紙の本
舞城王太郎、西尾維新、そして桜庭一樹。21世紀初頭を飾るアヴァンギャルド・エンタメ三羽鴉。でも三人の中で桜庭だけが違っている。嘘だと思うなら出版社のwebでこの書名を検索して下さい。驚きます、一部の人は
2007/10/02 20:11
6人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
桜庭体験二冊目の私ですが、この人の登場は事件じゃないでしょうか。もしかして日本の21世紀初頭を代表する作家の登場じゃないのか、なんて思うんです。それはこの後に出た『桜庭一樹読書日記』を読んで、私の中で殆ど確信にまでなってしまったことですが、それを決定付ける作品、と言っていいと思います。
ただし、事情に疎い私は、いつもの伝でこの本、桜庭が薦める本の案内だと思ったんですね。要するに読書エッセイ。ま、それだと『桜庭一樹読書日記』になっちゃうんですが、この本の出版案内を見て、そう思い込んでしまった。装画 天羽間ソラノ、装幀 新潮社装幀室のブックデザインも大人しく上品で自分の先入観を全く修正できず、読み出して、???となりました。
ただし、嬉しい誤算です。特に娘二人がミッション系の女子校に通っていた我が家には、ピッタリ。しかもです、扱う時間のスパンが生半可ではありません。現在から10年後の近未来を含む学園の約100年の歴史です。学園ものによくある時代から切り離されたお話ではありません。人物の行動の背景に大きな時代の流れを感じさせる、雄大な物語なのです。
聖マリアナ学園は東京、山の手に広々とした敷地を誇る、伝統ある女学校です。幼稚舎から高等部までが同じ敷地内にある校舎で学び、大学だけが別校舎となります。学園風景には東京を感じさせる部分はあまりありませんが、五つの話び登場する様々な女学生の行動はまさに都会のものです。
ちなみに、この学園の沿革は十九世紀、パリに設立された修道会を母体とし、一九一九年に日本に派遣された修道女聖マリアナによって建てられたとあります。これ自体が話のなかで謎として提示されていきます。何々事件というタイトルのお話が二つあるように、ミステリ仕立てではありますが、それはあくまで味付け。基本は乙女心です。
どの話も好きですが、私がもっとも楽しんだのは最後の「ハビトゥス&プラティーク」。聖マリアナ学園のOGでも五本の指に入る著名人、五十年近く前に卒業し、東大に現役合格し、大蔵官僚を経ていまは保守党議員を務める女傑、妹尾アザミ議員がいいです。知らない間に、醜かったアヒルが白鳥になってしまったかのような颯爽とした姿は、格好いいとしかいいようがありません。
先ほど、時代を感じると書きましたが、中心にいるのはあくまで少女たちです。桜庭は『桜庭一樹読書日記』の中で繰り返し自分のことを不良学生のように書きますが、このお話に登場する読書クラブの面々は、空手の技こそ見せませんし、自分のことを「俺」ではなく「ぼく」と言いますが、いずれも彼女の分身といってもいいくらいでしょう。
大胆でありかつ繊細、マジメでありながらユーモラス、反抗的でいながら従順、育ちのよさを漂わせながら庶民的。固まりきらない若さゆえの混沌が、事件を巻き起こし、収束させていきます。五つの話はどれも痛快で、自然でありながら奇妙。山田風太郎『天国荘奇談』を連想させます。読みながら、少女たちの行動にピッタリの言葉を思い出しました。「風林火山」がそれです。それがどういう意味かは読んで確かめてください。
学園100年の歴史は、1969年のクラブ誌の文から始まりますが、次は1960年、次は1990年と戻ったり、ジャンプしたりしながら悠然と流れていきます。作品はすべて雑誌掲載ではなく書き下ろしもあります。執筆の状況は『読書日記』にも出てくるのであわせて読めば美味しさ二倍です。各話の初出、関連作品、内容、執筆者などを簡単に書いておきます。
・烏丸紅子恋愛事件 (「小説新潮」2006年10月号):エドモン・ロスタン著『シラノ・ド・ベルジュラック』。お嬢様学校の高等部に黒い風のように現れた美少女・烏丸紅子が最後に辿り着いたのは、野心にもえるアザミがいる読書クラブ・・・。1969年度 読書クラブ誌 文責〈消しゴムの弾丸〉
・聖女マリアナ消失事件 (書き下ろし):作者不詳『哲学的福音南瓜書』。1919年に設立された学園の創立者である修道女聖マリアナ。1959年の冬に姿を消した彼女の真実とは・・・。1960年度 読書クラブ誌 文責〈両性具有のどぶ鼠〉
・奇妙な旅人 (書き下ろし):シェイクスピア著『マクベス』。バブル時代に大量に入園してきた成金の娘たちは学園を自分たちの色に塗り替えようとします。貴族的な両家の子女が支配する学園に起きたクーデター。戦いで敗れた少女が逃れこんだのは・・・。1990年度 読書クラブ誌 文責〈桃色扇子〉
・一番星 (書き下ろし):ホーソン著『緋文字』。学園を席捲した伝説のロック・スター、山口十五夜は、読書クラブでも最も内気で、夢見がちの少女でした。彼女を変身させたのは・・・。2009年度 読書クラブ誌 文責〈馬の首のハリボテ〉
・ハビトゥス&プラティーク (「小説新潮」2006年10月号):バロネス・オルツィ著『紅はこべ』。一人の二年生しかいなくなってしまった読書クラブ。長い歴史を誇る部室も建物の老朽化を受けて立ち入り禁止。男女共学に学園が変わる前の女子校最後の年に現れた「ブーゲンビリアの君」・・・。2019年度 読書クラブ誌 文責〈ブリキの涙〉
