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紙の本
匂いまでをも感じさせる筆致。
2009/10/21 08:27
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろし - この投稿者のレビュー一覧を見る
私的に宮本輝さんは神です。その作品から感じられるものは、本を読んでいるというより登場人物の人生をそのまま肌で感じているような特殊な感触。私の中では「読書」とはまた別の「宮本輝」というカテゴリ分けさえされている感。趣味は?と聞かれれば「釣りと酒と読書と宮本輝」と答えたい。それくらい、宮本作品に陶酔している一人です。数え上げればキリが無い氏の作品の魅力の数々だけれども、その一つに「匂い」がある。作品から、匂いが立ち上ってくるのだ。そしてそれは決して良い匂いばかりではない。漂ってくるのは、リアルな命の匂い。忘れていた命の匂いが、色濃く立ち上ってきていつもはっとさせられる。例えば牧場。牛舎に初めて行った時、あの独特の匂いに驚いた記憶は無いだろうか。それまでは図鑑でしか見た事が無かった、可愛いはずの牛。それが思いもよらぬキツい匂いに衝撃を受ける。でもそれが命の匂い、リアルな匂い。あの感覚に近いだろうか。それがもっとリアルに、登場人物の人生の匂いが立ち込める。もちろん、具体的にどんな匂いだなんて何も書かれていない。それをせずして、リアルな匂いを立ち上らせてしまう。それが宮本輝さんの文章のすごさ、凄まじさ。一瞬にして物語世界に閉じ込められ、ページを繰る手が止められない。
大手電気メーカーをリストラされ、不動産管理の会社に再就職した40代も後半の八木沢省三郎。最初の仕事は、退去期限を過ぎても出て行かない住民達と立ち退き交渉をする事だった。昭和16年に立てられたという杉山ビルは、その風変わりな外観から「骸骨ビル」と呼ばれていた。骸骨ビルに住み込みで交渉を始める事になった八木沢だったが、住民たちが立ち退かないのには確固とした理由がある事を知る。そのビルの住人達は、みな元戦争孤児であった。父親から杉山ビルを譲り受けた阿部徹正が、せめて住む所をと戦争孤児を引き取ってはそのビルに住まわせていたのだという。お金も無く日々の暮らしにも事欠いたが、空き地に農園を作ったりする生活の中で得たものは少なくないと、住民たちは八木沢に語るのだった。そしてここから巣立って行ったそういう子供たちは、決して少ない数では無いのだと。ところがある日、その徹正に幼児虐待の容疑が着せられてしまう。戦争孤児の一人だった夏美が、長年に渡り徹正から性的暴力を受けてきたと訴えたのだ。世間の目は徹正に冷たくなった。そしてそれに反論する間もなく、徹正は病に倒れ、死んでしまう。それから16年。住人達の望みは、徹正の潔白を証明する事。それが出来ないうちにこの骸骨ビルを取り壊してしまっては、事件が風化してしまう。それだけは決してならないと、風変わりな住人たちはそれぞれの思いを持って骸骨ビルに済み続けていた・・・。
ストーリーもすごいのだけど、とにかく人物の人生描写がすごい。作中で語られる、登場人物たちの半生。創作されたものとは到底思えないほどリアルで、人生が匂い立つ。やはりすさまじい筆致だと思う。物語に引き込まれて閉じ込められて、時間を忘れてのめり込んでみて下さい。宮本輝らしい一作。間違いなく、この秋一押しの作品です。
紙の本
相手に胸襟を開かせるヤギショウさんに共感。決してヒーローでもなんでもない、ただのオッサンなんだけど。
2022/06/22 07:06
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:mitu - この投稿者のレビュー一覧を見る
「人間は何のために生まれてきたのか。自分と縁する人たちに歓びや幸福をもたらすために生まれてきたのだ」。
主人公の八木沢省三郎が単身赴任で大阪・十三の骸骨ビルにやってくる。
様々な背景のあるビルやその関係者の住人たちとの対話の日々。
ここまで相手に胸襟を開かせるヤギショウさんに共感。決してヒーローでもなんでもない、ただのオッサンなんだけど。
生きる力を与えてくれる宮本輝の世界。
紙の本
変わってないなあ、宮本輝
2009/08/23 11:30
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
(上下巻通しての書評です)調べてみたら多分18年ぶりに読む宮本輝だった。昔はよく読んだなあ。村上龍、村上春樹らとほぼ同じ頃に出て、彼らより年長ではあったが、一時期はやっぱり彼らと同じようなスター作家だった。とても直木賞っぽい感じがするのだが、実は芥川賞作家である。彼の若い頃の作品はもっと若かった僕の心に良く響いた。だから立て続けに読んだ。ところが何と言うか、次第にその直木賞っぽい感じが肌に合わなくなってきていつしか全く読まなくなった。今回は本屋で平積みになったこの本に呼び止められたような気がして久しぶりに手に取ってみた。舞台となっている大阪・十三が、僕が高校時代の3年間を過ごした街だったということもあって、久しぶりに親近感が湧いた。
そう、こんな感じの作家だった。結構ベタっとしたことをケロッと描いて見せる作家だった。
主人公の八木沢省三郎(47歳)は十三の通称「骸骨ビル」の住民に円満に出て行ってもらっうために東京の不動産管理会社から派遣されてきて暫くそこに住みつくことになる。なんでも省略する住民たちによって彼はずぐに「ヤギショウはん」と呼ばれるようになる。居座っているのはプロの「占有屋」なんかではない。もともとは、今は亡き阿部轍正と、彼の親友でいまだにここに住んでいる茂木泰造が身寄りのない大勢の戦災孤児たちを引き取って育てた場所だ。その孤児たちのうちの何人かもまた、それぞれが怪しげな事務所などを構えて、いまだにここに居座っている。
八木はひとりひとりから話は聞くが立ち退き交渉はしない。この辺の展開がいかにも宮本輝という感じがする。八木の眼から見た大阪や大阪人の不思議が巧みに描かれているのだが、これは宮本が大阪出身だからこそできた芸当だろう。
いきなりヤクザ(?)に脅されたり、長年腹を割って話せなかった息子との交流があったり、料理や野菜栽培などの愉しさを知って精神的に解放されて行くヤギショウが描かれる。
そして、最後まで読んだ時に、そうそう、こういう終わり方を書く作家だったよなあ、宮本輝って、とつくづく思った。読者がそれで終わられては困るような終わりかたをするのである。読者はいつまでも考えてしまう。あれはああいうことだったんだろうか? こういう風に解釈して良いんだろうか? あのあと彼らはどうなったんだろうか?
──歳を重ねるにつれて少しずつ説教臭さが強くなってきた作家だと思うのだが、余韻を持ってその説教を打切ることによって説教臭くなくして、それゆえに読者の心の中に疑問形のまま長らく留まらせる──そんな技量を持った作家である。
宮本輝らしい良い作品だった。この宮本輝らしさを何と表現すれば良いのかは分からないが、帯の宣伝文句は少しテキトーなことを書きすぎのような気がする。
by yama-a 賢い言葉のWeb