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紙の本
今年の夏はことのほか暑い。外に出かける気にはならず、しかし、なんの因果かわが家のクーラーが壊れているものだから、生暖かい扇風機の風にあおられながら、汗が流れるままにゴロゴロと読書をしている。そういう、いたたまれないようなかったるい気分で読むとどこか主人公たちの無為な日常を実感できるようで、この夏つきあうのにふさわしい内容の作品であった。
2008/07/29 16:09
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
桂川渓谷と呼ばれる景勝地が近くにあるがその涼風は届かない。町の奥まったところ、老朽化した市営住宅団地がある。真夏の朝、8時、締め切った狭い部屋、クーラーが機能しなくなった熱気の中で男と女がたらたらと汗にまみれて目を覚ます。家の外は子殺し疑惑の渦中にある母親が包囲したマスコミを口汚くののしる喧騒が続いているが二人は単なる傍観者のようである。契約社員として近くの工場で働く尾崎俊介、30歳半ばを超えている男は少年野球に興味はないが多少の小遣い稼ぎと一回五千円の臨時コーチを引き受けている。ホックをはずしたブラジャーだけの妻かなこ、30歳前半の女は折り込みチラシの求人募集をチェックしながらお昼はまたインスタントの冷やし中華にするという。
暑苦しいな。読んでいるとすえた食い残しや汗と体臭が扇風機にかき回されて漂ってくるようだ。外にある世界との接触を最小限に、毎日毎日同じことの繰り返しで、ひとつところから抜け出せない男と女の結びつき。
私の友人のなんにんかは常識では解せない男女関係にあって、それらを見聞きしている私としては多少常軌を逸した愛の形であってもそれはそれと寛容なのだが、こりゃいったいなんなんだ。お互いの過不足を補い合って前進するのが夫婦ではないか。いい歳をして、意味ないから別れなさいと小言のひとつも言いたくなります。
この読者心理を見透かしている作者は、次になぜそんな関係が継続可能なのかをミステリアスに解き明かす。
「きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな(とあるが、いまはこういうだらしのない夫婦がどこにでもいるんだろうか?)若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、15年前の<ある事件>。長い歳月を経て、<被害者>と<加害者>を結びつけた残酷すぎる真実とは………」
犯罪者は刑期を終えただけでは許されないのか。罪を償うどんな行為があれば被害者は許してくれるのだろうか。被害者の復讐心を受け止めることなのだろうか。被害者はいつまでたっても被害者であってさらに加害者扱いにされる場合もある。それが世間というものの残酷な素顔なのかもしれない。
罪と罰、贖罪と復讐、言葉にならない真実と周囲が創り出す「真実」、幸せと不幸、そして愛。これまでもおおくの文学が取り上げてきたテーマに違いない。そうであっても深みのあるテーマであって、二人の人間の心理を丹念にえぐって独自のアングルから読み応えある作品に完成させている。実際に起こったセンセーショナルな二つの大事件に似せた背景でもって現代的にさばいた恋愛小説でもある。
「私たちは幸せになろうと思って、一緒にいるんじゃない」
「幸せになったら、きっと壊れてしまう」
このうたい文句だけでは、幸せをもとめて男女が結びつこうとする著者の『悪人』とはまるで正反対のような二人なのだが、読み進むつれ深いところでは、これもまたそれぞれの過不足を相互に補完しようとするひたむきな愛の形であると思えてきたのだ。
『さよなら渓谷』では私はもうひとつの作品を思い浮かべた。
ぼんやりと日々を送っている若者「ぼく」と彼女の出会いと別れ。吉田修一の芥川賞受賞作『パークライフ』である。
ラストを比較すれば酷似した情景がある。人の自立、現状からの飛躍を描いているところも似ている。ただ『パークライフ』はまるで生活の実感がないつまらない作品との印象が残っている。『さよなら渓谷』は違っていた。重過ぎるくらいの人生を引きずってきた二人には圧倒的な存在感がある。そして一瞬かもしれないが「渓谷」の涼風を爽やかさなものとして共有できた二人なのだから、単なる「さよなら」では済まされない余韻を残こすのだ。