最後になりますが、新潮社のWebでこの本を検索してみてください。桜庭に寄せる出版界の期待の大きさがよくわかります。書店員さんたちの熱い支持もですが、嶽本野ばらとの時に近づき時に離れるという絶妙な距離をとった対談も、そしてなにより新宿あたりの書店に夕方出没するという桜庭の顔写真までバッチリ出ています。ゲッ、桜庭一樹ってオ○○だったんだ・・・嬉しい!
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▼簡潔に言っちゃうとマリみて+ウテナ。そこに桜庭要素を加えるとこんなのになるんだ。▼一話めの、学園の政治的攻防戦がスリリングで面白かった。アザミ様大好きです。▼あとオススメは、読書クラブからロックスターが生まれる『一番星』、地味な少女の小さな戦争『紅はこべ』でした。▼百合要素が高めです。自分のことを「僕」、相手のことを「君」、語尾は「たまえ」「だぜ」だけど、れっきしとした百合。淡い友情から肉体関係まで幅広く網羅(笑)。
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100年の伝統を持つ女子学園、聖マリアナ学園。
様々なクラブがある中でも最も異端とされる「読書クラブ」のクラブ誌のかたちをとって、
学園で起こったできごとや学園のおいたちなどが綴られる。
様々な年代の「少女」たちの、どこか純粋で残酷で全うな心を描き出しているのがうまい。
個人的には第1章「偽王子」の学園内の集団心理がおもしろかった。
雰囲気としては「七竃」に似ている。おすすめ。
とはいえこの本だってけっこう異端だよなあ…
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小中学生の頃に夢中で読み耽った学園ものライトノベルの大人版という感じ。久しぶりにこういうわくわくする本を読みました☆面白い!
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さっそく買っちゃいました。 前作ほどハマリはしませんが、1話めが好きです。
愛すべき偏狭な異形の少女たち。なんだか身内みたいな気分になる。
ふと、女子がのびのびと生きられるのは女子校の中かもしれない・・と思う。両性揃った環境だとどうしても女子は自らを女子としてしか認識できない。私が女でなかった頃、遠く懐かしい両性具有な気分を思い出しました。
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いつも思うのだが、この人はかなり良質な青春時代をすごした人だと思う。
以前の作「七竈と…」の帯にあった書評が失礼ながらくそったれだと私は思ったのだが、今回の作はソレを証明してもらった気がする。
少女はいつまでたったって少女なのである。大人になるが、女になるが、頭に元がつく少女なのである。
流れる時間のなかで、笑いさざめく少女たちの影絵。割れてゆくティーカップ。スカート。自身の胸の哲学の炎。まなざし。桃色金魚。総てが美しく、胸からなにかを搾り取るように苦しく、甘い、懐かしい物語。嗚呼、乙女たち、かくあれ。
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女子学園ものだが、そこはかともなくラノベが香る。ただ、やっぱりそこいらのラノベ上がりとはひと味もふた味も違う。これぞ桜庭の真骨頂。恥ずかしながら、作者が女性だとは、つい最近まで知らなかった。かっこわりー
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名門お嬢様学校の読書クラブで書かれた、学園の正史には残らない珍事を綴ったクラブ日誌。
共学にしか通ったことはないけど、女の子独特の残酷さや熱狂など、懐かしく「知っている」世界が描かれていて面白かった。
文学少女たちが綴っただけあって、古典的な香りのする日誌でした。
もっと他の珍事を知りたいと思った、読書クラブ候補生でした
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時代がびゅんびゅん過ぎていくのが面白い。
女子校の様子は分からないけれど、その時代時代、周りの変化とあまり変わらないクラブの女生徒たち……要素的にそんなものなのかもなーと思ったり。
目撃者になった部員の記した歴史というスタイルも面白かった。
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個人的に、女子校ものはあんまりツボではないんですが、それでも一気に読めてしまいました。桜庭先生の書く女の子って、非現実的なようでものすごくリアルだなぁ‥と改めて思った一冊。ラストがとても印象的で、好みです。
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前々から装丁、及びタイトルに惹かれていた一冊。「青年のための〜」と銘を打ってながらも、帯には「名門お嬢様学校の、禁断の部屋へようこそ。」とある。
躊躇っていたのだが、遂に旅先にて購入の決意に至ル。完全なるジャケット買いの一品でございます。
「神など、おらぬ。
悪魔も、おらぬ。
諸君、世界は南瓜の如く、空っぽなのである!
