紙の本
“読書脳”が用意する“奇跡のような体験”。
2008/10/09 19:34
11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:四月の旅人 - この投稿者のレビュー一覧を見る
文字が読めない、読めても理解できない──。
ディスレクシア(失読症)は、
トム・クルーズがこの障害を抱えていたことを告白して注目された。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」で共演した
キーラ・ナイトレイ、オーランド・ブルームもそれぞれ
この症状を克服したことを公にしている。
日本語はひらがな・カタカナ五十音と、
常用漢字だけでもだけでも2,000字近い文字を持つ。
一方、わずか26文字ですべてを表現しなければならない言語もある。
そのせいか、英語圏──とくに米国では1割を超える人々が
程度の差こそあれディスレクシアであるともいわれている。
現大統領も例にもれない。
このとき文字を読み、理解するという基本的な能力が、
自然に身につくものではないことに思い当たる。
著者メアリアン・ウルフは、
米タフツ大学(村上春樹が一時、客員教授をつとめていた)小児発達学部教授で、
ディスレクシア研究の権威。
自身のお子さんも、この障害をもつという。
子どもが文字を読むようになると、
脳はシステムを組み替え劇的な変化を遂げていく。
そして、これは容易に想像がつくことだが、
5歳までにどれだけ文字に親しんだかがきわめて重要だという。
その後に永くつづく一生の“読書脳”の発達は、
このときに決められてしまうのだ。
眠りにつくまでのほんの短いひとときでも、
絵本を開いて子どもに読んで聞かせる。
ネットの掲示板や携帯メールの文章ばかりで成長してしまった世代は
不幸だったとするしかないのだろうが、
これからの子どもたちには可能な限り豊かな読書体験をさせたいものだ。
思えば、文字という単なる記号の連なりを読み、意味を理解し、
ときには感動できるとは・・・ウルフ教授は、それを
「奇跡のような体験」と表現している。
紙の本
日本語が脳を鍛えてくれる
2009/12/13 06:46
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:k-kana - この投稿者のレビュー一覧を見る
サラリーマンの朝の様子は、TVのNHKニュースを見ながらパジャマをYシャツに着替えて出勤する……と、こんな文章になるだろうか。無い知恵を絞ったのだが、何気ない日本語に、漢字、平仮名、カタカナ、アルファベット、さらにはこれらが組み合わされた――Yシャツとか、のことばもある。こんなにいろいろな文字を読み取るのだから、どう考えたって、アルファベットだけの英語なんかより脳に負担がかりそうだなとは感じる。
人間の知能の発達に、読む行為ほど深く関わっているものはないと著者はいう。脳が文字を読むために構築する新しい回路(ニューロンのつながり)が、新しい革新的な考え方を可能にする基盤になると。
この珍妙なタイトルが気になるのだが、プルーストは別にして、イカとは、その長い中枢軸索のゆえに、かつてニューロンの情報伝達メカニズムを解明する絶好の研究対象となったことに由来するらしい。
脳が文字を読むことに深く関わり、さらに読字が脳の認知能力の発達に寄与するというダイナミクスの関係が成立する。読書こそ知力の源泉である。私たちの考え方や考えることの大半は、私たちが読んだものから生まれた見識や連想に基づいている。作家ジョセフ・エプスタインは「私たちを作り上げているのは、私たちが読んだものなのだ」と言っている。
人間が文字を読む能力を獲得したのは、たかだか数千年前である。生まれながらにして文字を読めたわけではない。人間の脳が、新しい知的機能を獲得するために自らを再編成する能力、を備えているからこそ読めるようになったのだ。
文字らしきものを見て、脳がそこになんらかの意味を認めると、たちまち複数の領域がつながり活発な認知活動を行うようになる。既存の視覚、言語・概念処理などの脳領域を利用しつつ、それらをつなぐ新たな回路を設ける。すなわち一群のニューロンのあいだに新しいつながりが生まれる。これが読むことの基本メカニズムだ。
