紙の本
ページをめくるのが楽しくって!
2002/01/13 10:17
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投稿者:読ん太 - この投稿者のレビュー一覧を見る
似顔絵と肖像画は別物。似顔絵とは「批評」だそうだ。本書に掲載されている似顔絵の大部分は、著者が「ブラック・アングル」で描いてきたものである。なるほど、1枚の似顔絵からどれだけたくさんの言葉(批評)が溢れ出ていることか。
言葉で訴えかけられない分、見る側も受身な姿勢だけじゃいけないわけで「何?何が言いたいの?」と積極的な態度になる。 ここに作者と自分との知的ゲームが展開される。独自の世界が確立されている。
時には、自分の好きな有名人が似顔絵になって登場していることもある。だいたいが似顔絵とは、たとえ美形の持ち主であっても各パーツを誇大視するところから、おかしなものに仕上がってしまう。 人間ならもうけもので、へたをすればジャガイモや犬や魚にされてしまうことだってある。かりに、自分の好きな有名人がジャガイモになって登場しようとも、思わず笑って赦せてしまう。二つ三つパチパチと拍手までしてしまう。これがプロの腕なんだな。
第2章では、著者が塾長を務める、「週刊朝日」連載の「似顔絵塾」の生徒の作品が紹介されている。 これがまたお見事。一口に似顔絵って言っても色々なタイプがあるものだ。
立体的な丸に口が付いただけで「安室奈美恵」。帽子を被った風見鶏で「テリー伊藤」。究極は、絵の具がちょっと曲がっておじぎしたようになって「楠田枝里子」だもの。みんなソレに見えるから不思議だ。
ほとんどが素人さんなので荒削りな感じはするが、捨て身な気迫が漂っていて、それがこちらのツボにはまるともう堪らない。
時々本棚から取り出しては開くのが、私の楽しみとなった。パラパラとめくっていて感じることは、似顔絵とはやはり社会風刺が原点なのだろうということ。闇に閉ざされた扉を開いて、開かれた政治を作る鍵は「似顔絵」がにぎっている…かもしれない。
紙の本
似顔絵の話。
2001/07/30 07:15
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投稿者:ナナ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この山藤章二という人は、なんともこう生き生きとした似顔絵を描く。朝日新聞に載っている政治家の似顔絵を見て、いつも感心してしまう。
もうこの人は唯一無二の存在と云ってもいい。
その山藤さんが、似顔絵の話、芸の話、そして過去に書いた似顔絵を存分に披露してくれるのがこの本だ。彼が主宰する「似顔絵塾」の生徒さんたちの作品もたくさん掲載してある。ボリュームたっぷりで楽しめる一冊である。
紙の本
新書の中の<勝ち組>
2002/07/21 21:01
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
新書の老舗、文化の権威、国民の英知、岩波新書である。今回の題材は似顔絵である。著者がいくら似顔絵界の西の横綱・山藤章二さん(東の横綱は和田誠さん。僕の好みでは和田さんの都会的な線の方が好きだが、山藤さんの毒が好きという人も多いのでは)とはいえ、著者自身<あとがき>に書いているように「あの岩波である」。
しかも堂々のカラー版で、山藤さんだけでなく、週刊朝日に掲載されている<似顔絵塾>の採用絵も載っている。岩波からすると敵に塩を送るというか、太っ腹もここまでくるとさすが権威は違うと感心してしまう。
岩波新書は創刊五〇年の頃から着実にそのスタイルを変えてきた。執筆者を学界の第一人者から広く文化界一般に求めたし、図版やイラストをメインとしたカラー版にも力をいれた。それでも岩波の権威は落ちなかった。逆に知名度は増したかもしれない。そういう意味で、今のはやり言葉でいうなら、まさに新書の<勝ち組>である。
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「似顔絵塾」の名作たちに驚愕。「相手に近寄るのではなく、自分の手元にひきよせて手玉にする」似顔絵論に納得。CGの功罪についての記述にはドキリとさせられるものがありました
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山藤章二も新書版に出てきていた〜序:写楽が大先輩。?:私の戯画街道。?:キメツケという批評。?:テレビ時代の笑い。?:風刺の精神。〜聞き取りがというのが情けない。(笑い)は無いでしょう。それが艶を消している
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新書に「カラー版」とあるのでつい手に取ってみた。
色々な似顔絵が載っていて、とても楽しめる。
こんなのもか!というものがあったり。
似顔絵は肖像画ではない、という似顔絵論も面白く読むことが出来た。
ただ残念なのは、自分の良く知らない人の似顔絵が多かったこと。
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[ 内容 ]
「似顔絵はそっくり絵ではない。
相手に近寄るのではなく、自分の手元に引き寄せて手玉にとるのだ」―つまりは絵画による人物論だとする著者が、存分に現代似顔絵論を展開する。
権威を笑いのめす反骨精神に満ちた著者の作品群と、自らが主宰する「似顔絵塾」の塾生のシャープで多彩な造形の数々。
いま、似顔絵文化はここまで来た。
[ 目次 ]
