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『戦艦武蔵』を読んだ時も思ったが、軍からの無理な要望に苦悩する製造側と工員の苦労が伝わってくる。零戦を通して戦争の開始から終結まで淡々と書いてあり、読みごたえあり。
牛と馬と零戦につながりがあるとは、驚き。
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戦闘機という主人公が、生まれて死ぬまでのストーリーを当時の情勢と照らし合わせて描かれた一冊。欧米の模倣で生産されていた日本製戦闘機が、海軍厰と三菱重工設計者・その他全関係者の熱意と努力で世界一の性能に達し、第二次世界大戦にておよそ3年間は他を寄せ付けぬ大活躍を見せるが、米国の圧倒的な技術力・開発力・生産能力・人材資源を前に機も国家も敗れる。小説は敗戦と共に終わるが、その後のGHQによる統治で戦闘機生産は規制され、日本の航空機産業は競争力を失うも、50年以上を経た今、三菱は新たに旅客機でリベンジを図る訳ですな。とにかく歴史・技術・人間模様が見事なバランスで書かれていて、とても楽しめた!
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本書は、いわゆる零戦がどのようにして誕生し、そしてどのような状況で戦禍に巻き込まれていったかを述べている、技術史的な戦記である。実質的に零戦製作の陣頭指揮をとった三菱重工業名古屋航空機製作所の堀越技師を中心に話が進む。著者は、技術的なことについて非常に熱心に取材されたのだろう。随所に航空機製作上の専門的な言葉が出てくる。しかしながら、読んでいてもそれが判らないという事はない。というか、非常に身近なものに感じられるのだ。
零戦は、名古屋製作所で作られたが、飛行場が近くになかたっため、機体を牛車に引かせて飛行場に持っていったという。そのアンバランス間がおかしく感じられるのだが、当時は、いたって真面目に運搬方法を検討したうえでの牛車であったというから、日本のおかれた状況を想像し、哀しくも感じられるのである。牛車は、悪路を進むのに最も振動が少なかったからだし、薄い軽合金で形作られた機体を慎重に運ぶためにも一応理にかなっている。馬では、時に暴走するため、大切な機体に傷をつけてはいけないという配慮もあったのだ。
零戦は当時、航空機で後進国であった日本の技術者たちが、海軍の非常に厳しい要求に嫌といえない状況から、知恵と体力を絞り作り上げた、究極の一品であり、零戦が戦場で使われたはじめのころは、諸外国は零戦が優秀な機体ではなく、味方の戦闘機のパイロットがミスをして撃墜されたのだと思っていたようだ。それほど、抜群な攻撃性、航続距離、旋回・上昇下降性能のどれをとっても戦闘機の世界のトップに輝いていたのだ。
零戦が海軍の制式戦闘機として採用されたのが皇紀2600年ということで、その末尾のゼロを取って零式艦上戦闘機十一型と命名された。当時は、中国大陸での戦闘が激しくなっており、中国に味方するアメリカ、イギリス、そして、ソ連の戦闘機が、日本の爆撃機を撃墜することが度々起こっていた。零戦はその爆撃機を援護し、戦闘爆撃を成功に導くために戦地から待ち焦がれていたものだった。零戦はそんな戦地の期待に十分すぎるほどの働きを行った。
イギリスもアメリカも、当時の最新鋭の戦闘機をもってしても零戦に立ち向かうことは出来ず、やがて零戦に対する恐怖に変わっていった。零戦との交戦を完全に避けるようになり、零戦の存在は神秘的なものにすらなってきていた。
その状況が変わってきたのが、零戦が墜落し、無傷でアメリカ軍に発見されてからだ。さまざまな実験から零戦の弱点を探り出した。急降下速度制限が低いこと、防弾設備が全くないこと、高速での横転に弱いことなどだ。ただ、弱点がわかっても、それに対応できないほどの性能差があり、その後も、敵は零戦との対等な戦闘は避け、常に複数機で零戦に対峙した。
しかし、戦争も末期になってくると、アメリカの物量攻撃には対抗できず、日本は数において、アメリカに対抗できるまでに零戦を作ることも出来ず、また、優秀なパイロットもだんだん少なくなり、結局は敗戦に突き進んでいくことになる。
確かに戦争で日本は負けたということは事実としてあるが、名古屋航空機製作所の面々は、敗戦という悲しい事実を突きつけられな���らも、技術者として、米英に対抗できるほどの戦闘機を作り上げたという、ある種の誇りを持って終戦という事実を受け入れたのではないかと想像するのである。
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工場から各務原の飛行場に運ぶ方法をどうしてさいごまで牛馬によるものから改善しようとしなかったのだろう/できなかったのだろう?
