紙の本
人が人を裁くということ、それは。
2009/08/11 13:13
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
昨今、新しく裁判員制度が導入され「人を人が裁くことは出来るか?」という疑問が誰もにふりかかっている。それはつまり人に罰を与えることが出来るのか?罪を償わせることが出来るのか?・・・ひいては加害者が被害者に謝罪し償うことで罪は赦されるものなのか?ということだ。
人は生きていれば多かれ少なかれ罪を犯す。でもそれは「人間誰でも間違いはある」と同レベルのものでは決してない。
時にはその罪を隠し、忘れ、怯え、嘆き、怒る。人の数だけ罪が生まれその種類も重さも千差万別だろうが、しかしその罪に対して、償いと許しと忘れることと、憎み続けることと、果たしてどれが「救い」となるのだろうか?
本書はある犯罪により人生を狂わされた女と、その罪を許されること無く引きずり続けた男との間に展開する罪と償いと再生の物語だ。
物語は息子を殺害した母親の事件を追う記者・渡辺の取材に始まる。女は隣にすむ男・尾崎との関係を匂わせ、尾崎の妻は夫の浮気を証言し、尾崎本人はその嘘の証言を黙って認めたため、幼児殺害を尾崎が示唆したという容疑がかかる。なぜ尾崎は妻の偽証言を認め冤罪を受け容れるのか?
「息子を殺した女。その女と自分の夫に肉体関係があったと嘘をついた女。反論もせずそのうそを認めた男。」(本文185P)
記者・渡辺は尾崎が15年前に集団性的暴行事件を起していたこと、妻かなこが戸籍不明な上籍も入れていないことなどを突き止める一方、尾崎が暴行した女性・水谷夏美のその後の悲惨な人生と現在失踪していることを突き止める。 記録と伝聞だけのあやふやな被害者・夏美は、尾崎の報われぬ人生が明らかになるとともに、一人の女性として輪郭をなしていく・・・
勘のよい方は既に誰が夏美であるか、お分かりであろう。
事件後、日常も幸福もすべて「あの事件」に貶められる不幸な人生を送った夏美は責めれれぬ安らかな場所と「許し」を求め続けてきた。
一方、尾崎は釈放後されてからは誰からも責められず罪悪感だけが取り残された人生を送り、罪を責められ謝罪し、許されることを求め続けている。
そして偶然にも彼らは再会した。
最も憎むべき人間が唯一己に許しと安らぎをあたえてくれるという皮肉。
そして己の罪を責め続ける人間が唯一己に許しを与えうるという絶望的な関係。 愛憎半ばする、とはよく言ったものだがこれほど痛ましい関係を私は知らない。
人が人を裁くということ、それは人を人を許すということであると、信じたい。
紙の本
血肉を与えられた登場人物たち
2008/08/29 00:42
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:カフェイン中毒 - この投稿者のレビュー一覧を見る
吉田修一のデビュー直後、ほんのわずかな期間だけれど、
彼の書くものと私のあいだに、蜜月らしきものがありました。
次第に新刊へ伸びる手が緩慢になり、
きっともう彼の小説を読むことはないのかもしれないと感じたのは、いつだったでしょうか。
私の嗜好の変化であって、これは仕方のないことだとも思っていました。
『悪人』が出版されたとき、じつはかなり驚きました。
圧倒的な存在感を放つ、しかし不器用で無様な(だからこそ愛おしい)登場人物たち。
『さよなら渓谷』でも、そのときのように人間の業が描かれています。
事件を起こしたらしい女性の隣に住む、なんともやりきれない空気をまとうひと組の夫婦。
ほんの些細なきっかけから、隠された過去があきらかになっていきます。
犯罪者の心理、言い分、その後の人生。
被害者のそれとはまったく異なるはずなのに、物語を読み進むにつれ、
両者の抱えているものは、ひどく似通って見えてきます。
そして、そんな二人が再び出会ったとき……。
読んでいて、なんの矛盾も感じず、受け入れている自分にも驚きましたが、
それだけの説得力ある描写が続きます。
なにかを裁くための物語ではないのだと思います。
そう考えると、初期の頃から吉田修一が描いていることは一貫しているのかもしれません。
ただ、心の揺すぶられ度ははるかに増しています。
それは、犯罪をテーマに扱ったせいだけではないような気がするのです。
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吉田修一さんはついに、「悪人」以来、こうカチリと何かのスイッチが
入ったかのように、
ますます磨きのかかった文章を書かれるようになったと思う。
この作品は、ちょっとだけ読むつもりが、
思わずひきこまれて2時間ほどで一気読みしてしまった。
それぐらい、離れられなかった。
「・・・あの事件を起こさなかった人生と、
かなこさんと出会った人生と、
どちらかを選べるなら、
あなたはどっちを選びますか?」
主人公の渡辺は最後に、その答えがわかった、と書いたが、
どうなのだろう、
もしも、この時点でわかったならば(それが私の推測通りの答えならば)
この問いは無粋な気がするし、
もしも、この答えが私の推測とは違う方であれば、
それはそれで、また尾崎の行動は奥が深いものに見えてくる。
装丁もすごく良いね。
カバーがモザイクになっているところが、にくい、と思った。
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『悪人』引き続き、作者の立ち居置が絶妙。場の雰囲気というか空気というか、割と低いんだけれど深過ぎるわけではない
登場人物と作者の距離感がとても心地良い。
短いけれど密度のある深い作品だった。 むしろ、『悪人』よりも良かったかもしれない。
終りのかなこの台詞を読んだときに題名の『さよなら渓谷』が結びつき、なんとも救われん感情を抱いた。
やっぱり人は独りでは生きられない。
(2008.06.26)
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秋田県の畠山鈴香が子供を殺した事件を思わせる物語を展開軸に、男と女の愛憎に切り込んでいる。主役は事件宅の隣家の住人。不思議な男と女が暮らしている。