日本語の読み手の脳は、複雑な読字回路を備えているそうだ。日本語を読むには、2種類の音節文字、つまり片仮名・平仮名と漢字、との間を行き来しながら読み進む能力が必要である。一人一人の脳が、まったく異なる2種類の書記体系(漢字と仮名)を習得しなければならないのだから。日本語の読み手は、漢字を読む時は、中国語の読み手と同じ脳の回路を使う。一方、仮名文字を読む時は、アルファベットの読み手に近い回路を使うそうだ。
2つの書記体系の読み手は、ほかのどんな言語を読む人よりも、左半球の特定領域(37野というらしい)を多用する。情報処理に多大な努力を要するほど脳は強く広い範囲にわたって活性化されるわけだ。漢字仮名交じりの日本語を読むほど、頭が良くなるということらしい。
SMARTはこちら
紙の本
読んでいるとき、脳全部がダイナミックに活動している。
2011/11/08 16:52
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る
奇妙な題名は人をひきつけると同時に躊躇もさせるようだ。この本は出版当初から気になってはいたのだが、内容に想像がつかず、手を出さずにいた。 「ヒトは人のはじまり」 で言及されていて、かなり脳の事がしっかり書かれた本であるようなので手に取った次第である。
「読む」という行為による脳の変化の、多方面からの考察。たしかにイカが泳ぐときと同様に、読むときにも神経が重要な役割を果たしている。「読む」行為がどれほど人間の活動の域を広げたのか、読むことだけで(肉体的な運動はほとんどないのに)どれだけ脳の中で変化が起こっているのか。読むほどにそのすごさを実感させられた。
まずは読者の関心を引く巧妙な導入の方法に、感心させられる。プルーストの読書に関する文章を読むよう、指示されるのである。なぜ?と思いながら読み終わり、次の文章にかかると、もうそれで「読む間に何をしているのか?」と著者の世界にひきこまれていく。読者自身に参加させる方式はいろいろあるのだろうが、さりげなく本論に関心がむけさせられていくのだ。
第一章で説明される文字の発生の歴史や違いは、脳での変化を示す要因として知っておく必要があるのだろうが、脳にたどりつくまでの路としてはかなり長く感じられる。それでも、どれだけ脳が複雑な処理をしているか、言語(文字)タイプごとに違う処理をしているのかの理解につながるのだろう、第6章の熟達した脳の説明を読む頃には、読書でどれだけ脳がフル回転しているか、その複雑さ、巧妙さへの驚きを深めてくれた気がする。
言葉を聞く、見る、そして概念と結びつける。脳の幾つかの領域が文字を理解するためにつながることにより、「文字を読む」脳ができる。そしてある文字、言葉に対応する新しい回路を作ることで迅速に処理ができ、考える余裕ができる。考える余裕ができると、経験などで蓄積された記憶も利用され、さらに複雑に結びつく・・・。
この複雑な、多数の領域のどこででも、つながりを形成するどの場所ででも、異常があれば「読字」の障害につながることを理解するのは難しくない。7章からのディスクレシア(読字障害)の話は、正常を理解するために異常を解析するという、ある意味自然科学研究の常道でもある。著者自身の家族にもディスクレシアの人がいることから、脳の機能解析よりも社会的な扱いにかなり重点がおかれている。障害に対する見方も大事な論点だということは否定しない。しかし文字の歴史の話と同様、読字の脳活動の理解の話からは少し離れてしまうので、本書の論点はどこなのかを分散してしまったように感じる。
しっかり書かれているが大きな論点をいくつも抱えてしまったので、盛り込みすぎて少々損をしてしまったようなのがすこし勿体ないというのが読後の全般的な印象である。
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:怪人 - この投稿者のレビュー一覧を見る
訳書の副題は「読書は脳をどのように変えるのか?」であるが、原著のそれは「文字を読む脳の物語と科学」である。原著の方が本書の内容に沿っていて、内容が想像できる。また、巻末、真柴隆広氏の解説を初めに読んでおくと全体の内容がさらに明確になる。
書名が意味不明だったが、読字の意味するところを説く著者の象徴的表現なのだろうか。あのソクラテスは書記文字が一般化するときに、口承文化から読字文化へ移行することに反対の立場をとったという。読字文化の危険性を指摘しているのだが、読字能力がどのように人に影響するのか十分に予測ができなかったことも一因しているらしい。