だんだん戦況が厳しくなる中で,工場ではよくさいごまでゼロ戦をつくり続けていたものだ.動員されていた一般国民に敬意.
零戦が完成した時点で,後継機の製作に移らなくてはならなかったが,それができない国力の弱さは悲しき現実だった(=現代にもあるていど当てはまるが⇒研究開発一般の環境が,アメリカと比べると劣っているであろうこと)
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わからない言葉が多くあり少し読みにくい感じだったが、牛で運んでいるのはビックリだった^_^;
戦場も悲惨だが裏方の工場も悲惨だったのを痛感した^_^;
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昭和43年に出版された本ですが、いいですね。零戦物の定本の一つでしょう、改めて、本屋で購入し読み返してます。なにやら、先日見た、宮崎駿さん <風たちぬ> の続編を観ている気がしております。
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当時の世界トップレベルの戦闘機だった零戦を軸に、開発から終戦まで丁寧に描き出す。
一切の感情を排したドキュメンタリーのような小説だったけど、それが却って悲惨さ無謀さ必死さを伝えてた。パブアニューギニア、硫黄島、学徒動員の名古屋軍需工場への空襲とか、つらい過去。何度も何度も思うけど、何故に開戦に踏み切ったのか。せめて、終戦をもう少し早められなかったのか。
工場から飛行場まで牛車で戦闘機を運んでるのにかなり驚いたんだけど(@風立ちぬ)、飼料不足、牛の疲労、長時間に渡る運搬時間を解決するために取られた方法が、今度は馬だったって…。こういう国力、圧倒的な工業力の差を分かっていても開戦したのは、無謀?勇気?
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随分と長い間積読にしていた。
なんで今読み始めたのか…分からない。吉村昭を読みたいなと思い、それと書き途中の原稿のこともあったのかな。
読みながら何度も鳥肌が立った。
感情を排して書かれた文章はより胸に迫る。ある時は部品の置かれた格納庫に、ある時は皆が駆け寄ってくる滑走路、そしてその物量に押しつぶされていくしかない戦場に、自分も立っているような気持だった。
いつも思うのは、日本軍だから、なのではなく、日本人だからこうなったということ。
国力とは何か、きれいな言葉の裏にある、それを支える土台の危うさ、そういったものも思い返すことになって、読み終えた時ひどく疲れた。
また時折読み返したい本。
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当時世界最高水準の戦闘機だった零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦。ゼロ戦の誕生から盛衰を日中戦争から敗戦までの日本の様子とともに描いた記録文学。
吉村昭さんの戦時下を描いた記録文学を読むのは『戦艦武蔵』以来。武蔵は完成したころには既に、海戦の主流に大型の戦艦が使われなくなっていたので、あまり戦闘に参加することはなかったのですが、ゼロ戦は完成当初から日本軍の主力として使われていて、その誕生から盛衰を描くことはそのまま、戦時下の日本の盛衰を表しています。
読書で胸が詰まるという思いをしたのは天童荒太さんの『永遠の仔』を読んだとき感じたのですが、この本にもそうした感情を抱きました。ミッドウェー海戦以降の日本軍の悲惨なまでの追い込まれ方はそれだけ迫ってくるものがありました。読んでいる間中「早く戦争を終わらせてあげてくれ」と思わず思ったのですが、結局戦争が終わるのはそれから三年後。さまざまな地でたくさんの命が消えていってしまうのは、歴史的事実から考えて分かっているものの、なかなか受け入れることは難しく感じてしまいました。
変なことを書いているように思うのですが、作中の戦争を終わらせるためには自分がこの本を読み終えるしかない、そうしなければ作中の戦争はいつまでも終わらないんだ、という義務感を持って途中から読んでいたような気がします。
