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紙の本
スタイルのある筆、自在な展開で、侍の「心」を描く
2011/05/25 16:00
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ラッキーである。
いや、これは私自身のことです。2冊続けて、タイプはまるで違うけれども、こうも面白い時代小説を読めるとは思わなかった。長谷川卓の『死地』と、そして今回取り上げる葉室麟『銀漢の賦』である。
当たり前だが、時代小説にもいろいろある。大別すれば、アクション中心、戦い中心のものと、そうではないものになるだろうか。そして私の場合は、時代小説には何よりマンガ的な気晴らしを求めることが多いので、いきおい前者が多くなるかもしれない。『死地』もそういうものとして読んだ。
もちろんどの小説にも両者の要素がいろいろ入り混じってはいるのだろうから、その度合いから受ける印象、という程度の話である。
後者の代表のひとりに、藤沢周平があるといえるかもしれない。この『銀漢の賦』も後者。実際、宮部みゆきは、その葉室麟評の中で、藤沢周平を思わせるなどと言っているらしい。
ここでもアクションはあって、とくに大団円では大事な要素なのだが、しかし基本は、もっと心の問題、人と人との絆や、侍として人間として、人生どう生きるか、というような問題だろう。精神性にこそ焦点がある。たとえばこの作家に『いのちなりけり』という作品がある。何しろ今回の『銀漢の賦』が初めての私は当然未読だが、この作家のことを調べてみると、それが『利休にたずねよ』で、山本兼一が直木賞を受賞したときの別の候補だったとわかる。しかしこの題だと、ふつうなら私はまず読もうとしない。題だけで考えると、今もあまり読む気にはならない。だが同じ作者が書いた、そしてやはり心の問題が主であるこの小説はとにかく面白かったのである。
なんといってもストーリーテラーとしての力量だろう。
江戸時代は老中が松平定信であった頃、九州あたりらしい架空の月ヶ瀬藩が舞台である。
中心人物は二人、名家老の松浦将監と、あまり評判のよくない平侍の日下部源五。当時としては老境に差し掛かった二人将監が源五を共に加えて新田開発の視察をする場面から物語は始まる。
だが今はほとんど付き合いもなく身分も違ってしまったこの二人、実はかつては親友同士であった。なぜ二人は仲違いしたのか。なぜこうも身分の差がついたのか。平凡といえば平凡な謎が、深い意味合いと興味を伴って展開されるのはまさに作家の腕だろう。何も殺人の真犯人や、迫り来る敵の正体だけが謎ではないのだ。
謎は意外にあっさりと答えが描かれたりするが、またさりげなく別の謎が次々に提示される。その自然な運びがいい。何しろ二人とも歳はとっているわけで、するとその人生には外から見ればいろんな謎があるだろう。言い換えれば、人生とはそういうものではないか。そういうふうにして、この小説は、人がひとりひとり生きていくことの重さと深さとを浮かび上がらせる。もちろん物語として、謎の中身がまた面白いのではあるが。
謎をいうなら、物語の結末に至る展開も謎としてある。この時代の、侍としての生き方は厳しいものとして描出されているから、安易な感動狙いの物語にしばしばあるような、たとえばご都合主義的ハッピーエンドを簡単に予想できてしまうなどということにはならない。友人同士が斬り合うような展開もありえるわけで、先が見えないのも面白い。
この作家の一面は、「葉室麟」というペンネームからもうかがえるだろう。スタイルにこだわるのである。それは題にもはっきり現れている。そうしたスタイルはまた味のある教養をも伴うもので、その筆が描き出す人物像にも味わいがある。しかしけっして高尚で近寄りがたい、というものではない。むしろ主人公というべき源五の描き方は逆であろう。しかしいい。この人物は実にいい。
百田尚樹の『影法師』を連想させるものがあるかもしれない。設定なども似ているといえば似ている。だが、あちらの小説が、というより百田尚樹という小説家が、情感タップリ感を持っているのに比べると、こちらは重い主題にも関わらず、いかにもさらりとしている。それは作中にも描かれているような、人生に対する処し方かもしれないのだが。それが気に入れば、けっこうはまるのではないかと思う。
エンディングも、この作家らしいこだわりのある洒落っ気が感じられてよかった。
紙の本
いずれ我らも銀漢に
2010/06/02 21:18
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る
そろそろ表舞台を退こうかという家老・松浦将監の体調の変化に、群方・日下部源五が気づくのが物語の発端である。そこから群方と家老、そして今は亡き農民・十蔵、3人の「過去」と、家老が巻き込まれている「お家の大事=現在」とが交互に描かれる。幼い頃仲が良かった2人が、なぜ今ぎこちない関係にあるのかが、過去に起こった様々な出来事を順々に述べることによって明らかになっており、とても読みやすく親切な構成だと感じた。
身分の違いを越えて男達が友情を育む物語というと、馬廻組の子と、徒組の子弟3人が活躍する宮本昌孝氏の『藩校早春賦』『夏雲あがれ』を想起させるが、宮本氏の作品にあった主人公たちの真っすぐさ、素直さが本作にはない。それもそのはずで、主役は老境に差しかかった二人の男であり、彼等はもう理想だけでは生きていけないことも、善と悪がすっきりと割り切れるものでないことも経験で知っている。だから、宮本氏の作品を読む時のわくわくする感じ、清々しい感じがなく、それだけに先が読めず、頁を繰る手が止められなかった。
そうはいっても、現実的で世の中をうまく泳ぐことだけに長けている、ただの大人の男では、歴史小説のヒーローには成りえない。大勢がどちらを向こうと、他の誰もが損得勘定で動こうと、日下部源五と松浦将監は己の信じる道を行く。しかし自己中心的ではなく、お互いの命を助けるために、お互いの命を賭けるほど友情にあつい。こうでなければ、やはり時代劇のヒーローとは言えないだろう。大人にはなったが、世渡り上手や陰謀家にはなれなかった、いえ、ならなかった男たちの生き方は、遥か彼方の銀河にも劣らず輝いている。
『乾山晩愁』に比べれば、やはり長編なのでボリュームがあり、登場人物の背景がその分じっくり描けるため、キャラクターがより緻密に描かれており読者も感情移入がしやすいだろう。全てが終わった後のつい笑ってしまうような落としどころの感じも良かった。