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紙の本
このカバーのジオラマはいい、なにか舞台をみているみたい。でね、現代人の愛って、こんな感じ。ま、何だって聞かれると困るんだけどね
2003/06/17 20:57
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
ウワッ、参った。男女の愛を切々と描いた作品だと思ったら、ホモのストーカーものだった。私の嫌いなものが、ミックスされてもう、ふらふら。なんて書くと誤解する人が出そうだから、最初に断っておくけれど、タイトルで純愛ものだと思い込むからいけないので、ゲイ小説であると思えばいい。いや、そこまでハードではない、男が男に一方的に思いを寄せられる話だ。どちらかというと、男にストーカー行為をされる男を扱った(くどいなあ)ホラー小説というべきか、単純な分類はできない。
久しぶりに恋人とのピクニックに出かけたジョーとクラリッサ。二人が巻き込まれたのは熱気球の墜落事故だった。気球に乗ったまま飛ばされそうになった少年の救出に向かったジョン・ローガン。浮上する気球から墜落したジョンの死体の惨さと、一緒に作業をしたジョーを包む無力感。惨劇の場で一緒になった青年パリー、彼のジョーに向ける熱に浮かされたような視線。ここまで読んで私は完全に悪酔い状態。どこか変だ、居心地が悪い。これって恋愛小説?
ジョーにかかる無言電話、家の前に無言で佇むパリー、何となくサイコホラー風の展開だけれど、それに引き摺られていく主人公の態度がたまらなくいやだ。パリーへの態度を曖昧にすることで、事件を拡大させてしまうジョー。彼に悪意がないだけに、始末が悪い。それに苛立つのは読者であり、恋人のクラリッサ。ズルズルとパリーの思いに引き込まれていくジョー。その心理が苛立ちをもって描かれドラマは終わるけれど、どうもすっきりしない。それが純文学といえばそれまでだけれど、違和感が残る。
そういった内容に比べて、相変わらずクレストブックの装丁は暖かい。カバーのジオラマは前作『アムステルダム』に引き続きウツノミヤキヨシ、これが本当に夢があって、現代人の孤独まで伝えてくれる。
それにしても、この小説の持つ違和感が、堪らないという読者もいるのだろうなあ、でも私には分らない。快調クレストブックに異色の一冊とでもしておこう。ただし新作『贖罪』、これは文句なしに面白い。伏線の張り方、徐々に見えてくる登場人物の年齢。ちょっと不快な人間関係。そう、マキューアンのミステリ風の構成は、なかなかのものだ。いやいや、それはいつか書くことにしたい。
紙の本
小説のアルチザンから贈られた「小説好き」へのプレゼント。
2001/03/08 12:24
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
前作『アムステルダム』はブッカー賞に輝いた作品だが、日本での刊行は先だった。その出来と比較してみると、先に書かれた本書の方が一枚も二枚も技が上だという印象が強い。
『アムステルダム』を前座として、この傑作を読むことになったわけだが、邦訳の刊行順は正解だったなという印象である。
傑作なのに★が四つに留まってしまうのは、マキューアンの作品世界が、一般の読者にとってはどこか敷居が高いというか、閉鎖的な感じがぬぐい去れないからである。
階級意識の残る英国では、この手の小説を読む層は限られているのであろう。特定のインテリを読者として想定しているような雰囲気が漂っている。それが良い悪いとか、大衆にも共感を持てるように…というわけではないが、どの階級をも満足させる古典を多く輩出している国柄だから、物足りなさが残るのである。
初夏のピクニック日和の日、草原で、気球から降りられなくなった子どもの命を救出しようと駆け寄った人々がいる。子どもが運び去られる先には高圧線がある。気球のパイロット1人、駆け寄った5人は上昇を止めようと、必死でロープにぶら下がる。
突風で浮きかけた瞬間、誰かが先に手を離す。続いて4人が手を話す。1人ぶら下がったままの中年男性医師が転落死する。
2001年1月にJR新大久保駅で起きた事件を彷彿させる。人命を救助するため、列車の線路に飛び降りた2人の死。
人命より自分の身を優先した人の悔いを描くのかと思いきや、そこで出会った男性2人のストーカー事件に展開していく。
ド・クレランボー症候群という耳慣れない精神病の一種がある。患者は「自分より相当に地位の高い人物と愛情を交わしており、その人物のほうが最初に恋に落ち、最初に恋を仕掛けてきたと確信している」という妄想愛である。
主人公のジョーは成功した科学ジャーナリストで、自分の容姿にはコンプレックスがあるものの、詩人のキーツを研究する美しい妻・クラリッサと瀟洒なマンションに暮らし、知的生活、愛情に満ちた生活をエンジョイしていた。
とこが、この気球事件でパタパタと彼の人生は暗転していく。
共に気球のロープにしがみついていた若者・パリーに執拗に追いかけ回され、電話と手紙攻めに遭う。
パリーが「ド・クレランボー症候群」だと考えるジョーは、恨みや嫉妬がエスカレートして暴力や殺人に至ることを不安に思う。それを取り越し苦労だと思うパートナーのクラリッサは、彼の不安こそが妄想だと考え、2人の関係は急速に冷めていく。
そんな中、クラリッサの誕生日を祝うランチをレストランでとっていると、隣のテーブルが殺し屋によって襲撃される。それがパリーの仕掛けたことだとして身の危険を確信したジョーは、拳銃を入手することを思い立つ…。
小さな事件が雪だるま式に大きくなっていく悲劇的な展開は、映画などでもよく見られる。が、仕事内容だけでなく、自己や人間関係を科学的に冷静に分析するスタイルを重んじる男性が、精神的に追い詰められていく様子がよく描写されていて、悲劇に凄みを増している。
全体の構成だけでなく、細部まで捉えられた専門知識が小説の複雑な綾をなしていて、職人の技という感がある。
紙の本
絶妙な仕掛けのストーカー小説
2002/01/24 17:48
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:mau - この投稿者のレビュー一覧を見る
簡単に言えばストーカー小説である。しかも男が男を。しかも「あなたのために3分間どころか一生祈らせて下さい」と、文字どおり狂信的な情熱を持って接近してくるのだ。これで怖くならないはずが無い。
しかしマキューアンの面白さはその特異な設定だけにあるわけではない。主人公がそのストーカー男に接触するきっかけとして、冒頭である「事件」が語られるのだが、その事件というのが巧妙というか奇妙というか、とにかくなんとも絶妙なのだ。
本筋と同時並行で語られるこの「事件」の展開こそが、安易な展開に陥りがちな(精神病者としてのストーカーの行動パターンはほぼ一定している。詳細は『ロマンティックは狂気は存在するか』(春日武彦、新潮OH!文庫)など参照のこと)凡百のストーカーものと本書を明確に分ける鍵となっている。
恋愛と狂気は紙一重、という陳腐な結論以上の豊かな物語がここには約束されている。ヒヤヒヤされられる割には読後感は意外とさわやか。良いです。
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