衝撃的だったのは、ゼロ戦の工場の所員たちは空襲警報が鳴っても軍からの生産要求にこたえるため避難が許されなかったことです。これが原因で多数の死者が出るのですが、もしこの命令がなければどれだけの命が救われたのか、と思うと……。
各地の死傷者の数も記録文学の一つとして、書き込まれているのですが、その数の多さに改めて慄然としました。特に捕虜の少なさにはどんな感想を書いていいのかわかりません……。日本の軍事教育の怖さを改めて知ったような気がします。
何より悲惨だと思ったのは沖縄戦。日本の被害も重大なのですが、アメリカ側も一万人以上の死者が出ているのにも驚きました。また日本の度重なる特攻攻撃がアメリカ側にたくさんの発狂者が生んだ、という記述も印象的です。どうしても被害の記憶だけが印象残ってしまう戦争の記録ですが、間違いなく日本には加害の責任もあるのだ、ということを再認識させられました。犠牲になった兵士にとっては戦争に勝利も敗北もあまり関係ないのかもしれない、と思いました。
終盤、無敵を誇ったゼロ戦が若者を乗せた特攻機として使われる場面にはどうしてここまで追い込まれる前に戦争を終わらせることができなかったのか、と思わずにはいられませんでした。
やはりこういう戦争を描いた書物というのは重要なんだ、とこの本を読んで再認識出来ました。毎年8月は絶対戦争系の作品を読もう、と去年の『戦艦武蔵』読了後から考えていたのですが、結局8月ギリギリになってしまいました。来年は8月15日に合わせて読み終えられるようにしたいな、と思います。
ここからは余談で思い出したことを。この本を読み始める少し前に『はだしのゲン』騒動が報道されました。自分は『は��しのゲン』をちゃんと読んだことは恥ずかしながらありません。小学生のころ一度だけぱらぱらとページをめくったのですが、原爆投下後の人々の身体がゾンビのようにどろどろに溶けた描写をちらっと見て、一瞬でページを閉じてしまい、それ以後ゲンを手にとることはできなくなってしまいました。でもあの場面だけで戦争も原爆も絶対に許されるものではない、と思うようになったのも事実です。
この読み方はあまり褒められたものではないと思うのですが、それでも最低限のメッセージだけは受け取れたと思っています。ゲンの作者の中沢さんもこの本の作者である吉村昭さんも戦時下を体験された方です。こうした方々が亡くなっていくのは残念ですが、こうして作品が生き続けている以上それを読む自由を保障することは一つの使命であると思います。
はだしのゲンも吉村昭作品も、そして他の戦争を描いた作品も永遠に読み継がれていく日本にしないといけない、と今回の騒動と読書で思うようになりました。
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紀元2600年、つまり零年に颯爽と中国の上空で空中戦において圧倒的な勝利を収めた零戦の緒戦での大活躍、そして4年後の戦争末期(昭和19年)も後継機が登場せず、米英の最新鋭機と闘う老兵としての零戦。この段階でも零戦の戦闘能力は引けを取らなかったが、米の物量の前に次第に劣勢に。これだけ制空権を握っていながら、新鋭機を開発できない日本はやはり負ける運命にあったのでしょう。零戦が海軍から常識はずれの極めて高い速度、航続距離、離陸・降下速度、銃などの装備、空戦機能を目標として提示され、実現していった三菱重工の技術者に思わず、今の自分の使命を重ねてしまいました。そして、その圧倒的な能力が米英ソ等の戦闘機を圧倒したのです。これも秀作でした。
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第二次世界大戦を、零戦の歴史とともに振り返る。
戦争を美化することも、零戦を美化することもできない。
ただ、特攻のイメージが強い零戦であったが、
零戦が恐れられていたのは、その捨て身の攻撃だけでなく、機体性能にもあったことを知った。
そして、開発の裏側も。
なぜ、防弾設備がない戦闘機ができてしまったのか、
なぜ、特攻のようなかたちにはしっていってしまったのか。