デジタル社会への変化の始まり、パソコンが一1人1台の時代が始まった平成の初期、当時の若い世代がパソコンを駆使して作成する資料に時代を感じたものだ。その後のインターネットの普及が進み、著者の言うデジタル脳をもつ著者が育っている。(デジタルネイティブ)というらしい。
人類は熟達した読字ー文字を読むことによって深く思考する読字脳を獲得した。人類が造り出したAIは意味を理解することまではできない。読字脳が発達しない若者が増えた時代には進化させたAIに人類の脳は対抗することもできなくなるだろうか。
紙の本
読むことが生きること
2017/05/09 03:36
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
当たり前のように文字を読むことが歴史を作ったり人間の脳の神秘を解き明かしていく。歴史上の偉人たちがディスクレジアだったことも興味深かった。
投稿元:
レビューを見る
子供が生まれる前に読むべき本。日本語にも誇りを持てるという意味で重要な本では。どの程度の人が、この本の意味するところを理解できるか。
(読み始め11/11)A
投稿元:
レビューを見る
読書の真髄は、孤独のただなかにあってもコミュニケーションを実らせることのできる奇跡にあると思う。
-マルセル・プルースト
作家ジョセフ・エプスタインの言葉を借りれば、『どんな文筆家の伝記も、いつ、どんなものを読んだか、長々と論じておけば間違いない。ある意味、私たちを作り上げているのは、私たちが読んだものなのだから』
読書をしているあいだ、私たちは自分の石井から抜け出して、年齢も文化も異なる他人の意識に入り込むことができる。
さて、ここでいよいよ、一読者としての自分史から、読書という行為の歴史に話を進めることにする。より性格に言うなら、ある読書の歴史家。読書史のように、人それぞれに異なる洞察とその人を取り巻く環境によって育まれる歴史は、いかなるものであろうと、数ある歴史のひとつでしかあり得ないからである。
ーアルベルト・マングェル
言葉の道、言葉を知り、愛おしむ道は、物事の本質、知ることの本質へとつながる道だ。
ージョン・ダン
現代のグァテマラでは、よそ者は物事を覚えるためではなく、覚えないために書き留めることに、マヤの人々は気付いている。
ーニコラス・オストラー
文字を学んだら、学んだ者の心に忘れっぽさが植えつけられよう。書かれたものに頼って記憶力を使うことをやめ、内なる記憶に刻んだものからではなく、外の自分以外のものに刻みつけられた印によって思い出そうとするようになるからだ。あなたが発見したのは記憶の秘訣ではなく、想起の秘訣なのだ。
ーパイドロス
すべての子どもは二歳から、短期間だが、言語の天才になるようだ。やがて、五歳か六歳を境に、この才能は色あせ始める。八歳になると、この言葉の創造力はみじんも痕跡をとどめていない。その必要がなくなったからだ。
ーコルネイ・チュコフスキー
読むことを覚えた時、あなたは生まれ変わる・・・・・・そして、もう二度と、それほど孤独には感じない。
ールーマー・ゴッデン
一生のうちに、誰からも認めてもらえたとわかる時が二回あるーー歩き方を覚えた時と読み方を覚えたときだ。
ーペネロープ・フィッツジェラルド
読書は経験である。どんな物書きの伝記も、いつ、何を読んだか、長々と論じているはずだ。ある意味、読んだものがその人となりを映し出すからだ。
ージョセフ・エプスタイン
読み書きを学ぶには、十歳からの三年ほどが少年時代の有望な頃合いだ。子どもも親も、好き嫌いでこの帰還を延長したり短縮したりしてはならない。もちろん、文字を勉強するからには、読み書きができるところまで到達しなければならないが、この所定の年齢のあいだの自然な進歩が遅い場合は、速く上手に読み書きできるようになることに固執すべきではない。
ープラトン
読むくらいなら、お風呂のカビ掃除をするほうがいいや。
ーあるディスレクシアの子ども
