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高い評価の役に立ったレビュー
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/09/11 13:53
置き去りの哀しさ
投稿者:AQUIZ - この投稿者のレビュー一覧を見る
江戸が舞台の時代物であり、出自通りに人ならぬ妖達が罷り通る和製ファンタジィであり、広義の安楽椅子探偵ものである(実質は、椅子に座るも侭ならぬ病床探偵であるが)。
古典推理小説の様式を雛形とすれば、あらかた規格外揃いとなりそうな近年のミステリの体裁に近い構造となっている。
しかし、当シリーズの本質は「置き去りの哀しさ」ではないのだろうか。
探偵役たる主人公、一太郎は、両親始め、現代社会に置き換えれば大企業である店の一同、揃いも揃っての溺愛が過ぎ、布団に沈んでいるような少年である。
幼時の一太郎は、今と変わらず寝付いてばかりで、家の回りで友だちと遊ぶにも不自由する有様。家族は誰も優しく、その気になれば贅沢三昧もできる裕福さ。しかし、どこへも行けない。大人になれず死ぬのだろうと、もはや絶望も恐怖も薄い。寝床の中に置き去りにされて、明日の無い一太郎。
計らいあって、虚弱ながらも長らえた一太郎は、彼を愛する多勢の妖の助力を得る。
まず、大方の人間に妖の存在は認識されない。
この構図は、事実とは異なるが多重人格者の物語と重なって見えるのだ。
水夫を従え、家業を取り仕切ることができる偉丈夫。
容姿端麗で博学、彼に任せられた店である薬種商を切り盛りできる才覚。
時に人をからかい、皮肉も云えば、良き同居人とも云える派手好みの男。
好き放題に、自由に、転げ回ることのできる身体。
布団に押さえ込まれたまま、一太郎は妖らに逆恨みもしない。自分の一部であるかのように。そうあれば、と思う力や特質が彼らにはあって、しかし、すべてが自分に都合良く運びはしない。
出会いと別れは、自室から離れられない一太郎ばかりが受け身になって起こるように感じられてしまう。置き去りの哀しさ。手足となり、目となり、耳となる妖らは、決して彼の道具ではないが、心の支えでもある。
そして、置き去りが約束されているのは、一太郎では実はない。
いずれ彼が、亡き祖父のように一切を棄てても良いと思えるものに出会い、病も切り抜けて天寿をまっとうしたとして。
彼を取り巻く妖らは、百年も千年も生き続けるのだ。
積み重ねるほどに散らばった時の残骸は広がることを知っているのに、こぞって一太郎との関わりを積んでしまう妖ら。
人外の威力ではない。あっけなく失うことを知り、それでもなお彼を愛そうとした妖らこそが強いのだ。
低い評価の役に立ったレビュー
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2010/06/29 19:07
次々と襲われる薬種問屋の謎。身体の弱い廻船問屋の若旦那一太郎が、妖たちの力を借りて事件解決に乗り出すファンタジー時代小説。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品は、妖たちが見え、彼らに守られている身体の弱い廻船問屋長崎屋の若旦那一太郎を中心とした物語である。
物語を牽引していくのは、長崎屋の薬種問屋を任されている一太郎が、次々と襲われる薬種問屋の事件を、妖たちの力を借りて解決するというミステリー。
物語を創りあげているのは、肯定的に描かれた妖たちと彼らを見ることが出来る一太郎であり、ファンタジー要素の強い作品となっている。
宮部みゆき作品に「震える岩」「天狗風」「あかんべえ」「かまいたち」などの霊や妖が登場するものがあるが、こちらは霊や妖たちは怪異な存在として位置づけられており、その世界は異なる。
廻船問屋長崎屋の若旦那であり、薬種問屋を任されている一太郎は、身体が弱くすぐに寝込むために、両親や、手代の姿を仮りて一太郎を守る二人の妖たちに過保護に扱われている。
にも関わらず、思うところあって夜に家を出た一太郎は、その帰り、人殺しに行きあたった。
薬の香りに惹き付けられたその殺しをした男は、薬を寄こせと一太郎を執拗に追い始める。
一太郎は、鈴の付喪神・鈴彦姫と火の妖怪・ふらり火によって窮地を脱したが、数日後、命をあがなう薬をくれと薬種問屋にやってきた男に襲われた。
物語の始まりは、一太郎が出くわした人殺し。
それにまつわる数々の謎が物語を引っ張っていく。
○首から血を流して死んでいたはずが、首を切り落とされて発見された大工
○大切な大工道具がバラバラに売り払われていたこと
○次々と薬種問屋だけが襲われること
○薬を欲しがり薬種問屋を襲う男が別人であること
など不可解な謎から、身体の弱い一太郎が妖たちの助けを借りて、事件の解決に乗り出す。
このように、妖が肯定されている物語の世界と、ミステリーによる物語を展開させる手段は魅力的なのだが、この作品を手放しで楽しめないものが散見される。
○物語の展開に関わりの少ない、とりとめのないやり取りが多い
○一太郎の身体の弱さが、何度も細かく描かれている
○一太郎の親友で菓子屋の栄吉の、菓子作りの下手な様子が何度も描かれている
○次に行うべきことが分かっているのに、それに手をかけない展開の遅滞
○会話の冗談が作者の頭の中でしか成立していないように感じる
○一太郎が「妖の考えは人間とはずれている」と思っていることは、単なる意見の相違に過ぎない
など、作品づくりの甘さによって、ミステリーにも集中できず、妖と一太郎が創り出す世界にも集中できず、全体的に間延びしたような印象を受けた。
あらすじや物語の設定が魅力的であるだけに残念。
短編にしたら内容が取捨選択されて、物語がシェイプアップするのではないだろうか。