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紙の本
滅亡と女
2016/02/14 16:01
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
おそらく近未来、ロンドン近郊と思われる街に住む老女のところに、一人の少女が預けられる。突然見ず知らずの少女を預けられたことに少しの驚きはあるが、すんなり受け入れてしまうのは、社会の静かな崩壊が始まっていることから仕方ないことと考えたからだ。
とにかく世界は滅びつつある。政府は名目だけの存在となり、公共サービスもやがて停止、メディアはかすかなラジオだけ、流通も衰退して食料の入手も困難になりつつある。その原因が戦争か、天変地異か、一切触れられていない。そんな中で、あと何年生きるかもわからない独り暮らしの老人にとっては、生き延びることはさほど重要ではなく、ただ周囲の人々を観察するだけの日々に、一人の少女を育て、そして生き残る力を与えることが役割となったのだ。
文明の崩壊していく中の暮らしに、若い少女は順応していき、老人は見守るだけしかできないのではあるが、少女の挙動の端々から、彼女の生い立ちを幻視することができる。実は彼女は、アパートの無人となった部屋を彷徨い歩いては、さまざまな過去や未来を幻視してしまっていて、そのたびに苦しい思いも、喜びも味わっているのだが、ことに少女のかたくなな性格を生んだ過去の環境に対しての思いは、同情でもあり、また悲しみでもあるのは、深いシンパシーにとらわれるからであるとも思える。
目前に死が迫っているというわけでもない、緩慢な破滅、それは数十年、数百年のスパンで見れば人類史の転換だったとしても、その瞬間の一人一人にとっては少しずつ生活を切り詰めていく日常の連続でしかない。そんなこと以上に、単なる一般市民には状況を変える力など無く、生き残るにはただ順応するしかない。少女は現代文明の価値観やヒューマニズムを維持しつつも、新しいコミュニティやギャング団が支配力を増す世界で自分の居場所を求める。一方でずっと若い子供たちは、旧世代の人々には理解できない社会性を育んでおり、十代の少女はその狭間で苦悩する。
子供たちのリーダーとしての生き方、女としての幸せを求めること、様々な行き詰まりに少女がすすり泣くシーンが、この作品の白眉だ。古来からのあらゆる女性が感じて来た不条理が、この
場面でも彼女に立ち塞がる。そして庇護者である老女もそうだったであろうように、壁に立ち向かっていくことを決意する心情が、ここに集約して描かれている。
少女とずっと行動をともにする犬とも猫とも分からない奇妙なペットの存在は、それが誰にも不審がらずに受け入れられている状況も含めて、この世界の歪みを表している。奇妙な生物が突然生まれたものなのか、外の世界から入り込んで来たのか、いずれにしろ、破滅の原因と関係があって、それも記述されていない共通認識なのであろうが、理屈で解決できない不気味さがこの時代を覆っていることを示している。
その滅亡の時代を背景にしながら、なお女であることの不条理が普遍的なものであること、時代に合わせてまたヴァリエーションを生みながら、新しい生き方を生み出していくであろうこと、それらが作品の通底音となって、作品の力強さを醸し出している。
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