「あなたが読むと、文字がページから舞い上がってくるんでしょ? あなたの心が古代ギリシャ人と接続されるからよ」。灰色の瞳をした寄宿仲間のアナベスが説明してくれる。「それから、ADHDーーあなたは衝動的で、教室でもじっと座っていられない。これは戦場の反射神経よ。本当の闘いになったら、そのおかげで生き延びられるんだわ。注意障害はね、パーシー、ものが目に入らないからじゃなくて、何でも見えすぎてしまうから。あなたの五感は普通の人間より優れているの・・・・・・現実を認めて。あなたは人間とポセイドンのハーフなのよ」。
ーリック・リオーダン
投稿元:
レビューを見る
21/6/18 65
一生のうちに誰からも認めてもらえたと分かるときが2回ある。歩き方を覚えた時と読み方を覚えたときだ。>フィッツジェラルド
この世に初めて生まれた赤ん坊が始めて笑ったとき、笑い声が粉粉に砕け散ってかけらの1つ1つが妖精になった。それが妖精の始まりだよ>J・M・バリー
吟味の無い生活は人間にとって生きるに値しない生活なのだ>ソクラテス
投稿元:
レビューを見る
人間の脳はどのように文字を読むようになったのか
また、どのように読んでいるのか
その歴史と仕組み
非常に興味深い
特に「脳はもともと文字を読むようにはできていない」
という事実には驚きであった
投稿元:
レビューを見る
読字(識字)能力の獲得と脳の変化について述べている。
著者メアリアン・ウルフは小児発達学、認知神経科学の研究者であると共に、ディスクレシア(読字障害)の遺伝家系にあり、障害を持つ子の母でもある。ディスレクシア(読字障害)への遺伝的影響を述べる一方で、情報を処理する脳が変化することも述べる。先天性と後天性の双方を俯瞰しているのみならず、現代のデジタル情報にさらされて起こる「進化」についても問題提起する、次のように。
「現代の人々がコンピュータの画面上に表示される情報にすっかり慣れてしまったら、文字を読む脳が今備えている一連の注意・推論・内省の能力は、あまり発達しなくなるのではないか?」(p.314)
他のブログ書評でも散見されるように、本著は難解である。原文が良くないとする意見があるようで、確かにぱっとしない修辞も多い。
ただ原文よりも訳に問題があるのかもしれない。というのは、途中から翻訳者が変わっているような気もするからである。長い修飾を続けることを好む章と、適度に文を切って、結論の後で補足する構文を多用する章がある。また、脳が活発に活動することについて「賦活」と「活性化」を使い分けているようなフシもあるのだが、脳神経科学として特殊な語法があるのだろうか? あるいは単純に activate の訳なのだろうか?
投稿元:
レビューを見る
第1章 プルーストとイカに学ぶ
第2章 古代の文字はどのように脳を変えたのか?
第3章 アルファベットの誕生とソクラテスの主張
第4章 読字の発達の始まりそれとも、始まらない?
第5章 子どもの読み方の発達史脳領域の新たな接続
第6章 熟達した読み手の脳
第7章 ディスレクシア(読字障害)のジグソーパズル
第8章 遺伝子と才能とディスレクシア
第9章 結論:文字を読む脳から「来るべきもの」へ
投稿元:
レビューを見る
この本を開く前から気になっていたことは、
この本のタイトルがなぜ『プルーストとイカ』なのかということだった。
表紙のイラストも、雲からそびえる古代文字の石碑に座る女性の背景が
夜空と虹というところまではロマンチックなのに、
三匹のイカが、一気にこのイラストを不思議にしているのだ。
こうまでしてイカが出てくるのだから、彼らは重要参考人にちがいない。
ちなみに原題は、"PROUST and the SQUID : The STORY and SCIENCE of the READING BRAIN"である。
副題を『文字を読む脳の物語と科学』ではなく、
『読書は脳をどのように変えるのか?』にしたのは、正解であったと思う。
副題でも十分なのになぜ主題が必要だったのか。
「プルーストとイカ」は、象徴として、また実際の素材としてなど、二重、三重の意味を持っている。
「プルースト」は、読書を象徴する語として、
「イカ」は、著者の専門である認知神経科学を象徴する語として使われている。
50年代の認知神経科学者達は、イカの長い中枢軸策を使ってニューロンを研究したそうだ。
具体的な素材としては、この本が用いるアプローチの理解のために、
プルーストの著書『読書について』の引用が使われている。
この引用はかなり長く、2ページ以上に及ぶ。(p.21~23.)