実は学生時代にレイプした犯人と被害者が流れ流れてたどり着いた仮の住処だった。男と女ってこんなもののような気になった。
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最後は、なぜか寒気を感じる。さすがと思わせる。
現代の日本版、「罪と罰」か。
罪と罰、そして被害者。
逃れることのできない業を背負って生きることのただならぬ重みを見事に書き上げていると思う。
誰が不幸であり続けることを強いるのか。世間か。
結局、幸か不幸か、幸せになりたいのか、不幸になりたいのか、それは自分が決めるしかない。
そのことの意味を考えずにはいられない。
不幸になるための人生、そんな生き方もあるのかもしれない。それを望むか否かは別問題だが。
相手に不幸を強いることから得られる満足。
相手に不幸を強いることからくる苦痛。
結局、お互いに無関心では生きられない。
愛の反対は、嫌悪ではなく、無関心なんだ。ふとそんな言葉を思い出した。
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「パーク・ライフ」を読んだときは「やっぱ芥川賞とは相性が悪いなぁ」としか思わなかった吉田修一ですが、「悪人」と言い本作と言い、何か一皮むけたようだと評するのはおこがましいでしょうか。不幸な人間を描かせたら東西随一かもしれません。主要な登場人物は皆不幸なのに不思議とキャラ立ちしていて、いちいち感情移入させられます。「文句なし」と言いたいのはやまやまなんですが、結末があまりにも哀しすぎるので★一つ減点。
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耳目を集める事件の容疑者の隣家に住む男女の愛の行方。
息子がレイプ事件の加害者になったらと聞かれて「息子の一生がさ、台無しになると思うとがっかりする」と答え、娘が被害者になったらと聞かれると即座に「相手の男をぶっ殺す」と言い切る先輩記者松井の矛盾した感情が象徴的だ。
「姿を消せば、許したことになる。一緒にいれば、幸せになってしまう」……渓流に飲み込まれたピンクのサンダルの浮き沈みが映像化されて頭に浮かんだ。
その他にもさまざまなことを考えさせられた問題提起作。
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あ〜なんでこんな本が好きなのだろう 馬鹿じゃないのこの結末!って思うのに何で好きなんだろう 紙一重すぎる しかし好きだ 典型的にやられる作品だと思う
作品自体は「悪人」に比べたら落ちると思うけど、惹き方は堂にいったモノ過ぎて悔しいくらいだ いや〜なんなんだ吉田修一
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きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、15年前の「ある事件」。長い歳月を経て、「被害者」と「加害者」を結びつけた残酷すぎる真実。
「悪人」を凌ぐ作品・・ということで期待満々で読みました。が。やっぱり少し迫力に欠けました。あまりリアル感がなく、こんなことないよ〜という感じが少し。でもやはりさすが、ぐいぐい引き寄せられる展開に最後まで一気に読まされます。ことの発端となった「幼児殺人事件」の行く末を知りたいです。
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記憶にも新しい某幼児殺害事件をモチーフにした物語かと思いきや、ストーリーは少しずつ脇役と思っていた登場人物の過去へと進んでいく。あれ、そっちが本筋なの?(あらすじとか全く知らずに読んだため)
「一緒に不幸になる」というところで切なくなりましたが、『悪人』のラストの切なさには及ばなかったかなーというところ。
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実際にあった実の子を川に突き落として殺害した事件と大学の運動部であった集団レイプ事件。
その二つの事件を下敷きに物語は進む。
男ってどんな生き物なんだろう。
女ってどんな生き物なんだろう。
そればかり考えながら読んだ。
結局分からなかった。
屈折した愛情だったのか、憎しみだったのか。
両方が入り混じった複雑で説明のつかないものなのか。
分からないけど、それが人間の持っている心なのかな、と思う。
きっといつまでたっても説明できない、説明のつかないもの。
それをあぶりだしていた小説だったと思う。
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テレビで紹介されていたので読んだ。
あまり評価できない。
被害者と加害者が夫婦になる(夫婦だっけ?)という思いつきを引っ張った話であり、過去やそのいきさつ、事件はその思いつきの為に「付けられたもの」という印象を受けた。
結婚する相手に傷があると、自己の嫌悪感より劣等感や恥のように外界の視線への意識の方が強いという指摘は鋭いと思う。
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最近、路線が変わったと噂される吉田修一の最新作。
・あらすじ
隣家で起こった親による幼児殺人事件。その取材に訪れた記者が、どこにでもいそうな若夫婦の15年前の過去暴き出す。
本当に方向性が変わってます、吉田修一さん。前回に続き、単純に善と悪に分けることのできない登場人物。彼らの苦悩が伝わってきて苦しささえ覚えました。過去に戻れるとして、どちらの人生を望むのか。意外とサラっと読めましたが、心に何かを残す作品でした。読んで損はないと思います。
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2008.10.15. 怖いよ。これはあれだよね、畠山容疑者の事件がモデルになってるよね、出だしの女。リアリティがあって怖い。普通に暮らしてるはずの人は、過去を持ってるのは当たり前だと思うけど、レイプとか、そういうことも、ありうるのか。どんな風に始まったとしても、人間関係って成り立つのか。破綻してるか。なんか、無性に怖くなった。