投稿元:
レビューを見る
(上巻の感想からの続き)
あと演出の上手さも光る。
いろいろあるが、今回は特に冒頭の無差別殺人鬼を捕らえるシーンでのエルヴィス・プレスリーの題名で犯人との交渉を行うシーンが面白かった。
こういう遊び心が小説を彩る事をよく解っているなぁ。
題名の“ドラゴン・ティアーズ”は中国の格言から来ている。
「ときに人生はドラゴンの涙のように苦きもの。しかしドラゴンの涙が苦いか甘いか、それはその人の舌しだい」
本当にこういう格言があるのかどうか寡聞にして知らないが、“ドラゴンの涙”=“人生の試練”という暗喩である。
しかし“人生の試練”にしては今回はとてつもなくばかでかい試練だし、意味合いとしては苦難か。ちょっと内容とマッチしていないような気がするが。
そして本作の影の主役が犬のウーファー。犬好きのクーンツがまさに犬の気持ちになって第一人称で語るそれは、なかなか面白い。
一種、着地不可能と思われた本作がどうにか無事に着陸できたのも、このウーファーの御蔭だ。物語の設定としてはギリギリOKとしよう。
今回の作品の底流を流れるのが“狂気の90年代”というテーマ。それはかつて悪とされていた事が今では正義ともなってしまう理不尽さのことである。恐らく訴訟大国アメリカの、「裁判は正しい者が勝つのではなく、勝った者が正しいのだ」という風潮、そして価値観が多様化した現在、誰もが自分を可愛く思い、妻、恋人、我が子や両親も自分の幸せのためには犠牲するという考えに警鐘を鳴らしている。
本作にはコニーの口を通して信じられない犯罪―ベビーシッターの不都合で自分の誕生日パーティに行けなくなりそうな主婦が自らの子供を殺して嬉々として出かける、船乗りの妻が夫の出航を遅らせるためにわざと娘に怪我をさせる、etc―が語られるが、巻末の筆者の言葉によると全て実話だそうである。
今、“狂気の90年代”はもう彼方にあるが、その狂気はコロナ禍の閉塞感を経てまだ続いている。