この引用をできるだけ早く読むことで、読むことによって読者の中に何が起こったのかを実体験してもらい、
それを解説すると言う手法をとったのだ。
また、イカが象徴しているものは、ディスレクシア研究でもある。
「文字を読む脳をテーマにした本なら、読字に適さない脳に
わざわざページを割くこともなかろうにと言われそうだ。
しかし、素早く泳げないイカは、
それを埋め合わせる方法の学び方についてたくさんのことを教えてくれる。
確かに、素早く泳げないイカは完璧な例とは言い難い。
イカが泳げるのは遺伝子のおかげだし、
素早く泳げないイカはまず生き残れないからである。
しかし、もし、泳ぎの下手なイカが死なずに済んだだけでなく、
イカの個体数の5~10パーセントにのぼる子孫を増やし続けたとしたら、
ハンディをものともせずにそれをうまくやれたのはいったいなぜかと、
問いただしたくもなるだろう。
読字は遺伝で受け継がれるものではないし、
読字を習得できない子どもが生き残れないわけでもない。
それより重大なのは、ディスレクシアに関連した遺伝子は
しぶとく生き残るということである。」
(p.331-332)
「イカ」は彼女の興味の核となるものを象徴してもいるのだ。
この本は、3つの部分から構成されている。
著者は、Part1で「書字の起源の美しさと多様性と変形能力の素晴らしさ」、
Part2で「文字を読む脳の発達と読字取得に至るまでの多様な経路」、
Part3で、「問題と才能を併せ持っているディスレクシアの脳」について触れ、
最後に「徳に関する難しい問題と前途に待ち受けている危険」について言及している。
ディスレクシアを4つの原理と言語によって異なる障害の表れ方に分け、
過去から現在に至るディスレクシア研究を総括しつつ、分類している点も興味深いが、
それだけでなく、なんのためのディスレクシア研究なのかもきちんと言及している。
「ディスレクシアの研究が持つ唯一最も重要な意味は、
将来のレオナルドやエジソンの発達を妨げないようにすることではない。
どの子供の潜在能力も見逃さないようにすることである。
ディスレクシアの子どもたちすべてが非凡な才能に恵まれているわけではないが、
どの子どももその子ならではの潜在能力を持っている。
ところが、私たちがそれをどうやって引き出してやったらよいかわからずにいるせいで、
見逃してしまっていることがあまりに多いのだ。」
(p.307)
ディスレクシアを取り上げると障害の部分か
逆にずば抜けた才能の部分かのどちらかが極端に取り上げられ、
すごく大変か天才かのどちらかに見られがちである。
でも、大切なのは、個人差が大きいディスレクシアの子たちの潜在能力を見つけて
伸ばしてあげることであると本書は教えてくれる。
かつて口承文化から文字文化への変遷を迎えたとき、
それによって人は従来の能力を失うのではないかと、ソクラテスは危惧したという。
その危惧がオンライン文化を迎えた今こそ現実化しているのではないかという
著者の問題提起については、
ディスレクシアへの支援にITを活用するという立場をとっている者として、
また情報科学を専門とする者として、意識しておきたいと思った。
「より多く」「より速く」押し寄せてきてしまう情報の中から必要なものを選び出していく能力と
かつての読書が培ってきた文字を読みながらじっくり考えて感じる能力とを共存させていく未来を、
どちらからも恩恵を受けている者としては、そんな未来を望みたい。
一般の読者を対象とした著書は初挑戦だったという著者だが、
本書は、注記と参考文献をたくさんつけて原典にたどりつけるようにする
研究論文由来の流儀と本としての魅力を兼ね備えた本になっている。
また、著者がたいへんな読書家であり、
読書という行為自体をとても愛しているということが伝わってくる本でもある。
かなりいろいろな作品や人の言葉を引用していて、
その引用にはどれも引き込まれたし、
その引用している本が読みたくなってしまうのだ。
たとえば、こんな引用があった。
「ダニエル…おまえが見ている本の一冊一冊、
一巻一巻に魂が宿っているんだよ。
本を書いた人の魂と、それを読んで、その本を人生の友とし、
一緒に夢を見る相手として選んだ人たちの魂だ。
一冊の本が人の手から手へとわたるたび、誰かがページに目を走らせるたびに、
本の精神は育まれ、強くなっていくんだ。」
(p.213)
これは『風の影』という本からの引用だが、参考文献リストがしっかりしているおかげで、
この本をどうしようもなく読みたくなった私はそこに行きつけるというわけだ。
この本は、これから何度も何度も読み返して噛み砕かなければ、
きっと自分のものになった気がしないだろうと思う。
米国人である著者がスルメを知っているかどうか知らないが、
イカというのは、噛めば噛むほど味が出るということだったのかもしれない。
読んでいる本が好きになれそうな人とはきっと気が合うに違いない。
だから、再読が今から楽しみなのだ。
投稿元:
レビューを見る
読書や読字する脳についての本。細かい所(脳のどこが何をしてるとか)はよく分からなかったけど面白かった。特に脳は読字するようには出来ていない事とか、ディスクレシア(読字障害)についてとか全然知らなかったから興味深かった。
投稿元:
レビューを見る
今となっては絶版みたいですが。
これだけ丁寧なお仕事内容を地道に続けた後でしか書けないものなのかと感動的でした。
当世「脳科学」は隆盛を極めて降りますが、
こういう地道な研究成果をいいことに世間に紹介するらしい
ですが、正直虫が好かないですよね。
なんでお宅等が目立っておるのかと。印税まで稼ぎだしてからに。
挙げ句の果てに脱税ですか!ああなんと嘆かわしい・・・
投稿元:
レビューを見る
外人さんが書いてるので仕様がないんだけど
アルファベットがはなしの中心なのでつまらない
ソクラテスとディスレクシアについてのはなしは
おもしろかったです