たしかに、設計者の苦労はすごい。
技術力があったということだろう。
しかし、
物量や資本で劣る日本の限界は、悲しいくらいである。
もどかしいくらいの悲しい歴史。
なんども言うけれど、美化はできない。
零戦や日本のパイロットがどれだけ優れていたとしても、美化はしたくない。
“出羽は、近代的な飛行機工場の機体運送が牛によるものであることにすっかり呆れてしまったらしく、各務原飛行場についてもしばらくの間黙りこんでしまっていた。やがれかれらは、異口同音に「ペルシュロン」という言葉を口にした。
「なんです、それは」
田村が、いぶかしそうにたずねた。
「馬の種類ですよ」
卓次郎が、言った。”
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零式戦闘機が生まれるまでのストーリー。海軍の高い要望と三菱重工の設計者である堀越二郎の奮闘を描いている。話題の映画「風立ちぬ」だけでは表しきれないほど泥臭く、死者も出るほどの技術者の戦いが興味深い。戦闘機の試作と試験を重ねに重ね、高い要望を克服する日本人ならではの職人気質が、当時技術面で世界から遅れていると思われていた一般論を覆した。付録ページに零戦の設計図と部品名が書かれているので、それを参照しながら読むと更に面白いかもしれない。
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『永遠の0』を読んで感動したのと、作者が吉村昭だったのとで読んでみたのだけど、零戦が名古屋で作られていたとは知らなかった!知っている地名やなじみのある地名がたくさん出てきて、予想外におもしろかった。
まず冒頭の、試作機が牛車にひかれていく鶴舞から布池、大曽根という旧市電の道は、高校時代の通学路。たどり着いた先の各務原の飛行場ではその昔、父方の祖父が徴用されて飛行機を作っていたそうだ。ひょっとして零戦だったんだろうか…?そして名古屋が大地震に見舞われたあと工場疎開した先のひとつが松本の片倉紡績工場。学生時代、毎日のようにお世話になっていた、カタクラモールよね??牛車に変わって飛行機を運ぶことになったのペルシュロン種という馬は、帯広ばんえい競馬のばん馬にもなる種類だし。そういえばナゴヤドームも三菱重工業の跡地だ。
東京大空襲や硫黄島の決戦や南方での海戦とかは、映画やドキュメンタリーでけっこう知っていたけど、地元名古屋が戦時中どうだったかというのは案外知らなかったので、とても新鮮でした。
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〜13.10.22
日本の航空技術が世界を超えたことを零戦によって示された。それまで日本は海外の技術の真似でそれが最善だと考えてた。九六艦戦で追いつき、零戦で抜いたという印象を持った。
その零戦の質に賭けて日本があの大戦に突入していったようにも思える。
アリューシャン海戦でその質の神秘性が薄らぎ、日本全体の神秘性も失われアメリカの物量による押しに負けたように思う。
また、その戦争の裏でどのように製造されていたかもしっかりと描いている。戦場の側面と実際の製造現場の2つの側面からより客観的に零戦について知ることが出来た。
また牛車の輸送からも日本自体の未熟さも感じさせ、逆に零戦という世界水準を超える技術を持ったことの日本軍の思いの強さがあると思った。
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きっかけは”風立ちぬ”でもなければ”永遠の0 ”でもなく
”艦これ”だ!(笑)
吉村昭作品はそれなりに読んでいたつもりだが、まだ未読作品が多いなと反省^^;
この種の本を読んだときにいつも思うことですが
あらためて、あの戦争は無理して・背伸びしてやった戦争だったんだ・・・
と思い知らされる。
そして「本気で戦争をやる気があったのか!」とツッコミを入れたくなる・・・(理不尽なツッコミですが^^;)
道路や輸送手段が未整備で飛行機を工場から基地まで牛車や馬車で運んでいたとは知らなかった・・・。
そうだよね、作ったモノは運ばないと・・・。