投稿元:
レビューを見る
いいですね。宮本常一の文体は常に市井の人のそばにありて読んでて平和な気持ちになります。
本書は塩を手に入れるための庶民の生きる術、生活の術、そこから作り出された社会の構造を描いています。
それにしても、上流の村人が薪を流して海辺の村人が塩を焼くくだりは、人の交流と富の交換が昔から自然発生的に機能してきたことに感銘を受けます。
投稿元:
レビューを見る
『塩の道』は、
Ⅰ 塩の道
Ⅱ 日本人と食べもの
Ⅲ 暮らしの形と美、
初出は昭和54〜56年で、最晩年に行った講演だそう。
とても読みやすい。
そんなに昔でないはずなのに、
知らないことがたくさん書いてあった。
投稿元:
レビューを見る
塩がいかにして作られ、運ばれてきたのか。
塩は神として祭られたことがないという話から始まり、山奥に住む人が苦労して塩を手に入れていた話や、塩を運ぶために道が作られたという話などが続きます。
塩だけにとどまらず、日本の食べ物や道具や暮らしなど、興味を掻き立てられることがぎっしりと詰まっていました。
宮本常一さんは実際に自分が見聞きしたことを書き記しているからか、文章に血の通っているような温かみがあって好きです。
投稿元:
レビューを見る
民俗学の古典ともいうべき本ですね。
勿論、今、読んでみると古臭いネタも多く、
非現実的な話もあるのですが、(何故か三陸の人たちが自分たちのところで塩を作らず、わざわざ遠くから塩を調達しようとしてたり(´∀`;))
戦後の時代にこの本にあるような論文が書かれたという事実を、
時代背景を考えながら、読んでみると、やっぱり宮本常一という人は、
凄くバイタリティに溢れていた人なんだろうなと思えます。
そのような意味で元気の出る本ですね。
投稿元:
レビューを見る
何度読んでも新たな発見があるように感じるのは、自分の読み込みが甘いだけじゃなくて、たくさんの示唆が含まれているからではないかと思います。
投稿元:
レビューを見る
日々の暮らしの中に ひっそりと息づいている 大事なことが
腑に落ちる・・・村から村へと歩き続けた宮本常一さんの見聞と体験が
ぎっしりつまっています。
「日本人と食べもの」「暮らしの形と美」とあわせて3作が薄い文庫本におさめられています。目からうろこ、のエピソードもたくさんあって、海外への旅のお供にも おすすめ。
p.77 すべての道が海につながる
投稿元:
レビューを見る
柳田国男や折口信夫はそれぞれに独特な、文学的な語り口で、晦渋なところがある。日本民俗学の古典的著者としては、この宮本常一がいちばん易しく、すっと入っていけるのではないだろうか。
巻末の解説に明記されていないが、ここに収められた3編とも、講演の記録と思われ、いっそう平易な文章が読める。
柔軟な思考で、さまざまな観点から庶民の文化現象のルーツをさぐっていく手法は、歴史学とはときに交わるようでいて、軌を一にしない。この「庶民」へのまなざしはウェットでもドライでもないが、たぶん優しいものだろう。
「われわれの目の見えないところで大きな生産と文化の波が、そのような形で揺れ動き、その上層に、記録に残っている今日の歴史があるというわけです。これはとりもなおさず、じつは国民のわれわれが国全体を支えていたのだということをご記憶いただきたいのです。」(P60)
しかしここでいう「われわれ」とは誰なのか?と問い始めると難問に突き当たってしまう。「庶民」とは誰なのか? それらのゲシュタルトは、実在する個々の(無数の)個体をいかに包括し、あるいは捨象しているのか?・・・しかしこういう難問はとりあえず後回しにしておこう。
最近はグローバル化によって世界中どの国も同じなどと言う人が増えた。しかしそれはたぶん表面の一角にすぎない。日本は今でも、民俗学的に描かれるところの古き日本の遺伝を引いている。たぶん300年後も、日本は日本であるだろう、と思っている。