紙の本
本作で“運命”の怖さを私たち読者は知ることになる。
2009/02/08 15:58
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:トラキチ - この投稿者のレビュー一覧を見る
週刊新潮」に連載されたものを単行本化。
ひさびさの“よっしゅう”こと吉田修一作品。
ご存じの方も多いと思うが、吉田さんは2002年に『パークライフ』で芥川賞、『パレード』で山本周五郎賞を受賞。
当時純文学とエンタメ系の両方の賞を受賞したことで話題となった。
その後、どちらかといえば若者の都市生活を描いたエンタメ系作品を中心に活躍、2007年に殺人事件を題材とした『悪人』を上梓し新境地を開拓、ますますその作品の幅が広がってきている。
本作は『悪人』と同系統のクライム系の作品。
物語は息子を殺害した疑いで、立花里美という名の若い母親が逮捕されるところからはじまる。
しかし主人公は彼女ではなくその隣人夫婦である尾崎俊介とかなこ。
彼らの過去に起こった事件から物語が動いていくのである・・・
吉田さんは人間の根底に潜む心の葛藤をさりげなく描写する力に長けた作家である。
本作では“性犯罪”というやり切れない題材を敢えて使って、男性読者が読めば女性の気持ちが、女性読者が読めば男性の気持ちがわかるいわば大人の教科書的な作品である。
上記のように述べるのは簡単であるが、やはり納得いかないと思われる方(特に女性読者)が多いのであろうとは容易に想像できる。
本作は展開的には多少ハラハラドキドキし、まるで桐野夏生さんが書いたような作品であろうと感じた。
どちらかと言えば、社会風刺作品というより究極的な恋愛を描きたかったのであろうと作者に代わって代弁したいのであるが。
どうしても女性の方が大変というところを女性作家が書いたように描き切るのは無理があったようにも思えるのである。
吉田さんも欲張り過ぎたのかもしれませんね。
レイプ事件のあとの長い道のりの険しさ、とりわけ女性側の悲惨さ。
男女お互いに人生を引きずるのだがその重さには雲泥の差がある。
やはり男性側の都合の良さがどうしても浮き彫りになって、恋愛感情が湧くとは思えないかな、一般的に。
ちょっと脱線しますが本作において再認識した点もあります。
それは吉田さんのところどころに出てくる風景描写の巧みさ。
これは他の作家では味わえないほど卓越していると思うのである。
吉田さんの風景描写が上手ければ上手いほど、いいスパイスとなって登場人物の心情の変化が余計に読者の胸に焼きつくのである。
現在・過去あるいはいろんな視点で物語は語られます。
とりわけ記者として登場し、過去を暴いていく役割を演じる渡辺とその部下の小林の存在かつ描写が物語全体をピリリと引き締めている。
少しネタバレとなりますが、正直言ってあの二人が一緒に住むこと自体考えられないという気持ちは強い。
本作の評価が分かれるポイントだが、私的にはそれぞれの心の動きの描写を評価すべき作品であると考えています。
ただし、欲張りな読者にしたら納得が行かないという烙印を押されても仕方ないかなと思ったりもするのである。
ほとんどの読者はやるせない気持ちで本を閉じることになります。
だから余計にテーマが重いだけにドラマティックに描こうと挑戦した吉田さんをファンのひとりとして讃えたいと思います。
初期の作品と比べて吉田さんの成長を窺うことができたのは、吉田作品を読むと読者は必ず何かを考えさせてくれるようになった点であろう。
確かにわずか200ページの中でこんなに内容の詰まった作品、滅多に出会えませんよね。
あなたも是非ご一読して一緒に考えてください。
紙の本
惹かれ合う孤独なふたりは
2021/05/05 22:52
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
ごく普通の夫婦のように見えるふたりが、壮絶な過去を抱えていて圧倒されます。無条件で罪を許すことができるのか、究極的な問いを突き付けられているようでした。