作者不詳
『哲学的福音南瓜書』」
舞台は東京山の手にある、聖マリアナ学園。広大な敷地を誇り、幼稚舎から高等部までの校舎を連ね、良家のお嬢様が通う伝統ある女学校。
世間から離れ、どこか薄絹のベールに包まれたようなこの学び舎の、異端者達が集う「読書倶楽部」。崩れかけの赤煉瓦ビルの中でガラクタと本に囲まれ、お茶を飲みながら異端な少女達は読書に耽る。
構成としては章ごとにクラブ員が書いた「読書クラブ誌」、という体裁を取っている。
ただこの「読書クラブ誌」なるもの。生徒会から抹消され、学園の正史に残らないものを綴る。そこに書かれているものとは……。
聖マリアナ学園高等部には選挙にて選ばれる“王子”という存在があり、少女達の憧れの対象となる。生徒会は政治家の子供達が占め、日夜学園政治を行っている。又、部活動において数多くの王子を輩出してきた演劇部が絶対的な地位を得ている。数多くの部活動ある中読書倶楽部は特に気にもされない存在である、はずであった。
章ごとに文学作品がモティーフになっている(ホーソーンの「緋文字」等)。また所々に哲学が、理論が、文学が散りばめられている。
正直、第一章を読み終えた時点ではこの作品の世界観にあてられた。だが、読み進むごとに確実に面白さは増してゆく。
弱々しくも、逞しく。理論的で、感情的。純粋無垢であり、邪。相反するものを抱えながら、生きる少女達。
この統一された世界観はスゴイと思う。と、同時に女子校に対してバイアスがかかってしまったという事実も付け加えておきます。
「なにを。正義感ってのは、誰かに迷惑をかけるものだ。だけど、だからこそ、それでも、常に正しいのだよ」
「……と言っても、きっと若いあなた方のはおわかりにならないでしょう。よいのです。時間は常に流れているのですから。あなたがたのだけわかる歴史の小旗が、いま翻っているなら、それでよい。それはいまを生きるあなただけのものなのだから」
「……我々は大人になり、社会に飛びだし、それぞれに汚れ、堕ち、変容した。純粋なままで生きられず、永遠に失ったものも多々ある。いまここにいる若い皆さんも、いずれ、人生においてかけがえのないものを得る一方で、失ってはならぬものを容赦なく奪われるかもしれない。しかし……しかし、恐れることはありません。我々には無限の可能性があるのです。世の中がどんなに変わろうと、強い滅びの風が吹こうと、我々、女性の、精神が持つある種の自由は、けして変わることがないでしょう」
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影絵のようなカバーかキュートな一冊。山の手のお嬢様学校「聖マリアナ学園」。異端者たちの集う「読書クラブ」では、学生の正史に残らない珍事件を書き残したクラブ誌が代々伝えられていたということで、その珍事件も少女マンガに出てくるようなステレオタイプの少女ではなく、醜美さまざまな少女たちが出てくるのが面白いです。この学校に入学していたら、絶対このクラブに入っていました。
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って、青年じゃないこれー。
ずっと共学だからわからない感覚というものもある。特に女子高ってよくわからない。
そのよくわからなさに拍車をかけたこの作品。自身の女子高のイメージは正しく導かれているのかそうでないのか。
最後だけでなく、もっとそれぞれの章がリンクしていてほしかった。
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07年8月。
東京の伝統あるお嬢様学校、聖マリアナ学園の「読書クラブ」には個性的な学生が集まって来る。学園で起こった変わった出来事を彼女たちがクラブ誌に残す。
一つひとつの事件は大げさでなくても変わっていて興味深い。そして最後は…
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聖マリアナ女学園。百年続くことになるこの学園の”読書クラブ”。
変わりものの集うこのクラブは、決して学園の正史に残ることのない時代ごとの歴史を綴ってきた。学園が握りつぶした大事件。その裏側の真実。