツは分断される責任の一端を自らが負っているが、朝鮮半島は違う、と。
米原万里は、「本来引き裂かれるべき責任を負っていたのは、日本だった。ドイツが受けた罰を、日本が逃れたのは、それを朝鮮・韓国に肩代わりさせる結果になったからだ」と金氏が暗に言っているように感じたという。
2003年の冬、私はイタリアのアッシジからナポリへ向かう列車の中で、同じような経験をした。ペルージャ辺りで乗ってきて、列車の一番前の座席に座っていた私に話しかけたのは、30台半ばの韓国人だった。彼女は流暢な日本語を話し、私を自分の席の隣に案内してくれた。京都で大学に通う彼女は、日本に来る前、日本がとても嫌いだった。でも、ある時京都に訪れた彼女は、涙を流した。失われてしまったアジアの文化を、ここまで大切に、日本はpreserveしていてくれた、と。日本を別の視点から見るようになった彼女は、京都の大学に留学するまでになった。日本での生活や、恋人の話をしてくれる彼女だったが、突然戦争の話になると、表情が一変した。日本が大嫌いだった昔を垣間見たような気がするほどだった。
米原万里が、金氏に対して感じたように、彼女も案に同じことを言いたかったのかもしれない。
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この人の本ピカイチだなぁ。どの話も当たり前だと思っていたことを覆され、新しい視点から人間の本質を見ることができた。あと、本当に世界は広いし知らないことがたくさんだとも気づかされた。シンポジウムに参加した、日本、ロシア、アメリカの学者の話が1番のお気に入り。
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通訳者として日本とロシアの橋渡しにたずさわった著者は、きっと中世における魔女に似ていると感じておられたと思う。グローバルな時代となった現代は、あまりにも安易な物語を必要としている。マスコミや権力から与えられる知識や宣伝を、簡単に真実であると信じてしまう。それに対して、立ち止り、自分自身の感性を見つめ直すために、著者のような発言は貴重でした。十数年前に発行されている本書は、少しもその貴重さを失っていません。
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「終生ヒトのオスは飼わず」を読んだ後、米原万里の本を、さらに2冊続けて読んだ。「パンツの面目 ふんどしの沽券」と、この「魔女の1ダース」。実際、「パンツ..」は、米原万里のパンツ/ふんどしに対する探究心と、題材を求める対象の広さに驚き感心した。しかし、いかんせん、私にはテーマに興味が持てなかったので、楽しんで読んだとは言えない。「魔女の1ダース」は、広く世界を知っていて、通訳をやっている彼女ならではの著書だと思う。私自身も海外で外国人といっしょに仕事をしているので何となく分かるのだけれども、日本で普通に暮らしていれば決して味わえないような、異なった文化や習慣や考え方というものが存在して、それは明らかに違いが分かる場合もあるのだけれども、時に説明のし難い感覚的な違和感みたいな微妙なものもある。後者は本当にどう説明すれば良いのか分からないのだけれども、この本の中で米原は、ぴったりとしたエピソードを引きながら、それを表現できているように感じる。これはなかなかすごいな、と思った次第だ。
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日本人バザーで購入。米原万里のエッセイは1冊過去に挑戦。その時はあまり乗れない文章だったのだけれど、このエッセイは共感することも多くてあっという間に読破。
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日本では常識でも、他の国では常識ではないことの多さにびっくり。自国の論理を振り回すことの愚かしさがよくわかります。難しい言葉ではなく、ユーモアたっぷりに異文化について書かれていて、納得でした。いろいろ引用したい文章があったのだけど、すっかり忘れてしまった。自分のボケが憎い。もしかしたら、また書き足すかもしれません。
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異文化との接点。
ロシア語翻訳の第一人者として名高い著者のエッセイ。
世の中を風刺し、その中から何かしらの普遍や本質をかぎ分けようとしている。
シモネタから激しい意見まで、著者のカラーが強いため好き嫌いが分かれるかも。
翻訳を生業としているためか、言語や文化についての言明は面白い。
例えば、概念は液体のようで、それをロシア語という器から日本語という器へと移し変える。という件は納得できる。話す言葉によって性格が変わってくる、というのもその一例だろうか。
そして、異端との出会いが自分自身を自覚し、豊かにしてくれるという件も面白い。
自分らしさは他人との違いから生まれるように思う。それならば、自分を知るために他人を知る、というのは自明のように思える。
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自分の常識を世界の常識と思っちゃいけないということを再認識。目から鱗。でも感情的になっている文章が鼻につく部分があったのでその分☆1個減点した。
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常識、先入観を覆す、ってこういうことを言うのかなー、とぼんやり思う。それにしても面白い。興奮し、時には声を出して笑いながら読んだ。ありきたりの日常が少し楽しいものに変わる一冊。
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私たちの常識では1ダースといえば12。ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうです。こういう話を皮切りに私たちが日ごろ思っている事を超えた別な常識があることをこの本では教えてくれます。
故米原万里女史のエッセイです。彼女の綴る異文化論は下ネタも交えつつ、物事の本質を鋭くついてくるので、読んでいてアハハハハと笑いながら、最後にはしみじみと『そういうことなのか』とうなづく自分がおりました。
例えばキルギスの中華料理はどれもこれも羊の脂まみれで閉口した米原女史が厨房に講義に行くといきまいたところで、食席をともにしていた大統領最高顧問は腹を抱えて笑いながらキルギスの銀行家と日本の中華料理店に入ったときチャーハンというのはもっとひたひたの脂の中に入っていなければならない、俺が今から厨房に抗議に言ってくる。とまったく同じことを言っていたときのエピソードや、
「ロシアのベトナム人」という箇所では、空港で、たくさんの荷物を持ち込もうとしてロシア兵に後ろから首根っこを捕まれて引きずりまわされるベトナム人がいる中で、その隙間を別のベトナム人がすり抜けようとし、またロシア兵がそれを捕まえるという光景が空港中で繰り広げられ、まるでドリフのコントのような世界になっている中で一人のロシア人がそれを見ながら
「イヤー、ベトナム人ってのは、大したもんだぜ。あれじゃ、アメリカが負けるわけだよなぁ」
とつぶやき、米原女史がまず大笑いをし、それを同行している日本人のスタッフに通訳してあげると、彼らもたちまち笑いの渦に巻き込まれたのだそうです。
こういう状況になっても、それを笑い飛ばせるのは、やはり強さがないとできないことなので、その辺は僕も見入ってしまいました。ここで取り上げているほかにも、言語の習得に関する考察や、彼女が通訳の傍らやっていた添乗員でオペラ劇場でのお話も非常に面白かったので、ぜひ一読をしていただけたら、と思っております。
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「豊か」ということを感じる。知識がひろく、懐が深く。異文化を知り、正義や常識は同一でも不変でもないことを知っていることにも拠るのだろうか。
自分を知るためには、他者を知らなければならないのだな、と反省。