序 写楽が大先輩(「あらぬ様にかきなせしかば」;時代に先んじてしまった不幸 ほか)
1 わたしの戯画街道(肖像画とどこが違う?;おいしい部分を描けない悔しさ ほか)
2 キメツケという批評(「似顔絵塾」という発想;新しい表現スタイルがつぎつぎに ほか)
3 テレビ時代の笑い(瓜ふたつから破壊的誇張へ;人間性丸見えのメディア ほか)
4 諷刺の精神(人物カリカチュアの伝統;現代顔事情 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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浮世絵も似顔絵の一種だと考えることができるかもしれないことを本書で気が付きました。
横山ノックと黒柳徹子の後姿の似顔絵が特徴的でした。
似顔絵と肖像画の違いは、似顔絵は批評を含むことが示されています。
それだけだと、本人から訴えられるので、人間味が一番大事なようです。
風刺の裏には、必ず人間性が大事だと分かりました。
似顔絵について、一面的なものだけでなく、全体としては幅広く紹介しています。
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著者の作品より、塾の優等生や卒業生の作品が楽しい。他の本には掲載されていないので、この本でしか見れないし、個性の爆発が素晴らしいです。
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似顔絵は批評である、
という著者の主張はとてもよくわかる。
肖像画が対象の人物の権威を高めるのに対し、
似顔絵は人物をデフォルメ・カリカチュアライズして、
内面や時代性を表現するものである。
シュールレアリストの肖像画は、
なんとなく似顔絵チックだと思うけれど、
そのあたりには言及していないので残念。
また、
似顔絵の嚆矢として写楽をあげている。
当時、
写楽のデフォルメやカリカチュアは認められず、
一年足らずで消えてしまった。
しかし、
現代では価値観が多様になったため、
多くの人に認められるようになった、
という流れがある。
その価値観の多様化に大きく寄与したものはテレビである。
テレビは情報の量と質をテレビは変え、
モデルを「見上げるもの」から「面白がるもの」へと変えた。
不条理漫画や模写ではないモノマネも、
そういった影響によって出てきたようだ。
たくさんの似顔絵がカラーで見られるので、
それだけでも愉しい。
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似顔絵というくらいなので、似ている方がいいのかと思ったら、そうでもないみたいです。筆者の考える「似顔絵論」が展開されています。
なるほどと思ったのは、後半の「テレビ時代の笑い」という章。
最初はタモリさんの話。声の質を似せる芸から、思想回路を真似た芸に変わったと分析する。そして、テレビは人間性丸見えのメディアであり、しろうと文化の源であり、しゃべっている人だけが映る即物的なメディアと続き、現代は、社会的権威喪失の時代だと。
似顔絵の精神は川柳の精神に通じるそうです。つまりパロディ。
ところが、権威が喪失してしまうとパロディが成立しにくくなる。昔は権威のある政治家がよく似顔絵になったけれど、この頃の政治家は…。しかも、現代は味のある顔が減ってきているという面白い分析。それは、野菜が露地栽培からハウス栽培に変わったのに似ているそうです。
カラー版を生かして筆者の似顔絵も多数紹介されていますが、筆者が週刊朝日誌上で始めた似顔絵塾の塾生たちの作品も多数紹介されています。中には、抽象画のような似顔絵もあって、似顔絵も奥が深いです。文章を読まなくても、似顔絵を眺めているだけでも、十分楽しめる一冊です。
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一昔前の人が多くて、いまいちピンとこない人が結構いたけど、概ね楽しめる似顔絵のオンパレードだった。お笑いとかモノマネとか、そういうエンターテインメントと絡めて説明されているところとか面白かったす。
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山藤さん、多芸で、絵のみならず、文才で、諧謔も一流。
しっかり楽しませてもらいました。
世の中には才能ある似顔絵師もたくさんおられて、「世間」の底知れぬ層の厚さにただただ驚かされました。
〈本から〉
「似顔絵は〈そっくり絵〉ではない。相手に近寄るのではなく、自分の手元に引き寄せて手玉にとるのだ」
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著者の来歴や、『週刊朝日』連載の「似顔絵塾」に投稿された作品などをとりあげながら、「似顔絵は批評である」という理念が語られています。
カラーの挿絵がたくさんあって、眺めているだけでも楽しく読むことのできる本です。
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昔は、小屋と言うもので、それを分けしていたわけ。素人は入らないでいい、芸がわかるものだけが入ればいい。そういう限定された空間で成立していたものが、茶の間が舞台になったから、もう裸の王様です
考えてみれば、テレビの芸とは下品な芸です。もう常にギャグ、揚げ足取り、切り返し、突っ込み、そういう小わざいっぱい持っていて、一瞬のチャンスを逃さずにバーンとカメラを横取りしようとしているわけでしょう