紙の本
掴めるものはわずか
2012/03/21 08:11
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「鉄仮面」の愛称で親しまれた初代のぞみN300系新幹線が、2012年3月16日、20年の役目を終え引退した。駅のホームに群がった鉄道ファンの姿を見ていると、この日はこの人たちにとって「特別な一日」なんだろうなあ、と思ってしまう。
「特別な一日」は、人それぞれに違う。母を亡くした日、父とさよならした日、初恋の人と再会した日、卒業式で校歌を歌った日、現役を終えた日、・・・。さまざまな場面が、その人なりの思い出のアルバムに収められているはずだ。
そして、これからやってくる、「特別な一日」のための、白紙のページがつづく。
本書は「昭和」という時代の中から、東京・神田で育って著者の「特別な一日」が四編収められている。
ひとつは、昭和39年10月10日の東京オリンピックの日。この日を「昭和」の「特別な一日」として記憶している人は多い。9歳だった私も記憶に残っている。
二つめは、昭和42年12月9日の、銀座から都電が引退した日。
三つ目は、昭和38年4月12日の、東京・日本橋の上の高速道路工事が始まった日。
そして、本書に収められた最後の「特別な一日」は昭和41年10月29日の、東京・中野に「ブロードウェイセンター」がオープンした日。
昭和という激動の時代をわずか四つの「特別な一日」で描くのはいささか無理があるし、日本全国で「特別な一日」を探し出せばそれも山とでてくるだろうが、それはそれでやむをえない。
著者は、自身の育った環境を中心にして円を描くことで、おそらく半分は自分史的な作品をこしらえたといえる。もちろん、これは個人的な作品ではないので、これらの土地が持っている歴史や風土を描いているのも事実だが、わずか四つの「特別な一日」を見せられても、不燃焼な気分が残って仕方がない。
まして、「昭和」という時代が、そしてそれも戦後の高度成長期の時代と限定してもいいが、「特別な一日」を境にして何を手にいれ、何を失くしてきたのかを、もう少し読みたかった。もっとも、それは一冊の本で読めるものでもないだろうが。
「高度成長の上り坂を日本という国がひたすら走りつづける中で、両手いっぱいに何かを掴みとろうとすれば、いま手の内にあるものを捨てていくしかない」と著者は本書の中に記しているが、それは「昭和」という時代を表現しながら、この作品のことも表しているような気がする。
掴めるものなど、わずかでしかない。
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流石に東京オリンピックについては実体験としては持たない世代だが、昭和39年10月10日の五輪開幕の日が「体育の日」として現代に受け継がれているのは知っているし、その開会式で国立競技場の上空に自衛隊機がスモークを出して五輪を描いたことはその後の写真や記録映像を通じて知っている。
難易度の高いアクロバット飛行だが、流石に日本のパイロットはゼロ戦の伝統を引き継いで技術が高いもんだ、と思っていたら其れが大間違い。五輪開幕の2年前に日本の五輪委員会から開会式には自衛隊機で五色のスモークを出して飛んでくれという要請は受けたのだが、それは此れまであちこちの国際大会で各国の空軍機がやっているような真っ直ぐに飛ぶことを想定しての依頼だった。だが当時の空幕長が「五輪の輪を描こう」と言い出して始まった演出だそうだ。
準備期間が約二年弱、航空自衛隊では必死の訓練を繰り返すものの実は開会式の前日になっても綺麗にその輪を描くことに成功したことが無かった!とは。訓練では百発百中でも本番では失敗することが多々あるのに、訓練では一度も成功していなかったのに本番で成功するとは、まさに驚きの事実だ。
脚光を浴びた航空自衛隊のパイロットもその後は民間に転出したりで、別々の人生を歩むことになり五輪当時の秘話もなかなか外には出なかったようだが、流石に著者・杉山は自衛隊ルポシリーズ「兵士を・・」で築いた人脈なのか今回の貴重な証言に結びつけている。
他に「昭和の特別な日」として本書に収められているのは都電銀座線廃止の日、日本橋の上に首都高が架けられた日、中野ブロードウェイの出来た日だ。五輪と違い一般的なインパクトは薄いが、確かにそれらを機に街並みが完全に変わってしまったという意味では今振り返ると貴重な日かも知れない。
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「兵士に聞け」の杉山隆男さん
確実な聞き取りの取材と
確かな「定点」の切り口がお見事
なんでもない(こともないのですが)
道が
橋が
建物が
その時代の
匂い、喧噪、歴史を
抱えて
語られていく。
相変わらず
地面の上にしっかり
足をつけて
語られていく
「庶民の昭和史」
が うれしい
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東京勤務時代は日本橋の近くに事務所があったので,「日本橋には空がない」が面白かった.魚市場があった昔からの話は,知らないことばかりで楽しく読めた.「ブロードウェイがやってきた」もよく歩いていた中央線の中野や西武新宿線の地名が出てきて,地図を見ながら楽しんだ.
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昭和は遠くなりにけり。東京オリンピックの頃、筆者の記憶に残る特別な日。ノスタルジックに振り返る昭和の東京。
「上空1万フィートの東京五輪」 昭和39年10月10日(土)
「さらば、銀座の都電」 昭和42年12月9日(土)
「日本橋には空がない」 昭和38年4月12日(金)
「ブロードウェイがやってきた!」 昭和41年10月29日(土)
昭和27年生まれ、神田神保町に生まれ育った筆者の原風景。オリンピックの前後で東京の街並みは大きく変わる。その象徴的な出来事を4章構成で描いている。オリンピックの開会式のブルーインパルスが描く五輪。都電の廃止、日本橋川への首都高速の建設。ちょっと意外なセレクトが中野ブロードウェイ。当時東洋一のショッピングセンターと謳われたそうだ。
多くの関係者に取材していることがうかがえる。筆者の得意分野が本書でも活かされている。
ブルーインパルスの話は他の書籍でも有名だろう。彼らの任務は「聖火台に聖火が点り、鳩と風船がいっせいに放たれて、選手やスタンドの観客が頭上を振り仰いだ午後3時10分20秒、天皇皇后が鎮座するロイヤルボックスら見上げ角70度の高度1万フィートの上空に、五色のスモークで、オリンピックのシンボルである五輪のマークを描きはじめる。」というもの。
筆者の故郷神保町、再開発で失われた街区の思い出が語られる。都電の廃止、景観より高速道路。効率優先で失われた部分についての筆者の思い入れが滲み出る。
あまり描かれることの少ない街の沿革や住人の体験談など、特別な一日を特別でない普通の人びとがどのように過ごしたか、貴重な記録である。