ヴィム・ヴェンダースの「東京画」という映画で、監督は小津安二郎への畏敬の念を抱き、小津映画における東京は、現在(1980年代)も何らかの形で残っているのか? と問いかけた。その回答は、映画の中では明確にコメントされていなかったが、私は小津映画に映し出されたものも、現在の日本に残っていると考えている。姿形はかわっていても、それは通時的に、どこかでつながっている。
この「つながり」の線を発見してゆく旅、それが民俗学の本を読む際の興奮を呼び覚ます。
投稿元:
レビューを見る
最初、塩がどうやって作られ、どう運ばれていったのかが説明されるが、後半は、どんどん塩とかけ離れていく。塩を基点に、日本人の底にあるものを探っていく感じが面白い。
投稿元:
レビューを見る
「塩の道」「日本人と食べ物」「暮らしの形と美」という3つのテーマについての講演をもとにした本。
表題の「塩の道」がやはり興味深い。今でこそ専売制も崩れいろいろな銘柄の塩を好き勝手に使えるが、歴史にあっては貴重かつ不可欠なものとして生活・経済と歩みを共にしてきたことがわかる。
柔らかい語り口ですんなり読めるいい本だった。
投稿元:
レビューを見る
塩が貴重だった時代、山に住む人にとっての塩。
その塩を活用するための日本人が編み出した暮らしに密着する知恵と工夫。
「日本人と食べもの」の内容に関心がありましたが、どの章をとっても、どの節をとっても、得るものが多かったです。
投稿元:
レビューを見る
専売制であった塩について、知りたいなと思い購入。専売制時代のお話はほとんどありませんでしたが、興味深い内容がたくさんあった。
3部構成で、「塩の道」「日本人と食べ物」「暮らしの形と美」からなる。
日本は、内陸に塩井なるものや岩塩などを存在しなかったため、海岸で塩を造作りそれを内陸まで輸送していた。その輸送する方法や輸送に生業とする者の話、そして輸送には馬よりも牛が使われ、牛の伝播についても書かれていた。
第2部の「日本人と食べ物」辺ではトリビア的な知識が多く得られた。
世界でも類がないこととして、日本は過去二千年はどの間に人口がずっと漸増してきている。異民族が大挙して侵攻してきたことがないのが大きな原因。
また、大規模餓死がないことも原因の一つ。戦国時代に100年も戦争が続いて、みんなが餓死しなかったのは、戦争している人と、食べ物を作っている人たちが別であったことが餓死を防いだ。
これも世界敵に珍しいことだが、ゲリラ戦が行われたことがない。戦争する者と食べ物を作る者が分かれているためゲリラ戦も行われない。ゲリラ戦とは民衆も参加して行われることがおこってくるものらしい。
保存食なるものも紹介されていたが、記述量が少なく消化不良な感じ。発酵に関して興味がわいてきたので、別で読む必要あり。
民俗学者が書いた本。科学者が書く本とやっぱり違いますね。これはこれでおもしろかった。
投稿元:
レビューを見る
宮本常一晩年の話がたり。日本人とは何か?というかそれを育てた型やあり方についての深遠膨大な知識。韓国人がどうのという前に、自らの民族史を読み返しても損は無いですは。
投稿元:
レビューを見る
昔の日本で、塩をどのように作り、運んでいたかを民俗学者が語る。内陸の村民が伐った木を川に流して、その木を海岸の村民が薪にして海水を煮詰めて塩を作っていたとか、馬よりも細い道を歩ける牛の背を使って塩を運んでいたとか、まったく知らない話が具体的に説明されていて面白かった。塩自体の神がいない説明が興味深い。
投稿元:
レビューを見る
塩と塩味が好きなので読んでみたのだが、次から次へと、日本の文化や生活に関する謎が明らかになって「ほほー」「へぇー」「はー」と感じ入る。
日本人の生活習慣や風習で、なんでかなーと思うことや、疑うこともなく行っている行為について掘り下げるとこんな歴史があったのかと知ることができた。
岩手の牛、牛のすごさ、これまた知らなかったよ。未明の地と思われていた東北・北海道が、大昔から日本経済を支えていたのである。
投稿元:
レビューを見る
20131223 講演会のまとめのため、読みやすい。日本人とは?ということを考えるきっかけになりそうな本。日本人として大事な事は何か、考えさせられる。