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紙の本
父の最後のお酒
2012/01/30 08:31
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
父の葬儀が終わった翌朝、喪主をつとめた兄が「悔やみの言葉でさみしくなりましたねとよく言われたが、本当にそうだよな」とぽつんと涙を落とした。
介護ベッドに寝ている父に「おはよう」と声をかけて起こして、ベッドのそばに置いたトイレまで抱きかかえ、そのあと着替えさせるというお決まりの朝。
朝食は一膳のおかゆと菜のもの、プリンのようなデザート。
お茶は嚥下障害を起こさないようにとろみをつけていた。遠くで暮らす次男の私はそのことも知らず、のんきなものである。
「お茶だよと云うと、わかるのかな、お茶を飲む時の口のすぼめるかっこうをするんだよな」
兄は父のそんな表情をまねた。
エッセイストであり映画評論家でもある川本三郎さんは2008年6月に最愛の妻、恵子さんを亡くされている。
先にその追想記である『いまも、君を想う』を出版し、多くの涙をさそった。
そんな川本さんが「あとがき」で「食によって大事な人を思い出す。名品になっている。食を語ることは、つねに、自分の過去を過去を思い出し、大事な人をいつくしむことになる。(中略)食を語ることで、ひそやかに昔を、そして大事な「君」を思い出したかった」と記した。
だから、この本はグルメの本ではない。おいしそうな食べ物が紹介されてはいるが、そこにはいつも川本さんの姿があるし、そっと寄り添う妻恵子さんの姿がある。
川本さんが幸福なのは、どのような食事であれ、いつも妻恵子さんがそこにいたことだ。そして、それを文章として残せるということだ。
私の父は晩年ひとりで食事をすることもやや困難になっていたが、亡くなる直前の正月、兄や私たちとにぎやかにおせち料理を囲んだ。
父の好物だったかずのこを自分の手でしっかりと食べた。
日頃面倒をみていた兄からすると、それは奇跡のような光景だった。
そして、新年お祝いのお神酒を一口うまそうに口にして、おかわりを催促した。
お酒が好きだった父と酌み交わした、それが最後のお酒だった。
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